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2 最初の一年



 それから、サナとユキ、そしてたまに祖母が訪れる、森での暮らしが始まった。サナは「相手の素性を分析する魔法」を習得し、ユキの本名、年齢、誕生日を特定した。彼は六歳で、概ね予想通りだった。

 予想外だったのが本名の方で、この名前なら、自分が凄く雑につけたユキという名前の方がまだマシだと思い、彼はサナに拾われて以降、ユキとして生きることになった。


 ユキは「お手伝いするよ!」とはりきっていたので、サナは内心、「自分で魔法を使ったほうが絶対に早いな」と思いつつも、ユキに狩りや家庭菜園などの、森での暮らしに必要な仕事を少し任せることにした。また、読み書きや算数などの一般教養、家事全般についても少しずつ教えていった。


 サナは「面倒だけど、これでユキが一人前に成長出来そうだな」と思った。時間が経つにつれて、最初は怯えていたユキもサナに甘えるようになり、サナもそんなユキが可愛くて仕方なくなっていた。また、彼を守らなければという使命感と、しっかり育てていかなければという責任感を感じるようになっていった。




 季節は春になり、広い雪原だった場所も、雪が溶けて花畑に変わった。サナとユキは晴れた日にその花畑へ出かけた。遠くまで広がる花畑は鮮やかで、風に揺れる花たちがまるで踊っているかのように美しかった。

 ユキは目を輝かせながら、咲き乱れる花を眺めていたが、ふとサナの手元に視線を向けた。


「サナ、それ何してるの?」

「花冠作ってるの。ユキもやってみる?」


 サナは器用に花の茎を絡めながら、ユキにやり方を教える。


「こうやって、茎を少しずつ絡めていくんだよ」


 サナは手慣れた様子で花冠を作り、ユキの頭に乗せた。すると、どこからか蝶々が飛んできて、その花冠に止まった。その光景を見たサナは、ユキの愛らしい姿に思わず笑みがこぼれた。


「……可愛い」


 ユキはくすぐったそうに頭を振るが、すぐに気を取り直して「僕も作ってみたい!」と目を輝かせた。しかし、やってみると意外と難しい。


 茎はすぐに折れてしまうし、結び目もうまく作れない。ユキはだんだん落ち込んできた。


「……むずかしい……」


 そんなユキを、サナは優しく見守っていた。


「大丈夫、少しずつできてきてるじゃん」


 その言葉に励まされ、ユキは頑張って花を編み続けた。そして、なんとか形になった花冠を完成させると、少し照れくさそうにサナに差し出した。


「これ……作ってみたんだけど、どうかな?」

「……!」


 サナは、不器用ながらもユキが一生懸命作った花冠を差し出してくれたことが嬉しくて、顔をほころばせながら、その花冠を手に取った。


「ありがとう、ユキ! とっても素敵だよ!」


 サナはこの花冠を生涯、大切な思い出として魔法で保管し、自分の部屋に飾ることになった。




 季節が夏になり、サナはふと、ユキに湖で泳ぎを教えようと思い立った。山の奥は比較的涼しいとはいえ、真夏の太陽が照りつける中、サナの特訓はなかなかスパルタだった。


「ユキ、頑張れ! サメが出たらどうする!」

「サメなんて出ないよ! ここ、森の奥じゃん!」


 ユキは不満を言いつつも、一生懸命泳ぎの練習を続けていた。すると、サナは調子に乗り、自分の泳ぎの腕前をひけらかし始めた。


「ほらほら~サメが出なかったとしても、こうやって水の中で自由に動けるのって、本当に気持ちいいよ!」


 ユキは、サナの軽やかな動きを目で追いながら、思わず息をのんだ。


(……すごい! 僕も、あんなふうに泳げるようになりたい!)


