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第45話 扉の向こうに佇む者

 誰でも、なにかのきっかけで迷い込んでしまう可能性のあるという「鍵の間」と呼ばれる異空間。そこは、誰かが入り込めばそこを出るまで、鍵が掛かったように外部から空間内へ入ることはできないという。

 幽玄と勇一と白玉(しらたま)の目の前、今、鍵の間は固く閉ざされていた。


「先客って……、誰か迷い込んでしまったってこと……?」


 戸惑いつつ、勇一は幽玄に尋ねた。


「ああ。そうかもしれない。しかし、そうでないかもしれない」


「そうでないかも……?」


 幽玄のいくぶん低い声に、勇一は不穏ななにかを察する。

 幽玄は、目の前にあるらしい見えない扉を見つめつつ、慎重に言葉を続けた。


「何者かが意図的に入った。我々のように」


「術師……!」


 幽玄は、黙ってうなずく。勇一と白玉は、ほんの少し飛び上がる。すでに宙に浮かんでいる白玉は、ほんのちょっと浮上した感じ。


「あの術師たちは、『鍵の間』にも入れるってこと……?」


 思いがけず声がかすれてしまっていた。勇一には見えないしわからないが、すぐそこに術師がいるのかもしれない――、そう思うと心臓が早鐘を打つ。

 

「あの連中は、銀硝空間(ぎんしょうくうかん)に行き来できる。連中が『鍵の間』の存在を知っているとするなら、可能性は高い」


 やはり、この向こうに、術師の誰かが……!


「ただ、術師、と言っても、あの連中だけではない。日本中そして世界中、系統は違えどなんらかの術を行使できる人々はいる。そして、鏡家の人々も、『鍵の間』に行けないことはない。たとえば、蓮様。蓮様も、自らの力を高めるため、時折『鍵の間』を使用することがあるとおっしゃっていた」


 蓮、と聞いて思い出す。


「あ。でも、昨日ビデオ通話で蓮さんに、俺は今幽玄と修行してるって話したよ。『鍵の間』とは伝えなかったけど、もしかしたら俺たちが『鍵の間』を修行に使ってるかもって想像して、蓮さんなら使わないんじゃないかな……?」


 想像に過ぎないけれど、そんな気がした。自分のようななんの能力もない「一般ピープル」が、「傘」のような特殊武器を使うという訓練を急ピッチでしなければならないとするなら、そういった特殊空間で修行しているんじゃないかと、きっと蓮は思うだろうと推測していた。


「……まあこのタイミング。確率的にも、いるのはあの術師たちだろうな……」


 幽玄は、空中を睨みつけながら、ため息と共に呟く。


 術師たちが……!


「幽玄! 俺たちが鍵の間に入ろうとしたこと、向こうはわかるのか? それから……」


 それから、と恐ろしい考えが浮かぶ。知るのは怖いが、知らないのはもっと怖い。


 ええい! どうせいつかは戦うんだっ! 可能性は、聞いておくべしっ!


 意を決して聞くことにした。恐ろしい、可能性を。


「向こうから、ここに来ることは、可能なのか……?」


 言葉にしてから、少々脚が震え出した。勝手にがくがくいう脚を心の中で叱り飛ばし、手にした傘を構える。


「……そういう術、能力を持っているなら、あるいは」


 来るのか!? 架夜子(かやこ)たち……!


 さっ、と血の気が引く。覚悟していたつもりだったが、まさか今がそのときとは――。勇一の隣に浮かぶ白玉のサイズが、急に大きくなった。勇一を乗せられるくらいに。


 白玉が、戦う顔をしている……!


 いざとなれば乗ってくれ、そう白玉は顔面と全身で訴えていた。


「ゆ、幽玄っ! 『鍵の間』の扉をこちら側に開かないよう、なんかできないのかっ!?」


 戦う姿勢の白玉に対し、勇一はまだ逃げ道を探ってしまっていた。言ってしまってから、白玉はそんな自分に失望しているのでは、とハッとし、白玉のほうを見やると、


『逃げられるのであれば、それが最善。我は主に従うのみ』


 とでも言っているように、白玉は黒目を潤ませ、うなずくような素振りをしている。


 し、白玉ーっ!


 白玉の寄り添うような忠義の心に、勇一は感動していた。


「……実は、やっている」


 少し遅れて、幽玄の答えがやってきた。

 勇一と白玉のちょっとした主従関係劇場を見ることなく、目の前を睨み続けている幽玄。実は扉が開かないよう、密かに防御し続けていたようだ。

 

 なんとかできるなら、ぜひとも防ぎたい……!


