11 過去
「私の家系はあの村を治めている中級魔法使い。私たちは劣等種の人狼に活躍の場を与えてあげてた」
レーナの言葉にサナはすぐに反論した。
「え、あの扱いで? じゃあどうしてユキは寒いなか雪山に捨てられていたの」
しかし、当のユキが意外にも落ち着いた口調で答えた。
「いや、あの村の人狼の扱いはまだマシな方だと思う。時代が悪かったんだ。街の人によると、あのときはどこの地域も飢饉で苦しんでいたらしい。そもそも、普通の街では口減らしするほど人狼は増えることが出来ない」
サナは、自分は一人で生きていけるからといって、あまりにも外界の状況に無頓着だったことに対して、少し恥じた。
レーナは話を続けた。
「六年前のある満月の夜、一匹の人狼が外出禁止令を破って集落を徘徊したの。興奮状態で! あたしはその日、偶然庭で育てていた満月の夜にだけ咲く花の様子を見に行ったの。そこでアイツとはち合わせて……」
しばらくレーナが無言になったと思ったら、静かに涙を流し始めたのを見て、皆何があったか少しずつ察していった。
「人狼に襲われかけていた私に気付いたお父さんが、魔法でその人狼を倒してくれたの。でも、お父さんも普通の中級魔法使いだから、強い魔法を使うのには代償が必要だったの。お父さん、私が襲われかけていることに凄く動揺していて、とにかく強い魔法を人狼に浴びせようとしたんだろうな……お父さんは視力を代償にその人狼を魔法で殺した」
皆、真剣にレーナの話を聞いていた。
「そしたらね、後日裁判で、裁判官を務めた王族が、人狼があたしを襲ったと言っても未遂だったから、殺すのは過剰防衛だって言うの! いくら相手が人狼でも、人権意識を持った判決をしようって……何それ? 多分、さっきそこの人狼が言ってた、数年前人狼に対する扱いが悪化した時の反動よね。あたしにはそんなこと全く関係ないのに! そもそも、あの人狼が外出しなければ、あたしに襲って来なければ、お父さんは視力を失わずに済んだのよ? というか、それでもう罰は十分に受けてるわよね! お父さんは懲役四年になったけど、元々かなり身体が弱かったから、服役二年目に死んじゃったの。あたしは、お父さんの最期を看取ることも出来なかった……! お母さんにも、一緒にノヴァジェネに入って打倒王族を目指して戦おうって言ったけど、『私たちはみんな、何かしら許されながら生きているから』とか、まっじで意味分かんないこと言って、あたしの気持ちに共感してくれなかった。あの時は結構キツかったな。なんでお母さんが分かってくれないのかな?」
レーナは悔しげにため息をつき、さらに怒りをにじませて言葉を絞り出した。
「……王族共は崇高ぶってるけど、あたしたち中級、下級魔法使いがどれだけ自分を犠牲に魔法を使っているのか全く分かってない! 満月の夜に錯乱する人狼なんか論外! 逆に劣等種以外のなんなの?」
サナはレーナの話を聞いてしばらく考え込んだが、最終的には彼女に同情した。
「……なるほどね。事情は分かった。私もレーナちゃんと同じ立場だったら、もしかしたら同じ風に思っていたかもなぁ」
ユキも、人狼に対して暴言を繰り返すレーナに辟易していたが、彼女が幼い頃にトラウマを受けていたことを思えば仕方がないと考え、レーナの言い分を受け入れた。
「……俺は、裏切られたのが親族で同類だったから、今までは恨まないように心に蓋をしてきた。でも、もし別の種族の人達に何かされていたとかだったら、その種族のやつらを恨んでいたかもしれない」
「だから、人狼の中でも素性を隠して勝手な行動に出たお前は特に軽蔑している」
レーナはそう言うと、アランを睨みつけた。
アランは特に反論出来ず気まずそうにしていたが、こう話した。
「うん。俺の行動は本当に軽率だった。……ただ、俺は満月の夜の錯乱を抑える特訓はしているし、その日はちゃんと薬飲んで、劇団と話をどうにか合わせて家で休んでるよ。あと、人狼と一口に言っても、満月の夜に暴走するのも個人差が大きいし、レーナさんを襲ったようなヤツはかなりの異例だよ」
その言葉にレーナは更に怒った。
