第24話 君の呼び声
沈黙の車内で、勇一は思い出した。架夜子の言葉を。
『気分が乗っちゃうと、すぐ出ちゃうんだ。きっと私が、まだ子どもだからだよね』
「あのとき……!」
勇一は、伝えることにした。ひのと、幽玄に。あの恐ろしい場面を思い出すと、体に震えが走る。「死」が、自分の目前に迫っていた。どうやら、自分の中でなるべく思い出さないようにしていたようだった。自分ではあまり意識していなかったが、自己防衛の本能が働いていたのだろう。
ひのと幽玄は、真剣な表情で勇一の言葉を待つ。
「怪物みたいな姿になったとき、架夜子は言ってた……! 自分がまだ子どもだからって……! 気分が乗っちゃうと、すぐ出てしまうって……!」
「出てしまう?」
運転席のひのが、後部座席側に身を乗り出すようにして聞き返す。
『ああ。だめだめ。これ以上の変身は。せっかくのかわいい服が、破れちゃう』
一度あの恐怖の時間を思い出すと、次々と状況が思い出された。架夜子の舌足らずな声が、心の中で鮮明によみがえる。
「う、うん……。これ以上の変身は、せっかくのかわいい服が破けるからだめだって、自制してるみたいな――」
「変身……! やはり、変身なのか……!」
勇一の隣に座っていた幽玄が、叫び、絶句した。
「子どもだから――、変身してしまう、って――。それじゃまるで、正体が怪物みたいじゃない――!」
ひのは震える声で呟いたあと、なにかを考えるようにうつむいた。幽玄は、厳しい表情を浮かべたまま腕組みをしている。
「姿かたちや発するエネルギーの印象から、人だと思い込んでいたが――。やつらは、人ではない……、のか……?」
幽玄の投げかけた問いが、狭い車内に低く重く沈んでいく――。
幽玄もひのさんも、慣れた戦いなのかと思っていた。だけど、この反応は――!
勇一は、自分の抱えているカバンに目を落とす。「傘」からの答えはない。
「ゆかりちゃん……! ゆかりちゃんにも、早く伝えたほうがいいね。幽玄ちゃん、ゆかりちゃんのところに……!」
ぱっと顔を上げたひのが、幽玄に早口で提言する。
「はい。ではしばし私は、ゆかり様のところへ、行ってまいります」
言い終えるやいなや、幽玄の姿が消えた。
銀硝空間を使い、ゆかりのところへ向かったようだった。
「人ではない。でも、自分の化身を作れる。ついでに、化け物も作れる……。そして、鏡家についての知識まである――」
ファミレスの席に着いてから、ぶつぶつとひのは独り言のように呟いている。
広げられたメニューの色彩豊かで食欲をそそるような料理たちが、ひのにはまるで見えていないよう。勇一は、タッチパネル端末で、自分用のアイスクリーム――コーヒーだけでよかったが、ドリンクバーだけ頼むのもどうかなあと思い、とりあえずアイスを頼むことにした――とドリンクバーを設定、ひののオーダーを待つ。
「ひ、ひのさん……、えっと、とりあえず、注文は――」
ひのの注文を待っていたが、いつまで待っても埒があかなそうだったので、声をかけることにした。白玉のぶんは、人の目があるので、今回は我慢してもらおうと思った。
「白玉クリームぜんざいと、パンケーキ、それとドリンクバー!」
突然勇一のほうを見たひのは、勢いよくかつ大量にオーダーしていた。
えっ、これ、幽玄や白玉のぶんも込み? それとも、ひのさん一人分?
勇一の戸惑いの心の声がだだ洩れだったのか、ひのはすかさず答えていた。
「超深刻な事態! 食べなきゃ、やってられない!」
一人分だった。
ちなみに、「白玉クリームぜんざい」と言ったとき、勇一の膝の上の白玉が、ちょっと身を固くしていたようだった。
自分の仲間が食品として流通している、と思ったに違いない。
「勇一君。ドリンクバー、先に行ってきなよ」
勇一君……!
どきっ、とした。「君」と呼ばれるとは思わなかった。ひのは、なにかを調べているのか、ケータイを操作している。
「う、うん。じゃあ、先に」
ひのの滑らかに動く細い指――ナチュラルなネイルカラーが光る――を目に映してから、勇一は席を立つ。
なにを、動揺しているんだろう。
本当に、そんな場合じゃないのに、と思う。これじゃ、高校生みたいじゃないか、と思う。
ゆういちくん。
ボタンを押せば、たちまちブレンドコーヒーの豊かな香りが鼻をくすぐる。
あたたかな湯気の上がるカップに手を伸ばしながら、ひのの柔らかな声の響きをもう一度、心の中でそっと繰り返していた。
「なんだ……、これは……!」
銀硝空間を飛んでいた幽玄は息をのみ、銀の瞳を見開く。
目の前に、化け物の群れがあった。
巨大なナメクジのようなもの、首の長い犬のようなもの、人面のついたバッタのような姿のもの、尾と頭の両方が顔になっている蛇のようなもの――、異様な姿の化け物たちが、一斉に幽玄のほうへ振り返る。不気味に光る眼玉がすべて、幽玄を捉えていた。
こんなにたくさん――!
幽玄は、刀を構える。
どういうことだ。今までにない……。このように一度にたくさん、出てくるとは――。
「幽玄!」
幽玄の名を、呼ぶ声。
「紫月様……!」
声をたよりに向けた視線の先に、ゆかりの化身、紫月がいた。
「すべて、きれいにしましょう。おそらく、すべて異界の住人ではなく、邪心によって作られたものたち。彼らを、自然の循環の中に」
紫月の真紅の唇が、清らかな花のようにほころぶ。
「はい。紫月様」
幽玄も、微笑みで応えた。
ガアアアアッ!
異形の者たちが牙をむき、迫りくる。




