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第67話 強敵

 幽玄……!


 勇一の瞳に映る幽玄は、白いもやのようなものを立ち昇らせつつ、大地に倒れ伏したまま、微動だにしなかった。


 白い、もや……?


 勇一は、思い出す。傘と共に勇一が倒した化け物は、黒いもやを出し、やがて消滅した。架夜子(かやこ)の化身だという「よる」は、傘で突かれたとき、傷口から黒いもやを出していた――。


 ということは……! 幽玄は……!

 

 いけない、と思った。幽玄の命の灯が消えかかっている、と――。

 勇一の足は、駆けだそうとした。

 一心に。ただ幽玄のもとへ、と。しかし、なぜかそのとき勇一は、意思とはうらはらに後方へ大きく飛び上がっていた。

 

 傘……!


 傘の強い意思で、勇一はジャンプさせられていた。


 あっ。


 そして気付けば、白玉(しらたま)の背の上に乗っていた。そしてその流れのまま、勇一と傘を乗せ、白玉は上昇し始める。

 黒炎(こくえん)

 勇一は、黒炎の動きが見えていなかった。

 黒炎の槍が、大きく半円を描いていた。それは、勇一のいた場所を鋭くなぎはらうように。傘と白玉の連携がなければ、勇一の上半身と下半身はあっけなく分断されていたに違いない。

 

『いかなるときも、忘れるな。勇一。お前の主は、お前自身だ』


 傘の声が頭に響く。


『私に支配されるな。お前が私を支配しろ。お前がうろたえることを、幽玄は望まない』


 息を整えよ、そして周囲に神経を研ぎ澄ませよ、傘の声が続く。


 あっ。


 空中で白玉が速度を上げつつ、角度まで変えた。大きく傾く、勇一の体。そんな状態でも振り落とされないのはたぶん、白玉の特殊な能力なのだろう。

 勇一の視界の端に見えたのは、黒炎の槍の先。白玉ごと勇一を貫こうとして、突き出されたのだろう。白玉は、それを察知しなんとか避けていた。

 次の瞬間見えた、燃える瞳。勇一を追って飛翔した黒炎が、白玉の速度を超え、すぐ目の前に来ていた。

 圧倒的な力の差を感じた。射すくめられ、一瞬にして背筋が凍った気がした。


 幽玄を瀕死の状態にした黒炎……! 俺が勝てるわけがない……!


 どっ、どっ、どっ、と己の心臓の音が聞こえた気がした。


「貴様、夕闇だけではなく架夜子までも……! 許せん!」


 噛みしめるように吐き出された黒炎の怒声を耳にしつつ、勇一は――。

 

 そうだ。俺は、夕闇と、架夜子を倒してしまった。


 現実を、思い出す。

 あのとき。手から伝わってきた、あまりにも残酷な感触。この世界に生きている証の、物質的な重み。

 しかし、と勇一は思った。


 だからこそ……! だからこそ! 俺は前を見続けなければ……!


 進まなければならない、と思った。彼らは絶対に望んでいないだろうが――きょうだい愛の強い彼らが望むのは、黒炎の勝利だ――、彼らに打ち勝って生きている以上、自分はその先を進んでいかなければならない、と。


 夕闇や架夜子との闘いを、思い出すんだ……!


 そこできっとなにかを得たはずだ、と勇一は信じた。

 勇一は見た。黒炎の筋肉の動きを。それに連なる槍の長さ、考えられる速度を。

 心を静めた。現実は、ほんの一瞬のことだったが、勇一には長い時間のように思えた。

 びゅっ、と風を切る音。繰り出された、黒炎の槍。


 かわせた……!


 しかしかわした黒炎の槍は、勇一にとって少し意外な角度、動きだった。勇一は、黒炎の怒りの深さを思い知る。


 黒炎は、急所を狙っていない……! 憎しみのまま、突き動かされるような心の動きのまま、切り刻むつもりなんだ……!


 風が来る。一、二、三。そして四。ひゅっ、ひゅっ、と音を立てる風は、光を伴っていた。それはつまり――、繰り出される槍の動き。

 

「小僧、貴様――!」


 黒炎の叫び声、光る目。


 黒炎の動きがわかる……! もしかしたら――。


 呼吸を整えることが力の発揮に繋がることとは反対に、感情に任せた行動が、真の力を曇らせているのでは、と思った。それはたぶん、架夜子のときと同様に――。


 本当に、人と同じように彼らは互いを――。


 勇一の目から、ふたたびこぼれ落ちる、涙。

 勇一は、唇をかみしめた。


 でも、俺は勝たなければならない……!


