31 食堂に「ガチのお偉いさん」が来た!
ユキが食堂に到着すると、すでに準備が始まっていた。厨房からは仕込みの音が響き、食器を並べる音が忙しなく聞こえてくる。ユキは一瞬、気まずさを覚えたが、すぐに気を引き締め、仕事に取り掛かることにした。
「おはようございます!」
ユキが明るく声をかけると、いつものスタッフ達も、明るく挨拶を返した。ユキはアルバイトに集中することで、少しでも昨夜の出来事から気を紛らわせようと思った。
「ユキ君おはよう! なんかさぁ、今日、いつもと状況が色々違うらしいんだよ」
そう教えてくれたのはアルバイト先の先輩であるルイーネだった。
彼女は、ユキがここでアルバイトを始めたときからずっといる、ユキより一個年上の先輩である。
「え、まじですか。俺いつも通りかと思って、寝不足なんですけど、やばいかな……?」
「いやいや、仮にいつも通りでもちゃんと寝な?」
「そうですよね〜……いや、でも聞いてくださいよ……! 今日深夜にアレが出たんですよ。黒光りしてカサカサいうやつ。それが怖くて全然寝れなくて」
「うっわ、それは最悪だね。退治できたの?」
「家族が退治してくれました。でも、そのためだけに深夜に叩き起こしちゃったから、怒られちゃって」
「え~でも良かったね。虫の対処できる人がいて」
二人がバイトとは無関係の雑談をし始めたとき、店長が間に入り業務連絡をしてきた。
「はいはい。二人とも、今日はイレギュラーなんだから、ちゃんと気を引き締めな。今日は二階の特別な部屋で、特別なお客様をもてなします」
ユキは雑談を楽しんでいたが、店長からの業務連絡を受け、気を引き締めることにした。今日は仕事内容が普段と違うということもあって、ユキは少し緊張してきた。特に「特別なお客様」と聞いて、ただ事ではない雰囲気を感じ取っていた。
「特別な部屋って、あの二階のVIPルームのことですか?」
ユキは店長に尋ねた。
「そうだ。今日は大事な接待があるから、ミスのないようにな」
店長は真剣な顔で答えた。ユキとルイーネは顔を見合わせ、「これは大変だ」とお互いに頷いた。
ユキは他のスタッフ達と共に、二階のVIPルームに連れられ、その豪華な内装に圧倒された。壁には高級な装飾品が飾られており、普段の食堂とはまったく違う雰囲気だ。
「俺、ここで二年以上働いてきたけど、この部屋初めて見ましたよ……」
「まぁな。ここはそう滅多に使うことはない。詳しくは言えないが、今回のお客様は極秘でこの街へ来た、ガチのお偉いさんだ」
ユキは、「ガチのお偉いさんって、本当に何者なんだろう?」と緊張してきた。以前、どうやら王族の血を引いているらしいシドウがこの食堂に来たこともあるが、そのときでさえ、特に特別な対応はしていなかった。
「俺、この部屋に入るのも初めてだし、ちょっとプレッシャーだなぁ」
ユキがつぶやくと、隣にいたルイーネが微笑んで、
「大丈夫だって。落ち着いて、いつも通りの平常心でやれば、大丈夫」
と励ましてくれた。ユキは「うん、頑張る」と返しながらも、心の中では
「でも一体誰が来るんだろう?」
という疑念が渦巻いていた。そのとき、店長が静かに言った。
「もうすぐお客様が到着する。いいか、今日のことは絶対に外に漏らすな。特にこの部屋に誰が来るかは、一切口外無用だ。覚えておけ」
ユキはますます緊張しながら、指示通りに準備を進めた。やがて、階段の音が近づき、ドアがゆっくりと開かれた。
「すげえ! 地方の街の食堂とか全然期待してなかったけど、なかなか綺麗じゃん」
「お前、期待してなかったとかわざわざ大きい声で言うなよ……」
「きっと私たちのために、気を遣ってくださったのよ」
VIPルームに入ってきたのは、綺麗な服装をした若者三人だった。一人は陽気な十代後半ほどの青年、一人は二十代前半ほどに見える寡黙な男性で、会話を聞く限り先ほどの男性の兄らしい。最後の一人はしっかりとした風格のような物を感じる、十代後半くらいに見える少女だった。
ユキは三人の様子を見て、こう思った。
いや、マジで分からん……誰だよアンタら……
ユキは三人に丁重に挨拶する店長を見て、「なんか本当に凄い人達なんだろうな」ということは分かったが、彼らが何者かまでは分からなかった。
「うわー、ほんとに地方のこんなところで食べるとは思わなかったよ! ま、逆にそれが面白いんだけどね」
