王子の苦労
「ライアンやパーズを食事に誘えば乗ってくれたと思いますけど」
「わ、私は、その、こういうところで食事に誘うのは慣れていなくて」
レオン王子はいつも誘われているからそれに頷いているだけらしい。まあ、そういうところは一二歳らしいか。
「じゃあ、私と食事でもしますか?」
「え、いいの?」
レオン王子は目を輝かせ、私の机に手を当てて迫ってくる。
「は、はい。いいですけど、食堂に行ったら多くの人の目に留まってしまいますから、購買で料理を買ってここで食べましょう」
「うん。そうしよう!」
レオン王子は学園生活で楽しみにしていた同級生との食事を堪能できるから、全身から笑みがこぼれていた。
イケメンが笑顔になっていたら最強だ。そんなキラキラした姿を見せられると困る。
「じゃあ、購買に行きましょう。でも、購買ってどこにあるんですかね?」
「購買の場所は食堂の裏だ。早く行かないと食べ物が売り切れになってしまう!」
レオン王子は私の手を握り、窓に向って走る。
「え、ちょ、レオン王子、そっちは窓」
「大丈夫、私を信じて」
レオン王子はどこかの王子様みたいに言い放つとガラスの窓を開け、大きく飛び出した。場所は園舎の八階。高さ三二メートルほどの空に飛び出てまっさかさまに落ちていく。
「うわぁああああああああ~っ!」
私はスカートの下に短パンを履いていてよかった。そうじゃなかったらパンツが丸見えだったよ。
「『フロウ』」
レオン王子は地面に付く前に体を浮かせ、華麗に着地した。そのまま生徒玄関を潜って左側に走っていく。いや、学園の中は走っちゃ駄目なんじゃ。
「レオン王子、走るのは厳禁ですよ」
私は後方から早歩きをして伝える。
「あ、ああ。そうだった。でも、走らないと間に合わないよ」
「じゃあ、ちょっといい方法があります」
私は胸に付いていたディアを床に置く。
「ディア、購買まで行きたいんだけど、お願いできる?」
「わかりました!」
ディアはブラットディアを集め、黒い足場を二枚形成した。
「な、なんだこれ……」
レオン王子は床に現れた黒い板を見て、目を丸くしている。
「えっと、まあ、走らなくても凄く早く移動できる床です。ささ、乗ってください」
「う、うん……」
レオン王子は黒い床にゆっくりと乗った。ビー達が糸で倒れないように支えているので問題ない。
「じゃあ、購買に向って!」
私が指示を出すと。足元のブラットディア達が動き出し、購買目掛けて突っ走る。早歩きよりも断然速い。キックボードよりも速いんじゃないだろうか。自転車並の速度で走っており、爽快だ。
「うおおお~っ、すごい、すごい。なんだこれ~!」
レオン王子も楽しそうにはしゃいでいる。やはり一二歳の男の子だ。日本じゃ、まだ中学一年生になったばかり。こういう遊びが好きな落としごろだろう。
多くの生徒達を抜き去り、購買までやってくる。だが、すでに戦場だった。
「こっちにパンを二個っ!」
「こっちにサンドイッチを三個っ!」
「こっちにもサンドイッチを三個!」
「パンを一〇個頂戴っ!」
多くの生徒たちが食事を求めて購買にやってきていた。貴族でお金があるなら別に、購買じゃなくてもいいじゃないか。
「よし、キララさん。私達もパンを買いに行こう。私にもパンを二個!」
レオン王子が購買の前で叫ぶと、モーセの海割かと思うほど人が左右に分かれ、一本の道が出来た。
レオン王子は争うまでもなく、一人勝ち。彼は上げていた腕をへにゃりとまげる。お金を払うこともなく購買のおばちゃんからパンを二個受け取っていた。
「は、はは。ごらんの通り、私が楽しもうとするとこうなってしまうんだよね……」
レオン王子は紙袋を抱きながら私の元に戻って来た。
ドックランで他の犬の仲間に入れず、飼い主のもとに戻って来てしまうわんこみたいな顔だ。私のお節介なおばさん心が刺激されてしまう。
「ん、んんっ。まあ、パンが貰えたならいいじゃありませんか。教室に行って食べましょう」
「うん!」
レオン王子の笑みながらの返事。周りの者が大きく反応し、私の方に視線を向ける。
私はぱーっと笑って、周りに不信感を抱かせない。笑顔でいれば何とかなる。
「あの子誰。なんで、レオン王子様と一緒にいるの」
「あの子、ダンスパーティーで一度も見た覚えがありませんわ。なんで、レオン王子様と一緒に笑っているのかしら」
「あの子、ちょっと可愛いからってレオン王子様を独り占めしようとしている気かしら」
