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第11話 お前の潜在的な力

 化け物……! こいつも、化け物なんだ……!


 勇一は、息をのむ。目の前には、架夜子と名乗る、幼い少女の姿から獣のような姿に変化しつつある怪物。


「ああ。だめだめ。これ以上の変身は。せっかくのかわいい服が、破れちゃう」


 毛むくじゃらの背があらわになる前に、架夜子は首を振り、そうして元の愛らしい少女の姿に戻った。


「気分が乗っちゃうと、すぐ出ちゃうんだ。きっと私が、まだ子どもだからだよね」


 小さな花びらのような唇から、ふう、とため息。飛び出しそうな目も、繊細なまつ毛の中に大人しく収まり、獣毛に覆われた長い尾も、今は見当たらない。長く鋭い爪だって、今や星砂の中の桜貝のよう。

 架夜子の横には、架夜子の化身、よるが飛行していた。


「よる。やっちゃって」


 架夜子は、よるのほうを一瞥してから、顎で勇一を指し示した。


 やばい……!


 勇一を乗せた白玉が、さらに速度を上げた。勇一を振り落としそうな勢いだったが、勇一の膝がちょっと上下しただけで、不思議と立っていられた。

 銀硝空間(ぎんしょうくうかん)の中、いくつかの枠を飛び越えつつ、ひたすら突き進む。


『お前が落ちないのは、白玉の能力のおかげだ。勇一、落ちる心配などせず存分に私を振るえ』


 ちらりと頭をかすめた疑問に、律儀な傘が、勇一の脳内に語り掛ける形で答えていた。そのうえ、戦え、と言う。


 ふ、振るえと言われましてもっ!


 思わず敬語で考えてしまう勇一。会社員の悲しい(さが)

 心拍数が上昇し続ける中、死に物狂いで活路を見出そうと情報を集める瞳に映ったものは、架夜子の笑みとその化身である、よるの不気味な笑顔。白玉が速度を上げ続けているのに、架夜子もよるも髪を振り乱しつつ、すぐ後ろを飛んでいた。

 

『勇一。相手が人型、女性の姿をしているからといって、躊躇することはない。単体相手なら、私の長さがあるぶん、お前のほうが攻撃は有利だ。おそらく今は様子見、襲ってくるのは化身のほうだけだ』


 あ。そっか。


 あの肉塊のような化け物と違い、今回の連中は人の姿、しかも女性、さらには大元のほうは少女の姿をしている。攻撃できずにただ傘を持ち続けているのは、そのせい――。


「って、わけでもないっ! ただただこえーし、俺、元々戦いなんてできない普通の男なんだってば!」


 たまらず叫ぶ。逃げられるのなら、逃げたい。化身のほうは元はただの和紙、倒しても血が出るなんてことはなく、黒いもやが出て終わりだってことはわかったが、それでもできれば避けたかった。


「絶対こいつら、強え(つええ)もん……! 下手にぶったり刺したりしたら、たちまち反撃が――」


『反撃以前に、やらなければやられる』


 白玉の速度だけが勇一の頼りだった。仮に傘の力で運よく、よるのほうだけなんとかできたとしても、その本体である架夜子と戦って勝てる見込みはなさそうだった。 


『お前がやらなければ、誰かが殺され続けるだろう。たとえば、あの小学校とやらの子どもたち――』


 よるの伸ばされた白い手が、傘を掴もうとしていた。奪い取る気だ。きっと、なんの鍛錬もしていない勇一から武器をもぎ取ることなど、よるにとって赤子の手をひねるごとくたやすいことだろう。

 しかし、そのとき。傘の言葉が勇一の心に届いたそのとき。なにかが、変わった。

 勇一の右手が、瞬間胸元まで引き寄せられ、そして勢いよく伸ばされた。ただそれだけのこと、それだけの動きに思えた。しかし結果――、傘の鋭い先端は、追ってくるよるの額へめがけ――。

