29 第二回魔法研究会
アランとリヒトがダンジョンで再会を果たし、アランが劇団へ復帰してからしばらくして、サナの屋敷に再びシドウとレーナがやって来た。レーナはむっすーとした不服そうな表情で、前回のダンジョンの件について聞いた。
「ハァ、あんた達さぁ、わざとあたしをのけ者にしたんじゃないでしようね? 月光力を増幅させる鏡とかさ……ルカの片親人狼説が濃厚になった今となっては、ものすごい重要情報じゃない? というか、アランとかいう人狼の野郎、結局許されたのかよ!」
いつものことだが、あからさまに不機嫌な様子のレーナに、シドウは必死になって弁解をした。
「違うんだ! 今回の件に関しては、私達は本当に偶然集合してしまった。月光力を増幅させる鏡があるということも知らなかった!」
「まぁアランさんのことに関しては、私達がとやかく言える問題じゃないしね。今までの実績が認められたんじゃない?」
レーナはムッとした表情を崩さず、「ふん、あたしは許せないわよ」と言いながらも、サナたちの言い分を一応は聞き入れた様子だった。
シドウは月光力の謎についての考えを発表し始めた。
「さて、本題に入ろう。この前ダンジョンで発見した秘宝の鏡は、残念ながら私自身が破壊してしまったため、その魔法の原理を完全に解析することはできなかった。しかし、重要なのは月光力を利用して魔力を増幅させる装置が、実際に存在していたという事実だ」
これを聞いたレーナは不満げな顔をさらに強張らせた。
「そんなものが存在するなら、人狼共がどんなに自制を頑張ったとしても危険じゃない! やっぱりあいつらは生き物としての性質上、今よりも管理を強めるべきよ!」
シドウは慎重に言葉を選びつつも、レーナの懸念に同意する部分もあった。
「確かに、レーナの言うことには一理ある。だが、今まで私でさえ知らなかった装置が、容易に一般の手に渡るとは考えにくい。とはいえ、このような装置が存在することが分かった以上、人狼の暮らす町や職場では、この種の装置の使用を厳重に禁止する必要があるだろう。ただ、現時点ではアレの他に、月光力を利用した魔具が存在するか分かっていない」
彼はさらに話を進め、月光力の原理についての不明点を強調した。
「これまでの情報では、月光力はその原理がほとんど解明されていないため、正確には魔力として分類すべきかどうかすら分かっていないんだ。現段階では、月光力は満ちると人狼を錯乱させる力としか認識されていない。しかし、私が注目しているのはサナさんの母親が行った実験だ。彼女は満月の日に、特定の条件を満たした人狼と関係を持ち、最終的にサナさんが誕生した。これは偶然ではなく、月光力、人狼の体質、そして魔力との間に、何らかの深い関連性があると考えられる」
サナはじっくりとシドウの話に耳を傾け、彼の言葉に納得した様子で語り始めた。
「確かに、人狼の生態って、まだまだ謎が多いわ。『そういう生き物だから』って理由で、長い間軽視されてきた気がするけどね。私もユキと一緒に暮らしてきて、いろいろ感じてきた。まず、あの異常な身体能力。魔力で強化しているわけでもないのに、あの馬鹿力がどこから湧いてくるのか、本当に謎。普通の人間じゃ考えられない」
サナはさらに興味深い事実を明かした。
「それに、何より一番不思議なのは擬態能力。ユキが街に出るとき、人間の姿に擬態させているんだけど、あれは私が魔法でどうにかしているわけじゃないの。ユキ自身が自分の力でやっているのよ。どうやってあの特徴的な耳や尻尾を隠し、人間の耳を生やしているのか全く分からない。ユキ自身も『気合いでやってる』って言ってるけど、原理は彼も理解していないみたい」
これを聞いたレーナは、気まずそうに苦い表情を浮かべた。
「うっ……あたしも知らずに、人間になりすました人狼と関わってしまうかもしれないってことね」
彼女は軽い嫌悪感を滲ませつつ、サナの言葉を噛み締めた。サナはさらに思索を深め、
「だからこそ、人狼の軽視されてきた部分に、魔力や月光力に関する何か大きな手がかりが隠されている可能性がある。ユキがやっていることを単なる生得的な能力と片付けるには、まだまだ謎が多すぎるのよ」
