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第10話 銀硝空間、架夜子とよる

 まるで、おもちゃのような町並みだった。

 高い空からは建物も道路も、嘘みたいに小さく見える。

 この町に住み始めて日が浅いので、おそらくではあるが、取引先のビルは通り過ぎている。


白玉(しらたま)……、どこまで飛ぶ気だよっ!?」


 勇一は上空の風の中、自分を乗せて空を飛ぶ毛玉怪物、白玉に向かって声を張り上げた。

 すると人間の言葉を話せない白玉に代わり、傘からの返事が頭の中どこからともなく聞こえてきた。  


『あそこだ。あの地面に空けられた穴の近くに降りる』


 え、とちょっと驚き勇一は下を見る。「地面に空けられた穴」とはなんのことか、工事現場かなにかあったっけ、などと思いつつ。


 学校……!?


 建物や校庭の感じから、学校のように思えた。その校舎の近く、なぜかロープに囲まれた穴がある。


 ええと、方角からすると、この辺にあるのは確か小学校――。


 白玉は、小学校に向かって下降しているようだった。





 紫月(しづき)、いないじゃん。


 木の上から少女は、次々と下校する児童の列や見守る教師たちを眺めつつ、落胆のため息をつく。

 少女は、人々の出す気配、波動から読み取っていた。この人の波の中に、目的の「紫月」本体はいないようだった。


 ここじゃなかったのかな。まあ小学校は、あと二つあるし。そっちに行ってみるか――。


 この町にある他の二つの小学校にも、穴を開けてやろうと思った。なんなら、次に向かう学校では、もっと他の方法を試してもいいかも、とも思った。


 でもあまり派手にやると、お父様に叱られちゃうかもしれないしぃ。


 それから、はしたない真似は淑女らしくないし、とも思った。


 架夜子(かやこ)は、レディだから。


 少女の名は、架夜子といった。


 あれ?


 木の枝から空を見上げた架夜子は、なにかが近付いてくるのに気付く。


 ああ……! 気付くのが遅れた……! あいつが、傘の……!


 傘と、隕石。そのせいで、ごく近距離となるまで、まったく気付かなかった。


 傘の使い手……!


 笑う。それは可憐な少女の仮面が、脱ぎ捨てられた瞬間。

 そのとき架夜子の愛らしい唇からは牙が覗き、口の端は耳の辺りにまで裂けていた。 





「あっ、フライング・ヒューマノイド!」


 一人の小学生が、空に向かって指を差し叫んでいた。昨晩、ちょうどバラエティ番組で「恐怖の未確認生物特集」が放送されており、空飛ぶ謎の人型飛行物体「フライング・ヒューマノイド」も紹介されていたようだ。


「えっ、どれどれ」


「マジで!?」


「スーツ着てるっぽい! フライング・サラリーマンじゃね!?」


 周囲にいた大人である教師も、勇一の姿を見て驚愕の表情を浮かべた。

 子どもたちの好奇のざわめきが、大人たちには悲鳴となって伝わっていく。辺りが騒然となった。


 フライング・サラリーマンって。


 勇一は、耳に飛び込んできた小学生の叫び声に、はからずも笑いがこみ上げてしまっていた。


『勇一!』


 次の瞬間、傘の声が頭の中に響く。


 えっ、なに? 見つかっちゃったのは、俺のせいじゃなくね!? てゆーか、空から誰にも気づかれずに降りるなんて、この状況じゃ無理じゃね!?


 勇一は、頭の中で、傘に問いかける。


銀硝空間(ぎんしょうくうかん)に、行くぞ!』


 銀硝空間……?


 初めて聞く言葉。しかし、すぐになんのことか思い至る。


 あ、もしかして、あの鏡の中みたいな世界……!?


 鏡の中のようなあの空間を、そう呼ぶのだろうと気が付いたのだ。


『そうだ! 勇一、今すぐにカバンから私を――』


 傘に言われてハッとする。勇一が、慌てて三つ折り状態の傘をカバンから取り出そうとした瞬間――。


 えっ!


 心臓を鷲掴みにされたように、勇一の時が止まる。強い驚きと恐怖が、勇一を支配していた。

 目の前に、大きく口が裂けた少女。少女も、空を飛んでいる。指先には鋭く長い爪、両手を突き出し、長い髪を風になびかせながら、今にも勇一に襲い掛かろうと――。

 枠。少女の爪が勇一に到達する寸前、空にぽっかり開いた枠、そこを通り抜けていた。


 銀硝空間! 間に合った……!


 白玉が速度を上げ枠をくぐったことで、化け物のような少女の襲撃から逃れられた、そう安堵したのはほんのわずかな時間だった。

 少女も、枠をくぐり抜けていた。白玉のように、なんの苦もなく。


 そうか……! 幽玄を襲ったやつみたいに、こいつも空間に入れるのか――!


 勇一は、傘を握りしめた。たちまち傘から軽快な金属音が響く。傘は、折りたたまれた状態から、通常の状態に戻っていた。

 白玉は速度を上げたまま銀硝空間を飛び続けるが、少女は余裕の表情で付いて来ていた。


「うふふ」


 少女は白玉の横を並走するように飛び続けながら、胸元からお札のような和紙を取り出す。

 和紙にはなにか筆文字でしたためられている――。

 

 ふうっ。


 少女が和紙に息を吹きかけた。それから、勇一に微笑みかける。裂けた口ではなく、少女らしい淡い桜色のみずみずしい唇に戻っていたが、それでもぞっとするような笑みだった。


「私の名は、架夜子。そして、私の化身の名は、よる」


 少女が自己紹介し、化身の名も明かす。みるみるうちに和紙は大きくなり、人のような形をかたどり始め――、あっという間に、長身で長い黒髪、和装の艶やかな女性に変化していた。


 これが、化身……!


 常識を超えた現象を目の当たりにし、絶句する。言葉を失う勇一を、さも愉快そうに眺める架夜子。


「どうして名を明かすかわかる?」


 くすくす笑いながら、架夜子は勇一に尋ねる。そして、恐怖に囚われたかのように呆然とする勇一の返事を待たず、架夜子は言葉を続けた。


「カイシャインのお兄さん。あなたには、ここで死んでもらうから」


 ぶち、ぶち、架夜子の口が、自らの皮膚を破るような不気味な音を立て、ふたたび裂けていく。


「でも、参考までに、あなたのお名前も教えてくれないかなあ?」


 標的と定めたように勇一を凝視する、ぎらぎら輝く大きな目。


 化け物……!


 これは、おそらく人ではない。傘の言っていた、「術師」というものではないのでは、と思い始めていた。

 勇一の体は勝手に小刻みに震え、全身から汗が噴き出す。

 架夜子の瞳孔は、円形から獣じみた縦長に変わり、さらに眼球自体後ろから押されているかのように今では半ば飛びてており、今にもこぼれ落ちそうだった。和紙だけでなく、彼女自身も変身を遂げるつもりなのだろうか。


「私、兄上たちに、ちょっと自慢したいからあ」


 架夜子の背が盛り上がり、ドレスの後ろが破け始める。膨らんだスカートの下から、のぞく長い尾――。


「ね、いいでしょ? 私にお名前、教えて?」


 架夜子とよるは、小首をかしげ、そっくりの笑みらしきものを浮かべていた。

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