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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

【短編】婚約破棄の場を悪魔族に愛された令嬢が支配する。


13日の金曜日です! ハッピーハロウィンテンション!


長めな三人称視点!





「人生二回目だと、人生そのものを娯楽だと自覚するのよねぇ」


 漆黒の艶やかな黒い巻き髪に包まれた令嬢は、ダークレッドの口紅を塗った唇から零した。

 物憂げに白い手を右頬に添えて、小首を傾げる色香のある雰囲気は、すでに妖艶の美女。

 それでもまだ幼さが残る顔立ちで、パチクリと瞬く琥珀色の瞳は大きい。

 夜会用ドレスも、華やかな琥珀色で、女性らしいラインを鮮やかに主張している。


【――――つまり?】


 彼女にしか聞こえない男性の低い声。


「これもまた、一興ということ」


 歌うように告げながら、ヒールを鳴らして廊下を一人歩く黒髪の令嬢。


【オレが護衛に扮してエスコートをしてやるって言うのに】

「いいじゃない。一人で入ることを望んでいるのよ? 私達のお楽しみは、あとでいい」

【……フン。わかった。仰せの通りに】


 不貞腐れた声を最後に、静かになった。

 目の前の扉は、待機していたドアマンが押し開けてくれたので、パーティー会場へ足を踏み入れる。


 途端に、集まる視線。


 シャンデリアの明かりの下。

 煌びやかに着飾った貴族達が向けるのは、同情や哀れみ、そして――――嘲笑。

 それを受けながら、黒髪の令嬢は歩みを進めた。


「エレンノア・リリーバース辺境伯令嬢!! よくもぬけぬけとこの場にやって来れたものだな!」


 会場奥。数段の階段上のステージに置かれたどっしりしたソファーから腰を上げると、まだ少年と呼べる長身の男性が声を高らかに響かせる。金髪と青い瞳と整った顔立ちの少年。ケープの装飾が、じゃらりと鳴る。

 人々は彼女をわざと避けては、囲い込むようにして、シンと静まり返り注目した。


 それでも黒髪の令嬢――リリーバース辺境伯の令嬢エレンノアは、動揺一つ見せず、小さな笑みを保ったまま。


「まあ、殿下。あなたのエスコートなしで来てはいけなかったのなら、早く迎えに来てください」

「エスコートせずに先に来ていることでわからないか!? お前など歓迎してない!」


 威風堂々の令嬢に、殿下と呼ばれた少年は、カッとなる。

 だが、そんな彼の腕に、桃色のドレスの令嬢が細い腕を絡めて宥めた。


「よいのです、殿下!」


 涙を湛えた濃い赤毛の令嬢の登場に、エレンノアは扇子をバッと一振りで広げて口元を覆い隠す。

 夜空を描いたような紺色に大粒のラメが煌めき、純黒の羽根がふんだんにあしらわれた扇子に顔半分が隠され、表情はほぼ見えなくなった。見えるのは、強かに見据えた琥珀色の瞳のみ。


「よくはない! シェリー。この場で決着をつけるぞ!」

「殿下!」


 感激したように両手を組むシェリーという名の令嬢。

 さながら、ナイトに守られるヒロイン。

 最も、すでにここは舞台上だが。


「第一王子の婚約者として、僕は裁かなくてはいけない! エレンノア! 次期王太子の僕の婚約者だからと、重ねた悪行は許されるべきことじゃない!」

「デーベン殿下。悪行とは、なんのことでしょうか?」


 第一王子のデーベンを、目を細めたエレンノアが急かす。


「とぼけるな! 僕の幼馴染というだけで、婚約者の座を奪われるかもしれないと、シェリーに嫌がらせを繰り返したそうじゃないか!」


 ひらひらと扇子を揺らすだけで、エレンノアは口を挟まない。全てが語られるまで待つ姿勢だ。

 その余裕な態度が、癇に障るとしかめっ面をするデーベンは、人差し指の先を突き付けた。


「目撃者もいる! シェリーを突き飛ばしては罵ったことは、一度や二度ではない! シェリーは公爵令嬢だというのに、僕の婚約者という立場を笠に着て、仕立て屋の予約も奪ったそうだな!? 僕の婚約者の肩書きは、そんなことに使うためものではない!!」


 グッと唇を噛みしめて目を潤ませるとシェリーの肩を撫でて宥めたデーベンだったが、しらけたようにそっぽを向いたエレンノアに焦って、慌てて言い募る。


「証拠は揃っているからな!? この場で、いかにお前が次期王太子妃に相応しくないか、皆に知らしめた!! 泣いて叫んでも許さんぞ!! エレンノア・リリーバース! 婚約破棄だッ!!!」


 宣言された言葉は、パーティー参加者の大半が待ち望んだもの。

 一部は驚いても、やはり嬉々とした光を瞳に灯す。他人の不幸は蜜の味。

 一同が、公衆の面前で婚約破棄を告げられた令嬢の反応を注目した。



   パン!



 その令嬢、エレンノアが扇子を閉じると同時に――――デーベンと隣にいたシェリーは、横に吹っ飛んだ。

 まるで弾かれたような衝撃を受けて、二人揃って、床に転がった。

 何が起きたかわからず、瞠目しながら、ヨロヨロと起き上がるデーベン。パーティー参加者も、わけがわからず、どよめくだけ。

 一人悠然と歩き、階段を上がるのはエレンノア。


「婚約破棄、承りました」


 カツカツとヒールを鳴らして歩き、そして、サッとソファーの前でドレスを翻した瞬間、琥珀色から濃い紺色へと変化した。



「それでは、本当の断罪を始めましょう」



 告げると、腰を下ろす。

 鬱陶しそうにドレスの裾を軽く引っ張れば、スリットが露になり、ゆっくりと組まれた足が見えた。濃い紺色の生地のドレスに変わったことで、日に焼けていない色白の足が、エレンノアの妖艶な美女の雰囲気も相俟って、男性は釘付けで、女性もドキドキして目が離せなくなる。

 間近で見てしまっているデーベンも、床に転がったまま、ゴクリと生唾を飲み込み、凝視。


「先ずは、おさらいです。デーベン・ショー・ゲンシン殿下。ゲンシン王国は、かの昔、『魔王』なるモノに壊滅させられた王国を再建した王国だと歴史でお勉強しましたよね?」


 くるりと扇子の先で円を描くように動かしながら、エレンノアは問いかける。


「バカにするな!」と、カッとなるデーベン。自分の国の歴史ぐらい、幼少期から理解している。


「デーベン様の先祖は、つまりは、初代国王は『勇者』と呼ばれております。そして、リリーバース辺境伯の始祖は、『魔王』だったと言われております。『魔王』を打ち破った『勇者』は、贖罪として、辺境を守る任を与えました」

「だから、知っていると言っているだろ! それとなんの関係が!」

「私は『魔王』の子孫です。今さっき『魔王』と『勇者』の婚約がなくなりましたって話ですよ、殿下」

「ッ!」


 なんとか立ち上がろうとしたデーベンだったが、エレンノアの琥珀の瞳に気圧されてしまい、立ち上がることに失敗した。


 すると、そこで、悲鳴が上がる。次々と混乱の声が上がった。

 デーベンも何事かと目を向けて、遅れて気付く。

 窓が、真っ黒だ。庭園どころか、バルコニーすら見えない。黒く塗り潰されていていた。男性が何人か開けようとしたが、びくともしない様子。


「殿下。この私と婚約することになった時のことを、お忘れですね? かの昔から、我が一族と王家は縁結びをしようとしていましたが、ことごとく失敗したとの話は覚えていません? 私が『魔王』の力を強く受け継いだ話も、覚えておりませんの?」


 優しく問いかけるエレンノアの微笑みは、嘲笑いが含まれていた。どうしようもない子どもに、言い聞かせる口調と姿勢だ。


「あの顔合わせの場では、私に見惚れていましたものね? デーベン殿下」


 フンと鼻で笑い退けるエレンノアに、赤くなればいいのか、青くなればいいのか、デーベンはわからなかった。


「『魔王』はその名の通り、魔を統べる者の通称であり、そして力そのものののことですわ。魔物と分類される生き物を支配下に置ける血筋のため、リリーバース辺境伯の血筋は魔物や魔獣の討伐に大きな功績を遺してきました。しかし、私はあまりにも『魔王』の力が強いということで、王家に報告されて、縁談を結ばれたわけです。『勇者』は魔を討伐する力が強い者の称号であり、あなたはその子孫。だからこそ、いざという時は、私を止めるために力をつけなければいけなかったのですよ? 国王夫妻も、一体どう育てたのやら」


 はぁ、とため息をついて、自分の顎を撫でるエレンノア。


「不敬だぞ!! 一体何をしたんだ!! この化け物!」


 真っ赤になって怒鳴り散らしたのは、この建物の所有者、シェリーの父であるベリーバー公爵だ。このパーティー会場の主催者でもある。

 エレンノアに詰め寄ろうとしただろうが、それは叶わなかった。


 ドスッと鈍い音を立てて、蹴り飛ばされて、パーティー会場に転がる。


「お父様ッ!」とシェリーや、周囲の人々が悲鳴を上げた。


 蹴り飛ばしたのは、唐突に現れた美丈夫。

 艶やかな黒の燕尾服を着こなす絶世の美貌。夜空のような紺色の波打つ髪と、輝くようなルビーの瞳を持つ彼は、不機嫌にお腹を押さえて噎せるベリーバー公爵を睨み下ろした。


「だ、誰だ……ひぃっ!」


 食ってかかろうとしたが、不発。

 近寄りがたい美貌の持ち主ではあるが、人らしかぬ雰囲気が、本能的に危険だと察知するために、ベリーバー公爵だけではなく、他の貴族も腰を抜かす。


 フン、と鼻を鳴らすと、その美丈夫は颯爽とした躊躇ない足取りで、エレンノアの隣へ向かい、ぴっとりと寄り添うように座った。長い脚を組んで、さらされたエレンノアの足を隠しては、エレンノアの後ろの背凭れの上に腕を回す。番犬の如く、睨みを利かせながら。


「僕という婚約者がいるのにッ!!」

「ハッ! ついさっき婚約破棄を言い放って、エレンノアも承諾した。最早、婚約者という関係ではない。貴様のものではないぞ、クソガキ」


 先程の言動と矛盾した発言をしたデーベンに、美丈夫は凶悪な嘲笑を見せては吐き捨てた。


「よしなさい、子ども相手にみっともないわよ」


 扇子で美丈夫の顎を押さえつけて、エレンノアは窘める。

 エレンノアと同い年なのに子ども扱いをされて、真っ赤になるデーベンは「誰だそいつ!!」と、八つ当たりの声を上げた。


「彼も王子です」

「は!? ……どこの!?」

「悪魔の王子です」

「……は!?」

「悪魔族の王子です。第十三王子のカーティス。私の(しもべ)です」


 ざわっと動揺の大きな波が、会場に広がる。


「私は『魔王』、魔のモノを統べる力を持っています。今のところ、出会った魔物に反抗を許したことがありません。カーティスのように忠誠を誓わせて、配下こと(しもべ)にしているものが何人かいますわ。私は正真正銘の人間ですが、忠誠を捧げてくれた魔物から、力を得られます。だから、私はカーティスと同等の魔法も、容易く使えます」


