第51話 追憶(ミナリー視点→三人称視点)
『地べたに這いつくばって無様ですねぇ、アリシア・オクトーバー!! そのまま踏みつぶしてあげますよぉっ!!』
いまだ立ち上がれずに居るアリシアに向かって、ドラコのゴーレムが迫ります。その前に、杖を構えたロザリィが立ちはだかりました。
「させませんわ! 〈魔力開放〉ッ!!」
ドラコのゴーレムが足を持ち上げた瞬間、ロザリィが魔力を爆発させます。ここまで温存してきた〈魔力開放〉というカードを、ロザリィはこのタイミングで切りました。
吹き荒れる暴風にゴーレムの体が揺らめく。
『な、なん……!?』
「食らいなさい――〈暴風の渦〉!!」
ロザリィが魔力で起こした突風が片足のゴーレムを大きく揺さぶります。やがてバランスを崩したゴーレムは後方へと傾いて尻餅をつきました。
今の魔法がロザリィの最大火力だったのかもしれません。魔力を大量に消費したロザリィは額に大粒の汗を浮かべています。強力な魔法ですが、これ以上使えばすぐに魔力切れを起こしそうです。
それに、
『くそくそくそっ!! 邪魔をするなロザリィぃいいいいいいいいいいいいいいいっ!!』
ゴーレムは尻餅をついていた体勢から即座に起き上がろうとします。片足で立っていたためにバランスを崩せましたが、ゴーレム本体は傷一つ負っていません。
「随分と頑丈な泥人形ですわね……! 立てますわよね、アリシア?」
「ええ、何とかね……! ったく、あいつがまさかここまで厄介だとは思わなかったわ」
「本当にそうですわね……。この才能が有れば歴史に名を遺す魔法使いにもなれたでしょうに。本当に馬鹿な男ですわよ」
「……で、どうするの? このまま粘ってミナリーの回復を待つ?」
「まさか。わたくしたちだけで蹴りを付けますわ」
「だったら20秒くらい稼いでくれるかしら、王女殿下さま?」
「王女使いの荒い公爵令嬢ですこと。一つ貸しですわよ?」
苦笑しながら肩をすくめたロザリィは駆けると同時に魔法を放ちます。
「〈暴風刃〉!!」
〈魔力開放〉で強化された不可視の斬撃がゴーレムを切り裂きます。けれど、内部のドラコまで刃は届かず、刻まれた傷跡も修復されてしまいます。
『くひひっ! 何をするつもりか知りませんがねぇ、無駄なんだよぉ!!』
ゴーレムが腕を横なぎに振るいロザリィに襲い掛かりました。ロザリィは咄嗟に杖を地面に向け、
「〈風槍〉!!」
叫んだと同時に、彼女の体が大空へと浮かび上がります。浮遊……なんて生やさしいものではありません。足元を爆発させて強引に飛び上がったロザリィを見れば、衝撃で足がズタズタになっていて、スカートが捲れてクマさんパンツが丸見えになっています。
それでもロザリィは涙目になりながらゴーレムの腕を飛び越え、杖を構えなおして狙いを定めます。
「切り裂け――〈暴風刃の渦〉!!」
残存魔力をすべて使い切るほど強力な魔法がロザリィの杖から放たれました。幾重もの不可視の斬撃がゴーレムに殺到。ゴーレムの巨体に細かな傷が次々と作られていきます。
けれど、生身の人間なら出血多量で死に至りそうな魔法ですが、ゴーレム相手に効果は薄いです。
『ひひひひひっ!! 無駄だって言ってるだろうがぁああああああああああ!!』
「それは、今から自分の目で確かめてみることですわね?」
重力に引かれて落ちていくロザリィ。もはや落下の衝撃を和らげる魔法すら使えないほどに魔力を失っているのでしょう。このまま落ちれば大怪我は免れません。
「ロザリィっ!」
私は細心の注意を払いながら彼女の元へ〈転移〉しました。空中でロザリィを抱きかかえ、そのままゴーレムから十分な距離を取ります。そうしないと巻き込まれてしまいそうだったので。
「〈魔力開放〉」
わたしとロザリィの視線の先。ゴーレムに照準を定めて杖を構えたアリシアが魔力を爆発させました。その膨大な量の魔力は彼女の周囲の景色を歪め、真っ赤なオーラがアリシアを包み込みます。
肌が焼けてしまいそうなほどの熱量を持った魔力。
さすがアリシア、師匠の妹だけのことはあります。
「ドラコ・セプテンバー。地獄の業火を味わいなさい――〈炎獄〉!!」
アリシアの杖の先から放たれた極大の炎がドラコのゴーレムを飲み込みました。放った直後にアリシアは魔力切れで膝をついてしまいますが、あらん限りの魔力を出し切ったアリシア渾身の一撃は周囲を赤々と染め上げます。
