12 鳩使いの王族
ユキが街の劇場を訪れると、彼が好きな劇では、ベンケイ役の俳優アランが突如劇団を脱退し、消息不明となってしまったため、別の俳優がその役を演じていた。劇の観賞後、ユキの劇語り仲間の青年であるクロードはアランの不在を嘆いた。
「やっぱりアクションシーンはアランさんがやってた時のクオリティは保てないよなぁ。これはしょうがない。あの人も、突然穴埋めを任されたのに十分頑張ってたよ。ほんと、アランさんどこ行っちゃったんだー!」
ユキはアランの事情を知っていたので、
「とりあえず、もう、元気に穏やかに暮らしてくれてたら良いよね……」と遠い目をしながら答えた。
ユキは劇場での会話を終え、改めてアランがいないことの影響を感じつつ、彼がどこかで平和に暮らしていることを願った。ユキは、しばらく街をぶらついて時間を潰してから、屋敷へ戻ることを決めた。
ユキが屋敷へ帰ろうとした道中、
「ねえ、そこの君! うちの劇場によく来てくれてる子だよね。交流会にも来てた。ちょっと話いいかな」と、誰かに話しかけられた。
ユキが振り向くと、そこには凄く見覚えのある顔があった。
「あ、あなたは! ヨシツネ役のリヒトさん⁉」
ユキが振り向くと、目の前にはヨシツネ役で人気を博していたリヒトが立っていた。その端正な顔立ちはまるで彫刻のようで、ユキは同性であるにもかかわらず思わずたじろいでしまった。
「え、えっと……リヒトさん、どうして俺に?」
驚きつつも緊張した様子でユキは尋ねた。リヒトはにこやかに笑いながら答えた。
「やっぱり君だったか! 君、よく劇場に来てくれるから覚えてたんだよ。それに、交流会の時にアランと話していたのを思いだして、ちょっと気になってさ……君、もしかして、アランと仲が良かったりするのか?」
リヒトは少しユキを探るように聞いた。
ユキは一瞬戸惑いながらも、
「えっと、アランさんとは少し話したことがあって。でも、突然姿を消してからは何も知らなくて」
と、渋々嘘をついた。リヒトは頷きながら、ユキにこう依頼した。
「そうか。もし何か知ってることがあったら、ぜひ教えてほしいんだ。あいつ、突然劇団を辞めてしまったけど、何か事情があったのかもしれない」
ユキはリヒトの真剣な表情を見て、アランの事情について何か言うべきか迷ったが、彼が安全に暮らしていることを願いながら、
「元気でいてくれたらいいんですけどね」と答えるに留めた。
リヒトはユキの言葉に寂しげに目を伏せて答えた。
「元気でいてくれたら、ね。本当にそうだ。俺はあいつが元気にやっていけてるって信じたい。でも、一番の親友だったんだ。少なくとも俺はそう思ってた。それなのに、何も言わずに居なくなるなんて、やっぱり不安だ。……なあ、本当に何も知らないのか?この前の交流会、アイツずっとお前とばっかり喋ってて、その直後に居なくなったからさ」
ユキは心の中で、
(やっぱり、仲の良い人が自分に何も言わないでどこかに行ってしまうのは寂しいよな。でも、アランさんはリヒトさんのためを思って去ったんです)と思った。
しかし、実はリヒトは、ユキがアランを人狼だと察して、それを上に告発したのではないか? と疑っていたのだ。
ユキは、リヒトを不憫に思い、この人には本当のことを言おうと思った。ユキはリヒトの手を引き、人通りの無い場所に移動した後、こう切り出した。
「すみません! やっぱり俺、アランさんが消息を絶った理由、知ってます! あの、実は正体がバレかけて、劇団に迷惑をかけないように、どこか遠くへ引っ越したらしいです」
頭を下げてそう話したユキに、リヒトは驚いた。
