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34 薬物喫煙施設

 あの災難な一日から、数日が経った。

 ユキはグレンに「お前に会わせたい奴がいる」と誘われ、彼の自宅近くまで連れてこられていた。


 グレンの自宅は、入りにくい店ばかりが立ち並ぶアングラな繁華街の一角にある。この辺りの店はほとんどが夜営業のため、昼間の今はどの店も閉まっており、静けさが漂っていた。


 しばらく歩くと、とある薬物喫煙施設の前にたどり着き、グレンが「ここだ」と言った。ユキは顔をしかめながらグレンに言った。


「えぇ……俺、薬物とか関わりたくないんだけど」

「いや、薬物目的でここに来たわけじゃねえよ。ここで働いてる奴に会いに来たんだ」


 グレンはそう言いながら、まだ営業していないその店のドアを開けた。ユキは、「こんな場所で働いている人なんて、どんな怖い人なんだろう」と恐る恐る後に続いた。しかし、ドアの向こうにいたのは、ユキの想像とは全く異なる、意外な人物だった。


「えぇ⁉︎ アリーシャじゃん! 久しぶり!」

「えっ……ユキ君⁉︎」


 そこにいたのは、ユキが十七歳のときによく街の劇場で劇について語り合っていた、劇オタク仲間の友人、アリーシャだった。アリーシャはとある役者と恋愛関係になった後、その関係が破綻したことをきっかけに劇場から姿を消していた。


「あれ……なんだ、お前らもう知り合いだったのかよ」


 グレンは、ユキとアリーシャが既に知り合いだったことに驚いた様子だった。しかし、ユキにとって何より衝撃的だったのは、アリーシャの風貌だった。


「アリーシャ、君、人狼だったんだ……!」


 かつてのアリーシャは、いつもミルクティー色の長い髪を、ハーフアップにして黒いリボンでまとめていた。その姿が印象深かったユキにとって、今の彼女の姿は驚きそのものだった。髪を下ろした彼女の頭には人狼の耳があり、尻尾もはっきりと見えていた。


「いや、そこは知らなかったのかよ」


 グレンは、ユキがアリーシャを人狼だと知らなかったことを呆れたように笑った。しかし、ユキの中では別の疑問が湧き上がっていた。


「アリーシャ、いつからここで働いてるの?」


「ずっと前からだよ。お父さんが、人狼の働き手を探していて、孤児だった私を引き取ったの。ここで使っている薬物、人狼には効かないらしいのよ。不思議だよね」


 ユキは、人狼に効かない薬物の話を初めて聞き、驚きを隠せなかった。そして、人狼の体質と魔力の関係について研究を進めているサナに、この話を伝えようと思った。


「でも、気を悪くしたらごめんだけど、こんな店で子供を働かせてるなんて、大丈夫なの? 君のお父さん」


「まぁね。でも、この店の利益を結構な割合でお小遣いとしてくれてるし、悪い人ではないはず。それに、実際この店、結構儲かってるみたいだし」


 アリーシャはそう言うと、笑いながら手でお金を数えるジェスチャーをしてみせた。


「あ~そういうことだったんだ! アリーシャ、いつも良い席取ってたけど、どこからそのお金が出てるのか、ずっと不思議だったんだよ!」


 グレンは、二人が自分をそっちのけにして話に花を咲かせているのを見て、少し戸惑った様子だった。


「おいおい……お前ら、意外と仲いいのか? それにお前、どこでアリーシャと知り合ったんだよ?」


 ユキが答える前に、アリーシャが口を挟んだ。


「グレンこそ、どこでユキ君と知り合ったの? ここって、ユキ君が来るような場所じゃないんだけど?」


 アリーシャはそう言うと、じっとグレンを睨みつけた。彼女の視線に、少し困ったような表情を浮かべるグレン。一方、ユキは心の中で思った。


 (確かに、グレンに連れてこられなかったら自分はここには来なかった。でも、アリーシャにとって自分って、どういう扱いなんだ……? それにしても、アリーシャはグレン相手だと、結構ズバズバ話すんだな……。でも気持ちは分かるよ。グレン口悪いから、こっちもつられて言い返したくなっちゃうんだよね)


