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第7話 廃屋の人影

 星が、出ていた。


「いらっしゃいませー」


 自動ドアが開くと、大学生らしきバイト君による、ほぼ棒読みの挨拶。

 今日も昨日同様、夕方以降が彼のシフト勤務時間なのだろう。


 つい、入ってしまった。


 少なくともしばらくは通わないようにしようと思ったコンビニに、勇一は立ち寄ってしまっていた。

 勇一のそばには、勇一以外の存在。白玉(しらたま)だ。

 勇一の右肩の上には、スマホほどの大きさに変化した、白玉が浮遊していた。


 白玉。大きさ変幻自在なんだ。


 バイト君は、昨晩奇妙なことを口走っていた勇一のことなど、さらには勇一の肩の上でふわふわしている白い毛玉など、全く気に留めていないようだ。


 白玉、やはり普通の人には見えないんだなあ。


 白玉は、完全に見えていない様子。

 まあ見えてない白玉はともかく、若いというだけで特別イケメンでもないし、平均より背が高いとか太っているとかそういった身体的特徴もあまりなく、無難な髪型、スーツ姿の男性客の顔など、いちいち覚えていないのかもしれない。

 雨も降っていないし、降る予報もないのに傘を持って入店した勇一は、とりあえず弁当コーナーに歩を進める。今日も、コンビニ飯。まったく自炊しないわけではないが、まずそんな気が起きなかった。


「幽玄は、しばらく回復に専念させます。勇一、あなたはこれから、今まで通りの日常を過ごしてください」


 幽玄――。


 新発売、専門店監修、などと銘打たれた弁当のパッケージを瞳に映しつつ、勇一はつい先ほどの紫月(しづき)との会話を思い出していた。


「白玉。ああ、白玉。いい名前ね。白玉は、普通の人間には見えないわ。白玉を連れ、傘を持ち、あとは普通に生活して大丈夫」


 紫月は、血だらけの幽玄を抱いたまま、白玉と命名したことを褒めてくれた。


「名は体を表す。いい名だ。よかったな、白玉」


 幽玄も、白玉の名をよい名前と感じたようだった。

 名が体を表わす、といっても、見た目まんまを名付けたわけだから、名より体が先なのだが、勇一は幽玄に対してその指摘はせず、涙目のまま、ただ首を縦にぶんぶんと振ることしかできなかった。

 ちなみに、名前のどこをよいと褒められたのかわからない様子の白玉はそのとき、紫月と幽玄ふたりに褒められ、嬉しそうに体を上下させていた。白玉の背に乗っている勇一、白玉の「喜びの舞い」にちょっと困惑。

 勇一は、傘に目を落とす。


「傘は――、他の人から普通に見えるんですか?」


「幽玄は傘を人の目から見えないようにできますが、人である勇一には当然そんなことはできません。だから、幽玄がそばにいない限り、他の人たちに傘は傘として見えているわ。だけど――、なるべく、あなたの手元から傘を離さないように持っていて」


 通常の男物の傘より、少し大きめの傘だった。離さないようにといっても、勤務中は困るなあ、と考えていると、紫月は、


「勇一。これを」


 黒い石を、勇一の左手のひらに乗せた。


「もしかして、これは――」


「隕石よ。その傘の骨の隕石と同じもの。地上に落ちたとき、砕けたものの一つ」


 隕石の小さなかけらだった。


「八角形のこの傘を広げると、守りの効果が充分に発揮され、邪悪な存在からの攻撃を退けられるだけでなく、自分の気配をある程度隠すことができる。そして、傘を広げなくとも持っているだけで、化け物たちや邪悪な術師たちの離れた場所からの探索から、見つかりにくくなるの。この小さな隕石のかけらも、傘ほどの効力はないけれど、同様の効果がある。この隕石をお守りとして持っていて」


「邪悪な、術師……?」


 もしかして、幽玄を襲った弁慶のようなやつの本体のことか、と思った。そして、紫月は「術師たち」と言った。


 そんな連中が、複数、いるのか……!


「あの、紫月さん、今朝の化け物と、その術師たちって――」


「ごめんなさい。幽玄を早く安全な場所で治療してあげたいの。詳しい説明は、後日するわ。それでは勇一、近いうちに、また――」


 紫月がそう告げた次の瞬間。景色が変わり、勇一は、昨晩のコンビニの駐車場に立っていた。右手には傘とカバン、左手には隕石を握りしめ、肩の辺りに白玉が浮かべた、そんな状態で――。

 そういったわけで、勇一はコンビニで買い物をして帰宅する流れとなったのだ。


 幽玄は、本当に大丈夫なんだろうか。


 夕飯を買わねば、と買い物かごを手にしたが、食欲がわかない。とはいえ、なにも食べないというのは明日の仕事に差し支える。とりあえず、野菜サンドイッチとトマトジュースをかごに入れた。

 隕石は、胸ポケットの中。ズボンや上着のポケットより、守られてる感を――自分の中での話だが――少しでも多めに演出したかった。

 雲に隠れていた三日月が、さっきより多くの星を引き連れ顔を出していた。

 風が少し冷たい。夜気に当たりながらアスファルトを歩いていると、髪にちょっとした重みとぬくもり、そしてふわふわした感触。

 白玉が、頭の上に乗っている。


 飛ぶの、さぼっているな。


 帰宅してから知ったのだが――、白玉は勇一の頭の上で居眠りしていたようだった。




「おおお……」


 月の光だけが差し込む暗がりの中、男のうめき声が響いている。

 男が、うずくまっていた。丸めた背の男のすぐ横を、ムカデが這っていく。

 そこは古い廃屋、だった。かろうじて家の形を保っているといった感じで、いつから住人がいないのか、所有者は誰なのか、廃屋となった経緯や詳細を、近隣の者でさえ誰も知らない。


「勝手をするな、と言われてたのにい」


 ため息と共に、少し呆れたような、少女の声。


「兄上ったら、せっかちなんだからあ」


 男の、妹らしかった。


「そんなに焦らなくとも、よかったのですよ、兄上。我らきょうだいは、長年星の光も届かぬ暗闇の中で、息を殺して復活のときを待ち続けていたのですから」


 苦しむ男をいたわるような、若い男の声。こちらは弟のよう。先ほどの妹よりずいぶん年上に見えるので、少女はふたりの妹なのだろう。

 うずくまったままの、長兄とされる男の手には、お札。お札には筆字で、


『僧武化身』


 と、したためられている。


「でも、まあ――」


 少女は鈴のような声で呟く。

 少女の手には薬湯のようなものの入った湯飲み。弟が兄を支え起こし、妹が兄の口元に、湯飲みを運ぶ。


「あの幽玄と、なかなかの勝負だったよう。さすが兄上です」

 

 弟が、妹の声を継ぐようにし、冷えた夜空の三日月のような鋭い笑みを浮かべた。

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