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30 夜の街での邂逅

 時間は遡り、今日の深夜三時過ぎ、ユキはゴキブリへの恐怖とサナに怒られてしまった気まずさから、気分転換しようと街へ出かけていた。


 昼間は賑やかなこの街も、この時間になると人通りがほとんどなく、多くの店は閉まっていた。街明かりのある方へふらふらと行ってみると、開いているのは賭場や薬物喫煙施設、怪しげな黒魔術の店などの、入りがたいお店ばかりで、道には薄暗い街灯が灯っているだけだった。ユキは肩を落としながら、ゆっくりと歩いていた。


「なんであんなことで怒らせちゃったんだろうな」


 ユキは自分の言動を反省しつつも、やっぱり怖かったゴキブリを思い出して背筋を震わせた。

「Gなんて、嫌に決まってるよ……」と小さく呟く。ユキは夜風に当たりながら、どうやってサナと仲直りしようかと考え始めた。


 すると、さっき通り過ぎた夜の店の裏口から、見知った顔が現れた。


(──あ! この前のバイト先で異様に口が悪かったグレンだ!)


 以前、劇団の交流会に参加するための臨時収入を稼ぐべく、日雇いの引っ越しバイトをしていた時、共に働いたあのグレンだ。深夜の街には他に人がいないため、必然的に二人は顔を見合わせてしまった。一瞬、気まずい空気が流れたが、先に口を開いたのはグレンだった。


「あ、お前、この前のバイト先の……」

「久しぶり! 覚えててくれたんだ」


 ユキはそう言い、話をしようとした。しかし、次の瞬間発されるグレンの言葉に、衝撃を受けることになる。


「人狼のヤツじゃん」


 ユキは焦った。どうして、グレンにそのことがバレているんだ⁉ ユキは恐る恐るグレンに質問した。


「えっと、どうしてそう思うのかな?」


「はぁ? お前、あれで隠せてるつもりだったのかよ。この前のバイト終わりの飲み会、お前ら全員酔っ払って、お前は、完全に擬態切れてたぞ」


 グレンはユキに呆れつつこう返答した。


「そうだったの⁉︎」


 ユキは、そのときのことを頑張って思い出した。


「あ、あぁ! そういえば君、飲み会の最初にアルコール無理だって……!」


 確かに、グレンは飲み会の最初にこう言っていた。


「わりぃ、俺マジでアルコール無理なんだわ」


 グレンは気まずそうにそう話していた。その言葉にユキは、


「いいよいいよ、全然! ジュースで一緒に酔っ払おうぜ!」


 などと言い、その後見事に酒で酔っ払ったのだった。グレンは不敵な笑みを浮かべつつ、こう話した。


「そうだよ。俺以外のヤツらは全員酔っ払って分かってなかったけど、俺はシラフだったから、お前の痴態もバッチリ覚えてるってわけ」


 ユキは、「ガーン!」という擬音が背景に浮かんでくるほど、あからさまに焦った。その様子を見てグレンは笑った。焦ったユキは、グレンに取引を持ちかけた。


「えっと、じゃあ、こうしよう! グレンは、俺が人狼だって事は、みんなには絶対に内緒にしてくれ! もし言ったら俺は、お前がこの店に出入りしていたことをみんなにバラす!」


