37 王族の極秘任務
数週間前、王族であるリーリエ、レミファ、ソラシドの三人は、極秘でとある街の調査に来ていた。
以前、元王族であるシドウが、国境のダンジョンで世にも珍しい「月光力を増幅させ、利用する魔具」を発見したが、緊急事態が起こり、自らの手で壊してしまったという。そこで三人は、シドウへの挨拶と、国境のダンジョンで異変が起きていないかの調査のため、極秘でこの街へやってきたのだ。
「はぁ……全く、なんで私たちがあの人の尻拭いをしないといけないのかしら」
リーリエは嘆いた。
「まぁまぁ! 観光だと思って気楽に楽しもうぜ! あそこが目的地の食堂だってよ!」
ソラシドは、久しぶりにシドウに会えるのを楽しみにしていた。
「あんな、みすぼらしい場所で食べるんですの?」
リーリエの発言にレミファは引いた。
「お前……意外とそういうところあるよな」
三人は食堂に着くと、シェフが気合を入れて作った料理を堪能した。
「あら、なかなか悪くないですわ。いや、これは……かなり美味しいわ」
リーリエは、最初は乗り気ではなかったものの、食堂の料理を気に入ったようだ。
「本当に美味いな! そうだ、実は良い物持ってきたんだ。じゃーん、ハム吉四号!これでシェフの様子見ようぜ!」
ソラシドは、この国の重要な情報網となっている伝書鳩の他にも、いろいろな動物を飼っていた。このハム吉四号は、偵察用に飼っている四代目のハムスターだ。ハム吉は魔力強化されており、身体能力が高く、様々な狭い場所に潜り込めるだけでなく、隠密の術がかかっており、見つかる危険性はほぼ無い。その上、視覚を第三者と共有できる能力も持っている。
「お前……! この食堂はペットの持ち込み禁止だったぞ!」
レミファは弟を注意した。
「大丈夫ですよ兄上! 大体の飲食店の裏側は、客が思っているほど清潔じゃない!」
「本当にお前……失礼だな」
リーリエも暇つぶしに、共有されたハム吉の視覚を見ていた。すると、ある従業員がトラブルを起こしていた。自分たちの用意した高級磁器とお茶碗が離れなくなってしまったらしい。
「あらあら……全く何をやっているんだか。この程度のトラブルなら、私が遠隔魔法でこっそり取ってしまいましょうか?」
リーリエは魔法で従業員を助けようとしたが、ソラシドが面白がって、
「もうしばらく放っておこうぜ」と言い出したので、リーリエもそれに同意し、監視を続けた。二人は従業員が焦りながらどうにかしようとあがいている様子を楽しげに見ていた。
一方、レミファは弟といとこの様子を一歩引いて見ていた。
「リーリエお前、真面目なのかふざけた奴なのか、よくわかんねえよな……」
リーリエとソラシドは同い年のいとこ同士で、幼い頃から一緒に過ごしていたため、正反対の性格に見えるが実は仲が良い。そして、リーリエは意外にもソラシドの悪ノリに乗り気になることが多かったのだ。
ソラシドの期待通り、例の従業員はどうにかしようと彼なりに一生懸命頑張っていたが、その行動は端から見るととても滑稽で面白かった。しかしあるとき、
「えぇ! 嘘だろ!」
三人は驚いた。なんと例の従業員は、素手で固い磁器を粉砕してしまったのだ。流石のソラシドもこれには引いた。
「はぁ……? どういうこと? 馬鹿力過ぎないか?」
それからしばらくして、例の従業員が謝罪をしにやってきた。リーリエは王族として寛大な対応を取ろうと、彼に対してできうる限りの誠実な対応を行った。それに対し彼は感激のあまり、
「あなたが神か?」と口走った。
リーリエは、なぜかその言葉を素直に喜べず、よく分からない鬱屈した気持ちになった。
「何が神よ……ふざけないでほしいわ」
「黒リーリエだ!」
ソラシドが軽く茶化してきたが、今はなんだかそれすら鬱陶しく感じた。
食堂を後にし、国境のダンジョンへと向かった三人は、秘宝が失われた影響で、ダンジョンとしての効力が完全に消えてしまった様子を目の当たりにした。目の前には、ただの洞窟のように静まり返る空間が広がっている。
「まじか、完全にただの洞窟みたいになってる」
ソラシドが少し残念そうに呟き、洞窟を見渡した。レミファが静かに答える。
「秘宝は、ダンジョンにとっての心臓みたいなものだからな。それが無ければダンジョンはただの空洞だ」