「なんで君がそんなことを知っている⁉ 俺ですら知らなかったことを……アイツの正体には薄々感づいていたけど、そこには触れずに今まで関わってきた。ただのファンの君がなんで……」
ユキは、自分も人狼だということと、アランと故郷の村に行った日のことは流石に言えないと思った。
「あ、いや……俺がアランさんの正体を知ってしまったのは、ほぼ事故みたいな感じで、ただ、あることをきっかけに、彼は自分の正体がバレることをすごく恐れていたみたいなんです。だから、劇団や仲間に迷惑をかけたくないって言っていて、こういう行動に出たんだと思います」
リヒトはその言葉を聞き、しばらく黙り込んだが、やがて深く息をついてこう話した。
「そうか。アランはアランなりに、周りのことを気にしてたんだな。俺はあいつを親友だと思っていたけど、いや、だからこそ相談出来なかったのかもしれない。俺に迷惑をかけたくなかったんだよな……」
リヒトは少し寂しそうに目を伏せた。
「ありがとう、少しでも事情が分かって、ちょっとだけ気が楽になったよ。でも、いつかまたアランに会えたら、直接話をしたい。俺はずっと待ってるから」
ユキは、リヒトの気持ちを尊重しつつも、アランの安全を願い、これ以上のことは言わないようにしようと決めた。
一方その頃、王都の宮殿では、ある上級魔法使いが突然何かに気づいたように大声で叫んでいた。
「ああ! やっぱりバレたか~!」
その男の名はソラシド。この国の第二王子の次男にあたる彼は、大量の伝書鳩を飼い、それに隷属紋を施して国中に飛ばし、魔法が使えない普通の人間や人狼でも遠方の人とやり取りができる画期的なサービスを提供していた。彼の鳩は魔法の力で驚異的な速度で飛び回り、メッセージも魔法で直接伝えるため、紙やペンさえ必要としない。この利便性のおかげで、ソラシドは国民から多大な感謝を受けていたが、実はこのサービスには裏があった。
「いや~それにしても、あの森の奥に住んでる二人の片割れが、謎の上級魔法使いさんだったのか……!」
ソラシドはそう自嘲気味に呟いた。実は、彼には伝書鳩を通して人々の会話を覗き見て楽しむという趣味があったのだ。当然ながら、国民たちはその事実を知らない。
実際、ソラシドこそがサナの情報を得てシドウに流した張本人だった。
しかし、サナもすぐにそれに気づいた。シドウに屋敷の場所を見破られて以降、サナは伝書鳩を通じた情報が王族に漏れていると察し、ユキとの連絡方法を独自の手段に切り替えたのだ。そして、ソラシドの方も今それに気づいたのだった。
そんなソラシドに冷ややかな視線を向ける人物がいた。彼の兄であるレミファだ。
「国民たちがお前の本性を知ったらどう思うだろうな」
レミファが冷たくそう呟くと、ソラシドは楽しげに笑いながら応じた。
「いやぁ、僕は人間が好きなんだよ! 人々同士のリアルな生々しい会話、兄上も、一度覗き見ては? 案外ハマるかもしれませんよ?」
ソラシドは微笑みながら兄に話しかけた。
レミファは浮かれている弟に対し、冷ややかにこう返した。
「そんなことに時間を費やして、国民に知られたらどうする? 彼らがこのことを知ったら、お前の評判は地に落ちるかもしれないぞ」
「いやいや! 国民は知らなくていいんです。知ったとしても、僕が与えた恩恵のほうが遙かに大きいから大丈夫。それに、僕がやっていることは単なる興味ですよ! 会話が生きている証拠だし、それを見てるとね、ちょっと楽しいんですよ」
ソラシドはそうへらへら笑いながら言った。レミファは冷たい視線を向けながら
「……くだらない」
と吐き捨てたが、弟が伝書鳩の内容を朗読し始め、その内容にしれっと耳を傾けていた。そしてうっかりその内容につい失笑してしまった。
「フフッ……」
「兄上も笑ってるじゃないですか!」




