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第6話 鉄傘

 アバターって……、つまり仮の自分、現実世界でないところで活動する、自分の分身みたいなもの……?


 勇一は、紫月(しづき)の言葉を心の中で反芻する。本物の紫月は、現実世界にいて、目の前の女性は幻影みたいなものか、とおぼろげながら理解する。


「幽玄は、突然現れた弁慶みたいな大男を、『化身』って表現してました。ということは、あの大男も本体となる人間がいるってことですか?」


「ええ。そうよ」


「幽玄は――」


 と、言いかけて勇一の言葉が止まる。


 使役鬼(しえきおに)……、さっき紫月さんは幽玄のことを、そう説明してた。幽玄自身も、自分のことを化け物の類いだって表現してた――。幽玄は、まるっきり人じゃないんだ。


「幽玄は……、本当に、大丈夫……、なんですか? 今こうしている間にも――」


 紫月は微笑む。


「心配してくれるのね、ありがとう」


「いやっ、別に、心配してるわけでは――!」


「確かに、心配よ。幽玄は強い。でも、戦いに絶対はない。だから、説明は最小限。この空間からあなたを帰してから、私もすぐに幽玄のところへ向かう。あと、勇一、今あなたが知りたいことは?」


 知りたいことは、山ほどあった。とはいえ、時間をかけられる状況でもないと思った。今自分が知るべき情報の優先順位を考えねば、と勇一は少しの間押し黙り、選び抜いた一番重要な質問をぶつけようと思った。

 紫月が、また足を組み替えた。程よい筋肉のついた、長く細い足――。

 瞬間、ぽっ、と思考が湧く。


 紫月さん本体が、セクスィー大魔王ボディかどうか。


 チガウ、と思った。急いで首を振る。まったく重要じゃなかった。足を組み替えたタイミングが、悪すぎる。

 改めて一番重要な――、と心の中で仕切り直したが、そのとき口をついて出たのは、自分でも驚くような内容だった。

 

「俺も、今、戦えますかっ?」


 ああ。俺はなんてバカなんだろう――。


 美ボディ・セクハラ質問以上の愚問。勇一は、自分で自分がなにを言っているのか、正気の沙汰じゃない、と思った。


「まあ。もう、一緒に戦う覚悟がおありなの……?」


 紫月は、長いまつ毛に縁どられた美しい目を大きくさせた。

 勇一は、違います、そんなことを聞きたかったのではありません、というつもりだったが、またしても勝手に言葉が――。


「朝は、傘が、自動的に俺を動かしてくれました! 幽玄も、雑魚なら傘の力で楽勝って言ってました! 相手は思いっきり雑魚じゃないみたいですけど……。無茶でしょうかっ!?」


 無茶だ、絶対に無理っ! なに言ってんだ、俺! どうか俺を止めてくれ、紫月さん……!


 もしかしたら、傘が言わせているんじゃないか、と思った。傘に、走らされたり動かされたりしている。

 発言の中に勇一の意志が入っていないわけではないが、傘による影響がおおいにあると思った。


 なんちゅー好戦的な傘なんだっ!


 勇一は、握った傘を睨みつけた。

 紫月はうなずき、立ち上がる。


「あなたは傘に選ばれた人物。そして幽玄と私。あなたの覚悟さえ決まれば、決して無茶な戦いではないわ」


 それが、絶対、無茶なんですぅー!


 勇一は、そんな心の叫びとは裏腹に、力強くうなずいてみせていた。


「はい! 行きましょう! 白玉(しらたま)、戻るぞ!」


 なに言っちゃってんの、俺! 傘に、操られ過ぎいー!


 たぶん、傘から手を離してしまえば、普段通り百パーセント自分の意思で動ける自分に戻れる気がした。

 でも――、勇一は傘を持つことをやめなかった。

 それは、傘に操られているからではない。傘に賭けてみたい自分も、確かにいたのだ。


 朝、化け物を倒したときの感じ。あの動作、力、研ぎ澄まされた感覚――。


 自分の人生に、今までなかった興奮。助かった安堵だけではない、そこに、逃げずに打ち勝った勝利の喜びがあったことを、否定できない。

 

 自分の力が、世界の役に立つことができた。たぶん。


 脅威となる化け物を退治したことで、誰かの死を未然に食い止められたのだ、という思いがあった。

 そして思い出す、幽玄のどこか寂しげな笑み。


『私は名があり人の心に近いが、私もやはりアレと同類。化け物の類いだ』


 人ではない自分。創られた存在。幽玄の悲しさや苦悩が、そこにあるような気がした。


 彼は、人間ではない。でも、確かに気持ちがあり、生きている。知らんぷりなんて、できない……!