 右の掌の上の宙で、扇子を何回も回転して見せた。

 先程の吹き飛ばしも、エレンノアの力のそのものだと、デーベンは今更になって理解する。


「お、お前っ! 王族にそんな真似して、いいと思っているのかッ!?」

「殿下」


 激高するデーベンとは真逆に、エレンノアは冷静であり、そして歌うように言葉を紡ぐ。


「私、城が崩壊するほどの魔法を放つことも出来ますの」

「なッ!? なんてことを言う!?」

「事実ですわ。権力なんて、純粋な力の前では無に等しいのですよ? 知りませんでした? 私は城に国王夫妻がいようがいまいが、何十人、何百人の使用人や騎士がいたとしても、放てますよ? それにより、国がどんな混乱に陥っても気にしません。私には、それほどの力があります。王都はさぞかし混沌としましょうが、王族が消えたところで、わりとなんとかなるものですよ。それこそ優秀な者が立ち上がって手を取り合い、また新たな国作りが始まるのです」


 言っていることが、破滅的だ。

 絶句するデーベンはわなわなしながらも、エレンノアを指差す。エレンノアはどうなるのかと問う。


「私? 私に歯向かう者は、死ぬだけですよ? 城と同じ目には遭いたくないでしょう? だから、皆は城を崩壊させた元凶を恨み、攻撃するのですよ」


 扇子の先が指し示すのは、デーベンだった。

「はっ――?」と、空気を喉から出すしかないデーベン。


 城を崩壊させるほどの強力な力には立ち向かえないから、矛先はデーベンとなるという仮定の話。


「だって、きっかけを作ったのですもの。『勇者』の末裔として、何の役にも立たなかった殿下が責め立てられるのは当然ですよ」


 ふふ、と蠱惑に笑って見せるエレンノアは、扇子の先を自分の顎に移動させた。


「それで、ベリーバー公爵令嬢」

「ひッ!」


 最初から床に突っ伏したまま、立ち上がるタイミングを逃してたシェリーは、声をかけられて震え上がる。


「私が『王子の婚約者』という立場を笠に着たとのことですが……本当ですの? 一体いつです? どうして『王子の婚約者』という立場なんかを使うのですか? 私には権力よりもつよーい力があるというのに。『王子の婚約者』でいてくれないと困るのは、この王国であって、私ではなくてよ。一体、いつ、誰が、『王子の婚約者』の座を奪われるかもしれないと怯えて、あなたなんかに幼稚な嫌がらせするのかしら?」

「ひ、いぃ……!!」


 青ざめてカタカタと震えるシェリーを見て、デーベンは「まさか」と口をあんぐりと開けた。


「い、いや、待て! 証拠が! 証言が!」

「きゃ!」

「いやっ!」

「!?」


 足掻くデーベンは、悲鳴を聞き、そっちに顔を向ける。

 令嬢が次から次へと突き飛ばされて、床に突っ伏したのだ。


「へーい!」

「こいつも!」


 髪色は違うがそれ以外は瓜二つの青年が、令嬢達を突き飛ばした。


「痛っ! なんですの!? こんな無礼が許されると思っているのですか!?」


 真っ赤になるのは、伯爵令嬢だ。


「思っているー。というか、許す許さないの問題じゃねーし」


 淡い黄色の髪の青年は長い前髪の隙間から冷たく見下ろして、つり上げた口元の笑みを保ったまま言った。


「お前らの許しなんていらねーし。お前らだよな、あの、えっと……名前なんだっけ?」


 淡い黄緑色の髪の青年は、同じく長い前髪の隙間から冷笑で見下ろしては、首を傾げる。


「シェリー・ベリーバー公爵令嬢の取り巻きです」


 そう答えたのは、エレンノア達の脇に佇む燕尾服の青年だ。凛と背筋を伸ばした深紅の髪の持ち主は、片眼鏡を指先で押し上げた。知的な美青年という雰囲気。


「そうそう、そこの女のオトモダチ~」

「オレ達のエレンノア様に冤罪を被せようって考えてんでしょ?」

「砂だろうが埃だろうが、オレ達のエレンノア様にさぁ~」


 けらりと笑ったかと思えば、ためたあと、髪色以外瓜二つの二人は、牙をむき出しに威嚇したために、立ち上がった令嬢はべたりと尻餅をつく。


「「かけんじゃねぇ! シャァアア!!」」

「ひぎぃ!!」


 月光の猫目が、美しくも妖しく光る美青年達も、また魔物。

 その迫力には、少し離れている位置にいるデーベンも、びくりと肩を跳ねさせた。


「彼らは、吸血鬼と悪魔の間に生まれた双子です。吸血鬼と悪魔で、合わせて吸血魔と言いましょうか。黄色い方が、ユーリ。黄緑色の方がリーユです。可愛い子でしょう?」


 エレンノアが暢気に紹介すると、ユーリとリーユはにぱっと笑顔に戻り、エレンノアに手を振る。

 血を吸うと有名な吸血鬼族と聞き、突き飛ばされた令嬢達は、噛みつかれることを恐れて自分の首を押さえてガタガタと震えた。


「そして、ここにいるのが、魔物の中でも、希少種、死神です。名は、ミスティス」


 扇子が赤髪の青年を指して、紹介する。

 胸に手を当てて一礼する死神、ミスティス。


 ヒュ、と息を吸い込むデーベン。

 魔物、死神。旅をしてても巡り合うなんて、それこそ命を奪われるほどの不運な事故に遭う確率よりも低いと言われている。実在すら疑う者がいる魔物だった。一説では、戦争の最中に紛れ込み、命を刈り取ったという。

 それが、ここにいる。

 パーティー会場の中でも、これから起こることに、不安を超えて恐怖を覚えた。今や、閉じ込められてしまっているのだから、悪い予感しかない。


「エレンノア様から、ご紹介に与りました、死神ミスティスです。今回、元婚約者だった第一王子殿下のデーベン様は、シェリー・ベリーバー公爵令嬢達の訴えで、断罪を行おうとしましたが……証拠や証言とは、まさかシェリー・ベリーバー公爵令嬢の取り巻きだけでしょうか?」


 感情が見当たらない冷淡な表情で、死神ミスティスが尋ねる。その目は凍てつく軽蔑を込めていて、デーベンは悪寒でブルブルと震えた。


「お待ちを!」

「! カイト!」


 そこで出てきた人物に、デーベンは顔が明るくなる。


「カイト・ティートリー公爵令息ですか。デーベン王子殿下と、ベリーバー公爵令嬢と、同じく幼馴染という関係ですね」


 冷ややかに見据えるミスティスの言う通り、出てきたのはカイト・ティートリー公爵令息は、デーベンとシェリーの幼馴染である。

 緑色の髪の長身の少年は、書類を手に持っていた。


「こちらに、シェリー・ベリーバー公爵令嬢の取り巻き令嬢達が、エレンノア嬢を嵌めるために企んだ案や証言をまとめたものがございます」

「!! カイト!?」

「何を言うの!? カイト!」


 それを掲げて、カイトはエレンノアに差し出して、片膝をつく。

 信じられないと、デーベンとシェリーは声を上げた。


「カイト! お前っ、エレンノアの罪をまとめておくって!」

「オレは最初からエレンノア嬢が、シェリー嬢に嫌がらせをしたとは思っていなかった。だからこそ、無罪の証明を集めただけのこと」

「なッ! なんで、僕に言わなかった!?」


 こんなにも身近に、エレンノアの無罪を信じていた者がいたことに、悲鳴のような声を上げてしまうデーベン。


「オレからすれば、何故婚約者のエレンノア嬢を信じなかったかがわからない」

「ッ」


 冷ややかな軽蔑がこもった眼差しを向けられて、デーベンは震え上がる。


「一理ありますが、結局のところ、あなたは秘かに想いを寄せるエレンノア様を、第一王子から奪う絶好の機会を掴むことにした。そのため、浅はかな幼馴染の悪事に乗っかったまでのこと」

「はっ……おま、え?」


 エレンノアの代わりに、ミスティスが歩み寄り書類を受け取りながら、冷淡に告げた。

 それを聞いて、デーベンは真実を知る。

 気まずげに、俯くカイトは、ちらちらとエレンノアを見上げた。


「私を想っているのでしょう? それで浅はかにも、想いを寄せる幼馴染の王子を奪うために私を嵌めようとするシェリー嬢達の悪事の詳細をまとめた。これで、婚約破棄を言い渡した時点で、幼馴染の王子は、婚約を台無しにして私の婚約者の座が空く。自分はそこに収まる。略奪愛ね」

「っ……」


 恥ずかしさで頬を赤らめて、物欲しげにエレンノアを見上げるカイト。

 怒りで、デーベンは顔を真っ赤にした。

 自分から奪うために、罠に嵌めたのだ。なんて幼馴染なのかと、怒りでクラクラした。


「あはははっ。愛でも示したかったのかしら。幼馴染の王子相手でも奪うという愛の証明? 冤罪から助けられる自分の方が相応しいっていう証明?」


 ころころと笑って見せて、こてん、と首を傾げたあと、エレンノアはスンと真顔になる。



「要らないから。アンタの愛なんて」


「……えっ」



 想いに対しての明白な冷たい拒絶。見ていたデーベンの肝の方が冷えた。

 理解が追い付かずに瞠目するカイトだったが。


「これも必要ありません。あなたが見逃した幼馴染の愚行なら、こちらで調べはついております故」


 ミスティスは受け取った書類を宙に放り投げて、深紅の死神のカマが細切れに引き裂く。


 追い打ちに、カーティスが指を一つ鳴らすなり、細切れになった紙には火がついて空中で燃え尽きた。


 エレンノアのために集めた無罪の証拠は、本人に要らないと拒まれたという事実。

 そして、一瞬の揺らぎもなく、フラれた事実に打ちのめされて、その場に力なく座り込む。



「アハハハハハッ! さいっこー!! 絶品の絶望の感情だわぁ!!」



 哄笑がどこからか、響き渡った。それは、エレンノアの影からだったから驚きだ。

 のっそりと出てきたのは、美女だ。純黒で細かいウェーブが広がった髪をポニーテールにした美女は、頬を紅潮させて、放心しているカイトに巻き付くようにくっついた。黒いドレスが、まるで煙のように揺らめく。


