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第37話 命を隠すための契約

「むむむう~」


 ひのが、スマホ画面に手をかざす。なにやら、手のひらを行ったり来たり、動かしつつ。


「勇一君、ここ、問題なさそう! 問い合わせてみて、いいと思うっ」


 そう叫びつつ、ひのが指差す画面には、白月村(しろつきむら)の近くの市の、マンスリーマンションが映っていた。


「ひのちゃんが太鼓判押すなら、大丈夫ですよ」


 ひのの隣に座るゆかりが、にっこりしている。


 えっ、ここ広くね……? 俺の住んでる会社契約のマンションより、新しいしすごくよさそうなんだけど!?


 勇一の、新しい住まいを探しているところだった。


「立地とか周辺の『気』の流れとか。勇一君の今年の吉方位にも合ってるし、変なものも感じられない」


 ひのが言うには、ネットの掲載写真からでも、そこがよいかどうかや、オカルト系の問題など、ある程度確認できるのだという。


「あと、縁があると思う。たぶん、スムーズに契約できるよ」


 実はペンション「星の宿」は長期滞在が可能で、ご先祖と縁のある鏡家の皆さんなら遠慮なく延長滞在して大丈夫、とオーナー夫妻は提案していた。

 

「しかし、ご縁があることで、逆に敵から居場所を嗅ぎ付けられる危険性もある。連中は、なぜかこちら側の情報を持っている。それがどの程度の情報なのかわからない今、なるべく不安要素は減らしたほうがいい。オーナー様たちと自然豊かで美しいこの宿を、絶対に危険に晒してはいけない」


 幽玄の指摘もあり、また、どのくらい滞在することになるかわからないため、当初の計画通り、町を離れたところに住まいを確保しよう、ということになったのだ。

 

 とりあえず、一か月。


 時間になにかの縛りのようなものがあるらしい敵側、なるべく短期決戦を目指したいが、得体の知れない強敵である、慎重に準備を進めなくてはならない。マンションは、一か月の契約をしようという話になった。


「それにしても、ここ、広すぎるような気がするんだけど……?」


 資金面では心配はない。とはいえ、庶民感覚の勇一は、広い住まいに落ち着かない気がした。


「えっ、ファミリータイプだもん。勇一君と、ゆかりちゃんと、私の三人分」


 えっ!?


「さ、さんにんで、暮らすの……!?」


 想定外だった。思わず、声が裏返った。


「あ。実際は、紫月(しづき)ちゃんと幽玄ちゃんもいるし、白玉(しらたま)ちゃんもいるから。ほんとは五、六人」


 ひのはさらっと言い切り、ゆかりもにこにこしていた。紫月と幽玄も、なにか問題でも、と言いたげな顔。

 ちなみに、毛玉怪物の白玉を「一人」と数えるかどうか、サイズ感からいって微妙なので、五、六人というカウントらしい。傘は、傘なのでこの際割愛された。


 お父さん……!


 思わず、ひのの父である護の顔を見てしまった。大切な一人娘と姪を、仮にも成人男性と一緒に暮らさせるというのは――。


「うん。僕は、家に戻るよ。僕は、あの町で僕のできることをする。勇一君、ゆかりちゃんとひのを、お願いしますね」


 護は、曇りのない笑顔で勇一の両肩に手のひらを置いた。


 お願いされてしまった……!


「大丈夫です。私と紫月様と白玉で、目を光らせております。術師や怪物から、そして勇一の下心から、ゆかり様とひの様をしっかりお守りいたしましょう」


 姿勢正しく座る幽玄が、眉一つ動かさず、ぴしゃり、と言い切った。


 俺の下心、敵認定……!