このサナの意見にシドウも同調し、彼はさらに深く人狼の謎に関心を寄せた。レーナも不満を抱きながらも、サナとシドウの会話に引き込まれていた。
シドウは、サナの言葉を振り返り、こう質問した。
「そういえば、ユキ君を擬態させているのは彼を差別から守るためですか?」
その言葉にサナは痛いところを突かれたと思い、気まずそうな表情を浮かべながら、正直に話した。
「いや、もちろんそれもあるけど……あの子が街で他の人狼達と出会って仲良くなって、そっちのコミュニティに行っちゃったらと思うと、寂しくてね」
この言葉に二人は絶句した。サナは、
「私だって、こんなだけど、そろそろユキ離れしないとやばいと思ってるよ!」と叫び、元の話題に話をそらした。
◇
「やはり、人狼の生態と魔力の関連性については調べるべきですね。研究に協力してくれる人狼はこちらでも募りますが、ユキ君にも協力してもらえないか、サナさんから聞いてくれませんか?」
「分かりました。一応聞いておきます」
レーナはふと、今日もユキがいないことに気づくと、気まずそうにこう話した。
「あいつ、あたしを避けるために今日も出かけているのかしら?」
サナはレーナの言葉に、少し迷ってこう返答した。
「いや、ユキはバイトに行ってるだけだよ。……そういえば今日、私ユキと一言も話してないな。別に言うほどのことじゃないから黙ってたけど、実はちょっとユキと気まずくなっててさ。朝からなんか私を避けるように出かけていったよ」
その言葉にシドウは驚いて
「へぇ。お二人はとても仲が良い印象だったので意外です。割とよくあることなんですか?」と聞いた。
「いや、よくあるってほどではないけど、しょうもない理由でちょっと揉めただけだから、そんなに気にしないで良いですよ」
サナは苦笑いしながらそう答えた。
二人が揉めている理由は実際、本当にくだらなかった。今日の深夜三時過ぎ、屋敷にユキの悲鳴が響いた。
「うわあああああああ! 出たぁ!」
ユキは大急ぎでサナの部屋へ突入し、魔道書を抱えながら熟睡していたサナを叩き起こして助けを求めた。
「サナ、あれ! あれが出たんだよ! どうにかして!」
「どうした⁉︎ 何が出たんだ……⁉︎」
サナはユキの慌てぶりに事態を飲み込めぬまま、本気で心配してベッドから飛び起きた。寝起きが悪いサナにしては、迅速な対応だった。サナは急いでユキの部屋に向かった。そして、ユキが指さす方を見ると、なんと、あの黒光りしてカサカサいう、気持ち悪い虫がいたのだった。
「うわああああ! こっち来た! こっち来た!」
ユキはそれに恐れ慄き、部屋中を逃げ回る。一方で、サナは深くため息をつきながらつぶやいた。
「……なんだ、ゴキブリかよ」
彼女は軽く指を振って魔法を発動させ、一瞬にしてゴキブリを消し去った。サナは、叩き起こされた直後は緊急事態だと思い、完全に目が覚めていた。しかし、それがただのゴキブリだと分かると拍子抜けしたのか、急激に眠気が押し寄せてきた。
「ほら、これで終わり。私はもう寝るから、ユキもさっさと寝なよ。こんな時間に起きてる方がおかしいんだよ」
冷めた口調でそう告げると、サナはそのまま部屋を出ようとする。しかし、ユキは彼女の袖を引っ張り、引き留めた。
「いや、一匹いたら百匹いるって言うじゃん! もう俺、今日はこの部屋で寝られないよ! 魔法でもう居ないか確認してよ!」
「……あーもういないよ。というか、部屋を散らかしてるからゴキも出るんじゃないの? 掃除しなよ」
ユキの部屋は街で貰った謎の置物や、好きな劇のパンフレットやグッズなどであふれていた。未だパニックが収まらないユキはこう反論した。
「物が多いだけで散らかってるわけじゃないから! サナだって部屋に魔道書とか、魔法道具とか沢山あるじゃん! というかなんで家にあれが入ってるの⁉ サナ、結界張ってるって言ってたよね⁉ だったらあれが入って来るのはおかしいじゃん! なんで!」
結界の詰めが甘いと責められたので、サナはそろそろイライラしてきた。
「うるさい。せっかく眠い中ここまで来て退治してあげたのに、なんでまだ文句言われないといけないの。不愉快」