「あっはーん! アタシ達のエレンノアに愛を要らないってキッパリ拒否されて、絶望で何も見えてなーい! アハハ! なんて美味しい絶望なの! ホント、エレンノアが与える絶望の味は美味しいー!」


 色艶めく息を吐いて、ぴったりと背中にくっつかれても、カイトは無反応。


「カイト! おい、カイト!」

「彼女は、妖魔のミワール。惑わし、感情を食す魔物です。今、()()()()()()()()()なので邪魔しないように」


 エレンノアは、なんてことないように微笑んだ。

 ミワールと紹介された妖魔は、不敵な笑みを深めると、カイトの目を塞ぐ。それでも、カイトが反応をすることはなかった。


()()()()()()()!? お前! カイトは、ティートリー公爵令息だぞ!?」


 ティートリー公爵だけではない。ベリーバー公爵も、王家の次に権力のある四大公爵家だ。


「まだわかっていないのですね。このパーティーは、婚約破棄の茶番劇ではなく、とっくに断罪の場となっています。私が裁く側で、あなた方は断罪される側。それから、面白半分で見物に来ている貴族も一部だけいらっしゃいます」

「はっ……!?」


 顎を引くエレンノアの言葉で、今一度周囲を確認した。

 ほとんどが青ざめて震えて怯えていたが、ほんの一握りだけが、真っすぐ立ち、飲み物まで優雅に飲んで傍観しているではないか。

 しかも、よくよく見れば、いない貴族の方が多い。四大公爵家の一つ、ベリーバー公爵家主催のパーティーに、有力権力者の貴族がほぼいない状態。あの旧知の仲のティートリー公爵家当主までいない、おかしな状況だった。


「(仕組まれていた……!? そんなッ! これはっ! ベリーバー公爵家の主催パーティーなのに、出席者が操作されているなんて!!)」


 デーベンはシェリーやベリーバー公爵を見てから、カイトを見たが、答えは出ない。


「喉乾いた、何か食べたいわ」


 エレンノアの言葉に、反応したのは幼い声。


「は~い!」

「今行きまぁす!」


 10歳ほどの年齢の半ズボンの少年二人が、トレイを頭の上で持って、軽い足取りでエレンノアの元へ駆け寄った。

 運ばれたのは、スカイブルーの髪の少年が果汁の炭酸水と、青い髪の少年が葡萄。

 炭酸水のグラスを持って一口飲んだエレンノアに、隣のカーティスが葡萄を一粒もぎ取ると、それをエレンノアの口元に運んだ。パクリ、とエレンノアは彼の指先から、その葡萄一粒を食べた。


 グッと、奥歯を噛み締めるデーベンは、カーティスを睨みつけた。

 それを見返したカーティスは、これ見よがしにその指先をペロッと舐める。

 カァアッとなるデーベン。


「この子達もカーティスの同類、悪魔です。血統は違うので、悪魔の王族ではありませんが、人間でいえば貴族ではありますね」

「こう見えて強いよー! エレンノア様の力になるもん!」

「どう見ても、ただのクソガキ」

「ああー! そういうこと言う! 吸血魔は黙っててよ!」

「うっせー、チービチービ」


 吸血魔のユーリとリーユが悪態をつくと、子どもらしくムキになる少年達。

 そのじゃれ合いを穏やかに眺めるエレンノアは、また一粒、カーティスの手から葡萄を食べた。


「エレンノア様! あの吸血魔双子が意地悪言う!」


 ついにエレンノアの腰に腕を巻き付いて泣きつく少年二人。


「どぉーでもいいけど、吸血魔って呼び方、ホントよくないよな? なぁーんか、血を吸いまくっている響きにしか聞こえないよな?」

「オレ達、全然吸ってないのにねー? エレンノア様がもっと血をくれるっていうなら、吸血魔にもなるけど♡」


 泣きついている少年達なんてさして気にしていないように、自分達の呼び方の話を振るリーユ。ユーリはこてんとリーユの肩に頭を乗せると、ペロリと舌なめずりをエレンノアに見せつけた。


「なッ! エレンノアの血を吸うだと!? ふざけるな! エレンノアをなんだと思っているんだ!!」


 ゾッとして、思わず噛みついたデーベンを、ギロッと睨んだのは吸血魔双子だけじゃない。エレンノアの腰に絡みつく少年二人もだ。ギョッと震え上がった。


「てめーこそ、エレンノア様をなんだと思ってんだよ? いつまで呼び捨てにしてんだ。てめーは婚約者っていう特権を破棄してんだから、せめて()()をつけやがれよ。礼儀も知らねーのかよ、クソ王子が」


 ユーリは牙をむき出しにした激怒の表情で言い放つ。


「至高の方であるエレンノア様の婚約者であることの光栄にも気付かず、愚かにも破棄しやがって」

「だから、僕達はずっと前からこんなダメな王子を消しちゃおうって言ってたのに……クソ野郎め」


 10歳前後の少年達に嫌悪をむき出しに吐き捨てられた軽蔑の言葉。その睨みとともに鋭いものだった。


「仕方なく婚約してやったエレンノア様が、暇潰しとして楽しんでなかったら、すぐにでも僕達が嵌めてやってたよ。ケッ」

「婚約者として拘束しておいて、最後には幼馴染の女ごときに転ばされるとか、王子としても男としても、無能にもほどがあるだろ。ケッ」


 先程の無邪気っぷりが嘘のような険悪な悪態。グサッと刺さる胸をデーベンは、押さえる。


「オーディ、アーディ」


 スカイブルーの髪の少年のオーディと、青い髪の少年アーディを、微笑んで呼んだエレンノア。

 パッと無垢な少年の笑みに戻って寄り添う二人は、なあに? と見上げる。


「私、もっと果物食べたいわ」

「わかったぁ」

「すぐに持ってきまぁす」


 従順な子犬のように、トレイを持って、食事のテーブルに駆けていく悪魔少年達。もちろん、貴族達は自ら道を開けて、避けた。


「では、今回の婚約破棄の元凶である冤罪を明らかにしましょう」


 そう話を戻したのは、ミスティスだ。


「ことの発端は、デーベン殿下への初恋を諦めきれなかったシェリー・ベリーバー公爵令嬢ですね。幼馴染というデーベン殿下の身近にいるポジションを利用し、我が主エレンノア様が嫉妬をして嫌がらせしていると嘘の主張をしました。デーベン殿下はそれを信じ、今日は公衆の面前で婚約破棄を突き付けた、と」

「ち、が……う」


 シェリーが首を振って弱々しい声で否定するが、ミスティスは聞こえていない様子。


「先に言ったように、エレンノア様が嫌がらせをした事実はございません。そちらのティートリー公爵令息が虚偽の証拠を集めていたようですが、全てはそこに座っている令嬢達がでっち上げたものです。シェリー・ベリーバー公爵令嬢を突き飛ばして、罵った現場を見たという証言。真っ赤な嘘です。エレンノア様ならば、人に見られずとも突き飛ばせますから、その犯行は非効率的。エレンノア様が仕立て屋の予約を奪ったことも、またありません。仕立て屋がエレンノア様を優先した事実はあります。仕立て屋側も、伯爵位の令嬢達よりも、辺境伯位であり王子殿下の婚約者を優先するのも無理もない話。しかし、王子殿下の婚約者というよりも、エレンノア様自身だからこそ優先したようなものです。美しいエレンノア様に着てもらいたいと思う職人がいるのも仕方がないこと故、それをエレンノア様の嫌がらせと言うのは無理矢理すぎます」


 淡々と事実だけを述べるミスティス。

 ポカンと見上げたデーベンは身を縮めて震えているシェリーを見たあと、同じく床の上に座り込む羽目になっている令嬢達を見た。


「おい。なんとか言えよ。てめーらの話なんだよ」

「ミイラになるまで吸い尽くすぞ!」

「ひぎぃい!!」


 リーユとユーリが軽く脅せば、震え上がった令嬢達の口が軽くなる。


「申し訳ございません! 嘘です! 嘘ですがッ! シェリー嬢と殿下のためだったんです!」

「そうです! ごめんなさい! ごめんなさい!」

「嘘ですごべんなさいっ!」


 カタカタ震えながら、涙ながらに謝罪をする令嬢達。


「シェリー嬢が慕う殿下がっ、エレンノア嬢に素っ気なくされていると……! 割り込んで婚約した関係だから、本来婚約するはずだったシェリー嬢と殿下のために!!」

「な、んだ、とっ!」


 涙しながら白状する令嬢達から、鋭い視線をシェリーに戻すデーベン。


「つまり。エレンノア嬢にあまりにも素っ気なくされるから、弱気になって愚痴を聞かせた幼馴染のシェリー嬢にそれを見事に利用されたわけですね。横恋慕による婚約者の略奪が動機。異論はありますか?」


 淡々と事実を述べるだけのミスティスは、一応といった風に、シェリーに声をかけた。


「ちがう……」


 ぽつりと零すシェリーは、エレンノアを力を込めてキッと睨んだ。


「横恋慕でも略奪愛でもない! わたくしだったの! 殿下の婚約者になるのはわたくしだったのに! ぽっと出の辺境伯の令嬢が割り込んだ! 最初からわたくしだったのよ! 殿下の婚約者は!!」


 その声は、金切り声に近かった。追い込まれて自棄になり、喚き散らして、高位貴族の淑女とはかけ離れている姿。

 大半が呆然と眺めている中、マイペースに、ケーキを果汁ジュースで流し込んだエレンノアは、口を開く。


「私が割り込んだなんて、失礼ね。王家が勝手に決めた婚約よ。仕方なく付き合ってあげただけ。最初に言ったように、『魔王』の力が強すぎる私を『勇者』の末裔の殿下が監視と制御をするために設けられた関係なの。責任ある貴族ともなれば、そういう政略結婚はあることだと諦めていたけれど、私も初めから国王夫妻には言っておいたのよ? デーベン殿下では、()()()()()()()()()って。現に、あなた如きに騙されて、婚約破棄をするほどに愚かだしね」


 敬語も使うことなくエレンノアが語ることに、息を呑むデーベン。冷や汗を垂らす。


「現を抜かして、本来の役目を果たせないなら、せいぜい私の役に立ってもらいましょう」


 ヒュッと喉を鳴らして、身体を強張わせた。エレンノアの琥珀色の瞳に見下ろされて、指一本動かしにくい。


「と、いうことで、婚約破棄のついでに愚かなゴミ貴族も片付けようと思いまして。今回、来なかった貴族は私の方からお掃除する場よ、という旨の手紙を送っていますの。だからこの場にいるのは愚かでゴミでしかない貴族と、その掃除を見に来た貴族の二種です」