 傘の刃のような先端がよるの額に到達する寸前、勇一の動きを読んだよるがとっさに上昇し、傘の軌道から外れる。勇一による渾身の一撃は、あえなく不発となる。

 上に逃れたということは、次は上から攻撃が来るということ。さらに速度を上げたよるは、勇一の頭に向かって手を伸ばす。きっと、彼女の力なら、勇一の首をもぎ取ることも可能だろう。

 逃げることに必死だったはずの勇一。だが、そのとき勇一の目は、しっかりと上を見ていた。なにかを掴みとろうとする、よるの手のひらを――。


「ぎゃあっ……!」

 

 突き上げる、傘。通常の傘より長く、はるかに鋭利な先端は、よるの手のひらを貫いていた。悲鳴を上げたのは、よるだった。


「へえ。やるじゃん。カイシャイン」


 感心したように、すぐ後ろを飛んでいる架夜子が呟く。

 能面のような美をたたえた、よるの顔に、苦痛と怒りらしき激しさが現れる。よるは、刺されていないほうの手、左手で傘を掴もうとした。

 おそらくは、傘の力。もしくは、傘の引き出す勇一の潜在的な力。

 傘は、よるの右手のひらを貫いた形のまま、思い切りよく左方向へ振られ、よるの側頭部を激しく殴打した。

 勇一は力強く腕を曲げ、よるの手のひらから傘を引き抜く。穴の開いたよるのてのひらから、立ち昇るかすかな黒いもや。

 よると勇一の距離が離れ始める。相応のダメージを受けたよるは、飛行し続ける白玉の速度についてこれないようだ。 


 な、なんだ!? 俺、いったい……!? 今、なにを……!?


 勇一の額から、どっと流れ落ちる汗。とっさとはいえ、傘の力があるとはいえ、自分の動き、攻撃が信じられなかった。息が整わない。吐き気がする。めまいも――。


『気を緩めるな、勇一!』


 頭の中に響き渡る傘の声に、かろうじて遠くなる意識が繋ぎ止められる。

 聞こえるはず、感じるはずの風がまったく意識されず、代わりに自分の、はっ、はっ、という荒い呼吸が耳に響く。


『お前の引き金は、自分より他者の命を意識したとき、のようだな』


 え。


 思いがけない、しかもこの緊迫した状況で、なぜか掛けられる傘の言葉。


『誰かの、しかも非力な命が犠牲になる、そう意識したとき、お前の潜在的な力が爆発していた』


 え……? 潜在的な、俺の、力……?


 そんなものがあるのか、と思った。自分では、よくわからなかった。ただただ、必死だったのだ、と思う。勝手に体が動いていた。


「ねー、いい加減、お名前くらい教えてよー」


 風を超え、耳に飛び込むあどけない声。一瞬で我に返る。


 そうだ! 化け物の本家がいたんだった……!


 ちょっぴりご機嫌斜め、といった様子で頬を膨らませている架夜子。よるのほうも、すぐに追ってくるだろうが、この恐るべき恐怖の根源のほうが、無傷で元気だったことを失念しそうになっていた。


「死んだら、お名前名乗れないでしょ? 私、ちゃんとあなたのお口から聞きたいの」


 口を盛大に尖らせてから、にっこり笑う。


「あなたがこうしてまだ、生きているうちに」


 裂けていく、笑顔。あらわになる、牙。


「力づくで吐かせることも全然できるけど。私、淑女だから、あまりはしたないことはしたくないの。やっぱり、自己紹介って、私はこういう者です、仲よくしてねって、自然な気持ちからのほうが、いいと思うの」


 仲よくしてねって相手が、牙を見せるかーっ!


 勇一を丸飲みできる勢いの口。全然、淑女じゃないと思った。


「レディが名乗ったら、ちゃんと名乗り返すのが、礼儀でしょ?」


 後ろで手を組み、かわいらしく足を前後に交差させていたが、スカートの中、ふたたび尻尾が暴れ始めていた。

 勇一は、ただ呆然と架夜子を眺める。

 全身で「私は化け物です」と名乗るスタイルなのだと思った。

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