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27 満月の夜

 王都でソラシドは、いつものように鳩たちが集う中庭でくつろいでいた。すると、一匹の鳩が彼の元へメッセージを届けにやってきた。


「ん? ああ、シドウ兄様からの返信か。ダンジョンの件、どうにかしてくれたのかな~……え⁉︎ 結局ダンジョンに入っちゃったの⁉ マジか!」


 ソラシドは、シドウの破天荒ぶりに思わず笑い出した。


「月光力を増幅させる魔法道具……? へぇ~シドウ兄様、そういうの好きそうだもんな~」


 ちょうどそのとき、中庭を通りかかったのはシドウの妹であるリーリエだった。


「おー! リーリエ!」


「ソラ君、何かしら? 私、今から魔法のお稽古で忙しいのだけれど」


「いやさぁ? 今シドウ兄様からメッセージ来たんだけど、お前の兄貴マジでエグいよ! 東の国境のダンジョンを攻略して、秘宝をぶっ壊したんだってさ!」


 ソラシドは笑いながら、シドウの武勇伝をリーリエに報告した。


「はぁ⁉ 全くあの人は、何をやっているのかしら。自由奔放が過ぎるんじゃなくて?」


 リーリエは兄に呆れ果てた様子で溜息をついた。


「まぁまぁ! そこがシドウ兄様のいいところじゃん! 今まで王族でこんなにぶっ飛んでる人、他にいた⁉」


 ソラシドはシドウの無茶苦茶な生き方を面白がりつつ、王族という立場に縛られないその自由な姿に密かな憧れを抱いていた。しかし、リーリエはそんな二人に呆れた様子で返す。


「はぁ~……あなたも大概でしょう。それに、あの人は王位継承権を剥奪されたんですから、もう王族ではないんじゃなくて? 本当にあの人、普通に王族としての責務を果たしていれば、いずれ必ず王になれる身分だったというのに……理解に苦しみますわ」


「いや~ほんとシドウ兄様は常識ぶっ飛びすぎてるよな。普通、わざわざあんな場所に自分から飛び込んでいかんでしょ? まぁ、そこが兄様の魅力なんだけどね!」


 ソラシドが笑いながらそう言うと、リーリエは再び深い溜息をついた。


「ええ……でも、あなたの言うその『魅力』が問題なのよ。彼が普通に王族としての義務を果たしていたら、私たちの負担もどれだけ減ったか……」


 リーリエは、兄が自由奔放に生きていることを複雑に感じていた。彼女は王族としての責務に真摯に取り組んでおり、それを無視し続ける兄の姿勢には憤りを覚えていたのだ。


「でもさぁ、リーリエも内心、自由に生きることを羨ましいと思ってる部分もあるだろ?」


 ソラシドが問いかけると、リーリエは少しの間黙り込み、瞳を伏せた。


「そうね、確かに羨ましい部分はあるかもしれない。でも、それと同時に、無責任な行動がどれだけ多くの人に影響を与えるかも考えて欲しいのよ。……とにかく、私はあの人の背中を追いかけるわけにはいかない。私は私の道を歩むしかないんですから」


 リーリエはしっかりとした決意の声でそう言った。

 ソラシドは彼女の言葉に頷きながらも、「やっぱこの兄妹、面白いな~!」と、呑気に思っていた。


 ◇ ◇ ◇


 深い森の奥にあるサナの屋敷に、満月の夜がやってきた。隷属紋が解消されて以来、ユキは自らの人狼としての体質と真剣に向き合うことを決意した。それからというもの、彼は錯乱を抑制する薬を服用し始め、錯乱を抑えるための特訓にも励んできた。


 しかし、今夜の月明かりはとても明るく、そのせいなのだろうか? 少し心がざわついてくる。サナはキッチンでお茶を淹れながら、何となくその変化を感じ取っていた。


「ユキ、あまり無理しないでね。いざとなったら私の魔法で沈めちゃうから!」


 サナの軽い冗談混じりの声に、ユキは、(沈めるって、何されるんだ……⁉)と、ヒヤリとしながらも、笑顔で答えた。


「うん、大丈夫! 特訓の成果もあるから!」


 しかし、その声は少し興奮気味だった。サナはユキの尻尾がピクピクと揺れるのを見て、内心少し心配になった。


(先月、ユキが深夜に大声で歌いながら、ありえない量の炒飯を炒めているのを見たときは、流石に恐れを感じたよね……)


 月が高く昇るにつれ、屋敷の中に入り込んでしまう月光力はますます強くなった。サナは、これ、魔法でどうにか対処する方法無いのかな……? と考えたが、月光力は分からないことが多く、サナにも対処出来なかった。


