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23 不思議な鏡

 ユキは、白い雪原の中に佇んでいた。振り返ると、そこには幼い頃の自分自身が立っていた。幼い自分は寒さに震えながら、ユキをじっと見上げる。


「ねぇ、君は今、幸せ?」


 突然の問いかけに、ユキは一瞬息を呑んだ。幼い自分は虚ろな目で続ける。


「思い出してよ、あの時のことを。君は母さんに手を引かれて雪山に連れて行かれたよね。でも帰りは、一人ぼっちだった。あの時、母さんは振り返りもしなかった。どんなに泣いても、どんなに叫んでも。ねぇ、本当は分かってるんでしょ? 君は誰にも愛されていなかったんだ」


 ユキの心の奥にひっそりと残る孤独の傷が痛む。「なんでそんなことを言うんだ」と、思わず拳を握りしめた。幼い自分の言葉はさらに続く。


「それに、分かってる? サナだって、僕を拾ったのはただの気まぐれだよ。森の奥で暮らしてるサナには、他に誰もいなかった。僕を拾ったのは、たまたま近くにいたから。それを愛だなんて思ってるの? 本当は君だって気づいてるんじゃないの? サナにとって君は、ただ孤独を埋めるための道具みたいなものだって」


 その言葉に、ユキは一瞬動揺した。しかしすぐに、サナとの日々が脳裏に蘇る。サナが自分に向けてくれた笑顔、優しさ、そして叱る時の真剣な眼差し── そのすべてが愛に満ちていたことを思い出すと、幼い自分の言葉を否定する気持ちが自然と湧き上がった。


「……それは違うよ」


 ユキは静かに息を整え、一歩を踏み出して幼い自分の目を見つめた。その声は柔らかく、しかし確信に満ちていた。


「確かに、俺はあの時、母さんに捨てられて、ひとりぼっちだった。あのときの寂しさと苦しさは、今でも忘れられない。でも、サナが助けてくれた。たとえそれが気まぐれだったとしてもいいんだ。俺にとっては紛れもなく救いだったんだから。それに、サナがどれだけ俺を大切にしてくれたか、俺が一番よく分かってる」


 幼い自分が口を開きかけるのを見て、ユキは優しく微笑む。


「それに、サナだけじゃない。俺には街の友達もいる。強い絆を見せてくれたリヒトさんやアランさん、シドウさんだって、俺に協力してくれた。俺はちゃんといろんな人に支えられてるし、俺もその人たちを支えたいと思ってる。だから、もう大丈夫だよ」


 その瞬間、雪原の景色が静かに崩れ始め、幼い自分の姿が少しずつ薄れていった。消えゆく幼い自分は、最後に小さく微笑んで呟く。


「……そっか。なら、もういいよね」


 雪原の風が静まり返ったとき、ユキは深く息を吐いた。胸の中には、不安が少しずつ消え去り、代わりに温かな感情が広がっていった。




 リヒトが目を開けると、そこは劇団の稽古場だった。埃の匂い、磨き込まれた舞台板の感触、そして目の前には、真剣な眼差しで練習に励むアランの姿があった。アランが去ってまだ一月も経っていなかったが、かつての当たり前の風景に、リヒトの胸は懐かしさで締め付けられる。


「アラン……」


 呼びかけると、アランは動きを止めて振り返った。その表情はどこか険しく、リヒトをじっと見据える。


「リヒト……お前は何も悪くない。だけど……お前の善意に、俺は頼りすぎた。もうお前に迷惑をかけるわけにはいかない。俺のことは忘れてくれ」


「忘れるなんて無理だよ。お前がいたから、俺はここまでやってこれたんだ。あと、お前に迷惑をかけられるのも含めて、俺にとっては大事な思い出なんだよ」


 リヒトの言葉に、アランは目を丸くして驚いた。


「甘えたっていいんだよ。俺だってお前に甘えてたんだ。お互い様だろ?」

「えっ? それは……どういうことだ?」


「アラン、お前が同じ舞台に居るっていう安心感があったから、俺は舞台の上で堂々と役を演じられた。俺がファンに囲まれて困っている時も、人当たりのいいお前がさりげなく助けてくれてただろ? お前があの場にいてくれるだけで、俺は安心して舞台に立てるんだ。だから、お前の善意だって、俺には救いだったんだよ」