サナはそう言い残し、自室へ向かった。翌朝、サナが起きると『当分あの部屋では寝ません』と書かれたメモが残され、ユキは既に仕事に出かけていた。
今日の研究でサナ、シドウ、レーナは、血液検査の続き、屋敷の中に残されている母親の資料の捜索、以前見つけた母親の日記の文章の考察、そして屋敷の外での魔法実験や魔力の解析などを行なった。
森の奥という、自由に魔法が使える環境に、シドウとレーナは楽しそうにしていた。
しかし、とんでもない情報が出た前回と比べると、今回は特に重要な発見には至らなかった。夕方になり、三人は煎餅をかじりながら紙に実験結果を書き込み、資料を作った。
レーナが席を外している間、シドウは一息つき、少しだけ気まずそうな笑みを浮かべながら口を開いた。
「……さて、サナさんへ王家から通達があるんだけど」
「うん?」
「王家は、サナさんに対して特に敵対的な態度を取るつもりはないよ。むしろ、無駄な衝突は避けたいっていうのが本音だ」
「ふーん……まあ、そりゃそうよね」
サナはさして驚いた様子もなく、片手を顎に添えながらシドウの言葉を聞いていた。
「うん、サナさんの実力は王家としても未知数だからね。だからこそ、慎重になっている」
「……つまり、王家は私の動向を気にしてるってこと?」
「そういうこと。私を通じて、ある程度の状況把握はさせてもらってる」
「なるほどねぇ。で、私に何かしてほしいことでもあるの?」
サナはどこか飄々とした様子で紅茶を飲む。
シドウは軽く咳払いをして、少しだけ真面目な表情になった。
「王家からの正式な依頼は一つだけ。『魔力継承の理論を外部に広めないでほしい』 ってことだ」
「……ああ、その話か」
サナは特に驚きもせず、そう呟いた。
「まあ、別に私は研究の成果をわざわざ広めたいとも思ってないし、そこに特にこだわりもないわ。言うなって言われるなら、それでいいけど。でも、ノヴァジェネの人達が街でビラ配ってるの見たけど、あれは大丈夫なの?」
サナの問いに、シドウは苦笑しながら答えた。
「ああ。はっきり言ってノヴァジェネは、民衆からは『怪しげな団体』としか認識されていないからね……。むしろ、あれを厳しく取り締まってしまった方が、『王家がそこまで過剰に反応する内容なのか?』って、余計に興味を引くことになる。だから王家としては、基本的には静観する方針を取っている」
「ふーん……まあ、確かに、わざわざ弾圧したら余計に怪しまれるか」
サナは納得したように頷いたが、少し考え込んでからもう一度シドウを見た。
「あとさ、もし私が『そんなの嫌だ!』って言ってたら、王家はどうするつもりだったの?」
シドウは少しだけ考える素振りを見せ、それから苦笑いを浮かべた。
「……うん、その場合は、できる限り穏便に交渉を続けるんじゃないかな? でも、最終的には……まあ、なんとかして黙らせる方向に持っていこうとしたと思うよ」
「へぇ」
「ただ、サナさんはそういう面倒なことには巻き込まれたくないタイプだと思ってたし、実際その通りだったから、本当に助かったよ」
「はぁ……まあ、既に巻き込まれてるんだけど。別に私、王家と戦うつもりなんてさらさらないし、これまで通り静かに暮らせるなら、それでいいわ。じゃ、もう話は終わり?」
「うん、話はこれで終わり。ありがとう、サナさん」
シドウは椅子から立ち上がり、微笑みながら礼を言った。
こうして、王家とサナの関係は 「互いに干渉しすぎないが、最低限の情報共有はする」という形で落ち着いたのだった。
そしてシドウは夜からの急用があるらしく、今日の研究はここで終了することとなった。
「今日はご協力いただきありがとうございました! 今回の研究成果、こちらでじっくりと考察します。何か気づきがあった際には、また協力お願いします」シドウはそう言って屋敷を後にした。
レーナも、屋敷の倉庫で偶然見つけた可愛いペンダントをサナからもらい、
「じゃあね、おばさん! 今度はなんか甘い系のお菓子用意しといてよ!」と言って去っていった。
サナはそんな二人の様子を見て
「はぁ、本当に二人とも厚かましいところあるよね。まぁ嫌じゃないからいいんだけど」
と、二人と魔法について色々と語り合えた事に対して充実感を抱いていた。




