33 謝罪
ユキは震える足でお客様の元へ向かった。
相手はなんだかとても地位が高い「ガチのお偉いさん」らしい。ユキはその圧倒的な存在感にさらに緊張し、深く頭を下げた。
「お客様、申し訳ありません! 私の不注意で、メインディッシュに使用する予定だった、お客様の大切な磁器を壊してしまいました。本当に申し訳ございません。ご迷惑をおかけしたことを重く受け止め、ただちに適切な損害賠償をいたします。詳細につきましては、お客様のご要望に沿う形で誠意をもって対応させていただきますので、何なりとお申し付けください。なお、メインディッシュは別のお皿で提供させていただきます」
ユキは自らの語彙力を振り絞り、精一杯の謝罪しながら、木箱にまとめた磁器の破片を差し出した。あたりは一瞬静寂に包まれ、心臓がまた早くなる。許してもらえるだろうか──そんな不安が頭をよぎる。
「うわ~マジか! ドンマイです店員さん」
陽気な青年が、軽い口調でユキを慰めた。
「この磁器の所有権は、正確には私達ではなく、お爺様にあるんだ。私としては彼を許したいのだが、どうしたものか……」
寡黙な兄がそう呟くと、ユキの心はますます重くなった。優雅な少女はしばらくユキの姿をじっと見つめていたが、やがて笑みを浮かべ、静かに口を開いた。
「確かに、この磁器はお爺様が私たちのために用意してくださった、とても貴重なものですわ。でも、あなたがそのように一生懸命に謝ってくださるなら、もう十分です。私にとって最も大切なのは、誠実さと責任を持って行動すること。それを、あなたは示してくれましたわ」
ユキは驚きのあまり、目を見開いた。そんな彼に、優雅な少女はさらに続けた。
「ただ一つ言わせていただきますと、お茶碗がはまった時点で教えてくだされば、魔法ですぐに対処いたしましたのに……」
その言葉に、ユキは一瞬呆然としたが、すぐにホッとした笑みを浮かべた。
「すみません、本当に……次からは、もっと早く頼るようにします!」
ユキのあまりにも無邪気な言葉に、陽気な青年は思わず吹き出した。優雅な少女は軽く頷きながら、ユキの手に目を向けた。
「それよりも、あなた、手を怪我しているじゃありませんか」
「えっ? あ、これ……」
ユキが気まずそうに手を隠そうとすると、優雅な少女は静かに手を差し出し、魔法でユキの手を治し始めた。彼女の手から放たれる柔らかな光が、ユキの痛みを瞬く間に消し去った。
「さあ、これで大丈夫ですわ」
ユキは驚愕し、思わず口にしてしまった。
「あなたが神か?」
優雅な少女はその言葉に微笑み、何も言わずに席に戻った。ユキはその後、再びルイーネとカルロの元に戻り、感謝の言葉を伝えた。
「なんか、お客様、すごく優しくて……しかも、怪我も治してもらっちゃいました! どうにかなったっぽいです! よかった~」
二人も笑顔で頷き、ユキを励ました。
「良かったじゃないか! これでまた一歩成長だな」
「そうだね、ユキ君。みんな、失敗を重ねて成長していくのよ!」
ユキは二人に支えられながら、少しだけ自信を取り戻し、再び仕事に戻ろうとした。しかし、
「ユキ君、ちょっとこっち」
店長の低い声が背後から飛んできた。
ギクッとしながらも、ユキはゆっくりと振り返り、弱々しい声で答える。
「……はい」
重い足取りで店長のもとへ向かうと、案の定、叱責が待っていた。
「今回はお客様が寛大だったから良かったものの……」
「はい……」
「許してもらえない可能性も十分にあった。そうなれば、責任はこの店全体に及ぶことになるんだぞ」
「本当に、すみませんでした……」
「そもそも、何かトラブルが起きたときに、自己判断で事を進めようとするのが──」
その後も店長からのお叱りは続き、ユキはただ肩を落として謝ることしか出来なかった。
その後、ルイーネとカルロは励ましてくれたが、バイトが終わり、森の屋敷までの道のりを歩くユキの心には、複雑な思いが渦巻いていた。今回の失敗や、ルイーネやカルロからの励ましを思い出し、感謝の気持ちと自己嫌悪が入り混じった感情に押し潰されそうだった。
「自分って本当に不甲斐ないな……」と考えていたその瞬間、突如としてイノシシ型の魔獣が自分めがけて突進してきた!