 その一心で、ユキのやる気は一気に高まった。



 しかし、特訓が終わる頃には、すっかりへとへとになってしまい、ふらふらとサナに寄りかかった。


「僕、もう疲れたよ~……」


 サナはそんなユキの様子を可愛いなぁと思いつつ、「はい、おつかれ~」と言って、魔法でキンキンに冷えたアイスを出してユキに手渡した。


「わっ! やったー! ありがとう!」


 ユキは一瞬で目を輝かせ、しっぽをぶんぶんと振りながらアイスを受け取った。


 こうして、ユキは厳しい特訓の後でも、すっかりサナに甘えるのが当たり前になっていった。




 秋になると、森の奥にいろいろなキノコが生えてきた。その中には美味しく食べられるものもあれば、一口で命を奪うような毒キノコも混じっていた。サナは今夜の夕飯に、森で採ったキノコをたっぷり使うことにした。

 魔法を駆使して毒キノコと食べられるキノコをしっかり選別し、準備は万全のはずだった。しかし、屋敷の書庫で本を読んでいると、ふとある記述が目に留まり、興味本位でとんでもないことを思いついてしまった。


「ん? このキノコ、毒キノコだけど、めちゃくちゃ美味しいって書いてある……」


 サナは本を眺めながら、興味深そうに呟いた。ユキがそれに気づき、不安そうに眉をひそめた。


「この毒キノコ、滅茶苦茶美味いらしいんだよ。食べてみようかな」


 サナが唐突にそう言うので、驚いたユキはこう聞き返した。


「サナ、魔法で毒なくせるの?」


「まあ、消そうと思えばできるけど。でも、毒を消しちゃうと肝心の美味しさもなくなっちゃうらしいんだよね。だから、このまま食べて、もし何か症状が出たら、その時に魔法で対処するよ」


「ええ……やめときなよ」

「大丈夫! 大丈夫!」


 そう言い切ると、サナは興味本位で毒キノコを口に入れてしまった。口に広がる味わいに、サナは驚きの声を上げる。


「うっ、うまっ! すごい! 本当に美味しい!」


 満足げに笑っていたサナだったが、しばらくすると、突然誰もいない場所に話しかけ始めたかと思うと、そのまま倒れて眠ってしまった。


「え、何? さっきのって……幻覚? こわい!」


 ユキは怯えながら、サナを見守ることしか出来なかった。



 翌朝、サナはようやく目を覚ましたものの、突然の激しい腹痛に襲われ、慌てて一階のトイレへ駆け込んだ。それからずっとトイレを占領し、悶絶するような苦しみに耐えていた。吐き気と下痢が交互に襲いかかり、便座に座ったり、うずくまったりを繰り返している。魔法を使って回復を試みようとするものの、痛みのせいで集中できず、普段のように魔力を練ることもできなかった。

 サナはまるで、燃え尽きて真っ白になってしまったかのように、便座にぐったりと座り込んでいた。


「キノコのくせに……ここまで私を追い詰めるなんて、やるじゃない……」


 サナは呻きながら、トイレの中で闘っていた。ちょうどその日は、屋敷にサナの祖母がやって来る日だった。祖母が到着するやいなや、涙目のユキが慌てて駆け寄ってきた。


「おばあちゃん! 助けて!」

「あんたの祖母にまでなった覚えはないよ」


 祖母は少し呆れたように返したが、ユキは気にせず続けた。

「ごめんなさい……でも、サナが、サナが大変なんだ!」


 祖母が状況を把握する前に、サナが再び呻き声を上げた。ユキから話を聞いた祖母は、心配そうに眉をひそめながらも、ユキの体調も気にかけた。


「あんたは大丈夫なの? サナと一緒に食べたんじゃないの?」

「僕は食べてないよ。サナだけが……」


 ユキが申し訳なさそうに答えると、祖母はため息をついた。

「まったく……サナったら、変なところばかりあの子に似ちゃって」


 祖母は呆れつつも、サナに向かって手をかざし、補助魔法を施した。その魔法のおかげで、少しだけ楽になったサナは、ようやく自分で魔法を使って体調を整えることができた。


「ふぅ、おばあちゃん、助かったよ」


「全く、無茶なことばかりして! 毒キノコなんて食べるもんじゃない!」


「……反省してます。でも本当に、美味しかったんだよなぁ」

「反省してないじゃない!」


 その後、どうしてもあの味が忘れられなかったサナは、魔法で毒耐性を獲得して毒キノコを美味しく食べられるようになり、祖母とユキは度肝を抜かれた。




 季節は冬になり、ちょうどユキと出会って一年が経とうとしていた。窓の外に雪が降り積もる様子を眺めていたサナは、ふとユキに目を向けた。すると、ユキは窓辺に座り、膝を抱えて怯えているような様子だった。その表情から、雪山に捨てられた日の辛い記憶が蘇ったのだと察し、サナは焦った。


