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15 母親の日記

 ◇ ◇ ◇


 私は山の奥の屋敷に、家族三人で住んでいた。元々はこの森にも他の魔法使いが住んでいたが、時代が進むにつれて過疎化したらしい。


 私が十七のとき、父親が森で獣に襲われて死んだ。父親は初級魔法使いだったから、多分大した抵抗も出来ずに死んでしまったのだろう。私は森の奥の屋敷で母と二人だけになってしまった。さすがの母も父の死にはかなり落ち込んでいた。


 しかし、その事があってから、私はほんの少しだけ魔法の精度が上がった気がした。例えば、物体を浮遊させる魔法を使える効果時間が、○.五秒ほど延びた気がするし、浮かせる高さも物によるが、以前と比べて六分の一ほど延びた気がする。


 私は十八になって、街へ仕事に出るようになった。私は初級魔法使いだったが、手数は多かった。昔から魔道書を読むのが好きで、強力な魔法は使えなかったが、簡単な魔法を沢山習得していたのだ。仕事先ではそれを評価してくれる友人が出来て、すごく嬉しかった。母からは、

「そんな魔法なんの役に立つの」と呆れられるだけだったから。


 ある日、仕事先で友人と雑談をしていたとき、父の死後自分の魔法の精度が上がった気がすると何気なく打ち明けた。すると友人が興味深そうに、

「僕は魔法使いじゃないからよく分からないけど、お父さんの力が引き継がれたみたいだね」

 と言った。友人にとっては何気ない冗談だっただろう。しかし、私はその言葉に妙に納得してしまった。


 私は街で働くことで魔法使いの他にも、普通の人間や人狼など、様々な人々と接する機会が増えた。私は色々な人々と交流することが楽しかった。


 人々と交流を深める中で、私は“ノヴァ・ジェネシス”という団体の存在を知った。彼らは魔力について探求することで、ルカの血を引く魔法使い、つまりは王族を越えようとしていた。そのため反王族の面が強く、民衆からは怪しまれていた。


 私は特に王族に対して恨みは無かったが、魔法の力の探求という面に興味を持ち、彼らと関わり始めた。そこで、

「ルカの片親が人狼かもしれない」

 ということと、

「ルカは、両親の死後、最強の魔法使いとして頂点に君臨した」

 という説を知った。


 これらは陰謀論とされ、ノヴァジェネの人々以外は全く信じていなかったが、私は後者の話に妙な心当たりがあったのだ。私はこう思ってしまった。


 自分は強い魔法使いにはなれなかった。しかし自分の子供は、血統などの様々な条件を揃え、ルカを再現すれば、最強の魔法使いに出来るのではないか?


 興味が抑えられなくなった私はノヴァジェネの援助を貰い、数年間、魔法の力について考察を深めた後、計画を実行に移した。


 満月の日、強い魔法使いを産むための条件に合致していた人狼に実験に協力してもらい、それを繰り返しているうち、しばらくすると懐妊した。魔法でお腹を調べてみると、そのほとんどが人狼か、条件不一致の魔法使いだったため、その度に魔法で堕胎した。


 しかし、遂に今回、始祖ルカと同じ、魔法使いの女の子を身籠ることが出来た。あまりの嬉しさに、今までの経緯についてここに書き記してみた。早くこの子に会いたい。


◇ ◇ ◇


 その後も、妊娠後の経過について記録が残っていたが、サナはとても複雑な心境でそれを読んだ。

 サナは日記を読み終え、しばらくその場で動けなくなった。今まで自分の母親は普通の魔法使いだと思っていたが、その実態は予想と大きくかけ離れていた。自分は計画的な実験の結果として生まれてきたらしい。日記には母親の冷静で、ある種の執念に満ちた言葉が綴られていた。


「私、こんな方法で生まれてきたの?」


 サナの声は震えていた。シドウとレーナは彼女を見守り、言葉を失っていた。シドウは書かれている内容を理性的に分析しようとしていたが、あまりの事実に、サナの心情を気にかけざるを得なかった。一方のレーナは、その内容の異常さに言葉を失い、顔を真っ青にしていた。


「おばさん、本当に、これを信じるの?」


 レーナはようやく口を開いたが、どこか声が震えていた。


「信じるしかないでしょ。だって、これはお母さんの手書きの日記なんだから」


 サナは肩を落としながら答えた。彼女の心には深い混乱と怒りが渦巻いていたが、その一方で、母親の魔法への執念と探求心にはどこか共感する部分もあり、そんな自分自身に対しても嫌悪感を抱いた。