「そんなの信じられるわけがないでしょう! 実際に被害に遭ったあたしからすれば、あの人狼が異例だったかなんてどうでもいいの! ……というか、おばさん、王族とは無関係なんだ。親切でわざわざ人狼飼ってるあたり、すっごく王族っぽい~と思ってたんだけどな。あと、人狼共の満月の夜の錯乱を抑える薬の販売も上級魔法使いが独占しているし、王族と人狼はグルで繋がってるんじゃないの? やっぱり」
レーナはそう吐き捨てた。実際、人狼向けの薬の生成には難しい魔法が必要であり、中、初級魔法使いが作れないわけではないが、大量生産するとなると何かしらの代償が必要となり、上級魔法使いの王族が販売を独占している状況だった。
シドウは王家に近い立場からか、レーナの言葉に反論した。
「レーナ、君の恨みは最もかもしれない。だが、王族と人狼が繋がっているなどという陰謀論を信じて囚われないでくれ。始祖ルカのことについてもまだ研究途中で、片方の親が人狼だという説もあったが、今はほぼ否定されている」
王族の始祖であるルカの死後しばらくして、彼女が人狼と魔法使いの混血だとする説が出た。そして、中初級魔法使いと人狼の子供がどうなるかの検証が行われたが、ルカほどの実力者は現れず、今では陰謀論扱いになっていた。
サナはふと疑問に思い、シドウにこう質問した。
「ところで、シドウさんはどうしてレーナちゃんの事情を把握していたの?」
「ああ。私は一応王族の一員として、王族が裁判に関わったレーナさんの件についても知っていたんだ」
その返答を聞き、サナは驚いた。彼が貴族という立場上、王族と関係している可能性はあると思ってはいたが、今の王家にこれほど近い存在であるとは想像していなかったのだ。
「え、シドウさん王族というか、“しがない子爵”なんでしょう? よくそんな地方集落で起きた事件の裁判について知っていたわね?」
サナが困惑する一方で、シドウが自分の出自についてサナに何も話していないと知ったレーナは、小さくため息をつきながらシドウをじろりと睨んだ。
「あんた、おばさんに自分の出自についてちゃんと説明してなかったのね……ほんっとうに性格悪いんだから」
レーナの言葉にシドウはどこか居心地悪そうに視線をそらした。そして、困ったような笑みを浮かべて応えた。
「まぁ、一応血統上は王家の一員だけど、今は本当にただの末端貴族だからね。わざわざ話す必要もないと思ったんだよ」
シドウはそう言って軽くため息をつきながら、どこか気まずそうにサナとレーナの間に視線を泳がせた。
サナはシドウの出自について気になりつつも、とりあえず今はレーナの話を優先しようと思い、興味深そうに尋ねた。
「ノヴァジェネって危険な組織なの?」
サナの素朴な疑問にシドウは少し戸惑いながらも答えた。
「ノヴァジェネは確かに民衆から怪しまれている面もあるが、全員が過激な思想を持っているわけではない。ただ、上級魔法使いとして権力を独占する王族に反感を持つ者も多いのは事実だ」
シドウの説明を聞きながら、サナはさらに考え込み、納得した様子でうなずいた。
しばらく黙って話を聞いていたユキも、真剣な表情で口を開いた。
「俺も、話を聞いて、レーナがそういう考え方になるのも無理はないと思ったよ。ただ、全部をひとまとめにして恨むのは、結局自分を苦しめるだけじゃないかって思うんだ」
レーナはユキの言葉に少し動揺し、しばらく黙っていたが、低い声で呟いた。
「……そんな綺麗事、あたしには通用しない。あんたはただ運がよかっただけ。街のやつらに人狼だってことがバレたら、どうせまた追い出されるか虐げられるだけよ。信じられるのは自分だけ」
アランはその言葉を静かに聞き、頷いてから優しく語りかけた。
「確かに、自分を守るために壁を作るのは大切なのかもしれない。でも、その壁があまりに高すぎると、本当に必要な人まで遠ざけてしまう。俺は、勇気を出して壁を破ったことで、大切な仲間に会えたんだ。確かに俺の行動は軽率だった。だけど、あいつらに出会えたことについては、一切後悔していない」
シドウもそれに続き、穏やかな声で語りかけた。
