18 お客さん
数日後、サナは母親の日記に記されていた事実を心の中に抱えながら、街へ行商に出かけた。サナは街で過ごすよりも、自由に魔法が使える森での暮らしが好きだ。そのため、普段は山奥の屋敷で魔法を駆使し、自給自足の生活をしている。しかし、不定期的に街に出て、魔法で作った雑貨などを売ることがあった。
彼女も心の奥では、「人として、少しは他人との交流が無いと駄目だよな」と思っていたのである。彼女はその気持ちが頂点に達すると、買い出しに出かけたり、行商をしに街へ降りる。彼女の売る魔法道具は難しい魔法を用いて製造されており、品質も優れているため、街の人々からの評判は上々だった。
「今日サナさんが来てくれて本当に助かったよ! 王族が直売しているものより安いし、品質も負けてないんだよね。本当、どこで仕入れているのか教えてほしいくらいだよ」
常連客の言葉にサナは軽く微笑んで
「ありがとうございます! でも、仕入先は企業秘密ですからね~」と受け流した。
サナは喋ることが苦手ではないし、暗い性格では決してない。しかし、劇場に足を運び、劇を語る仲間がいたり、アルバイト先の仲間とも親しくしていて、街に馴染んでいるユキに対して、サナは深い人間関係を築くことはほとんどなく、街の人々との関係はあくまで表面的なものに留まっていた。
その日の行商中、サナは街角でノヴァジェネの人達がビラを配っているのを目にした。
「ルカの片親が人狼だったことがほぼ確定した」という内容だったが、街の人々のほとんどはそれに興味を示さず、無視して通り過ぎていた。街の大多数は普通の人間であり、魔法使いたちの派閥争いに興味を持つ者は少なかったのだ。また、ノヴァジェネは王族の力に挑戦するという性質上、反王族的な印象が強く、民衆には怪しい団体として認識されているようだった。
その様子を見ていたお客さんが、ふと昔の話を始めた。
「……そういえば、僕が君くらいの年だった頃、仕事先で仲良くしていた魔法使いの子がいたんだ。その子があの団体と関わり始めてしばらくしてから、姿を消しちゃってね。あれからずっと心配しているんだよ」
サナはその話を聞き、もしかしてと思い、
「お客さんが私くらいの年って、もしかして三十年前くらいですか?」と尋ねた。
お客さんは少し顔をしかめて
「サナさん、失礼だなぁ! そんなに経ってないよ! でも……確か二十六年前だったかな。あぁ、時の流れって怖いものだね」とため息をついた。
その言葉を聞いて、サナはその魔法使いが自分の母親だという確信を深めた。このお客さんは母親が自分を実験として妊娠、出産したことを知らないだろう。ただ、純粋にかつての友人を心配しているのだ。サナは心の中で、二十六年前、母は自分の妊娠に気づいたときから、この友人とは会っていないのだろう、と静かに思った。サナは興味を持ち、
「そのご友人ってどんな人だったんですか?」とさらに質問してみた。
するとお客さんは懐かしそうに微笑みながら話してくれた。
「あの子はね、本当に変わった子だったから、今でもよく覚えてるよ。いろんな魔法を使えて、魔法が大好きだったんだ。でも、初級魔法使いで、強力な魔法や難しい魔法は使えなかったみたいだけどね。それでも魔法に夢中で、その情熱が伝わってくるような、魔法オタクって感じの子だったよ。たぶん、そんな興味があったからこそ、あの団体にも……関心を持ってしまったんじゃないかと思う。でも、変わってるけど面白い子だったから、僕も仲良くしてたんだよ」
その話を聞いて、サナは日記を読んだ時の母の印象とほぼ一致していることに気づいた。確かに母は変わり者だったようだが、街で友人付き合いができるほど、対人関係はそれほど悪くなかったのだなと感じた。そして、母がノヴァジェネに関わる前は普通に友人と過ごしていた時間があったのだという事実に、少し心が揺れた。
「母も、少なくとも誰かにとって大切な存在だったんだな」と、サナは胸の中で思いを巡らせた。お客さんは買い物を終えると、笑顔で「ありがとう。またね!」と言って人混みの中に消えていった。
◇ ◇ ◇
レーナはノヴァジェネの重鎮に向かって、やや不満げに問いかけた。
「おじいちゃん、あのヤバ母の研究結果の資料とか残ってなかったの?」
レーナが「ヤバ母」と呼んでいるのはサナの母親のことだ。重鎮はレーナを実の孫のように可愛がっており、レーナもまた、重鎮を“おじいちゃん”と呼び、懐いていた。
「うーん。探してみたのじゃが、それらしきものは残ってなかったのう。思い返してみると、あの子は家でも研究したいと言って、毎回資料を家に持ち帰っておったからのう」
その答えにレーナは不機嫌そうに腕を組み、
「おじいちゃんさぁ! 詰めが甘くない? そんなだからノヴァジェネはいつまで経っても王族共に勝てないんじゃないのー?」と厳しく指摘した。続けて、
「三十年くらい前からこの団体あったの、あたし知らなかったんだけど!」
レーナは苛立ちを露わにそう言った。
重鎮は肩をすぼめながら、
「ぐうの音も出ない……あの頃は今より更に小さい、ちょっとした魔法サークルみたいな感じじゃったから!」と弱々しく答えた。
ノヴァジェネがかつては今ほどの影響力を持っていなかったこと、そしてその成長過程で重要な資料を取り逃してしまったことを、重鎮自身も後悔している様子が伺えた。
レーナはため息をつきながら、
「ったく、役に立たないわね。でも、母親が資料を家に持ち帰ってたってことは、おばさんの家にまだ何か残ってる可能性があるかもね」
と自分で道筋を立て、思考を切り替えていった。