「まさか本当に、人狼との混血が、強力な魔法使いを生み出す要因なのか……? それにしても、自分の子供を堕胎してまで実験を続けるなんて」


 シドウは感情を抑えながら言葉を絞り出したが、その目には明らかな動揺が浮かんでいた。


「お母さん、何を考えてたのか分からないけど、私を産んだことは、本当に私のためだったのかな?」

 サナは胸の中で葛藤しながらも、母親の意図が自分を愛するためではなく、ただ魔法の力を追求するためだったことに疑念を抱き始めた。


「気持ち悪い。こんな奴が母親だなんて、あんた、よく普通に生きてこれたわね」


 レーナはそう呟くと、震えたまま座り込んだ。


「ちょっと心の整理させて欲しい」

 サナはそう言って立ち上がり、静かに部屋を後にした。母親が残した真実の重さに耐えられる日は、まだ遠いかもしれない。


 シドウは、サナが部屋を出た後もしばらく日記を読み込んでいた。


「それにしても、まさかルカの片親人狼説がここまで真実味を帯びて来るなんて……今日は色々と衝撃的な新事実が発覚し過ぎて、私も頭がパンクしそうだ!」


 レーナはその様子を見てドン引きしながら、

「アンタ、瞳の輝きが抑えきれてないわよ。いくら魔法の力について色々分かるかもしれないからって……本当に信じらんない! ……まぁこの母親とアンタ、変態研究者同士案外気が合うんじゃないの?」と言った。


 日記を調べ続けながらシドウは、

「それにしても、少なくとも二十六年前からこんなに色々なことに気付いていた魔法研究者がいただなんて! 初耳すぎる! 私だって色々調べていたのに!」

 と悔しそうに呟いた。


「まぁ、どっちかというとこのヤバ母、ノヴァジェネの魔法使いだったんでしょ? そりゃあ王族のアンタには情報が行かない様に研究してたんでしょ」


 その言葉を聞いたシドウは冷や汗を流しながら、

「……仮にこの母親が命を落とさず、サナさんがノヴァジェネの魔法使いとして育てられていたら……王族はかなりピンチだった」と溢した。


「ああ! 敵に重要情報が行ってしまった!」と、レーナは嘆いた。


  しばらくして、レーナはある事実の確認をした。


「そういえば、おばさんの父親の人狼って……?」


 シドウは無言で頷いた後、こう断言した。


「あぁ。日記の文脈から察するに、サナさんの母親は、魔法使いの魔力は死んだ親のものを一定量引き継ぐと考えた。通常、それで受け継ぐ魔力は微々たるものだ。しかし、片方の親が特定の条件を満たした人狼の場合、少ない確率で突然変異が起こり、親の死後、子の受け継ぐ魔力が莫大になると考察した。そして、おそらくこの考察は的中し、サナさんは莫大な魔力を持つ魔法使いになった。サナさんの父親である人狼は、サナさんの懐妊が安定した時点で母親によって殺された可能性が高い」


 シドウの言葉に、流石のレーナも慄いた。


「ヒィ、まさかこのあたしが他人の人狼に対する扱いに対して引く日が来るなんてね……じゃあ、このヤバすぎる母親が死んだのは?」


「あぁ、おそらく何度も懐妊と堕胎を繰り返していたことで、出産の負担に耐えられなかったのだろうね。結果的に母親の魔力もサナさんに受け継がれ、更なるサナさんの強化を手助けする形になった」


 シドウは冷静にサナの母親の行動を分析し、魔力の継承に関する理論や実際の結果を見て驚嘆していた。


「こうして全てがつながるとは。母親が死ぬことでサナさんの魔力はさらに強化された。まさに彼女の計画通りだったのかもしれない……いや、待てよ? そもそも魔力増幅のトリガーが人狼親の死とは限らないか……どっちなんだろ」


 彼は考察を言葉にすることで自分の理解を深めていた。一方、レーナはシドウの言葉を聞いて顔を引きつらせていた。


「いやいや、ちょっと待って。そんな冷静に語れるような話じゃないでしょう? この母親、正気じゃないわよ。自分の子供のためにそんなことをして、結果的に死んで、本当に狂気じみてる」


 シドウは彼女の反応に微かに笑いながらも、真剣な表情を崩さなかった。


「確かに、普通の人間の感覚からすれば狂気だろう。しかし、魔法使いとしての探求心や力への執念を持っていれば、理解できないわけではない。特にノヴァジェネのような存在なら、究極の魔力を追求するために倫理を犠牲にすることもあり得る」


「まぁ、確かに魔法の世界って倫理とか道徳とか、時々ぶっ飛ぶけどさ。でも、それにしたってこの母親はやりすぎよ。おばさんだって今、かなりショックを受けてるはずだし」


「そうだな、サナさんがこの事実をどう消化していくか。いずれにしても、私たちはこの事実をどのように扱うべきかを慎重に考えなくてはならない」


 レーナはシドウの話を聞きつつ、サナの今後を心配していた。


「おばさん、強いけど、無理しないで欲しいわね」

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