リーリエは洞窟を見つめ、少し安堵した様子で言葉をつないだ。
「まぁ、これで無謀な冒険に挑む民も現れなくなるのですし、結果的には良かったのかも知れませんわね」
一行はそのまま、シドウが住む館に向かい、久しぶりに彼と挨拶を交わした。
「シドウ兄様! お久しぶりです!」
ソラシドが嬉しそうに声をかけると、シドウも懐かしげに微笑んで応えた。
「ソラ君、兄さん、それにリーリエも久しぶり! わざわざここまで調査しに来てくれて、すまないね……ダンジョンの件、私の方でも確認はしておいたけれど、問題なかったかい?」
リーリエはやや複雑そうな顔を浮かべて答える。
「本当にあそこがダンジョンだったの? と思うほど、何も残っていませんでした」
そう言ったあと、彼女は周囲の目を気にすることなくシドウの研究部屋をじっくりと見回した。そして、少し皮肉げな微笑みを浮かべてシドウに言う。
「それにしても、兄様……もう王位継承権を剥奪された身でありながら、中々立派な家に住んでいるではありませんか。研究道具が散乱していて台無しですけどね」
シドウはリーリエの皮肉に目を丸くしたが、冷静に答えた。
「リーリエ、私は王家の財源を搾取しているわけじゃないよ。私が王家を抜けた後も、私が発明した魔法道具などの利権は私にある。それで得た利益で生計を立てているんだ」
リーリエはその言葉に少し引っかかった様子で、きっと目を細めて言い返した。
「……そうやって高品質な魔法道具を作れるのだって、王家の血を引いているからこそでしょう?それなのにあなたは王族としての義務を放棄して……」
リーリエの言葉に、シドウは一瞬だけ遠くを見つめ、サナのことを思い浮かべる。柔らかく微笑んだあと、言葉を落ち着かせるように静かに返した。
「さぁ? そうとは限らないんじゃないかい?」
リーリエはしばらく言葉を失ったが、シドウの言葉の意図を理解すると、更に反論した。
「……兄様、例の上級魔法使いのことを思い出しているのですね? でも、あなたが報告したのですよ? 彼女は“ルカ”と同じメカニズムで誕生した可能性があると。つまりは王族と同じようなもの。ただ、彼女はそれを知らなかった。最初から王族として生まれ育ったあなたは別物でしょう!」
リーリエとシドウが口論する様子を、レミファ、ソラシド兄弟は気まずそうに見ていた。
「……気まずいっすね~」
「……そうだな。この口論、収拾つかないだろ。不毛すぎる」
二人の予想通り、シドウとリーリエの口論は、シドウが
「はいはい。私はどうしようもない元王族ですよ~」と吐き捨てることで終わり、非常に不毛な結果となった。
夜も更け、三人は今日、このままシドウの館の空室に宿泊することになった。用意された部屋は、もともとシドウの研究道具や魔法道具が散らばった物置のような場所だったが、数日前にシドウが魔法で片付けた。とはいえ、普段の宮殿の雰囲気とはかけ離れている。
そんな中、シドウとの口論で不機嫌になっていたリーリエに、レミファが優しく声をかけて湯気の立つお茶を差し出した。
「リーリエ、これでも飲んで落ち着け」
「ありがとう。いただくわ」
リーリエがカップに手を伸ばし、お茶に口をつけようとした瞬間、彼女の防御魔法が突如作動した。突然のことに、リーリエは動揺しつつレミファの顔を見上げる。レミファは明らかに狼狽えた表情を浮かべていたが、すぐにその表情を取り繕うこともなく、苦笑しながらつぶやいた。
「慣れない土地で急病を患ったということで片付けるつもりだったのに……」
リーリエは信じられないといった目でレミファを見たあと、立ち上がり、彼と距離を取りながら冷たく言い放った。
「レミファ兄様……これは一体どういうことかしら? まさか、あなたが私を追いやろうとしていたとはね……でも残念、こんなに詰めが甘くては、王位を継承した後の雲行きも怪しくてよ?」
するとなんと、呑気に鼻歌を歌いながらソラシドが部屋に入ってきた。
「兄上~ずるいですよ! 僕もお茶飲みたい……って、えぇ⁉ 何してんの二人とも!」
レミファはソラシドのことを無視し、リーリエにこう言い放った。