 いやそれはそうなのだが、そうなのだがなにか――、勇一はちょっと複雑な気持ちになる。


「はは。僕は、勇一君を疑ったりしてないよ」


 護は、腕組みをしつつ笑っていた。


 えっ、まったく疑わないというのも、なんだか――。


 自分に対して、疑いの目を向けないというのも、それはそれで軽くショックを受ける。いっぱしの男として、認められてないような気がしたのだ。


「それに、ひのもゆかりちゃんも、強いから。たぶん、返り討ちにあうよ」


 女性陣は、屈強らしい。

 護は勇一に全幅の信頼を置いている、というわけでもなかった。




 こつん、こつん。


 屋根を叩く音。オーナーによると、どんぐりの実が屋根の上に落ちてくるのだという。どんぐりの、音だった。そして、今年はどんぐりの豊作らしい。


 ひのさんと、暮らす――。五、六人きりで――。


 二人きりではない、五、六人きりなのだった。


 こつん、こつん。


 勇一の鼓動と、どんぐりの音。勝手に赤くなる頬を、ミズナラの木から落ちるどんぐりを見ているんです、という姿を装い、隠していた。


 これからも、バレないようにしなくては。


 狼がすぐ傍にいる、そんなふうに覚られてはいけない。


 ただでさえ低い、自分の株が、下がるから。


 特に上昇もしてないのに、大暴落では目も当てられない、銘柄「勇一株」。

 女性陣に軽蔑されてしまう、それは避けたかった。護にも、失望されてしまうだろうし、さらには幽玄、白玉から白い目で見られてしまうかもしれない。幽玄は銀の目、白玉は黒い目、だが、などとどうでもいいことまで考えていた。


「わっ、びっくりしたっ」


 勇一のスマホが、メールの着信を示す。不動産運営会社からだった。


「早っ。もう返信が――」


 入居可能の連絡と、申込書が添付されていた。ひのの予言通り、スムーズな展開になりそうだった。


「もしもし、あ、蓮君?」


 勇一が皆に、マンションの申込書がきたことを報告しようと振り返ったとき、ひのが誰かからの電話を受けていた。


 蓮君……。


 男性からの電話のようだった。ひのの声は、明るかった。そして、皆の視線はひのに注がれている。


 皆が知っている人物――。鏡家関連の人、かな……。


 ちょっと、ホッとした。皆が、ひのの受け答えを見守っている、ということは、きっと皆にとっても近しい人物。


 ひのさんの彼氏とかでは、なさそう。


 決めつけるのは早計ではあるし、皆に近い人物だとして、恋人ではないということにはならない。それでも――、勇一は希望を持つことにした。


「うん、うん。ありがとう。こっちは皆大丈夫だよ。この先のことは、ちょっと話せないけど。とりあえず、大丈夫そう。みんなやお母さんに、よろしくね。蓮君も、どうかくれぐれも気を付けて」


 手短に、通話は終わった。


「ゆかり様やひの様の、従兄だ。町で、守りについていらっしゃるお一人。大変優秀な術師でいらっしゃる」


 幽玄が、そっと勇一に説明してくれた。幽玄はきっと、勇一の胸の内は知らない。この場の誰も、おそらく。


 従兄――。


 ひのの表情を、見つめる。表情豊かな大きな瞳、歌うように言葉を紡ぐふっくらとした唇に、なんらかの変化、かすかに帯びる熱や憂いのようなものはないだろうか。勇一は、ひのに秘められた鍵を探る。従兄の蓮という人物、そこに特別な感情が――。


 あるかどうかわかったら、とっくに誰かとうまくいってるって!


 勇一は、己の恋愛スキルのなさを呪った。女心を探ろうとした自分が間違っていたと、潔く認める。秒速で。潔さだけは、スキル高し。


「ひの。蓮君には、今後の住まいについて、知らせないのか?」


 護が、ひのに尋ねる。


「うん。念には念を入れて、ね。お父さん、お母さんにもマンスリーマンションの場所や名前、教えないでね」


 え。そうなのか。


 勇一は、意外に思った。たとえば、なにかしらの術などの行使によって、通話などの連絡時に情報をつかまれないように、なるべく必要最小限の関係者だけの秘密にするのはわかるが、父と同居の母にまで伝えない、というのは驚きだった。


「たぶん、連中はあの町全体に網を張っていると思う。もちろん、こちらもこちらで張っているけど。張り巡らせた術は、重なることも、相殺し合うこともない。どちらも存在し続ける。だから、術を破られることもなく、巧妙に網目から盗られてしまうこともあるの。相手の力が強かったら、なおさら」


 だから、蓮君にもお母さんにも、話さないほうがいい、とのことだった。


「少なくともあの町に、いる間は」


 ひのの慎重な判断に、勇一は我に返る。


 一緒に暮らすこと、浮かれてる場合じゃなかった――。


 ついつい、恐ろしい現実を忘れそうになる。心とは、こんなにのんきに飛び回れるものなのか、と自分自身に呆れる。

 

 こつん。こつん。


 どんぐりが、地上に還っていく。やがて、芽吹くのを信じて。


 俺の、未来は――。


 まだまだ淡い恋心が、きちんと芽吹くことができるのだろうか。未熟な青く硬い殻が、そのまま開くことのないような気がしてきた。


 これは、身を隠し、ひとまず命を隠すための契約。


 勇一は、深呼吸後、記入済の申込書と写真付本人確認書類をメールで返送した。


 こつん。こつん。


 どんぐりたちが青空に向かって育つことを、密かに願いながら。

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