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第35話 きっと必然

「みんなそれぞれアンテナを持っていて、アンテナに合った電波を受信しているもの。でも、アンテナに合わせてくれる電波も、受信できるんだよ。鮮明さは、アンテナの性能や特徴によるんだけど」


 ひのの父である護は、唐突な話を始める。


「は、はあ」


 ちょっとピンとこず、勇一は、まあまあ気の抜けた返事をする。


 俺、護さんは幽玄と白玉(しらたま)紫月(しづき)さんが見えてるのかって、聞いたはずなんだけど。

 

 特殊な力を持たないと自らを称していた護だったが、昨晩の作戦会議や風呂上がりの様子から、もしかしたら幽玄と白玉がちゃんと見えているし声も聞こえているのかもしれない、と勇一はふと気付き、尋ねてみたのだ。気にすべきところが色々あり過ぎて、昨日は疑問にすら思わなかった。

 そしてその勇一の問いに対する答えが、「アンテナと電波」だったのだ。


「幽玄君と白玉君、それから紫月さんは、僕のアンテナに合わせてくれる電波だ」


「え。それはつまり――」


「そう。僕のアンテナは性能がよくないんだけど、幽玄君たちは僕にとても友好的、つまり僕に合わせてくれている。だから、僕はぼんやりとだけど、幽玄君たちなら見えるしわかる」


 ようやく、護の答えの意味がわかる。


「護さんが今話してくださってる電波の話ってつまり、人間関係で波長が合う、とかいう表現、そんな感じですか?」


「そう! まあ、波長だと自然と合っている状態を示してるんだろうけどね。感覚的には、似ているかな?」


 電波を受信する、とは波長が合っている状態、ということを言いたいようだった。


 わかるようになってるとのことだけど、オーナーの奥様がおっしゃってた、「不思議な力がうつる」とは違う話かな。


 なんとなく、護の言わんとしていることが伝わってくる。


「僕自身が幽玄君たちを知ろうとする気持ちと、幽玄君たちが僕に歩み寄る気持ち、その両方があって、可能になっているんだと思う」


 朝食前、朝の身支度を整えながら、勇一と護はそんな会話を交わしていた。

 幽玄は、微笑んでうなずいているし、宙に浮かぶ白玉も、たぶん肯定の意味で、上下に揺れている。言葉として正確に説明するのは難しいのだろうけれど、大体護の語るイメージで合っているのだろう。


「ちょっと話は脱線するけど」


 ペンションの食堂に向かおうとしたとき、先に部屋の扉の前にいた護が振り返り、先ほどの話を続けた。


「アンテナは、普通の人間関係でも、使ってるものだと思う。その最たるものが、恋、じゃないかと僕は思ってるんだ」


「恋」


 勇一は面食らう。まさか、朝から、しかもこんな日常とはかけ離れたときに、そんな話題が選ばれるとは思っていなかったのだ。


「アンテナで、受信しあう。合っている者同士が、引き合う。だから、自分のことをちゃんと肯定し、自分の気持ちに正直であること、いつも自分はこういう者ですって胸を張っていられること、そういう心掛けでいることが、自分と合う人に出会える、自分を見つけてもらえる近道なんじゃないかなって思う」


 自分を見つけてもらえる――。


『僕らは、君を見つけたよ』


 勇一の心の中できらめく、それは夢で聞いた、流れ星の言葉。


 流れ星は、俺を見つけたって言ってた。俺にとって特別となる人も、いつか、俺を見つけてくれるんだろうか。


 夢で見た、朝焼けのグラデーション。藍色、水色、金色と――。

 そんな空の色を思い出した次の瞬間、心に浮かんだのは――。

 ミルクティー色の髪を揺らし、弾ける笑顔。


『四の五の言わず、私の車に乗ってください!』


 ひのさん……!


 意図せず、熱くなる顔。真っ赤になっていたに違いない。


 今、目の前にいるのは、そのお父さん……!


 いかん、と思った。お父さんの前で、勝手な妄想は、と大急ぎで他のことを考えようとした。

 勇一の動揺を知らない護が、ちょっと頭をかいて笑う。


「ああ。ごめんね。おじさんが若い人にメルヒェンな話。反応に困るよねえ」


 メルヒェン。


 思わず、吹き出す。メルヘンじゃなく、メルヒェン。その単語のチョイスが、一人心の中で慌てていた勇一のドツボにはまり、笑ってしまっていた。


「す、すみません……。メルヒェンの出現が、思いがけず……。俺、これからアンテナ、しっかり立てておこうと思います」


 護の話をばかにしたわけではない、むしろ感銘を受けているのだということを強調し、勇一は笑ってしまったことを弁解した。


「ふふ、変なこと言ってごめんね。ただ、アンテナを、君の大切な時間を、異界とか化け物退治方面だけに使わないで欲しい、そう伝えたかったんだ」


 護さん……!