「いや、正体を隠して街で暮らしている人狼同士、何か情報共有できたら良いかなって思ったんだよ……」


 グレンはそう言いながら、さらっとユキが人狼であることをアリーシャにバラしてしまった。


「え、あー⁉ ちょっとグレン! 何勝手にバラしてるの⁉」

「いや別に良いだろうが! アリーシャも人狼なんだから! 何に対して怯えてんだよ本当に臆病だな!」


 グレンは少し面倒くさそうな表情で言い返したが、アリーシャが冷静な口調で割って入った。


「ちょっとグレン、失礼だよ。それに、勝手に人の素性明かすのも論外」


 アリーシャの冷たい視線を浴びたグレンは、一瞬で気まずそうな表情に変わり、小声で答えた。


「……はい」


 (グレンはアリーシャに対しては妙に弱気だな!)


 ユキは内心ツッコミを入れながらも、グレンがいつになく素直に謝っている姿を見て、少しだけ肩の力を抜いた。


「ユキ君、言いづらいんだけど……なんとなく分かってたよ。同類だって」

「えっ?」


 アリーシャの言葉に、ユキは目を見開いた。自分では擬態を完璧にこなしているつもりだったのに……ここ最近、グレンやアリーシャに正体がバレていたことが次々と発覚し、自信が無くなってきた。


「ど、どこら辺から分かった……?」


 ユキは少しおどおどしながら、どのタイミングで自分の正体を見抜かれていたのかを、恐る恐る尋ねた。


「歯」

 アリーシャは間髪入れずに答え、指で自分の口元を示した。

「歯?」


「初めて会ったときのこと、覚えてる? ユキ君、めちゃくちゃアツく劇について語ってたじゃない?」


 アリーシャは思い出したように微笑むと、説明を続けた。


「あのとき、私、ユキ君の顔をじっくり見てたんだけど……興奮しすぎて完全に牙が出ちゃってたのよ」

「えっ……!」


 ユキは驚きの声を漏らした。そんな序盤からバレていたなんて……自分ではそんなこと全く気づいていなかった。


「まぁね、ただ単に『ものすごく犬歯が発達してる人』って可能性もあるかなって思って、すぐに確信したわけじゃないけど」


 アリーシャは笑いながら、冗談めかした口調で締めくくった。その軽い態度にユキは救われる思いをしたが、それでも少し気恥ずかしさが残った。


「はは……マジか~俺の方だけ一方的に正体ばれてたってこと? 恥ずかしいな……アリーシャは擬態上手いよね。全然気づかなかったよ」


 アリーシャはユキの言葉に笑いながら答えた。


「そうだったんだね。別にユキ君だったらバレていても良かったけど。街で生活するとなると、やっぱり人狼なのを隠してた方が生きやすいんだよね〜……」


 ふとグレンが疑問に思い、アリーシャに尋ねた。


「別に俺は人狼だろうが何だろうが関係ないと思うんだけどな……アリーシャ、だったら何でお前、この店で接客するときは擬態解いてるんだよ?」


「まぁ、この姿で接客するのは客への脅しもあるかもね。ここに来る客、ガラ悪いのも多いし。『ちゃんと料金払わなかったらどうなるか、分かっているだろうな?』的な?」


「え、そうだったのか。てっきり、モフモフの耳とかの、ビジュアルを売りにしているのかと……」

「……キモいよ」


 アリーシャは冷めた顔でそう言い放ったので、なんだか気まずい空気になった。

 一方で、ユキは内心でツッコミを入れずにはいられなかった。


(グレン、この前俺に「一言余計」とか言ってたけど、お前もじゃねえか!)


