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第53話 逃げ切れるとお思いじゃない

 雨のトンネルを走っているようだった。ワイパーが、せわしなく動いている。


「救急車を……!」


 紫月(しづき)から感じ取った「情報」で、光咲(みさき)や蓮の状況を知ったゆかりは、まず救急車を手配した。救急車を要請したあと、


「それから、警察の出動を要請します。蓮君……、蓮は、術などではなく刃物を使ったと思われる直接的な攻撃をしていますし」


 警察への通報を急いだ。それは、鏡家の長年培われてきた独自のパイプを使った、特殊な通報だという。


 ゆかりちゃん……!


 ひのは、運転をしている。今電話を掛けられるのは、ゆかりか自分だけだった。

 

 ごめん……! せめて救急車だけでも、俺が電話をすれば……!


 大人、社会人であるのに、この緊急時、動揺するだけで、なにも考えられなかった。通報を終えたら、伯母の陽花(はるか)を始めとした分家の代表者たちへ連絡をするのだという。取り急ぎ起きている事実の報告と、各自それぞれの対応について指示するとのことだった。


「私たちと、救急車や警察、到着はどちらが早いかな」


 ひのは、焦っているようだった。運転が荒くなっている。しかし焦ったところで、車が早く着くわけでもない。


「とりあえず、光咲伯母ちゃんの手当てだけでも、早くしてあげないと……!」


 アクセルを踏みながらのひのの言葉は、勇一に閃きをもたらした。勇一は後部座席へ、身を乗り出すようにして尋ねる。


「ゆかりちゃん! その場所、白玉(しらたま)に教えること、できる……?」


「え……?」


 ゆかりは通報を終え、次に陽花へ連絡しようとしているところだった。


「俺、白玉に乗って、銀硝空間(ぎんしょうくうかん)から行ってみる!」


 今、駆けつけられるのは俺だけ。俺が、行くしかない……!


 術師であっても、「鍵の間」を除き異空間へ行ける者は、ごく稀なのだという。ゆかりでさえ、紫月を使っている。

 銀硝空間を行けるのは、この中で勇一だけだった。


 


 いくつもの、枠を超えた。


 幽玄、紫月さん、光咲さん……!


 白玉に乗り、銀硝空間を突き進む。右手には、傘。風で前髪が巻き上がり、シャツが肌に張り付くようだった。しかし、勇一はまっすぐ前を見続けた。


『勇一。焦るなよ。決して』


 傘の声が、心に入ってくる。勇一は、心の中で、うん、と返した。


『戦うのか、救護するのか、その場の状況次第だ。どちらにせよ、お前にできることは限られているともいえる。一刻を争う。だからこそ、静かな心で、その場の最優先事項を見極めるのだ』


 わかった。


 うなずく。勇一は白玉の背の上、深く呼吸をした。深く、深く。心と体を落ち着かせるように。


「あらあ。久しぶりー」


 その声は、と思った。突然、左のほうから声が聞こえてきた。


 架夜子(かやこ)……!


 架夜子だった。さっ、と全身の血が引いた感じがした。


 こんなときに……!


「急いでるわねえ? どこに行くのお? ついてっちゃおうかしら」


 架夜子は、もうついてきていた。笑みを張り付けた顔をこちらに向け、白玉と並行して飛行を始めた。


「くそっ、なんで……!」


 勇一は、傘を握りしめた。同時に、折りたたまれていた傘が金属音を立てながら、本来の形――折り畳み傘から、通常より少し大ぶりの雨傘の姿――になる。


「なんで、ってぇ? 銀硝空間は、術を張ってあるの。だから、誰かが入ればすぐにわかっちゃうんだあ」


 くすくすと、笑う。架夜子はまだ、愛らしい少女の姿だ。


 まさか、架夜子に見つかってしまうなんて……!


「お前が、傘の使い手か」


 え……?


 突然耳に飛び込んでくる、男の声。あきらかに、架夜子ではない。幽玄でもない。そんなはずは、と自分の耳を疑った。これ以上誰かと遭遇するなんてこと、あるのだろうか。

 気のせいかもしれない、恐怖のあまりの空耳かも、ぐるぐると思考が定まらない中、白玉がまるで急ブレーキをかけたように止まった。


「し、白玉……!」


 白玉の動きに驚き、一瞬白玉へと視線を落としてから、それから急いで顔を上げた。


 え……! これは……!