「うわあっ!?」
ユキが反射的に膝蹴りを放つと、魔獣はそのまま倒れてしまった。驚きで呆然と立ち尽くしていると、木陰に何かの気配があることに気づいた。
「……はっ!?」
三匹のうり坊がこちらを見ている。悲しそうな瞳で、母親の亡骸をじっと見つめている。
「き、気まずい……」
ユキは、とりあえず魔獣の亡骸を木陰に移動させ、うり坊達のために木の実を採ってそっと地面に置いた。屋敷に帰ると、サナに昨夜のゴキブリ騒動について謝るため、気まずそうに声をかけた。
「ただいま……サナ。昨日、というか今日の夜はごめん。せっかく退治してくれたのに文句言って……」
ユキは肩を落としながら頭を下げた。サナは微笑んで手を振り、明るく返事をした。
「おかえり~ユキ。そんなに落ち込まなくても平気だよ。結界強化して、ゴキブリとか害虫が入れないようにしておいたからね!」
サナは得意気に胸を張った。
「本当? ありがとう、サナ。すごく助かるよ」
サナはさらに続けた。
「他にも入れたくないものがあれば言ってね。苦手な虫とかいる?」
ユキは少し考えてから、少し恥ずかしそうに答えた。
「あ、ありがとう! そうだな……蛇とか、ネズミも嫌だな」
「えぇ~蛇もネズミも可愛いのに」
「……そうかな?」
ユキはサナにとっての「可愛い」の基準がだんだん分からなくなってきた。
「まぁ分かったよ。蛇もネズミも入れないようにしておくね」
サナはそう言ってユキを安心させるように微笑んだ。ユキは、サナと話すことでやっと心が落ち着いてきた。そして、散々だった今日のバイトのことについて話した。
「今日は本当に散々だったんだ。ミスってお客様の私物を壊しちゃって。お客様が優しくて許してもらえたのは本当にラッキーだったけど、良かれと思ってやったことが全部裏目に出て、失敗してばかりで……店長には怒られるし」
サナは優しくユキの話を聞きながら、
「それは散々だったね。厄日だったのかな? でも、ユキが無事に帰ってきてくれてよかったよ」と微笑んだ。
その言葉にユキは安心し、続けて自分の中に渦巻いていた感情をサナに打ち明けていった。
「その上、イノシシに襲われてさ。びっくりして膝蹴り入れちゃって、イノシシが倒れたかと思ったら、木陰から三匹のうり坊がじっとこっちを見てきて、凄く複雑な気持ちになったよ」
「……じゃ、食べよっか」
サナは、既にイノシシ汁を用意しており、平然とした顔でそう言った。
サナは、森で事故死した野生動物や魔獣など、何らかの理由によって発生した新鮮な食材を、自動的に屋敷に運ぶ「食品調達システム」を魔法で構築していた。そのおかげで、まさに今ユキが倒したイノシシ型魔獣も、しっかり調達されていたのだ。
ユキは一瞬呆然としたが、サナの飄々とした態度に思わず笑ってしまい、心が軽くなった。
「いただきます!」
食事をしながら、サナはふと思い出したように話し始めた。
「あ、そうそう、今日ね、シドウさんが前回のダンジョンの件を踏まえて『魔力と人狼の体質に何らかの関連性があるんじゃ無いか』って話をしていたのよ。で、ユキにも研究に協力してくれないかって」
「えっ、そんな話になってたの⁉︎ 面白そうだから俺も協力するよ!」
ユキは目を輝かせ、興味津々で身を乗り出したので、サナは嬉しそうに笑った。
「おっ、凄い乗り気じゃん。良かった〜シドウさんもきっと喜ぶよ。まぁ、問題はレーナちゃんだよね……」
「あっ、そっか……あの子も居るのか……! あの子ずっとあんな感じなの?」
「うん。あんな感じだよ。まぁもう慣れたけどね。でも、今日色んな魔法を試してるときは楽しそうにしてたよ。あの子、使命感とか過去に縛られて活動してるのかな〜と思ってたけど、実は普通に魔法が好きなのかも」
「そっか〜」
ユキは穏やかに相槌を打ちながら、サナと雑談を続けた。
ただ、サナにはどうしても打ち明けられなかったこともあった。
ユキは、自分の正体がばれていたにもかかわらず、グレンがすんなりと受け入れてくれたことに驚いていた。彼の
「正直に生きる方が気楽だと思うぜ」
という言葉が心に残り、さらに今日のアルバイトでも、自分がどんな失態を犯そうとも励まし、支えてくれる仲間たちの存在を感じるたびに、ユキは考えずにはいられなかった。
"自分が人狼だということを隠し続ける必要は本当にあるのだろうか?"と。