 ユキはこの気まずい空気を和らげようと、グレンの方を上目遣いで見ながら言い放つ。


「やだっ……グレン、俺たちのことそんな目で見てたのっ?」

「お前は見てねぇよ!」


「……お前“は”?」

「ハッ……!」


 グレンは、墓穴を掘った。


「あーあ! せっかくフォローしようとしたのに! グレン、すぐ墓穴掘るんだから」

「全くフォローになってなかっただろうが!」



 ユキは焦るグレンの様子を面白がりつつ、アリーシャとグレンの関係性について気になり、二人に尋ねた。


「それにしても、確か、グレンは隣の店に住んでいるんだよね? 二人はどういう関係なの?」


「……まぁ、俺とアリーシャは隣同士で育った幼なじみ的なやつだよ」

「そういうこと」


 アリーシャもグレンの言葉に同意した。


「なるほどね! ここら辺のお店の人達って、交流とか結構深い方なの?」


「どうだろうな……いや、割と深い方かもな。隣の黒魔術の店の店主とかも、しょっちゅう顔出しにくるし」


 グレンが答えると、アリーシャは笑いながら、

「あの人、ちょっと変わってるよね。面白いけど」と言った。


 ユキの興味はそちらに移り、

「黒魔術の店? それってどんな店なの?」と聞き返した。


 アリーシャは小さく笑い、話し始めた。


「まぁ、黒魔術グッズとか怪しい占いとか、色々やってる店よ。それに……」


 ふと、思い出したように続けた。


「そもそも私、あの人の紹介でお父さんと引き合わせてもらったの。あの人、不思議な繋がりを作るのが得意なのよ。……ちなみに、私とグレンも営業時間外に、面白半分で占ってもらったことがあるんだけど……」




 薄暗い店内。天井から吊るされた乾燥した植物と古びた水晶玉が印象的な小さな店。店主は黒いローブを纏った女性で、不気味に笑いながら二人を迎えた。


「さあ、占わせていただきましょう……」と低い声で言いながら、水晶玉を撫でた店主は、アリーシャをじっと見つめてこう続けた。


「あなたは何か……悩み事を抱えていますね?」

「コイツ、バーナム効果に頼りすぎだろ……」


 グレンは思わず、そう小声でぼやいた。


 アリーシャは肘で軽くグレンを突き、「しっ! ちゃんと聞いてるんだから!」とたしなめたが、その後の占いも特に核心を突くような内容はなく、二人は軽く失笑しながら店を後にしたのだった。



 ユキはその話を聞いて、「なんだか怪しい店だね」と笑ったが、直後、アリーシャの言葉に驚かされることになる。


「でもあの人、サナさんと関わりがあるのよね……不定期的にこの街に行商に来る、あの」

「“あの”⁉」


 ユキは、サナが意外にも大物扱いされていることの方に驚いてしまった。


 グレンも頷きながらこう話した。


「あぁ、あの人、何かただ者じゃないオーラ出してるよな。でも、店主とはけっこう気軽に話してたっぽいぞ」



 ある夜、黒魔術の店の薄暗い裏口で、サナが手に小さな布袋を持って立っていた。その様子を、偶然にもアリーシャとグレンが目撃していた。


「例のブツ、持ってきましたよ……」


 サナは淡々と言いながら、店主に袋を渡した。


「ありがて~! 本当に助かるよサナちゃん!」


 店主は嬉しそうに袋を受け取っていた。



 その話を聞いて、ユキはサナの行動を思い返す。サナは月に一度ほどのペースで、自作の魔法道具の部品を街に運んでいたはずだ。そして、その届け先がこの店だったのだと気づく。


 ユキは内心で(サナ、他人と関わるとき、無駄にミステリアスな雰囲気醸し出してるんだよな……実際は全然そんなんじゃないのに……)とぼやいた。


 とはいえ、サナが街で深い人間関係を築くことはほとんどないと知っていたユキにとって、彼女の数少ない対人関係を垣間見たのは、不思議な感覚だった。

 そんな話をしていると、タイミングよく黒魔術の店の店主が顔を出してきた。


「おやおや、若者たち、私の話で盛り上がってるのかい?」


 ユキは店主の突然の登場に驚いたが、にっこり笑って言った。


「サナも街で交流あるんだって知って安心しました! これからもサナと仲良くしてくださいね!」


「えぇ……? 君はサナちゃんの何なんだよ……」

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