35 自己開示
ユキは、自分の正体がバレていたことに気づいてからというもの、どこかで気持ちが吹っ切れていた。
これまで、隠していたつもりはなかったが、誰かにサナとの関係を話したことはなかった。だが今、グレンやアリーシャ、黒魔術の店の店主と話しているうちに、妙な勢いがついてしまった。
「同居人……というか、家族です!」
「はぁ⁉︎」
グレンとアリーシャの声が見事に重なった。
「家族って、え⁉︎ ど、どういうこと!?」
「マジかよ……! というかお前、さっきまでの話どういう気持ちで聞いてたんだよ! じゃあ、サナさんも実は人狼だったってことか⁉︎」
「いや、サナ自身は魔法使いで、人狼ではないよ。とにかく、複雑な家庭なんだよ……!」
二人とも、思考が追いついていない様子だった。だがそんな中、黒魔術の店の店主だけは目を細め、楽しそうにケラケラと笑っていた。
「あー、君か! 君があのユキ君だったのか〜!」
すっかり納得したように頷きながら、まるで旧知の知り合いでも見るような目でユキを見つめてきた。
(いやサナ、この人に俺のこと話してたんかい!)
ユキは、何とも言えない気恥ずかしさと少しの安心を胸に、小さくため息をついた。
ユキはこれまで、正体を隠しているのは自分だけだと思い込んでいた。しかし、今回のアリーシャとの再会や、街でのサナの対人関係を知り、他人にも自分の知らない一面があるのだと気づかされた。
テーブルを囲んでユキ、アリーシャ、グレンが話している様子を見て、黒魔術の店の店主は持参したお菓子を全員に配りながら、楽しげに笑った。
「青春だね〜こんな昼間っから集まって話してるなんて、まぶしいねぇ」
「いや、アラサーに言われてもあんまり響かないっすよ」とグレンが突っ込む。
ユキは「ありがとうございます!」と言って喜び、クッキーを受け取った。
「このクッキー、なんか変なもの入ってないでしょうね」とアリーシャは店主を疑わしげに見た。
店主はそんな三人の様子に困り笑いしながら答えた。
「アラサーが若者を羨ましがる権利くらいあるわ。あとこのクッキー、普通に街の商店で売ってる既製品だからね! 平気だよ」
グレンは少し表情を緩めると、ユキとアリーシャを交互に見て口を開いた。
「で、改めて聞くけど、お前ら、どういう関係なんだよ?」
「えっと、劇語り仲間……? まぁ、普通に友達だよ!」
ユキがそう答えると、アリーシャも同じように頷いた。
「そうだよ。劇場でね、ちょっと変わった形で知り合ったの」
二人は初めて会ったときの話を始めた。落とし物を拾ったこと、そこで趣味が一致して盛り上がったこと、そしてアリーシャの色恋沙汰による唐突の別れ。
「あの頃のアリーシャ、相当ピリピリしてたよな」
グレンがニヤニヤしながら茶化した。
「そうそう、恋破れて荒れていたよねぇ。なんか目つきも鋭くてね。怖いのなんの」
店主もまたあの頃のアリーシャを思い浮かべつつそう言った。
「もう! そんなことないから!」とアリーシャがむっとして抗議するが、ユキも思わず笑ってしまった。
アリーシャは軽くため息をつき、少し沈黙が流れた後、ぽつりと話し始めた。
「実はね、あの頃、アイツに私が人狼だってことと、ここで働いていることを話したの。それから、連絡が取れなくなっちゃったんだ」
「そうだったんだ……」
ユキがそっと声をかけると、アリーシャは小さく頷いた。
「あれから、劇場に行くのが怖くなっちゃったの。変な目で見られるかもしれないって思うと……。あれからもう、あの場所が遠く感じちゃって」
ユキはしばらく黙って彼女の話を聞いていたが、少し考えてから、真剣な顔で言った。
「でもさ、アリーシャ。ここ最近いろいろあって、あの劇団、今は人狼にも寛容なんだよ。劇団員の中にも、人狼の人がいるくらいでさ」
「本当?」
アリーシャは驚いた顔でユキを見た。
「だからさ、俺と一緒に劇場にまた行ってみない? 前みたいに、好きな劇を楽しむだけでいいんだ。何かあったら、俺がフォローするし」
ユキの真っ直ぐな言葉に、アリーシャは少し目を潤ませながら、それでも迷いが残るようにうつむいた。グレンがからかうように言う。
「ほら、こんなに真剣に誘ってるんだぜ。乗ってみろよ」
店主もまた茶化すような調子で続けた。
