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第9話 傘、白玉、アグレッシブ

 太陽が高く昇っていた。

 少女が、小学校の門を通り抜ける。少女の背に、ランドセルはない。 


「こちらから探しにくいなら、向こうから出て来てもらえばいいのよ」


 少女は、一人呟く。

 校門近くのクスノキの前。立ち止まりゆっくりと、両手を挙げた。

 そして、振り下ろす。


 ドンッ。


 大きな音に、付近の鳥たちが一斉に飛び立つ。

 土埃。校舎ほど近い場所に、大きな穴が開いていた。おそらく、直径一メートル程度で、深さはその倍以上ある。


「なんだ、なんの音だっ」


 校舎の中から、それから学校の敷地の外からも、大人たちが、たくさん飛び出してきた。


「うふふ」


 少女はクスノキの高い枝の上に座り、慌てふためく大人たちの様子を眺める。

 足をぶらぶらさせてから、丸い桃色の膝こぞうの上に両肘をつけ、両の手のひらで笑みを浮かべた柔らかな頬を包むように乗せ、いかにも楽しそうに。


「作りたてのほやほや。バリバリの魔力がこもってるよ? 早く、出ておいで」


 きっと、出てくる、と思った。まだお互い、本当の名前は知らない。だから、呼びかけてみる。仮の名を。


紫月(しづき)。きっと、あなたはここにいるんでしょ?」


 ばたばたと、車や大人が忙しく校門を入ってきたり出て行ったりしていた。なんらかの不思議な術をかけてあるのだろうか、誰もまだ、少女の存在には気付かない。

 そして、穴の周りは、ロープで囲まれた。


「ふうん。みんな、働き者だねえ」


 少女は枝の上に寝そべることにした。葉っぱをひとつ摘み取り、顔の前でくるくるさせる。

 大人たちが様々な動きを見せていたが、少女の関心を引くものはなかったらしい。

 紫月は、現れない。

 校内放送が、流れてきた。


『校舎前、原因不明の大きな陥没がありました。校舎への影響はまだありませんが、今後広がる危険性もあります。児童皆さんの安全を確保するため、ただいまから休校となります。集団下校となりますが、皆さん落ち着いて行動してください――』


「おっ、いよいよ出てくるかな?」


 少女は、珊瑚色の瞳を輝かせた。                                                          




「きゃああああっ!」


 女性社員の悲鳴に、勇一は社内電話の受話器を取り落としそうになる。


 な、なんだ!?


 勇一もフロアの皆も、一斉に声のしたほうへ顔を向けた。勇一の右肩の上の毛玉怪物、白玉(しらたま)も一緒にそちらを気にしている様子。

 ほどなく、廊下からフロアにその悲鳴をあげたと思われる女性社員が飛び込んできた。女性社員は、フロアに入ると後ろ手にドアを閉め、そしてそのまま崩れ落ちるように座り込んでしまった。


「あ。も、申しわけございません。少々、こちらでなにかあったようで……。あっ、はい。大丈夫です。それでは、明日の予定を変更いたしまして、本日三時までに伺いますので、よろしくお願いいたします」

 

 勇一は女性社員の非常に取り乱した様子に動揺しながらも、なんとか電話の向こうの取引先の予定変更の要望に応えていた。


 な、なんだろう!? 彼女、顔色も、真っ青だ……!


 女性社員の周りには、上司や同僚女性が駆けつけていた。女性社員は、肩を上下させつつ、廊下を指差し震えながら訴える。顔色が、ひどく悪い。


「カバンが、カバンが……!」


 カバン……?


「カバンが、どうしたんだ!?」


 問いかける上司に、必死で女性社員は答えようとする。だが、なかなか言葉が出てこないようだった。

 かろうじて、彼女の口から語られたのは――。


「カバンが……! ロッカールームから、ひとりでに出てきたんです……! 私、見てしまったんです……!」


 ええ!?


「どうしよう……! 私、追いかけられて……! ああっ、きっとカバン、ここまで来ちゃう……!」


 大丈夫だ、しっかり、と皆口々に声をかける。上司が、大丈夫、俺が見てくるから、と告げて廊下を見に行き、女性社員の同僚女性が、安心して落ち着くよう、声をかけながら肩や背をさすってあげていた。


 カバンがひとりで……、まさか……!