 コロッと明るく見せたエレンノアは、指を二本立てて見せた。


「バカにしないでいただきたい! 私は何も聞いていないぞ! 何がゴミ掃除だ! 何の権限があると言う!!」


 貴族の男が一人、勇気を振り絞って声を上げると、彼に続いて他の貴族も「そうだそうだ!」と声を重ねる。

 真っ赤になって怒っているが、汗を異常にかき、焦っている様子。



「『()()()』の権限ですが?」



 優美に微笑んで告げたエレンノアの言葉で、パーティー会場は水を打つように静まり返った。


 『漆黒団』という名に、凍り付いて、貴族の当主達は真っ青に顔色を悪くする。震えることすら、戸惑う。


「ご存知でしょう? 『漆黒団』の存在を。ある貴族は幼い美しい令嬢に強引な縁談を押し付けようとして、粛清されて、ある貴族は領民に過酷労働を強いて奴隷扱いしていたために、粛清された。ある者は正義と呼び、ある者は冷酷非道な集団と敬遠します。王家が認めた存在ではありますが、その実、私のことです」


 琥珀色の瞳を細めて、微笑を深めて告げるエレンノア。

 謎の存在だった『漆黒団』こそ、エレンノア。エレンノアと魔物の(しもべ)

 今まで噂で聞いていたのは、全てエレンノアとその(しもべ)が行っていたということだ。しかも、王家の許可を得て。


「はっ……? ま、待て……そんな……知らないぞ……」


 開いた口が塞がらないデーベンは、ポツリと零す。


「エレンノアが『漆黒団』? 王家が許可? 知らない……! 聞いてないぞ!」


 何も聞いていないと声を上げたが、エレンノアは静かに返した。



「いいえ。あなたは知ろうとしなかっただけです」



 静かだが、それでもぴしゃりと言う強さがある。


「聞いてないのではなく、訊こうとしなかっただけです。一言問えばよかったのですよ? 噂の『漆黒団』について。普通なら疑問になって尋ねるはずでしょう? 何故、貴族が粛清されているのか。王家は見過ごしているのかどうか。逆に私が尋ねたいですわ。どうしてその存在について、一切尋ねなかったのです? どこかの貴族が粛清されても、他人事でしたの? ――――それでも一国の王子か?」


 最後の声は明らかに鋭い軽蔑と非難が込められたが、エレンノアは微笑みを保っていた。

 優雅であり、冷ややか。


 デーベンに反論の余地はない。

 確かに噂に聞く『漆黒団』について、誰かに問うたことはない。気にしたことがなかった。

 王家は何か対策していないのか。許容しているのか。それは何故か。デーベンは、両親である国王夫妻に尋ねたことなど、これまでになかった。

 すぐそばにいるエレンノアこそ、巷で悪徳貴族の粛清をしている『漆黒団』だったというのに。


「王子と監視を含んだ婚約が結ばれた私は、辺境伯領ではなくこの王都に住まう羽目となりました。辺境伯領の方が好きなのに。だから、妃教育の傍ら、悪い貴族の一掃を始めることにしたのです。まぁ、始まりは偶然でしたけれどね。私と同じく、望まぬ婚約を押し付けられて泣いてしまった令嬢に頼まれたので、その貴族を調べ上げて潰してやりましたわ。その令嬢はとても楽しそうにこの場を見学しております」


 なんてことないように、エレンノアは語る。妃教育も暇潰しでやっていただけで、悪徳貴族の粛清も楽しんでやった。

 デーベンにその見物をしている令嬢を確認する余裕などない。


「まぁ、そうやって、貴族の中でも恩を感じてくださっている方々がいるわけです。どうせ『王子の婚約者』となったのだから、それらしく、世直しをしていたのですが……ふふっ、その『王子』は全く興味がなかったようですねぇ。本来の私の監視が出来ていれば、気付けたものを……だから力不足なんですよ。まだディオ公爵が適任ですわ。殿下よりも、『勇者』の力がお強いですもの」


 ころころと笑うエレンノアが言うディオ公爵は、聖騎士団を率いる騎士団長のこと。四大公爵家の一つ。

 三代前に王女が嫁いだため、れっきとした王家の血が流れていて、魔を討つ『勇者』の力を引き継いでいる。それも現代では一番優れていると言えよう。

 そんなディオ公爵の話を持ち出されるなり、怖い顔をしたのはカーティス。エレンノアの口に、ストロベリーのゼリーをスプーンでねじ込んだ。

 そんなカーティスの頬をぺちぺちと掌で叩いて宥めたエレンノアは、ミスティスに目配せをした。会釈で答えるミスティス。


「ベリーバー公爵は、愚かな娘のためにこの場を設けたこともあり、除外しませんでしたが、非のないティートリー公爵は、王家の婚約を壊す愚行に加担したも同然の息子を切り捨てる英断が出来る方でした。ディオ公爵はこういう粛清を好まないのであえて何もしていないですが、コーネリア公爵はご令嬢の参加だけを認めて夫人とともに不参加を決めました。四大公爵家は、ベリーバー公爵以外が、『漆黒団』がエレンノア様だと知っております」


 淡々と事実を述べる。

 デーベンはただでさえあんぐり開けている口をまた開いてしまう。

 幼馴染のカインは、親のティートリー公爵に切り捨てられた。


「ちなみに、国王夫妻にもすでに話は通しております。デーベン殿下が婚約破棄という愚行に及んだら、もう私を縛り付けないでくださいと」


 ドクン、と嫌な音を立てる心臓を胸の上から押さえ込むデーベン。

 エレンノアは、ゆっくりと足を組み替えた。


「まぁ、早い段階で、自分の息子では力不足だと気付いていたので、彼らも諦めていたのかもしれませんわね。なら、穏便に解消の場を設ければいいのに……無能だわ」


 クスクスと嘲るエレンノアに、ドクドクと酷く気持ちの悪い脈が打ち、響き渡るデーベン。


「(ティートリー公爵家の優秀な跡取り息子だったカインも切り捨てられた……! じゃあ、僕は……!?)」


 自分もなのかと、目の前が真っ暗になる。


「ああ。そう悲観なさらないで?」


 エレンノアの優しい声がかかるが、最早、悪事に唆すという悪魔の囁きにしか思えない。


「デーベン殿下以外に王位継承権を持つディオ公爵は、全く望んでいませんから、あなたを廃嫡に追い込みません。だいたい女に振り回された失態をしたあなたは、周りの正しい判断があれば、まともな王にはなれるでしょう。まだ16歳ですしね」

「――!」


 デーベンは、予想外に目を見開く。


「(僕は…………切り捨て、られ、ない……?)」


 貴族の粛清すら黙認される絶対強者のエレンノアに、婚約破棄を突き付けてしまったというのに?


「新しい婚約者は、シェリー・ベリーバー公爵令嬢です」

「え!?」

「!?」


 デーベンだけではなく、シェリーもギョッと驚愕した。


「身分も教養も十分でしょう? ベリーバー公爵令嬢も望んでいることですし、王太子妃になる覚悟はおありですよね?」


 琥珀の瞳が射抜く。気圧されて、腰が抜けるシェリー。


「それにベリーバー公爵家は、最早私には逆らえない。私に婚約破棄を突き付けた殿下と、ちょうどいいではないですか」

「ぇ……?」


 にこりと笑みを深めるエレンノアに、デーベンは小さな声を零す。



「役にも立たない監視目的の婚約の破棄を突き付けてくれた今宵のパーティーでは、愚かな貴族を一斉に粛清をして、見せしめとなってもらいますわ。今後、民を失望させる愚かな行為が出来ないように。罪には罰が下ることを、身体で思い知っていただきましょう」



 優雅な微笑みのエレンノアから告げられたことに、逃げ腰だった貴族達に戦慄が走る。

 パチンとエレンノアが指を鳴らすと、足元の影が伸びて、それが立体化して人の形となった。真っ黒だが、髪のようなものが跳ねていて、ワイシャツと琥珀のボタンがついたベストを身に着けた男の姿。エレンノアに、胸に手を当てて敬意を示すお辞儀をした。


「影人という魔物のシャインです。仕事よ、シャイン」

「はい、エレンノア様」


 シャインと呼ばれた影の男は、分身を出す。ズッと、一つ、また一つと増えていく。

 十ほどに増えると、ミスティスが口を開いた。


「罪状は、すでに調べ上げております。横領、恐喝、詐欺、暴行。大小あれど違法なことは全て、それ相応の罰を下します。手始めに、この場で、痛めつけますので――――潔く受けた方がマシですよ」


 声を張り上げて会場中に告げたミスティスは、冷淡だ。

 にたり。赤い口が吊り上がるシャインの分身達が、貴族達に歩み寄った。震え上がった彼らは、逃げようと悲鳴を上げながら、扉へ窓へと突進していく。だが、叩いても体当たりしても、ビクともしない。


「大丈夫ですよ。ちゃんと間違えないように罪と罰は念入りに確認済み。ああ、でも。そうやって逃げ回られると、間違えかねませんねぇ」


 おちょくるエレンノアの声を聞き取った一部は、観念して床に座り込んだ。

 ミスティスが罪状を読み上げる中、罰が下り、絶叫が上がる。

 見物している貴族達は、静観した。面白がって来たのは本当だ。エレンノアの(しもべ)見たさに。粛清の様は、よく聞き及んでいたため、動揺は押し隠して、戒めのためにも見据える。

