第6話 勉学のススメ〜抹茶ラテ
太陽が徐々に真上に差し掛かろうとしている頃。平日の喫茶店ではゆっくりコーヒーを飲む人、本を読む人、中にはパソコンを叩きながら仕事をしている人で席がうまっている。そんな時、入り口のドアが開く音がした。
カランカラン
入ってきた少女は入り口近くの席に座るとテーブルに突っ伏して寝そべった。
「いらっしゃいませ〜。」
パフェくんがお水をテーブルの上に置いてもその少女はビクともしない。
「メニューここに置いとくから決まったら呼んでね〜。」
全く反応しない少女に戸惑いながらパフェくんがカウンターに戻ってきた。
「あそこの席の女の子さ、寝てるのか何も言ってくれないんだよねぇ。」
少しふて腐れているパフェくんの視線の先を見ながらラテさんが呟く。
「あいつ、中学生じゃないのか?学校はどうしたんだ。」
そう言うとスタスタと少女の方へ向かっていく。
「おい。」
反応がない。
「おい!」
先程よりすこし大きな声で少女を呼ぶと気怠い様子で少女がラテさんの方を見た。
「お前、学校はどうした?何でこんな所にいるんだ。」
少女はラテさんから目を逸らすとぶっきらぼうに答えた。
「学校なんて行ってもつまんないし。勉強わかんないしさ。どうせ私なんて高校受からないもん。行くだけ無駄でしょ。」
それだけ言うとまたテーブルに突っ伏す。ラテさんは少し考えるとカウンターへ戻ってきた。するとキッチンに入りグラスを取り出した。グラスに氷をいくつか入れ、砂糖を混ぜてある冷えた牛乳を注ぐ。その上から氷水で溶かした抹茶を流し込んだ。ラテさんお手製の抹茶ラテだ。ラテさんはそれを少女の元へ運んでいった。
「これを飲め。」
「はぁ?何も注文してないんですけど。」
「いいからさっさと飲め。茶には、特に粉状の抹茶には眠気の除去作用がある。それに牛乳は非常に栄養価が高い。これを飲んだら学校へ行くんだ。いいな。」
ラテさんはそういうとまたカウンターの方へ戻ってきた。
少女は運ばれた抹茶ラテをしばらく虚ろな目で見つめていたが恐る恐るそれを口に運んだ。
「うっま。何これ。初めて飲んだわ。」
先程までの少女と打って変わって目が覚めたようだ。
「でももうお昼だし今から行っても怒られるだけだもん。」
少女はラテさんの方を向き少し顔をしかめる。
ラテさんはカウンターから少女を見るとやれやれというように息を吐いた。
「高校へは行きたいのか?」
「そりゃみんな行くしさ。行けるとこあるなら行きたいけど。」
そうか、と言うとラテさんは再び少女の席へ向かう。
「俺がお前に1ヶ月勉強を教える。そのために授業のノートをきちんととってくることを命じる。お前には学年で50位以内に入ってもらう。」
「はぁ?何言ってんの?50位以内とか無理でしょ。」
突然のラテさんの提案に少女は信じられないという顔でラテさんを見つめた_。
並木沙耶15歳。中学3年生。両親と3人暮らしだ。両親ともに共働きで、ひとりっ子の沙耶はいつも学校が終わると家で留守番をしていた。家計が苦しいため塾に通うことも出来ず、勉強についていけなくなってからはだんだんと学校にも行かなくなっていた。担任の先生は心配して時折家を訪ねてくれたが頑なに変わらない沙耶の態度を持て余していた。何もかもつまらなかった。そういえば前にクラスの女子たちが喫茶店の話で盛り上がっていたのを思い出した。スイーツが美味しそうとか、願いが叶うフォーチュンクッキーがあるとか…。どうせやることもないし、その喫茶店に行ってみようかな、そう思った沙耶は軽い気持ちで森の入り口に立っている喫茶店へ足を踏み入れるのだった…。
あの日から沙耶はほぼ毎日学校帰りにここに通うようになった。家にいてもやることがないからという理由らしいが私は彼女はよく頑張っていると思う。学校でも急にどうしたの?とびっくりされているらしいがそんな同級生や先生を笑い飛ばしていた。
「まずどの教科もだが、基本は教科書だ。教科書を丸暗記するくらい読み込め。声に出して読む方が効果的だ。」
ラテさんが熱心に勉強を教えている。沙耶もその熱意に応えるように真剣に勉強に取り組んでいた。
「今日もお疲れさん。息抜きにレモネードでも飲めよ。」
ブレンドさんが冷えたレモネードをテーブルに置く。
「ねぇ、抹茶ラテまた飲みたいな。」
レモネードを飲みながら沙耶がブレンドさんに言った。
「あの味はラテにしか出せないんだよなぁ。絶妙な味わいでな。」
「50位以内に入ることが出来ればまた作ってやる。」
ラテさんはふっと笑うとまた授業のノートのチェックを始めた。沙耶が初めて真剣に取り組む中間テストまで残り5日を切っていた…。
「抹茶ラテだ。感謝して飲むといい。」
ラテさんが抹茶ラテを沙耶の前に差し出した。
ラテさんのマンツーマン指導のおかげで沙耶は学年で38位を取ることが出来た。
「うっま。やっぱこれだよね!ありがとね、センセ。」
美味しそうに抹茶ラテを飲んでいる沙耶を見ながらラテさんも満足そうだ。
「これ僕から沙耶ちゃんにプレゼントだよ〜。」
パフェくんがフォーチュンクッキーの袋を沙耶に手渡した。
「パフェくんありがと!これ気になってたんだよね。」
すっかり仲良くなった2人が笑顔で会話をする。
祝福と拍手に包まれる優しい空間で抹茶ラテの氷がカランとひとつ大きな音を立てた…。