「お、俺もなんか、手伝えないかっ!? あっ、たとえば、ひのちゃんとゆかりちゃんを呼んでくるとかっ」


 ひのちゃん……!


 自分で自分の言葉に驚く。「カップル感」というものを出すために、ひのから提案された「ひのちゃん」呼び。それを勇一は、初実践していた。


 実装「ひのちゃん呼び」。って、い、いやいや! 今は感慨深くなっている場合じゃなーいっ!


 動揺した勢いで、脱線する心。自分で自分にちょっと呆れる。しかも当の本人に呼び掛けたわけでもない。そのうえ、この場で自分ができることといったら人を呼ぶことしかない、と自分で思い至り、情けなくなってくる。


 俺が、ひのちゃんやゆかりちゃんを守る立場じゃないか……! 呼び寄せて、どうする……!?


 ヘタレ過ぎる、と思った。「ちゃん呼び」で喜んでいる以上に、問題な気がしていた。


「幽玄! 今の、ナシッ! 呼ばない、絶対に! いや、呼ばないってのは、『ちゃん呼び』じゃないほうね、二人をここに呼ばないってこと――」


「おや」


 幽玄が、少し首を傾げる。


「どっ、どうした、幽玄? なんか、なんか異変でも……」


 いや、異変は、俺。変なのは、俺……。


 今の前言撤回は、呼んでくるという提案の打ち消しというより、まるで「ちゃん呼び」をしたい宣言みたいじゃないか、と思った。大変な非常事態かもしれないというのに、どうでもいいことにばかり、考えが及ぶ。

 幽玄が振り返る。


「開く気配がない。そういう術を、感じない」


「えっ」


 しん、と静まり返る。少し部屋が明るくなってきた。朝日が昇ってきたようだ。


「じゃ、じゃあ……?」


 術を感じない、という、ということは……?


 空間の向こうにいるのは普通の人、普通の人が、迷い込んでしまったということか、と思った。


「あああああ。びっくりしたあー」


 傘を握りしめたまま、床に座り込む。本当に、自分でもふがいないと思う。しかし、心底ホッとしていた。


「迷い込んじゃった場合でも、簡単に出られるって言ってたよな? じゃあ、その迷っちゃった人も大丈夫、こっちも大丈夫。ああ、ほんと、びっくりした。よかったあー」


 術師ではないようだと思い、胸を撫でおろす。強い緊張のあとの弛緩、まだ立ち上がる気にはなれない。


 よかった。本当に……! ここが戦いの場になったら、「星の宿」のご夫妻にも申し訳ない……!


 笑顔になりつつ白玉を見ると、白玉はいつもの小さいサイズに戻っていた。そして、勇一の頭の上に乗った。白玉も、安堵したようだった。


「……妙だな」


「え」


 勇一は、幽玄の声に顔を上げた。


「来れない理由、そんなものもあるのだろうか」


 幽玄の銀の瞳の鋭さは、消えていなかった。

「来れない」のではなく「来れない理由」があるのだ、と幽玄は見ていた。

 幽玄だけが、術師の可能性を捨てていなかった。




「きっと、幽玄」


 ひとり、呟く。

 空間に接触があったこと、そして接触の主が、幽玄であることは、わかっていた。

 扉を開けることはできた。手は、見えない扉となるところに添えられていた。あちら側からの強い術を感じたが、いつでも開けることはできたと思う。


 力比べになると思うが、単純な力比べなら、俺のほうが優位なはず。


 隆々とした太い腕を組み、にやりと笑う。

 その不敵な笑みの主は――、黒炎(こくえん)だった。

 黒炎は、自身の鍛錬のため、「鍵の間」を訪れていた。


「向こうは、町から遠すぎる」


 見えない鎖に繋がれた黒炎は、扉を開けることができても、その向こう側――遠く離れた白月村(しろつきむら)――には行けない。


「しかし、面白い情報が手に入ったな」


 黒炎の笑みが、闇に広がる。


「やつらの潜伏先……!」


 扉とは、座標。向こうから触れてきたことで、座標が定まった。そこで、わかる。開こうとした、扉の先の場所――。


「夕闇に、伝えておこう」


 きっと、必要だろうと思った。それは夕闇ではなく、夕闇と繋がる、あの人物にとって。


「幽玄。勝負はおあずけだ」


 黒炎は楽しみに待つ。来たるべき、幽玄との戦いを。

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