 そんな見物客を盾にしようと飛びかかる愚者がいたが、見えない壁が阻んだ。


「ばーか! 僕達が守っている限り、この人達には手出し出来ないよ!」

「エレンノア様のご命令だもんね!」


 オーディとアーディが威張るように仁王立ちして見せた。

 倒れた愚者の腕を、ユーリが踏み潰す。ぐしゃり、とゴミのように。


「はーい、罪状追加! ゴミが貴族サマに危害を加えようとしましたー」

「ははっ。追い込まれて他人を盾にするとか、マジゴミじゃーん。殺してもよくね?」


 リーユもぐしゃっと指を粉々にする勢いで、踏み潰す。


「アハハハーンッ! さいっこーお! 絶望の感情に満ちたパーティー会場! アハハ! キャハハ!」


 酔いしれるように笑い声を響かせるミワールは、パーティー会場の真ん中で、一人でクルクルと踊るように回る。


 混沌としているパーティー会場。

 狂っている。

 恐怖と苦痛の悲鳴が、あちらこちらに響く。それなのに、静観する眼差しがある。

 どうしてこうなったのだ。床に座り込んだまま、デーベンは混乱したまま会場を呆然と見回した。


 玉座に見立てたソファーには相変わらず、エレンノアが悪魔の王子を侍らせて、ふんぞり返っている。


「……魔王……」


 魔物を統べるモノ。魔王。

 おとぎ話で語られる魔王が引き起こす混沌は、まさにこれではないか。

 実際には『魔王』というのは、魔物を従える力ではあるが、エレンノアは魔王そのものに思えた。


 魔物を従える力で、人間もねじ伏せている。

 この王国は――――すでに、魔王の支配下にあるのではないか。

 そのとんでもない現実に、ゾッとした。


 デーベンの声がこの悲鳴の中、聞き取ったのか、エレンノアはデーベンと目を合わせると小首を傾げた。


「勇者よ」


 やがて、芝居がかった仕草で、グラスを掲げて、琥珀色の瞳を細めた。

 魔王と勇者の対峙――――。


「なんてね」


 そうおかしそうに噴き出す。それは年相応の少女の笑み。

 場違いなことに、ドキッとときめいたデーベン。

 エレンノアの隣のカーティスの目付きが鋭くなった。


「あなたに、勇者の称号は相応しくないでしょうね」


 次の瞬間には、冷や水を浴びせられる。

 勇者の末裔なのに、相応しくない。誇りある血筋なのに、否定される。

 だが、事実なのだ。

 『魔王』の力を持つエレンノアに、『勇者』の末裔であるだけのデーベンは、なすすべもない。こうして、床に座り込んだままなのが証拠だ。

 無力だ。血筋だけでは、なんの役にも立たない。


「わかっていないようですね、殿下。例え『勇者』の力が強力だとしても、殿下が正しい方向に進んでいたかどうかなんてわかりませんよ?」


 ハッとして、顔を上げるデーベン。


「あなたは第一王子としての立場の自覚が足りなかったのです。なんのための婚約かも認識せず、私に見とれて構いたがってばかり。周りで貴族が粛清されても、気にしないのは、未来の国王として失格。大いに失望したので、傀儡になってもらうのですよ。あなたとベリーバー公爵令嬢で、未来の顔になってください。ゴミの片づけは私にお任せを。ゴミさえ片付ければ、残るのはまともな者や優秀な者ですもの。そうすればいい王国となって民は幸せになるのです。民のためを思ってくださいね」

「っ……!!」


 笑顔で残酷に告げるのは、悪魔の所業だと思った。

 傀儡の国王となれと言う。最早、支配されたも同然だ。

 わなわなと震える唇をギュッと噛み締めるデーベンは、酷い後悔に押し潰された。


 婚約破棄の場だった。確かに感情的で、愚かな行為だった。

 ただ。ただ、エレンノアに泣きすがってほしかったという浅ましい目論みがあったから。

 エレンノアはとても優秀で、冤罪だったそれ以外に非はなかったから、泣いて謝れば許すつもりだった。

 これを経て、きっと自分に素っ気ない態度も改善すると期待していたと言うのに。


 婚約破棄の場は、エレンノアが最初から支配していて、地獄のゴミ掃除の場と化した。

 この王国の裏の最高権力者は、エレンノアだ。

 賢い貴族は、すでにエレンノアに傅いている情勢。強すぎる。

 デーベンは、婚約破棄を唆したシェリーと結ばれなくてはいけない。双方とも、断るという選択肢はない。

 地獄だ。


 何が地獄かと言うと、他でもないエレンノアに結ばれろと命令されていることだ。


 初めて会った時から、デーベンはエレンノアに惹かれている。

 一目惚れだ。

 幼い少女でも、エレンノアには色香があり、異質な魅力が強烈に惹き付けた。

 愛らしい顔立ちもそうだが、ウェーブのついた黒の髪は妖艶で、琥珀色の瞳の輝きは鮮明に記憶にこびりつく。

 誰だってそうだろう。エレンノアには、惹かれる。魅了される。

 (しもべ)となった魔物達も従属を望み、カインを含めた年若い令息達も恋慕し、他の貴族達も畏怖の念を抱いた。


 建て前上の婚約者という関係を崩してくれないエレンノアに、デーベンは業を煮やした。

 そして――――エレンノアに、捨てられたのだ。


 婚約者という特別な特権を手放したデーベン。

 涙を込み上がらせたが、零すまいと俯いて堪えた。

 彼の地獄は、これからだ。

 好きでもない令嬢と結ばれた傀儡の王となる。それがデーベンの罰。


「(地獄だ……)」


 絶望で、視界は真っ暗だった。

 顔を伏せたデーベンをルビーの瞳で睨みつけていたカーティスは、フンと鼻で笑う。

 チョコレートアイスを食べているエレンノアに、視線を移動した。


「(やっと忌々しい婚約が解消された……!)」


 口元を緩ませて、愛おしそうに見つめるカーティス。




  ◆◆◆




 カーティスがエレンノアに出会ったのは、第一王子と婚約がなされるよりも、ずっと前のことだった。

 悪魔王の十三番目の息子であるカーティスは、不運にも最弱な能力を授かったがために、冷遇を受けていた。他の兄弟に命まで狙われて、命からがら転移魔法で逃げた先が、辺境伯領のエレンノアの散歩コースだったのは最大の幸運だ。


「あなた。なんていう魔物?」


 限りなく遠くまで転移魔法を行使したことで力尽きかけていたカーティスの前に立って、上半身ごと傾げたエレンノアは、当時まだ6歳。それなのに、大人びた雰囲気の色気を持つ人形のような幼女だった。

 くるんくるんにウェーブした黒髪をハーフアップにして紺色の大きなリボンをつけて、大きな琥珀色の瞳をぱちくりと瞬かせた美少女。

 今にも地面に突っ伏しそうなカーティスは、異様に惹きつける琥珀色の瞳を呆けて見つめ返した。


「……魔物が怖くないのか?」

「私は『魔王』の力を持ってるから、森を歩いてもその辺の魔物は寄って来ないらしいの。だから強いって自負しているから、怖くはないわね」

「!? ま、『魔王』……! ここは、まさか、リリーバース辺境伯領か!?」


 リリーバース辺境伯には、『魔王』の力を持つ人間が住まうと魔物の世界では常識だ。

 低俗な魔物はウロついても、悪魔などの高位の魔物は近寄らないのは暗黙のルール。何故なら『魔王』は、魔の種族を支配する恐ろしい力なのだ。

 今はもう伝説の域ではあるが、かつてその力を知らしめた『魔王』の称号を持つ元祖は、絶対王者だったという。

 あらゆる高位の魔物をその手中に収め、国を一度滅ぼしたほどだ。『勇者』という魔を討伐する力よりも、支配されてしまう力の『魔王』の方が得たいが知れなく、近寄りたくないと思うのは当然。

 しかし、カーティスは、身構えてはすぐに肩の力を抜く。

 『魔王』の力を持つと言う少女は、一人だったのだ。親なら逃亡一択だったが、子どもならば大丈夫と油断したのだ。


「(待てよ? 『魔王』の力は……服従を受け入れて忠誠を誓えば、力をくれるという一説があったよな?)」


 『魔王』に忠誠を誓う時、魔物の力を捧げることになる。しかし、それは魔物自身が力を失うわけではない。誓った相手に、新たに力を与えることとなるのだ。それが忠誠の証となる。

 そして、主人の魔力が新たな糧になり、力を増す。


「(元々、()()()()()()()()()()()()()()()())」


 忌々しいことに、()()()()()()()()()()()()()()()()のせいで、カーティスは虐げられてきた。

 それでも、命からがらに逃げた先に『魔王』の力を持つ少女がいたということは、チャンス。そうするしかない。相手は10歳にもならない子どもだから、どうとも言いくるめられると高をくくった。


「オレを助けてくれないか? 命を狙われて、遠くから逃げて来たんだ」

「どうやって助ければいいの?」


 こてん、と首を傾げる少女。

 簡単に助けると言うのだから、本当にチョロいと思った。この時は。


「『魔王』の力が、魔物を従える力だと知っているな?」

「うん」

「忠誠を誓って、主従関係を結べば、オレは回復するだけじゃなく、力を増すんだ。パワーアップだ。それでオレの命を狙った敵に仕返しがしたい。忠誠を誓うから、君は受け入れてくれればいい。いいか?」


 簡潔に、要点だけまとめて、伝える。

 ぱちくりと、ゆっくりと目を瞬かせる少女。


「力を増すことは知らなかった。わかった。主従関係を結んであげるわ」


 カーティスは、笑みが吊り上がることを堪えた。

 少女を騙して、力だけを得られるのだ。窮地を脱したことを、内心で喜ぶ。


「私は、エレンノア・リリーバースよ。あなたは?」

「オレは、カーティスだ。じゃあ、エレンノア嬢、()()()()()()()を手にするから」


 悪魔とは言わない。高位の魔物の名だ。怖がらせて逃げられては困る。今のカーティスには少女を追いかけるのもつらい。

 相手は少女だ。騎士のように傅いて、手の甲にキスでもしてやれば、有頂天になってこちらの言うことを聞くに違いない。そういうことで、片膝をついて、手を差し伸べた。

 カーティスの手に自分の手を乗せたエレンノアは、特に喜んで頬を赤く染めるわけもなく、じっと琥珀色の瞳で見つめてくる。淡々と観察した様子。


「オレが“誓う”と言ったら、そのまま“受け入れる”と同意の言葉を口にしてくれればいい」


 口でのやり取りだけではなく、魔力の交換で成り立つものだが、それはカーティスが一人で行えるものだった。

 言われた通りにすると黙って頷くエレンノアを見て、つくづくチョロいと思ったカーティス。


「エレンノア嬢に、忠誠を誓う」

「……受け入れるわ」


 エレンノアの返事を受けて、カーティスは小さな手の甲に口付けを落とす。そして、自分の魔力を流し込み、そしてエレンノアの魔力を吸い上げた。


「(! な、なんだ……この魔力……! 美味いっ!)」


 感じたことのないほどの美味に、ついつい吸い上げすぎる。夢中になって吸ってしまった。だが、あっという間に満腹になって、吸うことをやめる。

 クラッとした。先程の死にかけた力が尽きる感覚とは違う。これは幸福感だ。酔いしれて、世界が回りそうだった。

 思わず、ペロッと自分の唇を舐める。また、味わいたい魔力の味。


「(あんなに吸ったのに、平然としてやがる……。どうりで森の中にいても魔物と遭遇しないわけだ。本能で底辺の魔物達は避けるんだろう)」


 不思議そうにこちらを見ているエレンノアは、平然と立っている。

 最初に言っていたように、エレンノアが魔物と遭遇しないのは、エレンノア自身の力のせいだ。本能で強者を避けて通っている。

 この味から離れてしまうのは後ろ髪引かれる思いだが、『魔王』は魔物を支配する力だからこそ、エレンノアの声が届かないところに行くべきだ。


「ありがとう、エレンノア嬢。おかげで、助かった。もう怪我も治った」

「ふぅん。それはよかったわ」


 立ち上がって、回復した身体を見せつけると、エレンノアがにこりと微笑んだ。

 ドキリ、と胸が高鳴った。カーティスは、誤魔化すように胸をさすって目を背ける。


「じゃあ、オレは命を狙った奴らに仕返ししてくる。じゃあな」


 さっさと逃げるべきだ。後ろ髪が引かれる思いなど振り払って、直ちにこの場を離れるべき。そう警報音がどこかで鳴り響いている気がして、カーティスは背を向けて足早に歩き去って、最初に報復する相手のことを選ぼうとした。