「そうか……俺たち、お互い様か!」


「そうだ。俺の方こそ、知らず知らずのうちに、アランに頼りすぎていたのかもしれない。だから、俺はお前にもう一度ちゃんと向き合いたい。もう一度会って、ちゃんと伝えたいことがあるんだ」


 その瞬間、稽古場の風景と共にアランの姿は霧のように消え、リヒトの心に改めて決心が宿った。




 シドウは気づくと、広大な宮殿の書庫に立っていた。高くそびえる本棚、無数の魔道書が並ぶ空間は、彼にとっては馴染み深い場所だった。そして、その奥に、妹のリーリエが立っていた。


「兄様、また研究に没頭しているんですね」


 その声は冷たく、彼女の表情には明らかな不満が浮かんでいた。


「リーリエ……こんなところで何を?」


 シドウが問いかけると、彼女は険しい目で兄を見据えた。


「兄様にとって、王族や私なんてどうでもいいんでしょう? 研究ばかりして、家族のことも国のことも顧みない。結局、自分のやりたいことだけやってるんですものね」


 シドウは苦笑を浮かべながら答えた。


「王族が強大な力を持ちすぎるのは、その分大きな責任を背負うということでもある。それは結局、王族にとってもかなりの負担だと思ったんだ。僕は中級や初級の魔法使い、魔力を持たないような人々とも平等に力を分かち合い、温和な関係を築くべきだと考えている。そのために魔法の本質について研究し始めたんだよ」


 リーリエは目を見開き、驚きの表情を浮かべる。


「そんなの、王族としての威厳を損なうだけじゃない! それが本当に私たちのためになるの?」


「分からない……でも、リーリエ、僕は家族のことを何も考えていないわけじゃない。ただ、僕は僕のやり方で、君たちも幸せにできると信じてやっているんだ。もし、それが君を不安にさせるなら、謝るよ」


 リーリエは複雑な表情を浮かべたまま、書庫の景色とともにゆっくりと消えていった。


 シドウはその場に立ち尽くし、静かに呟いた。


「妹を安心させるのって、こんなに難しいものなのか……」


 それでも、彼の心には強い信念が宿っていた。




 三人はそれぞれの試練を乗り越え、再び元の場所へと戻った。


「お見事だ。お前たちの意思はとても強固だ。秘宝はその先にある。進むがよい」


 ダンジョンの声が消えると同時に、目の前の扉が静かに開いた。そこには、光り輝く秘宝が置かれていた。


 しかし、本当の試練はその"秘宝"そのものだったのだ。


 数々の試練を乗り越え辿り着いた、ダンジョンの最深部。そこには不思議な丸い鏡があった。鏡は、真上にある、地上へと続く穴から降り注ぐ月光を反射し、まばゆく光っていた。シドウはダンジョンを攻略したことを悟り、安堵しながらこう言った。


「やりましたよ! ユキ君! リヒトさん! この月光を反射し輝く鏡がこのダンジョンの秘宝です! 鏡の前で会いたい人の姿を念じれば、その人を強制的に召喚できちゃう仕様らしいです。凄っ! すごーい!」


 珍しい魔法道具の出現にシドウははしゃぎ、リヒトも喜んだ。


「本当ですか!」

「リヒトさん! さあ、アランさんを呼び出しちゃいましょう!」


 シドウがリヒトを鏡の前へ導いた。しかし、その時ユキに異変が起こっていた。


「クソッ、なんで……今日は満月の日では無いのに!」


 ユキは擬態が解けて人狼の姿になり、何かの衝動を抑えるかのようにうずくまっていた。その様子を見たシドウは、


「この様子は、まさか、人狼の満月の夜の錯乱⁉ アランさんって確か、人狼……ヤバい! リヒトさん! ちょっと待って!」


 しかし、時は既に遅く、リヒトは鏡に向かって、

「アランに、会わせてくれ!」と叫んでいた。

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