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第10話 思い出の味〜小倉トースト

ラストオーダーのお客さんも帰り、店の片付けが終わった午後9時15分。これから週に1度の反省会が始まる。

私たちはカウンターに座りながら思い思いの意見や改善点を言い合うのだ。

「今週もお疲れさんな。それじゃ始めるか。意見のあるやつはいるか?」

ブレンドさんがみんなの顔を見渡す。

「あの、ちょっといいですか?」

パンくんがブレンドさんのほうに手を上げた。

「ここの宣伝はSNSが主になってると思うんです。だからお客さんの層も比較的若い年代の子が多いですよね。そんな中でやっぱり人気のメニューもSNS映えするものになってしまって…。」

そう言いながらパンくんはチラッと小倉さんの方を見た。

「こら、こっち見んな。」

小倉さんはそう言うと飲みかけのコーヒーに手をつけた。

パンくんは苦笑いしながら続ける。

「僕、小倉トーストをもっと色んな人に食べてほしくて!なので、『小倉トースト強化月間』を提案します!」

「はぁ?なんだそりゃ。」

小倉さんが訳がわからないというリアクションをする。

みんなも笑いを(こら)えるのに必死だ。

しかしパンくんは真剣にこのことを考えていたようで自分が考えてきたアイデアをみんなに伝える。

「小倉トーストプラスお好きなドリンクでワンコイン500円でいきませんか?もちろん数は限定ですけど。」

「ワンコインなら学生さんのお財布にも優しいですよね!」

こんなに美味しい小倉トーストをもっと知ってもらいたい気持ちは私も同じだ。

「俺も応援するぜ、小倉!」

モードが小倉さんの肩を笑顔で叩いた。

「美味い抹茶ラテもセットにしてやろう。」

「ブレンドコーヒーもな。」

「クリームソーダは、まぁ無理だけどな。」

「パフェも飲み物ではないからね〜。ごめんねぇ。」

みんながそれぞれ小倉さんに声を掛ける。

「まぁそうだな。こんな美味いもんを知らないなんて損してるって教えてやらないとな。」

小倉さんも満更(まんざら)でもない顔で(うなず)く。

こうして、『小倉トースト強化月間』はスタートした。


ワンコインで頼めることもあり、小倉トーストの売れ行きは順調だった。3日目には喫茶店の外まで人が並ぶほどの盛況(せいきょう)で小倉さんもみんなも対応に追われていた。

そんな中、1人の外国人が店を訪れた。

彼は小倉トーストと抹茶ラテのセットを頼むと何やらメモを取っているようだった。

「お待たせしました。小倉トーストと抹茶ラテです。」

トーストした食パン、そして甘味を抑えた餡子(あんこ)と生クリームが絶妙にマッチしている小倉トースト。

ホールに駆り出された小倉さんがそれを彼のテーブルに置いた。

「ありがとうございます!」

彼は流暢(りゅうちょう)な日本語で目の前の小倉トーストと抹茶ラテを見ると嬉しそうにニコニコしている。そしてまたメモを取ると手を合わせた。

「いただきます。」

そう言うと一口ずつ味わうように小倉トーストを食べ始めた。

「あー懐かしい味ですね!餡子(あんこ)美味しいです。」

「外国の人は餡子(あんこ)が苦手な人が多いって聞くけど、あんたは平気なんだな。」

小倉さんが感心したように言うと彼は幸せそうな笑顔で話し出した。


アメリカから来たというトムは30歳の青年だ。

10歳まで日本で育ち、生まれた時から日本食に親しんでいたことから餡子(あんこ)もトムの大好物であった。

小倉トーストはトムがアメリカに引っ越す前に空港の喫茶店で家族と食べた思い出の日本のスイーツだった。

今回20年ぶりに日本に来る機会があり、SNSで情報を集めている時にここの小倉トーストのことを知ったのだった。

「小倉トースト強化月間!素晴らしいですね!周りの皆さんを見てください!みんないい笑顔ですよ。」

そうトムに言われ小倉さんが周りを見渡す。

「抹茶もそうですが、餡子(あんこ)も大事な日本の文化です。いつまでも後世に引き継がれることを願います。」

「そうだな。普段はあまり気にしてなかったが、大事にしないとな。」

小倉さんがしみじみと呟いている横でトムがまたメモを取っている。

「ん?何書いてるんだ?」

小倉さんが不思議そうにトムに尋ねるとトムは恥ずかしそうに答えた。

「実は僕、小説家を目指しています。日本で経験したこともたくさん小説にしたいんです。ここでのこともいつか書いてみたいです。」

そう言うとトムはびっしりと書き込まれたメモ帳を小倉さんに見せた。小倉さんは感心しながらしばらくトムと話していたのだった…。


「小倉は何やってんだ?」

ブレンドさんが小倉さんとトムのほうを見つめた。

様子を見て来てくれと言われた私は、ショーケースからフォーチュンクッキーを1つ取り出して持っていくことにした。海外では日本よりもフォーチュンクッキーが定着していると聞いたことがあるのだ。

「あの、こちらもよろしければどうぞ。」

私が差し出したフォーチュンクッキーをトムが嬉しそうに受け取る。

「アメリカでは一般的になっているフォーチュンクッキーですね!でも実はルーツは日本なんですよ!江戸時代に(さかのぼ)るんですけど…。」

そう説明しながらトムは受け取ったフォーチュンクッキーを半分に割って中の紙を取り出す。

「大吉!!!今日は本当にいい日ですね!いい小説が書けそうです!」


『小倉トースト強化月間』が呼び寄せた思わぬ国際交流。

私たちはいつまでも話が尽きないのだった…。



































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