 飛び立つ紫月のあとを追うように、白玉に乗った勇一は、空間を移動し続けた。




「この傘、いったいなんなんです!? 俺、思いっきり心身影響受けまくりなんですが!?」


 風を切りつつ、紫月に問う。まだ幽玄たちの戦っていた場所には、辿り着いていない。

 紫月は、前を見据えつつ言葉を返した。


「昔。この町に、隕石が落ちたの」


「えっ」


 唐突な紫月の発言内容に、勇一は戸惑う。


「隕石って、石質隕石、石鉄隕石、鉄隕石の三種類があるそうよ。そのとき落ちた隕石は、鉄隕石というものだったの」


「鉄隕石……? 隕石が、鉄でできてるってことですか?」


 傘について尋ねたのに、どうして隕石の話を始めたのだろう、勇一は首をかしげた。


「そう。小惑星の内部、鉄の核のかけららしいわ。その傘の骨は、鉄隕石から作られたものなの」


「えっ、この傘の、骨!? これ、隕石からできた傘なんですかっ!?」


「そう。重いでしょ?」


 思わず、きょとんとしてしまった。重い、と思ったことはなかった。


「いえ……? 重くないですが……?」


 むしろ、手になじむようだった。


「そう? それは、あなただからかもしれない。選ばれた、あなただからきっと重さを感じないのよ」


 もしかして、と勇一は思った。おそるおそる、尋ねる。


「宇宙からの不思議な素材の傘だから、不思議な力がある、と……?」


 非科学的だ、と思った。しかし、そもそも現在の状況が思いっきり科学から逸脱している。逆に、宇宙から来たものだから、特別なパワーがあるんだ、と思うほうが説得力があるような気がしてきた。


「ええ」


 でも、なぜ、という大きな疑問。鉄から武器を作る、それなら百歩譲って刀剣なんじゃないか、と。


「なんで傘なんですか!? 化け物と戦う武器が傘って、どうして――」

 

「刀づくりって、大変なのよ」


 えっ、そんな理由……?


「それに。形。広げると八角形でしょ? 八という数字は無限を表わし、八角形は宇宙を表わすともいわれているわ。そして、八角形には、邪気をよせつけない強い力がある。それと、傘の布。この布も、特別な素材と製法で、我が一族の術が施されているの」


 紫月がそう話し終えたとき、一つの枠を超えた。


「幽玄!」


 紫月が幽玄の名を叫んだ。それと同時に、急降下する。今まであまり下を見ないようにしていたが――高さを意識すると、怖いので――、そこの空間の下方には花が群生していた。

 白玉も、紫月にならって降下する。

 花の中に、幽玄が見えた。

 さっと、勇一の体から血の気が引く。

 幽玄は、倒れていた。


 幽玄……!


 紫月が、幽玄を抱き起していた。


「ああ。紫月様。大丈夫です。敵を、退却させました。やつのほうが、重傷です」


 幽玄は、青白い顔に笑みを浮かべた。着物は破れ、体中あちこち傷を負っていて――、傷口からは血が流れていた。


「まさか、幽玄、あなたがここまで――!」


 紫月の声は震え、あきらかに動揺していた。


「ええ。思った以上の強敵でした」


 勇一は、呆然と紫月と幽玄の会話の様子を眺めていた。


 幽玄……! 無敵なんじゃなかったのかよ……! それに、その傷、その血……!


 あの朝の化け物は、血など出ず、ただ黒いもやが出ていた。それから、跡形もなく消えてなくなった。


 お前……、全然、人に近いじゃないか……!


 勇一の目に、涙がにじむ。呼吸も、自分でも知らず荒い。

 それは、傷を負った人を目の当たりにしてしまったときの衝撃と、それからその人の容態を案じる気持ちと、なんら変わりなかった。

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