「『()()』」



 その声が耳に届いた時、カーティスは動けなくなる。

 地面から足が離せない。縫い付けられたように、動かなくなった。

 後ろから、足音が近付く。


「『跪け』」

「――ッ」


 崩れ落ちるように、カーティスは跪いた。


「へぇー? 本当に『魔王』の力って、魔物を支配するのね」


 後ろからやって来ては、覗き込むようにして顔を合わせたエレンノアの異質な雰囲気に、ドクドクと心音が煩くなる。

 何故だ。今になって恐怖を感じる。

 今になって。


 ――――この少女の強者の圧が伝わる。


 間違いない、彼女は『魔王』だ。魔物を支配する力を持つ。それも落ちこぼれと言われても高位の魔物の悪魔であり、完全回復した上にパワーアップもしたカーティスを、一言で跪かせることが出来る圧倒的強者。

 『魔王』の力を持った彼女に、魔物は敵いっこない。


 カーティスはとんでもない相手に、忠誠という縛りを自ら誓ってしまったと、思い知った。


「さて、カーティス?」


 小さな指先が、動けないカーティスの顎を救い上げる。

 ドキッと、また胸が疼く。


「私の(しもべ)の命を狙ったのは、だぁれ?」


 甘えた声を出すが、その微笑は甘美な香りを放ちつつ、鋭利な棘を生やした黒薔薇のようだった。

 先程の魔力よりも、うっとりと酔ってしまいそうだ。

 琥珀色の瞳が、魅了する。ドキドキと胸の高鳴りが収まらない。


「言わないと、ずっとこのままにするわよ」


 にこっと、年に相応しくない鬼畜なことを言い放つため、カーティスは洗いざらい吐く羽目となった。



 結局、エレンノアはカーティスの報復を手伝ってくれた。

 エレンノアは忠誠を誓わせずとも、言葉一つで容易くねじ伏せることが出来たため、多少の身を守るすべを教えてから、武力行使でカーティスの命を狙った兄弟を返り討ちにした。

 子だくさんの悪魔の王族は、『殺された弱者が悪い』ということになるため、争いは生き残った者が正義。三人の王子と三人の王女を仕留めたが、お咎めなし。それどころか、強さを手に入れたカーティスはもう冷遇を受けずに済むようにもなった。

 最も、自分の離宮にはほとんど帰らず、エレンノアの元で過ごしているが。


 その最中に、死神のミスティスと、悪魔と吸血鬼の間に生まれた双子のユーリとリーユと会い、一目で惹かれた彼らも、エレンノアに誓いを立てた。

 そのあとも、ひょいひょいと歩けば拾うありさま。

 カーティスの上の兄である悪魔王族の第一王子から第四王子まで、エレンノアとの仲を取り持ってほしいと、初めて言葉を交わしたが、エレンノアの最初の配下であるカーティスは一蹴。

 兄達の狙いは、カーティスがそうだったように、力の増幅だ。

 だが、そう甘いものではない。一度誓えば、エレンノアには逆らうことは皆無の絶対服従。その点を甘く見ている。自分がそうだったように。

 父である悪魔王の方は、エレンノアには関わりたくないようだ。支配を危惧していて、兄達を窘めている始末。正しい判断だと思う。

 歩けばひょいひょい魔物を引っ掛けるほどの魅了つきの支配する力を持つ『魔王』のエレンノアの下につく気がないなら、それがいい。


 『勇者』の末裔の第一王子と婚約したのは、下級悪魔の姉妹を侍らせた力ある悪魔の子どもである従兄弟であり異母兄弟でもあるオーディとアーディを、保護ついでにエレンノアの(しもべ)にしたあとの頃だ。

 その力ある悪魔のことで諸々の対処をカーティスがしている間に、エレンノアには婚約者が出来てしまった。


 自分がいれば、何が何でも阻止したと言うのに!


 いや、どうだろうか。

 次々と高位の魔物を連れ帰る娘が恐ろしくなって、王族に報告して監視目的で婚約で縛り付けた辺境伯夫妻から離れたのは、いいことなのかもしれない。

 エレンノアの両親は、王家の忠実な犬のような騎士だ。国家を揺るがしかねない存在は報告すべきだった。例え、それが実の娘だろうとも。

 エレンノアは面白そうなことに首を突っ込む傍らでは、しっかり辺境伯領で危険な魔物を排除したり、領民を守ったりしたが、それは素直に感謝はされなかった。残酷な話、そんなエレンノアがいなくとも、辺境伯の領民達は自分達で対処が出来たから。

 それにカーティス達は大いに不満を持ったが、エレンノアが監視のために王都に住まいを移すことになったことも、怒りを爆発させたかったものだ。

 だいたい、監視者が不足もいいところだった。同い年だからしょうがないとエレンノアにも宥められたが、どんなに時間が経っても、エレンノアの『魔王』の力に太刀打ち出来るような『勇者』の力が成長しない婚約者。

 殺意すら湧いて、もう廃嫡になるように仕組んでしまおうかと、エレンノアに隠れて会議を幾度もした。

 しかし、結局『エレンノアに嫌われかねない』という結論にたどり着いたために、やめたのだ。

 エレンノアは()()()()()()があり、エレンノアの意に反した罠で勝手に第一王子を失脚させたら、『エレンノアに嫌われる』という絶対に避けたい事態が起きかねない。絶対君主に嫌われるほどの死活問題はないのだから。


 エレンノアの(しもべ)は皆、エレンノアを愛している。魅了されて、心酔して、崇拝しているのだ。

 姉や母のように敬愛していたり、見た目や感情に心酔したり、魔力や血に魅了されて崇拝したり、様々だが一括りに言えば、愛してやまない魔王。

 それは魔物だけではなく、王都の人々もそうだ。婚約者の第一王子もまた、その一人。


 まぁ、結局、こちらが望んだ失脚をしてくれたのだがな。




 ◆◆◆




「ん……寝てたの? ごめん」

「いや、いい。ちょうど終盤だ」


 カーティスの肩に凭れてうたた寝していたエレンノアは、扇子で口元を隠して小さく欠伸を零す。

 苦痛な悲鳴があちこちで響き渡るパーティー会場でうたた寝出来る人間は、エレンノアぐらいだろう。

 絶望の感情をたらふく食べたミワールも満足げにエレンノアの膝にしがみついて眠っていたが、こちらは別である。むしろ、絶望の声を子守唄にして寝るような魔物だから。

 エレンノアは起こさないように頭を撫でてやった。


「エレンノア嬢」

「あら。お客様に長居させてしまいましたね」


 オーディとアーディに守らせていた見物客の貴族達が、目の前に揃う。


「そんなことありませんわ。わたくし達は望んでこの場にいるんですもの。戒めのためにも」


 そう微笑むのは、コーネリア公爵令嬢だ。

 彼女こそ、エレンノアが王都の貴族の問題に首を突っ込むことを始めたきっかけを生んだ令嬢。ただ、王子の婚約者となったエレンノアと交流をしようとしたのだが、迫って来る婚約に耐え切れず、つい涙とともに吐露した。あくどいやり方で、四大公爵家の一つの令嬢に婚約を迫った隣国の公爵家を、エレンノアは武力でねじ伏せては情報を流して取り潰しまで追い込んだ。

 こうして四大公爵家の一つ、コーネリア公爵が真っ先にエレンノア側につくことになった。

 他にも、エレンノアが許せない悪行に手を出す貴族がいたために『暇だから、こういう貴族の掃除をついでにしましょうか』と言い出して、やがて『漆黒団』が出来上がったわけである。


「ゴミの粛清よりも、私の(しもべ)の見物が目的だったでしょう? 満足出来まして?」


 折り畳んだ扇子を顎に添えて首を傾げるエレンノアは、気品高く笑いかけた。

 オーディとアーディは、エレンノアを遮らないように左右に立って、にこにこする。


「ええ。貴重なエレンノア嬢の配下を拝見出来、光栄です。……して、エレンノア嬢。今宵召喚した配下が全てなのでしょうか?」


 顔色が悪いのも無理もない会場で、伯爵位の男が冷や汗を拭いつつ尋ねた。


「さぁ? 我が(しもべ)が、これで全部か否かはご想像にお任せいたしますわ」


 エレンノアは、曖昧な回答を威風堂々とする。

 カーティスは横目で見るだけで、オーディとアーディも何も言わない。

 相手が誰であろうとも、手の内は見せびらかすものではないだろう。例え駒が出そろっていたとしても、隠し玉があると思わせるのも一興。エレンノアの力は、未知がちょうどいいのだ。


「噂では、()()()容易く攻め落とせる武力を持つとのことですが……」


 恐る恐ると真意を確かめる。


「ええ、まぁ。小国の一つくらいなら、シャインだけで十分ですわ。厳密には、シャインの分身ですけど。彼個人では、最大30体の分身が出来ます。念のために私の力を分け与えれば、100体近くで攻め落とせますわね」


 なんてことがないように、歌うように答えるエレンノア。

 希望を得たような顔をする伯爵を目を細めて静かに見据えた。

 小国で思い浮かぶ国が一つある。なかなかあくどい王が治めていて、民が飢餓に苦しんでいるとか。そこをどうにかしたいために、いずれエレンノアの力を借りたいと考えているのは容易く読めた。次の仕事になりそうだ。

 カーティスは、粛清の管理をしているミスティスへ目配せをする。聞き耳を立てていたミスティスは、小さく頷く。


「(国一つを滅ぼす。まさに、おとぎ話の魔王となってしまうな)」


 そうは思っても、エレンノアが『そうする』と言うなら従うまで。


 そもそも、元祖『魔王』が、この王国を一度滅ぼさないといけないほど、酷い王国だった説がある。だからこそ、国を治めるいい王に相応しい『勇者』が、新たな王族となった。『魔王』は処刑されることなく、辺境伯領で王国を守る要となったという説は、一番納得いく話だ。