 勇一は、傘の存在を思い出していた。不安だったので、しばらくカバンごと自分のデスク近くに置いておいたが、それも不自然なので自分のロッカーにカバンをしまっていた。


 もしかして、傘! カバンの中の傘が、カバンを引っ張って動かしてるんじゃ――!


「あのっ、すみません! 明日のA社さんとのお約束、本日に変更となりましたので、ちょっと今から出かけますっ!」


 立ち上がり、廊下へ飛び出していた。

 向こうから、首をひねりつつこちらへ戻ってくる上司。上司は、女性社員が言う「人間を追いかけてくるカバン」を見つけられなかったらしい。

 勇一はその上司にも、取引先の都合で今から出かける旨を告げ、ロッカールームへ急いだ。


 わあっ。


 思わず叫びそうになり、急いで言葉をのみこむ。廊下の角から、カバンが飛び出したのだ。

 おそらく、上司からは物陰に隠れて見つからないようにしていたのだろう。勇一の気配で姿を現したようだ。


 ああ。やっぱり。


 頭を抱える。やはり、それは勇一の予想通り、紛れもなく勇一のカバン。


 どうしたんだよ、傘! 女性社員を追いかけたりして……!


 心の中で、カバン越しに傘へ問いかける。


『我は、あの女性を追いかけたわけではない。勇一のもとへ急ごうとしただけだ。たまたま、進行方向が一緒で、見つかってしまった』


 へ!? お前、なんで急ごうとなんかするんだよ!?


 問いかけてから、ふと、傘が自分のほうへ急ぐということは、自分の身に危険が迫っているのでは、と思い至り、青ざめる。


 俺を助けようとしてくれた……? でも、それにしたってもっと方法が――。

 

 危機を察して廊下をひた走るカバン、そんなのヒーローアクションとしてもB級ホラーとしても、雑過ぎる、と思う。

 しかし、傘の答えは勇一の想像とは異なる内容だった。


『動きを感じた。術者の』


 えっ、術者の動きって……!


『急ごう、勇一。被害が大きくなる前に』


 紫月さんは、隠れて普通に暮らせ、そう言ってたんじゃ……。


『我は、人々を守るために生まれたもの。守ることが、使命。我は、使命に突き動かされる』


 だから、傘、お前アグレッシブなのか――。


 勇一は、唖然としながらも、妙に納得。だから自分も、傘を手にしている間、いつもの自分らしくなく熱血漢のようになっていたのか、と腑に落ちる。同時に、ちょっと感動。感動している場合ではないのだが。


『おそらく幽玄はまだ動けない。だから、勇一。白玉。我らで行くのだ』


 行くのだ、って……!


「俺はこれから、取引先に行くのだっ!」


 まだ時間に余裕があるわけだが――、一応会社員としての主張をしてみる。

 勇一の主張を理解しているのかいないのか、白玉が、勇一の足元をつつく。あきらかに、乗れ、といっている。


「いや、空を飛んで行くわけじゃ……! 俺は、社用車を運転して――」


 わあっ。


 白玉が今度は勢いよく勇一の膝の裏に体当たり、たまらず勇一は倒れそうになり――、しかしそのときすでに白玉は大きな姿に戻っており、勇一は無事白玉のふわふわの背に倒れ込んでいた。


 ええっ、飛んで行く気か――!


 白玉はなにも話せないが、あきらかに行き先は、取引先ではなく術者のほう――、そんな勇一の予想は、たぶん予想ではなく現実。

 カバンごと傘も、白玉の背に乗る。


「えっ、ちょっ、白玉! 待っ……!」


 白玉が窓に突進しようとするので、ぶつかる前に勇一はロッカールームの窓を開けた。


 うわあ……!


 外の風を浴びると、あとは白玉の独壇場。あっという間に窓枠を通り抜け、白玉は勇一と傘の入っているカバンを乗せ、大空へ飛び出していった。

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