「リーリエ、私は昔からお前が、邪魔で仕方なかった! 私達、国王の孫世代で最初に生まれたのは私だ。それなのに、父親が第一王子だということだけで、後から生まれたシドウやお前に地位を奪われたんだ。頼む、消えてくれ」
レミファの独白に、場の空気はさらに緊迫する。だが、ソラシドはどこ吹く風とばかりに軽い調子で口を開いた。
「えぇ⁉ 兄上ってそんな権力ほしがるようなキャラだったっけ⁉」
「そりゃあ、今までバレないようにしてきたからなぁ!」
そう言って、計画が頓挫してやけくそになったレミファは、魔法で剣を出し、リーリエに襲いかかってきた。レミファの得意分野は身体強化魔法。魔力を直接身体に流して使うので、魔力効率が良い。それを上級魔法使いであるレミファが使うことによって、とんでもないパワーが発揮される。
「うわっ! 乱心だ! 乱心だー!」
ソラシドはリーリエを庇いつつ、そう叫んだ。ソラシドとリーリエは基本攻撃魔法と簡単な防御術で対抗したが、二人とも動揺で真価を発揮できずにいた。
「エグいって! エグいって!」
「ちょっと、ソラ君! うるっさい!」
そうしているうちにレミファは迫ってくる。
「嫌っ!」
「危ない!」
レミファの刃がリーリエの身に到達する寸前のところで、シドウが駆けつけ、結界を張ってリーリエを守った。それに気づいたリーリエは泣き出しそうな顔でシドウを睨む。
「何よ今更……良い兄面しないでよ!」
シドウは守ったはずの妹から怒りを向けられ戸惑ったが、苦笑いを浮かべながら返答した。
「いや、別に私も自分のことを良い兄だとは思っていないけど、妹がピンチの時に助けるくらいは普通だよ」
「……なにが普通よ、今まで何もしてくれなかったくせに」
リーリエは、呆然とその様子を見ていたレミファを睨み付け、言った。
「わかりました。いいですよ? 差し上げますわ、王位継承権」
「えっ」
リーリエの発言に、レミファは狼狽えた。そして、リーリエはついに激高した。
「私は! 好き好んでこんな役目を背負ったわけではありませんわ! 仕方なかったのよ! 兄様達は自分勝手、ソラ君だってそうよ!」
「えっ……僕も?」
「私は、今まで必死で……立派な女王になれるよう務めてきた。我慢してきた! こんな重圧をお望みなら、良いですよ、くれてやります、こんなもの」
リーリエはそう吐き捨て、シドウの館を飛び出してどこかへ行ってしまった。
リーリエが去った後、気まずい沈黙が館内に広がった。レミファは険しい表情で押し黙り、ソラシドも珍しく真剣な眼差しで場の空気を伺っていた。しばらくの静寂の後、シドウが重い息を吐き、口を開いた。
「……まったく、王家の継承問題は根が深いね。兄さん、王位継承権を求めてまでやりたかったことって、一体なんだったの?」
シドウの問いかけに、レミファは一瞬驚いたような表情を見せたが、すぐに冷ややかな笑みを浮かべて答えた。
「……シドウ、お前に私の立場なんて分からないだろう。国王の初孫でありながら、後から生まれたお前やリーリエに道を譲れと言われ続けてきたんだ……。そのたびに、自分の価値が分からなくなる。王位を継ぐことで、私もようやく必要とされる存在になれると思ったんだ」
レミファの声には、哀しみと虚しさが滲んでいた。シドウはその言葉を聞き、しばし沈黙したあと、穏やかな口調で返した。
「私からはなんとも言えないが……兄さんには兄さんの苦しみがあったのだろう。しかし、何も王位に就くことだけが必要とされているということでは無いだろう。王位を目指すにしても、あんな強引な方法ではなく、もっと違う形で自分を示す方法があったんじゃないかな……兄さんのように冷静で分析力のある人なら、自分の長所を国王に売り込むことで、継承方法の慣習だって変えられたかもしれない」
レミファは自嘲気味に笑いながら返答した。
「皮肉か? シドウ。今しがたの状況を見て、本当に私が冷静で分析力があるように見えるのか?……それにしても説教とは、随分と王族らしい。だが、お前の言葉が正しいかどうか、私にはまだ分からない」
シドウは真剣な眼差しでレミファを見つめ、静かに告げた。
「……とりあえず、今日のことについては、きちんと王家に報告させてもらうよ」
レミファはうつむいたまま返事をせず、シドウはソラシドとともに館の奥へと去って行った。




