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第79話 封印は、解かれた

 やつが、来る……!


 不気味な座像が、揺れている。封印が解かれた今、ここからあの「父」が姿を現そうとしているのだ。

 そのとき勇一は、「父」に関する重要なことを思い出す。

 

 ちょっと待て……! あれ、超でかかったじゃん……! 天井、突き抜けるぞ……!


 小さなお堂だった。「父」は、おそらくこのお堂の天井を超える背丈がある――。


「ゆかり様、やつの炎、それに対抗する術を――!」


 幽玄がゆかりに進言する。ゆかりは、化身である「優月(ゆづき)」を通して「父」を見ており、あたかも実際遭遇したかのように「父」の姿や攻撃の様子を知っていた。しかし、蓮の凶行、そして目の当たりにする「死」、さらには封印の解除――。あまりにショッキングなできごとの連続に、なかば放心状態にあるようだった。幽玄は、ゆかりの術師として一面を一刻も早く思い出すよう、声掛けをしたのだ。


「蓮なら――、水の呪法が得意だったのだが――」


 つい、幽玄の口からそんな言葉が漏れる。ゆかりは首を左右に振った。悲しげな目をしたゆかりだったが、改めて背筋を伸ばした。

 当主の顔に戻っていた。


「そうね。幽玄。急いで考えなくちゃ……。炎……。炎に対抗する術……。私、蓮君と違って水は得意ではないけれど、でも――」


 炎の攻撃について考えているゆかりと幽玄。勇一は、それも大事だとは思いつつ、大急ぎで言っておかねば、と思った。


「炎もやばいけど、あいつ、サイズが相当でかかったよ……! あんなの出てきたら、たぶんここ、ぶっ壊れる……!」


 幽玄とゆかりは顔を見合わせた。攻撃への対策も大事だが、それよりなにがなんでも出させないことだ、と改めて思い至る。

 封印は解かれたが、もう一度封印できないか、もしくはせめて足止めできないか。無理かもしれないが、試す価値は充分ある。


「出させない……!」


 ゆかりは両腕を伸ばし、両手のひらを揺れ続ける座像に向けた。そして、呪文を唱えた。


「我は封ずる……! 永遠に閉じよ、異界への扉……!」


 閉じろ、異界へののれん……!


 ゆかりの唱えた呪文に重ねるように、勇一も心の中で唱えた。さがった二つの長いのれんを、結び合わせるイメージまで心の中に浮かべた。

 

 秘技、のれん結び……!


 秘技まで勝手にイメージした。しっかりと本結びだ。

 座像の揺れは、おさまらない。ゆかりの肩が、大きく上下した。


「だめ……! 相手の力が強すぎて、止められない……!」


 ゆかりが、たまらず叫んでいた。それは、素人・勇一の勝手に念じた「のれん本結び」の悪影響ではなく、相手の出ようとする強力な力に、ゆかりの術が押し返されているような状態らしい。


「いったん、出ましょう!」


 ゆかりの言葉に、勇一、幽玄共にうなずいた。そしていっせいに駆け出す。お堂の扉の向こう、外へ、と。

 幽玄がゆかりを抱えて空中を飛び、白玉(しらたま)に飛び乗って宙を駆ける勇一が、勢いよくお堂の格子戸を開け――。

 幽玄とゆかり、そして勇一と白玉が、お堂の外へ飛び出した、その一瞬あと。

 大きな音が続いた。振り返らずともわかる。それは、座像を吹き飛ばした音、そして続く、お堂の天井を突き破るような音――。


「ついに、来たんだ……!」


 がああああ、背後から恐ろしい咆哮。とうとう、「父」がこちらの世界に現れたのだ。

 勇一たちは、まっすぐ飛び続けた。

 なにかが、風を切り飛んでくる。雨のように、降り注ぐ。


 うわ……! 破片とか……!