 どくん、自分の心臓が大きく脈打つ。勇一は、自分の心音を聞いてしまった気がした。


「お会いするのは、二度目ですね」


 もう一人、男の声。


 男が、二人……!


 前方。空間に立つ、男二人。一人は見知らぬ大男。そしてもう一人は、まるで糸のような細い目をした――。


「兄上とお兄様……! 兄上たちも、こっちに来てたのね……!」


 架夜子のはしゃいだ声。架夜子は弾ける笑顔で、銀硝空間に傘の使い手さんが一人で来たの、兄上たちもわかっちゃったんだあ、と手を叩いて喜んでいた。


 術師、三きょうだい……!


 大量の冷たい汗が、額から背から、流れ落ちる。ここには、幽玄も、紫月もいない。ひのも、ゆかりも。


 しまった――!


 たった一人。勇一は援軍もなく――、ただ一人で立ち向かわなければならない。


 いや、俺には、傘と白玉がいる……!


 そう思い直しても、希望が見出せない。三きょうだいのひとりだけでも測り知れない強敵というのに、一度に「さんにん」とは。いったいどうしたらいいのか、活路があるとはとても思えなかった。


 どうすればいい……!


 大男が、口を開いた。


「我が名は、黒炎(こくえん)。貴様の命はここで尽きるのだが、冥土の土産として教えておこう」


 地の底から響くような恐ろしい低音の声だった。

 黒炎が言い終えると、隣の細目の男が微笑んでうなずく。


「さすが兄上。死にゆく者へも礼節を欠かさないのですね。では、私も。私の名は、夕闇です。あのときは、寿司を譲ってくれて、本当にありがとう」


 夕闇は、紳士のごとく一礼した。

 

 死にゆく者って……! 俺はまだ元気だぞ……!


 ズキ、ズキ、と頭の血管が脈打つ感じがした。過度のストレスのせいか、頭痛とめまい、それから吐き気が勇一を襲う。自分の体を必死になだめすかし、諸症状をなんとか落ち着かせようと試みる。

 架夜子が自分の腰に手を当て、頬を膨らませていた。


「せっかく! せっかく兄上たちのほうから自己紹介してるのにっ! あなたもいい加減、ちゃんと名乗って挨拶しなさいよっ!」


 絶体絶命……! どうする……! 勇一……! 考えろ……、助かる道を……!


 予言の者と言われてきた。ここで死ぬわけにはいかない。自分のためにも、皆のためにも、名も知れぬ、多くの人たちのためにも、と思った。生きる道を、見つけて進まなければならない。針に糸を通すような道であったとしても。


「勇一さんですよ、彼のお名前は」


 夕闇が、黒炎と架夜子に教える。真っ青な顔色になってしまった勇一が、返事のできる状態ではないことを、見透かしているようだ。

 

 そうです、私が勇一さんです。

 

 一瞬だけ、現実逃避した。名刺を差し出す図を想像し、笑みさえ浮かべてしまった。状況に、そぐわないことこの上ない。


 光咲さんの命が危ないっていうのに……、俺は……!


 サラリーマンの(さが)か。我に返り猛省した次の瞬間。勇一は腹の底が急激に冷えるような感じがした。


 えっ。


 まるで内臓を、持っていかれたような感じ。ひどい攻撃を受けたのかと思った。

 しかし、そんな恐ろしいことが起きたわけではなかった。ただし、視界が目まぐるしく変化していく。風圧が、凄まじい。


 白玉……!


 白玉が、急降下していた。白玉独自の判断で、猛スピードでその場から下降し、さらには移動している。


「あっ、逃げたっ」


 上方の遠くから聞こえる、架夜子の声。


「ふふ。我らから、逃げ切れるとお思いですか……?」


 続く、夕闇の声。声の感じから、こちらを目掛け、ぐんぐん近付いてきているのがわかる。


 思ってない……! 全然お思いじゃないっ! 残念だけど、まったく思えないんだよーっ!


 勇一は、心の中で叫ぶ。口の中がからからで、叫ぶことすらできなかった。

 勇一が一番、逃げ切れる可能性を信じられないでいた。

 

 まずい……!


 ハッとした。今までも、充分まずかったわけだが、さらに、まずい。眼前に、突きつけられる絶望。


「予言の傘の使い手よ。特異な星の下に生まれたお主よ、我らの糧となれ」


 いつの間にか前方に回り込んだ黒炎が、全速力で進む白玉の進行方向に立ちはだかっていた。


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