「うわあああ!」


 意図せず、叫び声が出た。

 ぶんっと音を立てて迫る黒炎の槍を、勇一は傘で受け止めていた。

 ものすごい力だった。白玉ごと、押される。傘の護りの力が槍から伝わり、黒炎は苦痛に顔をかすかに歪め歯を食いしばっていたようだが、そのまま力を緩めない。


 なんて力なんだ……!


「貴様を、傘ごと、砕く……!」


 白玉が、たまらず傾く。横倒しに近い姿勢になった勇一の視線は、思わず地上に向けられる。


 あ……!


 意外な光景が、視界に入った。


 誰か、いる……!


 雨に打たれる幽玄のそばに、女性のような姿があった。そして――、幽玄の体から出ていた白いもやのようなものは、もう出ていないようだった。

 

 誰……?


 幽玄と謎の人物について、考える時間はなかった。白玉は、黒炎から距離を取ろうと速度を上げ後退していた。黒炎は、白玉の動きを追いつつ、一度槍を引いた。


 一度引いて、振り回すか突くか、なにか次の一手に出る……!


 バッと、傘が開く。防御の面積を広げようという、傘の意図だろう。


 黒炎は――。


 ハッとした。黒炎の姿が視界から消えた。今までも速かったが、爆発的な速度で黒炎は移動していた。

 

 うしろだ……!


 勇一の背に向け、突き出されるであろう、槍。勇一は体をひねり傘で防御しようと――。


 間に合わ……!


 どっ、と鈍い音。噴きあがる血しぶき。

 勇一は瞬間言葉を失う。

 ようやく口から出たのは――。


「幽玄!?」


 勇一が見た、驚くべき光景。それは、黒炎と幽玄の姿。

 槍を勇一に向け、がらあきとなった黒炎の胴体を、幽玄の刀が斬り裂いていた。


「幽玄、お前――」


 苦しげに言葉を吐き出した黒炎の目は、驚き見開かれていた。


「人と、異質なる魂より生まれ出た者よ――。魂は大いなる源へ還り、新たなる循環の道を歩むべし――」

 

 女性の声がした。呪文だ、と思った。

 勇一は、すぐ傍から聞こえた声の主を見た。

 長い黒髪の女性だった。上品な黒の衣装を身にまとい、憂いを帯びた切れ長の瞳が美しい。


「幽玄……、きさ、ま……」


 息も絶え絶えに、黒炎が呟く。


「不意打ちのような形になって、すまない。黒炎。強敵であるあなたを倒すには、このような形でしか――」


「強敵、か……」


 幽玄の言葉に、黒炎はにやり、と笑みを浮かべた。


「なかなか、楽しかったぞ……。幽玄」


 本当は、豪快な笑い声だったのだろう。しかし、そのときの黒炎は、弱弱しく咳き込むような形になってしまっていた。

 それから、黒炎は、勇一をぎろり、と見た。

 恨みや憎しみに満ちた言葉をぶつけられるのかと勇一は覚悟した。しかし、続く言葉は――。


「夕闇、架夜子を討った男……。さすが、だな――」


 目を細め、どこか柔和な笑みを浮かべているように見えた――。


「黒炎……!」


 次の瞬間、黒炎は落下していた。


「黒炎!」


 両手を広げ天を見上げる形で、大地に倒れた黒炎。鬼神のような巨体は、もう、動かない。

 勇一は、震える手で黒炎のまぶたを閉じさせた。


「黒炎……、ごめん……!」


 ごめん……、黒炎、夕闇、架夜子……!


 また、謝ってしまっていた。涙が、あふれてくる。あの世というものがあるのなら、架夜子、夕闇たち家族と一緒にいつまでも穏やかに過ごしていて欲しい、と願う。


「彼らの魂は、封印ではなく循環へ進みます。人の魂のように」


 穏やかで凛とした、女性の声。

 勇一は、振り返り見上げた。不思議な女性を。


「勇一。よくぞ戦い、生き抜いた。おかげで、黒炎を倒せた」


 幽玄はゆっくりと言葉を紡ぐ。無事なようだが、顔色が青白く、ひどく疲れているように見えた。


「幽玄、いったい――!」


 幽玄と女性は、揃って微笑みを浮かべている。


「ゆかり様の、新しい化身でいらっしゃる。お名前は優月(ゆづき)様だ」


 ゆかりが作った化身――、だった。


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