 私、この子に「ユキ」なんて名前をつけたの、失敗だったな


 当時、雪の中にいたからという安易な理由で「ユキ」と名付けてしまったが、その名前は彼にとって恐ろしい記憶を思い起こさせるものかもしれない。雪は美しいけれど、彼にとっては心を凍らせる象徴なのだ。 サナはユキの方を気にしながら、恐る恐る声をかけた。


「ユキ、今からでも改名しとく……?」

「かいめいって何?」

「名前を、変えること」


 ユキは驚いたように顔を上げたが、少し考えた後、微笑みながら首を横に振った。


「今更違う名前で呼ばれるのもなぁ」


 その言葉を聞いて、サナは少しホッとしたが、同時に複雑な感情が胸に交錯した。自分の無配慮な行動に対する後悔が胸を締めつける。


「大丈夫だよ。サナがつけてくれた名前だし、今は僕にとっても大事なものだから」


 サナはユキの言葉に安心したものの、彼がまだ雪に対して怯えていることを感じ取っていた。何とかして、ユキの雪への恐怖を和らげてあげたい……そんな思いがサナの中に芽生えた。彼女は立ち上がり、ユキに笑顔を向けて言った。


「ユキ、外に出てみよう。雪の中でちょっと遊んでみない?」


 ユキは少し戸惑った表情を浮かべたが、サナの明るい様子に影響されて、しばらく考えた後に頷いた。サナは急いで外に出るための厚手のコートと手袋、マフラーを準備し、ユキにもそれを手渡した。


 二人は玄関を出ると、目の前には真っ白な雪が広がっていた。外に出た途端、ユキの体は少し緊張したように固まったが、サナが無邪気に雪玉を作り始めたのを見て、少しずつその緊張が解けていった。サナは振り向いて、ユキに雪玉をそっと投げた。


「ほら、雪玉を作って投げ返してみてよ!」


 ユキは戸惑いながらも、雪に触れて雪玉を作り、サナに向かって投げ返した。その雪玉はふわっとした軽いものだったが、サナはわざと大げさに吹っ飛んでみせて、笑い声を上げた。


「うわー! やられたー!」


 その様子に、ユキも思わず微笑み、少しずつ雪遊びに引き込まれていった。

 二人は雪玉を投げ合い、やがてサナがかまくらを作り始めると、ユキも手伝いながら徐々に心を開いていった。かまくらが完成すると、二人は早速その中に入ってみた。しばらくして、ユキが静かに呟いた。


「なんだ、雪ってこんなに温かいんだな……」


 サナはその言葉に微笑み、そっとユキの隣に腰を下ろし、一緒に外の景色を眺めた。雪はまだ静かに降り続いている。


「ね、雪って、綺麗で楽しいものなんだよ」


 ユキはしばらく降り続ける雪を見つめていたが、やがて小さく頷いた。


「うん、そうかもね。サナと一緒なら、雪も悪くないかも」


 ユキの顔には、少しだけ晴れやかな表情が浮かんでいた。サナは、ユキが少しずつ雪のトラウマを克服していることに安堵した。家に戻ると、二人は温かいお茶を飲みながら、ゆっくりと体を温めた。


「ユキ、これからは、雪が降ったら一緒に遊ぼうよ。もっと楽しい思い出をたくさん作ろう」


「うん、そうだね。今度はもっと大きいかまくら作ろうよ!」


 そう言って、ユキは微笑んだ。その笑顔は温かく、サナは心から安心した。

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