「レーナ、私は、君が過去のことを抱えつつも、こうして私たちと対話に応じてくれることを、とても感謝しているんだ。恨みを捨てろとは言わないが、不満や怒りは今回のように話し合いの形で伝えてほしい。関係の無い人々を巻き込むような強硬手段を取るのは辞めてくれ。君自身のためにも」
彼らの言葉を聞いたレーナは、依然として辟易し、不服そうな表情を浮かべたまま黙り込んでいた。
シドウは改めて、サナへ研究に協力してくれるよう依頼した。
「私は一応、王族の血を引く者なので、王族派ということになっている。しかし、私の本当の目的は、研究を通して魔法の力を追求することだ。将来的には王族も中初級魔法使いも関係なく魔法の高みを目指せるような世界になると良いと考えている。なので、サナさんにはこれから研究に協力してもらいたい」
サナは少し考えた後同意したが、条件を提示した。
「……分かりました。だけど、研究って私の血液とかも調べたりするんでしょう? 悪用されたりしないか心配だから、私に関する研究をする際は、必ず私の目の届く範囲で。具体的に言うとこの屋敷で行って下さい。これが条件です!」
シドウは「分かりました! ありがとうございます!」と喜んだ。
するとレーナは、(王族にだけこのおばさんの情報が行くのはまずい!)と思い、
「ちょっと待って! 研究するときは絶対あたしも呼んで!」と頼んだ。
サナは、少し気まずそうな表情を浮かべながらも承諾した。
「まあ来ても良いけど、ユキに何かしたら即刻出禁だからね。わかった?」
レーナは研究に参加する許可が下りたことに安堵しつつ、心の中でほっと息をついた。
「……分かったわ。別にコイツは私に何かした訳ではないし、ただただ不快なだけで、わざわざ自分から関わったりはしない。どうにか無視するわ」
「言ったそばから悪口言ってる! そういうのもアウトだからな!」
ユキはふと、思ったことを口にした。
「そういえばシドウさん、見たところ俺と同年代くらいなのに凄くしっかりしてますよね」
「ああ。私は今年二十一歳になります。ユキ君の二個上ですよ」
シドウは笑いながら答えた。
サナは、自分より年下の人が自分よりしっかりしていると、なんだか気まずいなぁと感じた。
「え、そうなの? そんなに年下だったんだ……なんか、私が頼りないみたいで嫌だなぁ」
サナはそう言うと、照れくさそうに言った。
シドウは内心、「僕ってサナさんに年上だと思われてたってこと⁉ 老け顔なのかな?」と心配になった。サナは彼の話し方や所作がとても落ち着いていて、しっかりした人だという印象を持っていただけである。
シドウは内心の不安は表に出さず、笑顔でサナをフォローした。
「そんなことないですよ、サナさん。あなたに研究に協力していただけるなんて、本当に感謝しています」
一方で、レーナは不満げな顔をしながら、「なんか皆、良い雰囲気になってない?」と少しイラッとした様子でつぶやいた。
シドウはそれに気づき、優しく声をかけた。
「まあまあ、レーナもこれから一緒に研究を進めていくんだから、少しずつ慣れていきましょう」
レーナは腕を組んでそっぽを向きながらも、少しだけ心が和らいだ様子で答えた。
「ふん、別に仲良くする気はないけど、しょうがないからね」
こうして、サナの屋敷での研究が正式に始まることとなった。
その後、体調も回復し、今後の予定について話し合いを終えた五人は、それぞれの役割を胸に抱きながら解散していった。
それから何日か経ったある日のこと、サナが、
「ユキ、今日うちにシドウさんが研究に来るって」とユキ伝えた。
「え、ってことはレーナも来るんだよね? やっぱりなんか気まずいな。俺、街に行って時間潰してくる」
「うん。了解。やっぱりレーナちゃん苦手か」
「うん……あの子の事情には納得したし、気の毒に思うけど、やっぱり俺の事が嫌いな人のことは、俺も苦手かな。会うのは普通に気まずいし、しばらくは顔を合わせないのがお互いのためかなって」
「まあ無理もないよね。でも、ここはあなたの家なんだから、気にせず居ても良いのよ。まぁ、気をつけて行ってきてね!」