 そうなると、エレンノアは元祖『魔王』にとことん似ているのかもしれないと、カーティス達は話したことがある。


 エレンノアならば、正すために世界すらも一度壊しかねない性格であり、その力を持つのだから。



「では、帰りましょうか」


 エレンノアが手を上げてエスコートを待つから、先に立ち上がったカーティスがその手を取り、エスコートをする。

 入場は出来なかったが退場はエスコートが出来て、ご満悦に鼻を高くした。

 感情に敏感なミワールだけはこっそり笑っては、ふわっと黒い煙を撒き散らして先に消えた。


「じゃあ、後片付けもよろしく。ミスティス、シャイン」

「「は。おやすみなさいませ、エレンノア様」」


 ミスティスと本体のシャインは、恭しく一礼して見せる。


「オーディとアーディはおねんねよ」

「ええー! 僕達まだ元気! ちゃんとお客様を無傷で帰すから!」

「全然元気! 最後までご命令を遂行するの!」

「んー。わかったわ。なるべく早く帰るのよ?」

「「はーい! エレンノア様!」」


 駄々をこねるオーディとアーディはまだ幼いから寝かせてやろうとしたが本人達がやる気なため、エレンノアは任せることにした。

 一言で従えられるエレンノアだが、必要以上には絶対服従の命令を下さない。


「ユーリとリーユも手伝ってあげて」

「ええ~! なんで? いらなくね? 貴族の護衛はオレらの仕事じゃなーい」

「いやガキのお守りだろ。絶対やだー」

「『手伝って』」

「「げー!!」」


 こちらもこちらで駄々をこねるユーリとリーユだったが、エレンノアは強制する。絶対命令が下されてしまっては逆らえない双子は、ブーイングしながら肩を落とす。

 カーティスは平然をよそっていたが、心の中ではガッツポーズをしていた。これで粗方の側近は排除されたのだ。実質、二人きりの帰り道。

 そわそわしたい気持ちを表に出さないように完璧なエスコートで、エレンノアを馬車に乗せた。

 隣り合って座る。エレンノアは不思議そうに空の前の座席を見つめては、隣のカーティスを見上げた。


「カーティス。邪魔よ、あっちに座ってくれる?」

「あ? 魔力を吸いたいから隣がいい」


 すいっと扇子の先で前を指すエレンノアにそう言い返すカーティス。


「そう。はい」


 扇子を下ろした手とは逆の右手を差し出すエレンノア。

 昔とは違い、少し大きく、スラッと細く伸びた指先。つい、カーティスは慣れ親しんだ自然な動作でその手を取ってしまった。が、違う。


「もう婚約者はいないんだから……――――()()()()()吸わせろ。いいだろ?」


 エレンノアのその手を握りつつ、もう片方でエレンノアの顎を掬い上げて、親指で唇に触れる。

 笑みを作るが、内心では心臓が破裂してしまいそうなほど高鳴っていた。


「(あんのクソガキが婚約者にならなければ、とっくにオレが唇を奪っていたんだ!!)」


 婚約者など、ただの肩書きに過ぎない。名乗れる特権には腸が煮えかえる思いをしたが、カーティスの一番はエレンノアへのキスを禁止されたことだった。


 第十三王子のカーティスが、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 それは、キスをしなければ、魔力が吸えず、そして補えないという体質。そのせいで、女性へのキスをしないといけなかった。男性には生理的に無理だったために、女性を口説いて魔力をキスで奪う日々を過ごしていたのだ。

 だからこそ、魔力を配下に与えることも出来るエレンノアの配下になるのは、好都合だった。むしろ、生き延びるためには、()()()()()()()()()()()()

 おかげで、エレンノアの配下になった恩恵で、強くなった。もう女性から女性へと渡り歩いて、キス魔にならなくてもいい。


 エレンノアは大きくなった。座っていても視線が近くなった。

 昔は、片腕で抱え上げられるほど小さかったというのに。まぁ、今もやれば出来るが。

 それでも、手の甲に口付けをして魔力吸いをさせてもらいつつ、直接唇からしたら、どれほど極上な魔力を味わえるかと、早い段階で気になってしょうがなくなった。

 流石に幼女の唇を奪う行動には出なかったが、あまりも早い段階で渇望してしまったために、せめて10歳になったら! と思っていたのだ。

 絵面的にはまだまだロリコンキス魔と揶揄されるだろうが、ちゅっと唇を軽くつけるくらいならセーフだと、カーティスは勝手に思っている。思っていたのだ。

 なのに。なのにだ。


 婚約者が割り込んだのである!

 おかげで、倫理観からして、婚約者がいる身で口からキスはおろか、頬にキスもだめだろ、とエレンノアに禁止されてしまった。誰も見ていない部屋で、何度ものたうち回ったものだ。

 どれほどエレンノアとのキスを渇望したか。婚約破棄を自ら突き付けた愚かな王子にはわかるまい。


「フッ。キス魔」

「ッ」


 否定出来ないため、エレンノアに笑われても、グッと押し黙るカーティス。

 そんなカーティスの顎を、人差し指で押し上げたエレンノアは「どうぞ」と許可を出した。

 夢にまで見たエレンノアへの口付け。

 期待は最高潮。うるさいほどに高鳴る心音を無視するように、顔を寄せる。

 ちゅ、と軽く触れてから吸う。手始めに、味見をしたつもりだったが、それだけで、しびれた。


 なんて美味。


 経験上、唇から魔力を吸う方が一番美味しいとわかってはいたが、元から美味だったエレンノアの魔力は極上にもほどがある。

 もっと。もっと、と欲張りになり、くちゅっと唇の柔らかさをしっかり味わってから、口を開かせるために唇をねじ込んだ。そして、開いた口には舌を滑り込ませた。


「(――甘い)」


 唾液が、なんて甘いことか。

 熱っぽい口内は柔らかく溶けそうなのに、溶けてしまわないから、永遠に蹂躙したくなる。

 病みつきになるキスだ。

 ここまでするつもりはなかった。初めてのキスで、舌を入れられて、中を舐め回されては、流石のエレンノアも不機嫌な顔をしているのではないかと、薄目で確認するカーティス。

 しかし、目にしたのは、少し苦しそうに耐えているエレンノアの頬を赤らめた顔。

 ゴクリと自分と彼女の唾液を飲み込み、ゾクリと泡立つような興奮を覚えた。

 エレンノアを翻弄出来るなんて、めったにない。先を見据えて、いざという時は簡単にねじ伏せてしまえるふんぞり返った女王様気質なエレンノアのこんなにも初心な反応を、今だけでも堪能すべきだ。

 衝動のまま、カーティスはグッと頭と腰を抱き寄せて、先程よりも強くエレンノアの小さな舌を魔力とともに吸い上げた。れろれろと舌と舌を絡めては、ちゅぱっと吸う。

 噛みつくように、喰らうように、濃厚な口付けを味わい尽くす。

 吐息も奪っていたため、苦しくなったのか、エレンノアに胸をパタパタと叩かれて、ようやく離れた。


「吸いすぎじゃない?」

「は……? あ……っ~?」


 ふぅ、と小さく呼吸を乱すエレンノアをぽけーと見つめたカーティスは、魔力を吸いすぎたということに遅れて気が付く。

 自覚すれば、急に世界が揺らいだ。倒れまいと背凭れを掴むが、支えきれず、ポスンとエレンノアの肩に顔を埋める形になるカーティス。


「クス……キス魔のくせに、あれしきでノックダウン? だらしない」

「いや、うう……」


 決してキスの経験が浅かったわけではないと反論したかったが、そんな元気もなかったために、黙るしかなかったカーティスを、エレンノアはそっと膝枕をしてくれた。

 クラクラとしているカーティスには、ありがたい。濃厚すぎる甘美な魔力の過剰摂取で、酔い潰れている状態に近いカーティスは、とろんとした目でエレンノアを見上げる。

 エレンノアの上質で濃厚な魔力を吸収して自分の魔力に変換している最中は、甘い快楽にも似た感覚に陥る。今まででも極上な上に大量に吸ったために、その感覚からしばらく抜け出せそうにない。

 魅惑の微笑を浮かべて見下ろすエレンノアが、頭を撫でてくれた。うっとりするほど極上の至福の時。


「……オレのキスはどうだ?」

「ん? んー。“よかった”と言うべきよね?」


 正しい評価がわからないみたいに言うエレンノアに、カーティスはムッと唇を尖らせる。


「前世を含めて、オレのキスは一番か!?」


 フッ、とおかしそうに噴き出すエレンノアは、カーティスの黒髪を自分の指に絡めた。


「バカね。あなたが初めてよ? 前世での人間関係については記憶がないって言ったじゃない。だから覚えているキスは、あなたとだけ」

「そうか。ならオレが一番だな」


 不動の一番、と酔っ払い悪魔王子が膝の上で鼻を高くするから、エレンノアは声を堪えて笑う。


 エレンノアは、前世を持つ。なんとなく異世界でそんな感じの人生を送ったというぼやけた記憶と、異世界の知識がある。

 彼女が幼少期から大人びていて、類まれなる洞察力と判断力を発揮するのはそこが大いに影響していた。このことを知っているのは、今日活躍したエレンノアの(しもべ)達くらいなものだ。

 元々、関係に距離のあった辺境伯夫妻にも、もちろん最初から信用していない元婚約者にも話していない。絶対に逆らわないからこそか、エレンノアは異世界で生きた記憶があることを話した。その知識を活かしてもいる。

 彼女が浮世離れした雰囲気を放つのも、それが大きいのだろう。異質な魅力の一部。余計、『魔王』に相応しい。


「これからも、オレだけが一番だぞ」

「……それはどうかしらねぇ」

「…………?」


 意味深な呟きを聞いても、極上の魔力酔いをしているカーティスは考えが及ばなかった。

 そのまま膝枕をされながら、心地よいキスの余韻を堪能したのだった。




 後日。

 第一王子がだめならば、と王家から、『勇者』の力のあるディオ公爵との婚約の打診が来たため、火を噴く勢いで反対したカーティスは「オレ達の『魔王(エレンノア)』を婚約で縛ろうとすんじゃねーッ!!!」と(しもべ)仲間を引き連れて城へ突撃した。