と、陽気な青年は周囲を見回しながら大声で話している。その一方で、寡黙な兄と見られる男性は、特にリアクションを示さず、静かに後ろに立っていた。彼の雰囲気は、どこか冷静で落ち着いており、弟の軽薄さとは対照的だった。最後に、少女が陽気な青年を注意するように話しかけ、
「本当に、こういう場でも礼儀を忘れないように」
と、厳かな声で諭している。彼女の姿勢や言葉遣いから、彼女がリーダー格なのか、もしくは何か重要な役割を担っているのだろうとユキは感じた。
ユキは店長が丁寧に挨拶をしている様子を見て、この人達がとても重要な客だということは理解したが、やはり彼らが誰なのかはわからない。心の中で「本当に何者なんだ……」と繰り返すだけだった。店長が一歩前に出て、さらに低姿勢で
「本日は当店にお越しいただき、誠にありがとうございます。特別なお食事をご用意しておりますので、どうぞごゆっくりお楽しみください」
と声をかけた。陽気な弟が
「うわ、特別? 楽しみだな!」
と期待に胸を膨らませる一方、兄と少女は静かに店長の言葉を受け止めていた。ユキはそのやり取りを見ながら、緊張しつつもプロフェッショナルに振る舞おうと心に決めた。
とは言っても、普段からユキの仕事は、厨房での簡単な調理やドリンク作り、皿洗いや掃除、荷物運びなどの裏方仕事が中心で、実際に接客をすることは少なかった。ユキは厨房に戻ると、少し緊張が解けた。
「……ルイさん、あのお客様方が何者なのか、分かりましたか?」
「いや、全然分からない。でも、いつも誰にでもフランクな店長が、あそこまで誰かに気を遣っている様子は初めて見たわ。本当になんか、地位の高い人達なんでしょ。多分、王族とか……ほら、この国の王族って、みだりに民衆に素性を明かさないじゃない?」
彼女の言葉にユキは少し考え込んだ。
「王族がこんな地方の街に来る理由が思いつかないなあ」
「私だって分からないよ。ただ、あの三人が普通じゃないってことは明らか。店長があんなに緊張してるの、初めて見たもん」
ユキは少し考えを巡らせた。もしかしたら、彼らは何か特別な任務でこの街に来ているのかもしれない。
「王族だとしたら、俺たちが普通に接していいのか少し不安になるな」
「ま、私たちは普段通りに仕事をするだけ」
そうルイーネが言うと、ユキは少し肩の力が抜けたような気がした。
「そうですよね。とにかく、今日はいつも以上に気を引き締めて頑張ります」
ユキは気を取り直し、仕事に集中することに決めた。
ユキは驚愕した。いつも、わかりやすく美味しく、ボリューミーな料理を作っているシェフが、今日は繊細な味付けで、装飾の施された大きな皿に、少量の料理をのせたものを大量に作っていた。
「カルロさん、こんな高級そうな料理も作れるんですね!」
「へへっ。一応俺は昔、美味い料理で有名な、隣国の一流レストランで修業してたんだぜ」
シェフのカルロはそう自慢げに話した。
「そうだったんですか! 普段の料理も美味しいし、こんな高級感のある料理も作れるなんて、天才じゃないですか!」
ユキの称賛に、カルロはますます機嫌を良くし、笑みを浮かべた。そんなカルロの様子に、ユキも微笑んだ。
カルロはふくよかな体型のせいで厨房内のちょっとした障害物になってしまうこともあるが、その温厚な性格と確かな料理の腕で、みんなに愛されている食堂のマスコット的存在だ。
「カルロさんってすごい人だったんですね」とユキが感心しながら言うと、カルロは照れくさそうに「まあな!」と返し、再び繊細な料理に集中していた。
ユキは、食堂スタッフの仲間が一段と頑張っている姿を見て、自分も気を抜いていられないと感じた。すると、メインディッシュ用の特別な磁器が三枚運ばれてきた。その皿はお客様が遠い国から直々に取り寄せた最高級品らしい。白地に細かな装飾が施され、見るだけで高価だとわかるその磁器に、ユキは思わず息を呑んだ。
「すごいな、こんな高級品、初めて見たかも……」
ユキは磁器をじっくりと眺めていたが、ふと気づいた。
「ん? これは、汚れか?」
三枚の磁器のうちの一枚に、普段なら気にも留めないような、微細な擦れ跡のような汚れがあったのだ。VIP対応であることを考えると、その小さな汚れさえも大問題だ。
「これはまずい……!」
ユキは焦りながら、すぐに皿を手に取り、丁寧に洗おうとした。緊張感が一気に高まり、ユキは慎重に水と布を使って汚れを拭き取っていく。
「頼む、綺麗に取れてくれ!」




