第33話 金色の夜明け
強くなりたい。体も、心も。
そう願いつつ眠りについたはずなのに、なぜか見た夢は子どものころに返るというものだった。
「じゃーん! 流星群を見るバスツアー!」
チラシを勇一の目の前で盛大に広げ、弾ける母の笑顔。夢の中で勇一は、小学生になっていた。
「うわっ、すごいなあ……!」
いきなり場面は変わり、漆黒の空に、特大の流星群。
「お兄ちゃーん! 流れ星捕まえて、乗ってみようよー!」
弟が駆け出す。
んな、ばかな。
できるわけない、と思う。
「勇一、誰が最初に流れ星に乗れるか、競争だ!」
ええっ、兄ちゃん、ノリノリじゃん……!
弟も、兄も流れ星に向かって走る、走る。両親は、流れ星に乗るなら、帰りのバスはキャンセルしなきゃね、などと話しており、帰りは流れ星で帰る気満々でいる。
家族全員、流れ星に乗る前提!
勇一は、バスツアーの意義、などと思いつつ、はしゃぐ兄と弟の背を眺め、両親の会話を耳にしつつ、ただぼんやりと立っていた。
「わあっ」
突然、体が宙に浮く。勇一の足元に飛んで来た流れ星が、さっ、ともぐり込み、勇一を持ち上げたのだ。
ええっ、俺、飛んでる……!
勇一は、星空の中にいた。地上の両親や兄弟が、流れ星に乗る勇一を見上げ、大歓声。いいなあ、勇一頑張れ、お兄ちゃんすごいなあ、などなど。
なんで一番冷めてる俺が、乗っちゃってるんだよ……。
ぐんぐん、空を飛ぶ。お尻の下の星の輝きが、眩しい。自分の周囲にも、流れ星。
家に、帰れんの!? 俺――。
このままでは、皆とはぐれてしまう。楽しいという気持ちはなく、どこに連れて行かれるのか、どうなるかわからない不安だけが大きくなる。
『君は僕らを見ていたね』
流れ星の、声。
『僕らは、君を見つけたよ』
隣を飛ぶ流れ星の声。
『運命って、信じる?』
『空を見上げてごらん』
『星の見える町で、会えるね』
えっ、それって――。
地平線に、オレンジ色の光が見えてきた。藍色と水色と金色と、空の色が変わる。幕開けのように。
きれいだな――。
美しさに、心震える。
空の明るさに薄れることなく、流れ星たちは、くすくす、と笑っていた。
変な夢を見た。
はっきり、夢の内容を覚えていた。
標高の高い場所にあるペンションの部屋は、しんとして、部屋の空気もどこか澄んでいた。
カーテンが閉めてあるので時刻がわからないが、鳥の声はまだ聞こえない。
そういえば、と思う。
小学生のころ、流星群を見るバスツアーで、長野県に行ったっけ。
当時中学生の兄が、星とか宇宙とか大好きだった。父と母はどうだったか知らないが、このツアーに一番歓喜していたのは兄だ。自分と弟は旅行や遠出、楽しいことならなんでも大歓迎、といった感じで、行き先も目的もなんでもよかった。
空、飛んだりはしなかったけど。
ぼんやりとした頭を動かし、枕元の傘と隕石を見やる。
縁、みたいなものがあるということなんだろうか。
ただの夢なんだろうとは思う。天体観測をしたから、傘と宇宙を感じたから、子どものころに家族と見た流星群のことを思い出したんだろうと思う。
運命、か。
あまり、信じられないなあ、と思う。信じたくない、と思う。
だって、すべてはもう俺が決めたことだから。
決められていたから、指名されたから、お願いされたから。そんなふうには考えたくないと思うようになっていた。
俺が歩き出したら、そりゃあもう俺の人生なんよ。
時刻を確認するまでもなく、起きることにした。実は昨晩から、考えていることがあったのだ。
なんせ、相棒。自分自身の納得のために、頑張らねば。