「こんなに親身になってくれる友達がいるなんて、アリーシャも恵まれてるねぇ。また一歩踏み出してみるのも悪くないんじゃない?」
アリーシャはしばらく考えていたが、やがて小さく笑みを浮かべて頷いた。
「……そうだね。ありがとう、ユキ君。ちょっと怖いけど、久しぶりにまた行ってみようかな」
数日後、待ちの劇場にてユキとアリーシャは待ち合わせをしていた。ちらりと時計を見ると、約束の時間までもう少し。すると、ユキの劇語り仲間の友人であるクロードが偶然にもやって来た。
「よう! ユキ、誰かと待ち合わせ? 珍し!」
「ああ、ちょっと友達とね」
ユキがそう答えた直後、後ろからアリーシャが現れた。
「お待たせ!」
アリーシャが小さく手を振りながら駆け寄ってくる。
ユキは彼女をクロードに紹介した。
「クロード、この人がアリーシャ。俺の友達でさ、今日は久しぶりに劇を観に来たんだ」
紹介を受けたクロードは、ハッとした表情を浮かべた。
「ああ、あの! 役者との色恋沙汰で音信不通になったっていう──」
「どんな紹介の仕方してるのよ……」
アリーシャは瞬時に怪訝な顔を浮かべ、ユキの肩を数回軽く小突いた。
「いてっ……ごめんごめん! 変な意味で言ったわけじゃないから!」
ユキは苦笑いしながら肩をさする。
一方、クロードは事態を面白がるように口元を抑えつつ、アリーシャにぺこりと頭を下げた。
アリーシャは溜め息をつきつつも、「まったく……」と呟いて、少し頬を緩めた。
劇場の前での軽いやり取りを経て、三人は劇場のロビーにあるベンチに腰を下ろし、開演までの時間を過ごしていた。クロードが芝居や劇団の話題を振り、ユキとアリーシャもその話に乗る。自然な空気の中、ユキがふと真剣な表情になった。
「クロードさ、ちょっと聞いてほしいことがあるんだ」
クロードが首をかしげ、「何だよ、急に」と笑う。
ユキは一瞬アリーシャに視線を送り、意を決したように口を開いた。
「実はさ、俺とアリーシャ……普通の人間じゃないんだ」
アリーシャもまた、苦笑しながらユキの言葉に頷いた。
クロードは目を丸くして二人を交互に見た。
「え、何それ? ドッキリとかじゃないよな?」
ユキは軽く息を吐き、静かに語り始めた。
「俺もアリーシャも、人狼なんだ。正体を隠して生活してる」
アリーシャは続けて、少し自嘲気味に笑いながら言った。
「まあ、私はもう元恋人に自分から素性をバラして、それがきっかけで音信不通になっちゃったんだけどね。正直、もうどうにでもなれって気持ちよ」
アリーシャは内心、元恋人の音信不通の原因は、自分があの薬物喫煙施設で働いていることにあるのかもしれないと思った。しかし、それについては口をつぐんだ。
その言葉にユキが小さく頷く。
「俺もさ、アリーシャだけが怖い思いをするんじゃなくて、同じ立場になろうって思ったんだ。それに、クロードならきっと受け入れてくれると思ったから」
一瞬の沈黙が流れた後、クロードは突然笑い出した。
「お、面白……!」
彼の反応にユキもアリーシャも拍子抜けしたように顔を見合わせた。
「お前ら、本当に人狼ってこと? 全く気づかなかった……。いや、現実は小説より奇なりって言うけどさぁ……まさかここまでとは!」
「いや、普通驚くとか引くとかじゃないの?」
アリーシャが半ば呆れたように言うと、クロードは笑いながらも話を続けた。
「そりゃ驚きはしたよ……でもな、俺からすると、『だから何?』って感じなんだよな。この前この劇団でも『人狼も役者として受け入れる』って改革を発表してたし。俺はさ、人間でも人狼でも、良い演技が観られればそれでいいんだよ。友達だって同じさ。話が合って、仲良くできればそれで」
その言葉に、アリーシャは少し肩の力を抜き、ユキも安心したように笑った。
「ありがとう、クロード。言ってよかったよ」
「お前が信頼してくれたんなら、俺もちゃんと応えるさ」
クロードはそう言って、どこか満足げな笑顔を見せた。
観劇後、三人はいつものように劇の感想を語り合い、アリーシャはすっかり昔の様子を取り戻し、自然な笑顔を見せていた。ユキもまた、クロードに人気のない場所で人狼の姿を見せて欲しいと頼まれ、それに応えて擬態を解いたところ、耳と尻尾をめちゃくちゃいじられた。
ユキは少しずつではあるが、信頼できる仲間に自分の秘密を打ち明けられるようになり、心に小さな安堵を抱いていた。