 護が気を悪くしなかった様子に、安堵する。そして、勇一を案ずる護を、心底ありがたく、そして心強く思った。


 どんなときも、現実を思い出させてくれる大人の存在……。前を歩いてくれている人がいる……。本当に、よかった……!


 護の背が、大きく見えた。穏やかな雰囲気の護は、カラッとしている自分の父とタイプは違うが、どこか重なって見えていた。

 話しているうちに、食堂の扉の前。扉の向こうに、ひのやゆかりや紫月は、もう来ているだろうか。


「ありがとうございます。本当に」


 皆と合流する前に、勇一は護に感謝の言葉を伝え、頭を深く下げた。


「いや。そんな。礼を言われるようなことはなにも……」


「いえ。嬉しかったです。気遣ってもらえて」


 パンの焼ける匂いが、待っている。きっと、ひのたちの笑顔も。

 感謝の言葉を伝えながら、同時に勇一は思う。


 お父さん。すみません。娘さんにお世話になってますし、ちょっと狙ってます。


 心の内の後半は、絶対明かせない。




 朝日に眩しいくらいの白のテーブルクロスの上には、焼きたてのパンと、オムレツとサラダとコーンスープ。


 まるで、旅行とか合宿みたいだなあ……。


 皆の笑顔と明るい会話、そしておいしい朝食に、現実を忘れそうになる。

 恋や誰かとの会話も現実だが、術師たちや化け物たちと戦うことも、紛れもない現実なのだ。

 オーナーやオーナーの奥様がいらっしゃる手前、白月村(しろつきむら)の豊かな自然についてや、真心こもった朝食の感想など、「普通」の会話が続いていた。

 食後のコーヒーを並べ終えたとき、神妙な面持ちでオーナーが切り出した。

 

「突然なお願いで大変恐縮ですが――」


 オーナーのお願い……? いったいなんだろう。


 宿泊の延長を断る話かもしれない、と思った。勇一たちは、状況が見極められるまで、このペンションに連泊させてもらおうかと話をしていたのだ。初めオーナーは、予約がなかなかないという話をしていたので、連泊は可能かと思っていたのだが、もしかして状況が変わったのかもしれない。


「私のご先祖の創ったとされる傘。触らせてはいただけないでしょうか……?」


 オーナーは、頭を下げた。夢で会ったご先祖の創った作品に、触れることができなくても、どうか見せていただきたい、と丁寧にオーナーは懇願していた。


「もちろんです!」


 勇一は、傘をオーナーに差し出した。皆、驚いた顔をしている。幽玄だけは、驚くことなく微笑みさえ浮かべていた。

 勇一の素早い判断には、理由があった。


 傘も、それを望んでいる。強く。


 傘が、勇一の心に語り掛けていた。


『我を創り上げた刀鍛冶の血を受け継ぐ子孫の手に、ぜひ私のほうこそ、触れてもらいたい』


 オーナーは、深く感動した様子で傘を見つめ、そして手に取った。


「開いてみても、よろしいでしょうか」


「もちろんです」


 傘の銀色に輝く骨を、美しい直線を、しみじみと眺める。


「実に……、見事です。私には、鍛冶についての経験も知識もございませんが――。ご先祖様の情熱と、実直な仕事ぶり、伝わってきます――」


 オーナーの目には、涙がにじんでいるようだった。


「人生の後半に、こんなご褒美のような奇跡の出会いがあるなんて――」


 生まれつき不思議な力を持つオーナーと傘は、会話ができたのだろうか。オーナーは感激に肩を震わせ、奥様はそんなオーナーの肩に手を添え、泣いているようだった。




 勇一の手に戻った傘が、勇一と幽玄に語る。


『懐かしかった』


 そして、


『長い歳月を生き、衰えた力。しかし触れてもらい改めて、鍛え直されたようだ。今、力がみなぎっている』


 傘の銀色の光が、増していた。


 傘とオーナーのアンテナが、響き合ったのだろうか。


 時代と空間を超えて、今、出会う。きっと、必然。


『運命って、信じる?』


 流れ星の声が、笑い声が、聞こえた気がした。


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