隣のベッドから、寝息が聞こえる。護は寝ているようだ。起こさないよう、そっと着替えた。
テーブルの前には、頭の上に白玉を乗せた幽玄が正座していた。幽玄と白玉は、もっと早くから起きていたようだ。
「おはよう、勇一。早いな。もっと寝ていてもいいと思うんだが」
振り返り、微笑む幽玄。
白玉は、幽玄の頭の上から勇一の頭の上に移動する。白玉は挨拶するように、勇一の頭上、一バウンドした。
「おはよう。あのさ、身体の鍛えかたとか、知ってる?」
勇一の胸ポケットには隕石、手には傘。
幽玄は、ちょっと驚いた顔を見せたが、すぐに目を細めた。
「もちろん」
「ご指導願います」
勇一は幽玄の前に正座し、護を起こさないよう声の大きさに注意しつつ、頭を下げた。予想外の動きだったのか、勇一の頭の上の白玉は滑り落ちた。
「厳しいぞ。私は」
まっすぐな背、笑顔で返す幽玄。暗がりでも、銀の眼光が鋭い。
ああ。やっぱ後戻りしたいかも――。
自分の人生、と背負った荷を、秒で降ろしたくなる。
でも。俺、真面目なんスよね……。
ヨシ、と自分の中で気合いを入れる。自分で想定したより、だいぶ弱弱しい気合いだったが。
「よろしくお願いします」
再度下げる、頭。ふたたび勇一の頭の上に乗ろうと試みた白玉、もう一度滑り落ちる。
身体能力の向上は、戦うため身を守るために必要。思いついたら、実行あるのみ。
決意が揺らがぬよう、自分に言い聞かせた。
「承知した。では、早速」
幽玄の背後に、枠が現れる。銀硝空間かと思ったが、見えかたというか、どこか雰囲気が違っていた。
立ち上がった幽玄が、振り返り説明を付け足す。
「これは、銀硝空間ではない。銀硝空間は、どういうわけか、やつらと遭遇する確率が高い。もしかしたら、なにか探る術を持っているのかもしれない。だから、異なる空間を試してみることにした」
「銀硝空間じゃない空間?」
幽玄は、うなずいた。
「ああ。異空間はいくつもある。今から入る場所は、『鍵の間』と呼ばれているところだ」
鍵の間、という空間らしい。幽玄によると、空間というのはたくさんあり、今こうして勇一が生きている世界も、実はここが現実の中、正しいただひとつの基本となる世界だということはなく、たくさんある世界というものの中の、一つに過ぎないのだという。
「ええ、なにそれ!?」
「この空間は銀硝空間と違って、生身の人間、誰でも行き来できてしまう場所。そういう空間も、実はいくつかある」
驚くべきことに、「鍵の間」は、偶然誰でも迷い込んでしまう可能性のある空間とのことだった。なにかの条件が揃うと、空間の扉が開いてしまうことがあるという。
「勇一の暮らすこの世界との境界が薄い、とても小さな空間だ。しかしここは、一度足を踏み入れ枠が閉じると、鍵を掛けたように外側からの侵入を阻むという特徴がある。鍵の間、というのはそういう性質からつけられた。入った者は比較的容易に戻ることができるが、閉じた後中に入った者が出ない限り、新たな侵入は許さない。だから、修行にはうってつけ、術師たちに邪魔されることはない」
「へ、へえ。そうなんだ」
術師たちの襲撃はないと知ると、少しホッとしたが、修行、そう思うと襟が正されるようだった。
幽玄に続き、空中の不思議な枠内へ足を踏み入れる。
『勇一頑張れ、お兄ちゃんすごいなあ』
夢の中掛けられた、両親と兄弟たちの声援が聞こえた気がした。流れ星たちの、くすくす笑いも。
空の色が、変わるのだろうか。
きっと、もうすぐ夜明け。
勇一は一歩踏み出した幕開けが、輝く金色であることを願った。