 ユキの身体に月光力が満ちていき、彼の感情は次第に高揚していく。薬のおかげで錯乱状態にはならないが、興奮は抑えられないらしい。


 ユキは急に立ち上がり、目を輝かせ、こう叫んだ。


「サナ、俺、今最高に歌いたい!」


「またか」サナは半ば諦めたように笑い、彼の気持ちを察した。

「いいよ、でも今度は少し静かにしてね」と軽く忠告しながら、お茶を飲み続けた。


 ユキは大喜びで屋敷の広い部屋に向かい、大好きな劇の曲を全力で歌い始めた。声が大きくなりすぎないよう気をつけてはいるものの、やはり彼の歌声は屋敷中に響き渡る。

 サナは内心うるせぇなと思いながら、ぼんやりと窓の外を見つめて過ごしていたが、ユキの楽しそうな姿に少し微笑んでいた。

 ついにユキは、サナも巻き込んで劇のシーンを再現し始めた。サナは、


(なんだ、これ? 元々どういうシーンだったんだろう……)


 と、疑問に思いながらも、大人しくユキに付き合ってあげていた。


 夜が明け初め、ユキの熱唱がようやく落ち着いた。彼は息を切らしながら、「あー! すっきりした!」と、満足げに微笑んだ。


「落ち着いたならよかった。ね、今からお菓子食べる? この前街へ行ったときに買ってきたのが沢山あるよ~」


 サナは何となく、ユキが落ち着いたタイミングで提案した。


「えっ、お菓子沢山あるの⁉ 食べよう! 食べよう!」


 ユキの目が再び輝いた。抑えきれない喜びがそのまま耳と尻尾に表れ、パタパタと動いていた。サナは、ユキは本当に可愛いなぁと思いながらお菓子の用意をし始めた。




 数日後、ユキはいつものように街の劇場へ来ていた。ただ、今日はいつもと違い、サナも一緒だ。

 サナには劇を観るちょっとした理由があった。ユキの劇再現に巻き込まれた際、(これ、元々どんなシーンだったんだろう?)と疑問に思い、実際に確かめてみようと考えたのだ。


 劇が始まる。


(あ、この声、そしてメイクで分かりづらいけど、あの顔つきは……この前ダンジョンで抱き合っていたリヒトさん? とアランさんだ……)


 つい先日の上弦の月の夜、サナは偶然、ダンジョンで感動の再会を果たした二人に出くわしていた。その場でサナは、ユキが実は人狼であることや、自分が自由にワープ魔法を使えるレベルの魔法使いであることを他人に口外しないよう、二人に釘を刺しておいた。そして、劇を見てサナは思った。


(あ! ユキが再現してたシーンここだ!……やばい、実物観ても結局意味分からん!)


 ──なんと、この劇は抽象的な表現の多い群像劇のミュージカルで、実物を観てもよく分からなかったのだった。


 ユキ、即席でやったにしては再現度高かったんだな……と、サナは感心した。


 劇が終わると、ユキはしみじみと語った。

「何度観ても意味分かんないんだけど、なんか謎に感動するんだよね、これ!」


 それを聞いたサナは、あ、これ、ユキも意味わかってないのね! 意味分からなくて正解だったのね! と少し安心した。


 ユキは再び、しみじみとした様子で呟いた。


「なんか俺、大音量で壮大な音楽が流れてるだけで、謎に泣けてくるんだよなぁ……」

「……大丈夫? 情緒」


 サナは思わずそうツッコんでしまった。




 それから数日後。ユキは、劇の登場人物である様々な猫たちの魅力にすっかり心を奪われていた。劇の中で表現された猫たちのしなやかな動きや美しい歌声に感動し、そのままのテンションで街を歩いていたところ、偶然にも路地裏で本物の猫たちが集まっている「猫集会」を見つけた。


「これはチャンスだ!」と、まるで劇中の一員になったような気持ちでユキは集会に突如乱入。彼は猫たちと友達になれると本気で思い込み、笑顔で近づいた。しかし、猫たちは一斉に背中を丸め、威嚇の声をあげながら毛を逆立ててユキに警戒心をむき出しにした。ユキは「えっ?」と戸惑い、必死で猫たちに「僕は敵じゃないよ!」とアピールしたが、彼の存在は猫たちには脅威にしか映らなかったようだ。結局ユキは、一匹の猫に顔面をひっかかれてしまい、猫集会からは追い出された。ユキは肩を落としてその場を後にした。


 その日の夜、ユキはサナに魔法で顔を治して貰い、この出来事を話した。劇の余韻もあり、猫たちと仲良くなりたかったことを真剣に説明したが、サナは彼の話をじっと聞いた後、真顔でこう言った。


「それはバ……駄目だよユキ、猫は繊細な生き物なんだから」

「今、バカって言いかけたよね⁉」


「ごめんって。でも劇でも歌ってたじゃん『猫は犬にあらず』『なれなれしい口をきくとしりぞけられる』って」


 その言葉にユキは「確かに! そういえばそうだった!」と納得し、自分の行動を反省した。そして、サナが自分の好きな劇をしっかり観てくれていたことに気づき、少し嬉しくなったのだった。

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