 ユキは名案を思いついたと感じ、自信満々にこう言い放った。


 しかし、グレンは


「いや、別にいいけど。というかここ俺ん家だし」

 と、真顔で答えた。


「えっ……?」


 ユキは言葉を失った。グレンは続けて話した。


「俺の母ちゃんが元々ここで働いてて、俺はこの店に引き取られて育ってきたってワケ」


 ユキはグレンの言葉を聞き、


「あ、そうだったのか。なんかごめん、変な疑いをかけて」


 と謝罪をしたが、内心では

「終わったあぁああ!」と、取引が成立しなかったことに大焦りしていた。

 グレンもその焦りを感じ取ったのか、ユキに呆れつつ、こう話した。


「別に言わねぇよ……お前には世話になったしな。というかあれで隠せてるつもりなのはアホすぎ。ほんと、酒には気をつけろよ」


 ユキはその言葉に感激し、グレンに感謝した。


「ありがとう! やっぱりグレンは口が悪いだけで良いやつだな!」

「お前、いつも一言余計なんだよ!……というか、お前の方こそなんでここにいんだよ?」


 グレンがそう聞いてきたので、ユキは、事の経緯を説明した。


「……それで、街明かりのある方へふらふら歩いてたら、こんな所まで来ちゃって」


「こんな所ってなんだよ。住んでんだぞ、こっちは。……というかお前、ゴキブリ如きでキャーキャー言ってんのかよ。ダッセェ」


 ユキは図星でショックを受けたが、こう反論した。


「仕方ないよ! 人には向き不向きあるんだから!」


「あっそ。というか、なんでそんなに正体隠そうとしてんだ? この前のバイト、別に人狼禁止とか無かっただろ。今時そんな仕事場減ってきてるぜ」


 グレンは純粋に疑問を呈した。


「あー、家族に、正体は隠しとけって言われてて……」


「え、マジか。俺がどうこう言える立場ではないかもしれねぇけど、考え方が古いんじゃないか?……というか、お前もわざわざ律儀に言いつけ守る必要ねぇだろ。逆に、わざわざ隠す方がやましいことがあるんじゃないかって疑われるかもしれねえぞ」


 グレンはユキの家族の言動を不審に感じているようだった。ユキはグレンの言葉に少し困惑しながらも、


「そうかな……? 別に悪い人ではないんだ。ただ、ちょっと心配性でさ」


 と、サナを擁護した。グレンは鼻で笑い、


「心配性か。まぁそいつも、お前にそう言う理由があるんだろうけどな。俺は人狼だろうが何だろうが、ちゃんとやってりゃ問題ねぇだろって思うぜ。お前、隠してるせいで逆に生きづらくなってんじゃねぇか?」


 と、少し真面目な口調で言った。ユキは少し考え込んだ。


 確かに、グレンの言うことには一理あるかもしれない。ユキは街での生活で息苦しく感じることが稀にあった。それは、自分が何かを隠しているという感覚が常に頭の片隅にあるからなのかもしれない。


 しかし、ユキにとってサナの言葉は重かった。サナはいつもユキのことを最優先に考えてくれているし、彼女の言いつけを無視するわけにもいかなかった。


「うーん、でも……あの人は俺を守ろうとしてくれているし、そう簡単には打ち明けられないんだよ」


 と、ユキは少し困った顔で答えた。グレンは肩をすくめ、


「まぁ、お前がそう言うなら仕方ねぇけどな。ただ、俺は隠し事とか面倒くさいから、正直に生きる方が気楽だと思うぜ」と言い放ち、軽く手を振って歩き出した。


「そっか、グレンは、自由に生きてるんだな」


 と、ユキは彼の背中を見送りながら呟いた。グレンの言葉は無責任なようでいて、どこか重みがあり、ユキの心に響いた。深夜の街に、再び静かな空気が戻ってきた。ユキはふと、夜風が冷たくなり始めたのを感じ、帰ったらサナに謝ろうと思い立った。


 ユキは屋敷に帰るとゴキブリが怖いため自室には戻らず、ソファで一旦眠りについた。


 午前十時、ユキは今日、食堂でのアルバイトの予定があるため目を覚ましたが、サナは夜中に起こされた影響でまだ眠たいらしく、起きていなかった。ユキは気まずい気持ちを抱えつつ、わざわざ起こすのも悪いなと思い、早々とアルバイト先に向かうことにした。


 街は朝の日差しを受けてゆっくりと活気づき始めていたが、まだ人通りはまばらだ。アルバイト先の食堂に向かいながら、ユキは頭の中で昨夜のグレンとの会話を振り返っていた。グレンの


「隠してるせいで逆に生きづらくなってんじゃねぇか?」


 という言葉が、頭から離れなかった。自分の正体を隠して生活することに、どれほどの意味があるのか、改めて考える時間が必要だと感じていた。

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