 打診は予想していたが、断る気でいたエレンノアは好きに暴れさせて、適度な頃合いで呼び戻しておいた。


 城は、多少壊れたらしい。

 被害は、門の完全破壊、威嚇攻撃で一部の塔の屋根に風穴があき、騎士団と玄関広間は半壊。これでも多少の被害で留まっている。



 王都内の邸宅のサロンで、黒い三つ目の黒猫姿の魔物を膝の上に乗せながら、まったりと読書を楽しんでいたエレンノアは、ミスティスの淹れた紅茶を受け取り、啜った。

 そこで『戻りなさい』の一言で、転移魔法で戻ってきたカーティス達。


「もうあんな城崩壊させてやる!!! 止めるな、エレンノア!」

「そのあと、()()()()()()()()、魔力酔いで倒れるつもり?」


 まだカッカしているカーティスに、エレンノアは爆弾を投下した。

 固まるカーティスの背中を、激怒のオーラを放って睨み付けるユーリとリーユ。


()()? またってなんだよ? てんめぇ〜キス魔王子ぃ〜!」

「何抜け駆けしてくれてんだ! こんのキス悪魔王子! エレンノア様の唇を穢したその口、そぎ落としやがれ!!」

「なんだとこの吸血魔双子! 穢れてはいねぇよ!!」


 ユーリとリーユと、カーティスの言い合いに、オーディとアーディも割り込んだ。


「確かに殿下はキス魔って呼ばれてる王子だけど、エレンノア様に会ってからキスしてないって言ってたもん!」

「穢れてないもん!! ()()!」

「お前ら! 加勢するなら、ちゃんと加勢しろ! 気にしてることを抉ってくんな!!」


 前に立ち塞がる兄弟を、カーティスは怒った。そして、ちょっぴり傷ついている。


「それを言うなら吸血魔双子は、エレンノア様の身体を傷つけてまで吸血してるじゃん!」

「そうだそうだ! 二度とエレンノア様の血を乞うな!」

「あーん!? オレ達は吸血鬼なんだよ! 牙で噛みつかずに切り傷で血を吸ったあと、オレ達があげた自己治癒力で治してるし!?」

「エレンノア様には、傷一つ残ってねーよぶぁーか!!」


 ギャンギャンと言い合う二組。

 その間に、ミワールはエレンノアの隣に座り、残りの紅茶をもらった。


「あー! 傷が治ればまた傷つけていいってこと?! サイテー!! 最低な加害者!!」

「ああ言えばこう言いやがって!! クソガキ!!」


 ギャンギャン喚く悪魔少年達。

 それをボーと眺めるミスティスは、正直。


「(どうでもいい)」


 と、思っていた。

 悪魔達の日常茶飯事のやり取りである。

 血も魔力も欲さない。死神のミスティスが欲するのは、生命力だ。生きたいと言う渇望や、死にたくないという絶望の思いから出るエネルギーなら、つい先日も補給したばかり。未だに満腹感のある彼は、余韻で静観していた。


「ミスティス。コーヒーをちょうだい」

「! かしこまりました、エレンノア様」


 執事の真似事もこなすミスティスは、エレンノアの要望に、冷たい表情を緩めて応える。


「では、エレンノア様。アーモンド入りのショコラケーキもいかがでしょうか?」


 シャインがにこりと笑みをつり上げて、ケーキを見せた。


「ええ。一緒に食べましょう?」

「喜んで!」


 ショコラケーキが好物のシャインは、鼻歌をうたいながら、ミワールの分も分身を使って運んだ。


「一番に(しもべ)になったからって、図に乗んな第十三王子め!!」

「クソキス悪魔王子!!」

「ハッ! 最初の(しもべ)だと、威張った覚えはないがな!? 気にしてんのは、てめーらだろ!! クソ双子!!」

「順番は関係ないでしょ! 殿下が強いから偉いの!」

「そうだそうだ! エレンノア様の右腕だ!」


 バチバチと火花を散らして喚き合い続ける。


「同じ悪魔だから同レベルの喧嘩をするのかしらねぇ~?」


 ショコラケーキをフォークで食べながら、ミワールは暢気に零す。

 エレンノアも片手で食べつつも、読書を続けていた。


「ぶっはー! 右腕!? そう言われたとこ、見たことないけどー!?」

「もしその座にいるなら力尽くで奪ってやるよ!!」


 シャアッと牙を剥き出しにしたユーリとリーユは、禍々しい魔力を練り上げた。


「やんのか、かかってこいよ! クソハーフの双子ども! 今日と言う今日は、格の違いを見せてやる!」


 ぶわぁああーッと、こちらも禍々しい膨大の魔力を練り上げて溢れさせるカーティス。

 スススッと、後ろへ下がるオーディとアーディは、互いに抱き着き合った。


 フォークを置いたエレンノアは、その手を上げて、人差し指をフイッと振り下ろす。


「『ひれ伏せ』」


 その一言を添えて。


 すちゃっと、その場にひれ伏す羽目になったユーリとリーユと、カーティス。溢れていた魔力も、木っ端微塵に消えてしまった。

 エレンノアが怒ったのかと、冷や汗をダラダラ垂らす三人。


「家が壊れるでしょ」


 それを阻止しただけで、言い合いなど気にしていないエレンノアは、ミスティスから受け取ったコーヒーを、冷まし忘れて口に含んだ。


「あちゅっ」


 ベッと、火傷した舌先を出すエレンノアに。



「「「「「「「(ぎゃわいいッ!!!)」」」」」」」



 一同、可愛さにノックダウン。ズキュンときつく締まる胸を押さえた。


「も、申し訳ございませんっ。エレンノア様の猫舌には、熱すぎましたか!」


 淹れた本人であるミスティスだけは、青ざめて慌てる。


「いいよ。死神のあなたには、この熱さは脅威じゃないから無理もないわ。もう治ったから、気にしないで」

「は、はい……寛大なお言葉、ありがとうございます」

「美味しいコーヒーをありがとう、ミスティス」

「! ……どういたしまして」


 吸血鬼の能力である自己治癒で、舌の火傷はもう治った。エレンノアが微笑んで礼を言うから、ミスティスはホッとして顔を綻ばせる。

 こうして魔物を従わせていても、本人は人間だ。脆い。

 いくら治癒力を備えていても、万が一のことがあったら恐ろしいと、心配の眼差しが集まるのは無理もない。


「エレンノア様~、大丈夫?」

「ええ、大丈夫よ」


 オーディとアーディはエレンノアの膝に引っ付き、そこにいる猫を撫でながらも、上目遣いで見上げた。


「僕達も、そろそろコーヒーを飲んでもいい?」

「んー、どうかしら」

「僕達もミスティスのコーヒーを飲みたい! エレンノア様も10歳には飲んでなかった?」

「あら。よく覚えてるわね、ちっちゃかったのに」

「じゃあ、試しにひと舐めしてみる?」


 ミワールが差し出してくれたカップを受け取り、オーディからコーヒーをひと舐めしたが、アーディも一緒になってぶるっと震え上がって「にがーい!!」と泣きべそかく。

 それをエレンノアとミワールとシャインで笑った。


「エレンノア……そろそろ立っていいか?」


 まだひれ伏した格好のカーティスが、許可を求めたが。

 エレンノアは、反応を示さない。コーヒーを啜り、ミスティスに持たせると、本のページを捲る。読書中。


「「「(放置……!!)」」」


 ひれ伏した格好を放置されている三人は、ガガーンッとショックを受ける。

 結局、悪魔王子達は、読書のキリがいいところまで、ひれ伏す命令を取り消してもらえなかったのだった。



 



ハッピーハロウィンテンション!

(((o(`・ω・´)o)))


ハロウィンにピッタリ! 人外いっぱい! ダークな感じになりました!

長編バージョン書きたいな……という気持ちを少しでも解消出来るように、なるだけ設定をねじ込んだらこんな文字数! 三万文字!

個性的な魔物達が書けて、満足!


転生者は、浮世離れな価値観や立ち振る舞いをするんじゃないかなぁ、ということで、今回転生者であり『魔王』という強力な力を持って、ちゃっかり世直ししちゃう令嬢の婚約破棄ざまぁ書きました。

ざまぁ書きすぎ作者です。今年、短編投稿は五作品目です。ワオ。内四作は先月思い付きましたね、コレもです。

コレは絶対に13日の金曜日に投稿すると決めてましたぜイエイ(((o(`・ω・´)o)))

ハロウィンによるハイテンションに身を任せている最中です。お仕事も頑張ってます。


よかったら、ポイント、いいねをくださいませ!

ブクマもお願いしますね!(^_−)−☆



本日、1周年記念★の『令嬢と冒険者先輩』も一話更新です!

https://ncode.syosetu.com/n7029hw/

婚約破棄された悪役令嬢が冒険活動中に先輩のイケメン最強冒険者と甘々イチャラブする最強なお話。ざまぁもあるよ★

こちらもよろしくお願いいたします!

(2023/10/13◯)



追加。Twitterに吐き出した、ちょいキャラ設定。


●主人公、エレンノア。

『魔王』の力を引き継ぐ令嬢であり、異世界転生者。二度目の人生故に『娯楽を楽しんで時間を過ごす』ような生き方をしているし、浮世離れした異質で妖艶な雰囲気の美少女。


明るい服より落ちた色の服が好きなのに、王子に黄色などのドレスが送られて不満だった。


●悪魔の第十三王子、カーティス。

最初の配下。魔物のあれやこれやを教えつつ、エレンノアの手や頬にキスして魔力補給していた。が。他と婚約中、エレンノアにキスが出来なくて悶絶した。

『勇者』の力を持つディオ公爵を毛嫌いして目の敵にしている。


これからキスする所存のキス悪魔王子。


●死神、ミスティス。

直感で心惹かれるエレンノアの元にいれば、生命力を摂取出来ると思い、配下に。

執事の真似事を極めつつ、情報収集の管理を担っている。

冷たい表情ばかりだが、コーヒーなどの飲み物を淹れて、褒められることが嬉しくて緩む。


年齢は◯◯◯歳。


●悪魔と吸血鬼ハーフの双子、ユーリとリーユ。

ド一目惚れ。エレンノアに血を少量もらっているだけで、十分。そしてホロリ酔う。

常に一緒。よってエレンノアを愛する時も二人一緒の所存。


ふた種族の力もあって、かなり強い。


●妖魔、ミワール。

感情を糧に生きる惑わすの大好きな美女。絶賛、エレンノアが追い込む敵の絶望感に夢中。

結構、感情を溜め込みすぎていたりする。

常に満腹状態なので、読書しているエレンノアに寄り添ってまったりするのが最近のお気に入り。


1000年は生きている伝説の妖魔らしい。


●影人、シャイン。

分身して、影に潜み、情報を集める要。手が多くいる粛清の時にも役立つ。

甘党。特にショコラケーキが好物。

実は、暗闇恐怖症。陽射しが差し込むサロンが、家で一番のお気に入り。


●悪魔、オーディとアーディ。

従兄弟であるが異母兄弟でもある。物心ついた頃に、エレンノアに偶然会い、クズな父親に鉄槌を下す姿を見て惚れてついてきた。後始末をしてくれたカーティスも慕っている。

エレンノアに育てられたようなもので、姉のように母のようにも、甘えている。



こうして愉快なキャラが集まると余計長編書きたくなって、困っちゃう★

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