『きゃはははははっ!! 地獄の業火? この程度の炎で僕のゴーレムが焼き尽くせるものか!! こんなの熱くも何とも――』
ピシッ……。
そんな間の抜けた音がドラコの声を遮りました。
見ればゴーレムに大きな亀裂が生まれています。その亀裂は一つだけでなく、ピシッ、ピシピシッ、と炎に焼かれ続ける中で幾つも生まれていきました。
『な、なんだ!? 何が起こっている……!?』
「……なるほど、そういうことですか」
ロザリィもアリシアも考えたものです。アリシアの〈炎獄〉だけではドラコのゴーレムにダメージを与えることはできなかったかもしれません。ですが、〈炎獄〉に包まれる前にロザリィの〈暴風刃の渦〉によってゴーレムには小さな傷が幾つも刻まれていました。
それが決め手でした。
炎の熱によってゴーレムを形作る土の水分が急速に蒸発していきます。乾燥したゴーレムの表皮は割れ物の如く脆くなり、細かな傷を起点として割れ始めたのです。亀裂は次第に内部へと侵食していき、その亀裂に入り込んだ炎がさらにゴーレム内部の水分も奪います。
そうなればまた土は脆くなっていき、
『馬鹿な、ぎゃぁああああああああああああああああああああああっっっ!!』
ついには原型を保てないほどの崩壊へと連鎖しました。
「わたくしたちを甘く見た罰ですわ……」
炎の中で原型を失っていくゴーレムを見ながら、ロザリィはそう呟きました。
けれど、彼女の顔はどこか寂しげで。哀愁を感じさせる瞳で、ゴーレムだった残骸を見つめていたのでした。
◇◇◇
「やる! ありがたくうけとるがいい!」
「……どろだんご、ですの?」
ロザリィ・マグナ・フィーリスがドラコ・セプテンバーと初めて出会ったのは、王城の庭園でのことだった。芝生の上に座って花冠を作って遊んでいたところに現れて、いきなり手に持った泥団子を押し付けてきたのだ。
鼻先に泥をつけ、ぶっきら棒な態度を取るドラコ。ロザリィは作りかけの花冠を横に置いて、泥団子を受け取った。
「きれいですわね……」
表面が研磨されツルツルになった泥団子は、おそらくドラコの最高傑作だったのだろう。瞳をキラキラさせるロザリィに、ドラコは満足げに頷く。
「このどろだんごはあっちの木のそばでつくった。あそこのどろはよいものだ! おまえもあっちでぼくといっしょにどろだんごを――」
「ロザリィ~っ!」
ドラコの話を遮るように、遠くから声が聞こえた。ロザリィがハッとして声を上げると、城の方から亜麻色の髪の姉妹がやってくる。
「アリスさまっ!」
大好きなアリスの登場に、ロザリィは立ち上がって一目散に駆け出す。今貰ったばかりの綺麗な泥団子を自慢するためだ。
「みてくださいませ、アリスさま! ツルツルピカピカですわっ!」
「これって泥団子!? すごいっ! ロザリィが作ったの!?」
「いいえ、いまあのかたにいただいたのですわ! ほらっ!」
ロザリィは今さっき出会ったばかりの男の子を紹介しようと振り返る。けれど、さっきまで座っていた近くには男の子の姿はなく、小さな背中が遠ざかっていくのが見えた。
「いってしまわれましたわ。おれいもまだいえてませんのに」
「用事でもあったのかなぁ?」
それからも何度か、ドラコはロザリィの前に現れた。けれどアリスやアリシアが現れると、彼は決まってその場から立ち去ってしまう。
「よーし、今日は東の森を探検だぁー! アリシア隊員、ロザリィ隊員、お姉ちゃんから離れずしっかりついてくるように!」
「ま、まってよねえたまぁ!」
いつものようにアリスが探検に行くと言い出し、アリシアがそれを慌てて追いかける。ロザリィもその後に続こうとして、遠くからドラコがこちらを見つめていることに気がつく。
彼はしかめっ面でこちらを見つめながら、大臣と立ち話をするセプテンバー公爵と手を繋いでいた。
一緒に行きましょう。
あの時そう誘えていたら、きっと何かが変わっていたのではないか。
燃え盛る炎の中で崩れ落ち、原型を失っていくゴーレムを見ながらロザリィはそう思わずには居られなかった。
傲慢で、意地悪なだけの少年ではなかったことをロザリィは知っている。
どうしようもなく不器用だった彼の優しさを、ロザリィは確かに覚えている。
――さようなら、ドラコ・セプテンバー。