 勇一が考えるより先に、ガードするように傘が開き、頭の上に掲げられた。お堂を構成する天井や壁などの木片が、勇一の目の前に、両脇や背後に落下する。いくつか傘に直撃したが、傘は破れることなくはね返していた。


 ゆかりちゃんや、幽玄は――!


 ゆかりたちが無事か、勇一は視線を走らせた。なにかが、光っている。


 おお、ゴールデンハンマーが、より黄金に輝く……!


 幽玄の右手にあるゴールデンハンマーが、光を放っていた。そして、見えない鎧かなにかがあるように、幽玄、幽玄の左脇に抱えられているゆかり、ふたりの輪郭に沿って木片が弾かれている。


 すげえ、ゴールデンハンマーの守備範囲……!


 もはや、何刀流か、と舌を巻く守護の能力。徹底的に、守るご意向らしい。


 そういや、皆さんは……!


 警察も鏡家親戚の姿も見当たらなかった。ゆかりの親戚のおば様おじ様がたの巧みな弁術のおかげか、または実際特殊な術を行使したのか、それとも体感以上にいつの間にか時間が経過していたのか、どうやらいったん解散、現場から撤収したようだ。

 ゆかりが、手鏡を掲げ叫んだ。おそらくは、呪文。


「空気よ、大地よ、天からの恵みの雨よ、集まり、築け。大いなる力にて守られし清浄なる空間、今ここに……!」


 背後から迫る、ごうっ、という恐ろしい音と熱、それらと同時だった。周囲の地面一帯、光があふれていた。たくさんの光が柱のように立ち上り、やがて光の壁のようになり、辺りを包んだ。


 えっ、なにこれ……!


 背に迫るように感じた熱が、消えていた。代わりに、光に囲まれていた。勇一と白玉も、幽玄とゆかりも、周囲の木々も、そしておそらく、すぐ後ろにいる「父」も。すべてが、光の中にあった。

 まるで、巨大で透明な建造物の中にいるようだった。光の壁は、地から天に向かい、そして天から地へ向け、輝きながら上下しているように見えた。


 今、「父」から炎が吐かれたみたいだったけど……。消えた、のか……?


「結界だ」


 ゆかりに代わって、隣を飛行している幽玄が説明していた。


「やつの炎を出現させないよう、ゆかり様が結界でこの辺りを一時的に囲ったのだ。魔の力を、大自然の中の聖なるエネルギーで遮断している、そういう感じだ」


「聖なるエネルギーで遮断……、それで、炎の攻撃が届かなかったのか……!」


「ああ。炎を完全に出せないようにはできないが、燃え続けることはなく、すぐに消える。先ほどのように」


 魔のエネルギーの炎を、聖なる空間で遮断し封じる、それは消火するために酸素供給を遮断するみたいな感じかな、と勇一は脳内で変換してなんとなく理解した。今のところ、背まで迫った炎は木々に燃え移ってもいない。


「ゆかりちゃん、すごいけど――」


 勇一はゆかりを案じた。あまりに大がかりの術だ、と思った。そしてなんだかゆかりの様子が、おかしいように見える。幽玄の腕の中、ゆかりは目を閉じ震えているようだった。


「強い術だ。集中していらっしゃる。だから受け答えは、私が」


 風の音。気配を察し、白玉が右方向へ進路を変え、幽玄が左方向へ飛ぶ。間から突き出る、「父」の太い腕。


 すぐ後ろにいる……!


 四本の腕が、襲い来る。そして――。


 ごうっ……!


 炎が吐き出された。


 白玉……!


 そのとき、白玉は急上昇していた。木々より高く、空へ――。

 どす黒い気配が、迫る。


 ついて来ている……!


「父」は幽玄とゆかりではなく、勇一に狙いを定めたようだった。

 黒い雨雲の合間から、星がまたたく。

 勇一は、叫ぶ。


「ついて来い……! 俺に……!」


 傘を、構えた。


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