「あんな可愛い子を見たら忘れるわけがない。つまり、田舎者だわ」
「なるほど、田舎者なのね、じゃあ、なんで、レオン王子様と一緒にいるのよ……」
周りが騒ぎだしたので、私達はさっさと移動する。
「れ、レオン王子ってやっぱり王子ですね。多くの者から人気があって、私は少し不信がられました」
「お、同じ教室の者だというのに、変な噂がたてられなければいいが……」
レオン王子はパンが入った紙袋を抱きしめながら階段を上る。わざわざ八階まで階段で登るのは面倒だと思うんだけど。
私もレオン王子に付き合わされ、八階まで階段で登った。いやぁ、お腹が良い具合に減った。
「ふぅー。いい景色を見ながら食事にしようか」
レオン王子が教室に戻ってくると、メロアとミーナが椅子に座って食事していた。
「あ、レオン王子、キララも~」
ミーナは私達に手を振って立ち上がる。
「メロア、どうしてここに……」
「ここ、食堂から遠いからもう埋まっていたの。仕方なく購買で昼食用の商品を買って戻って来ただけ。別に、あんたを心配してたわけじゃないから……」
メロアは視線をそらしながら、パンをかじる。可愛いかよ……。
「メロア、そうか。じゃあ、一緒に食べよう」
「え、嫌だけど。レオンは一人で食べな」
メロアはレオン王子の席を指さし、私を手招きする。なんで、そんなにツンとデレの差が激しいの。
「め、メロアさん、レオン王子も一緒に食事しようよ。その方が楽しいよ」
私は軽く補佐する。
「はぁ、まあ、キララが言うなら、仕方ないわね。レオン、私の前じゃなくて視界に入らない所に座って」
「メロアさん、皆の顔を見て食事した方が良いに決まっているでしょ……」
私はこのままでは、メロアの将来が不安だ。レオン王子と結婚した後、王宮で生活することになった時、こんな振舞していたら多くの者から好かれているレオン王子の配下たちにケチョンケチョンにされてしまう。
「き、キララさん。えっと、メロアはこういう性格だから、私はメロアの視界に入らない所で食事するよ」
レオン王子は作り笑いしながら、とぼとぼと歩く。
「んんっもぉお~っ!」
私はお節介を発動し、四角の机を四つ合わせて大きなテーブルにする。メロアの隣にレオン王子を座らせ、私とミーナは反対側に座る。
給食の時のような形になり、昼食が再開された。
「な、なんで、隣に座るのよ。私の視界に入らない所にしてって言ったのに」
「メロアさんが横を向かなければレオン王子は見えないでしょ」
私は微笑みながらメロアの顔を見る。
「う。そ、そうだけど。ちょ、ちょっと顔をずらしたら見えちゃうじゃない」
「まあまあ、初めは見えていなかったんですから、いいじゃありませんか。昼食を一緒に楽しみましょうよ」
私は場をまとめ上げる幹事役を務める。ほんと、一番面倒臭い仕事だよ。
「キララ、見て見て、私の歯型~」
ミーナは呑気にパンに食いつき、歯型を作って遊んでいた。幼稚園児じゃないだから。
「す、すごい歯並びがいいね。噛まれたパンがいたそう~」
私は幼稚な発言にもしっかりと合いの手を返し、場を持たせる。
「ああ、パンが潰れてる。ごめん、キララさん。ぺちゃんこで」
レオン王子はペッちゃんこに潰れたパンを私に与えてきた。私の胸がぺったんこだからか?
「キララ様、たまたまですよ。たまたま」
ベスパは私の頭上で宥めてくる。いや、どこでどうやったらパンがぺちゃんこになるんだよ。もしや、購買のおばちゃんの仕業か。そんなバカな。
私はすでに購買のおばちゃんにも嫌われているというのか。ちょっと可愛すぎるから、嫉妬されちゃったのかな?
「キララ様の心が鋼すぎて」
ベスパは苦笑いを浮かべ、若干引いていた。
「まあ、潰れたパンを暖めればそこはかとなく膨らむ」
私は『ヒート』を使ってパンを暖めたが、まな板のようにぺったんこだった。
「くっ!」
私の板は少々温めた程度では膨らまないというのか。
「いや、パンですからね。胸、関係ありませんから」
ベスパは私が脳内でボケればボケるだけ、突っ込んでくる。周りの誰も突っ込んでこないのはあたり前だが、突っ込まれ続けるのも面倒だ。
「いや、キララ様が自分でボケているだけですから」
「いや、もう突っ込んでこなくていいから!」
私は頭上を見上げ、大きな声を出す。
「…………」
周りの三名はぼけーっとした顔して私を見ていた。
「あ、あはは。いや、すみません。ベスパが沢山突っ込んでくるのでつい」
私はベスパを顕現させる。するとベスパは着ている服をちょこちょこと触り、八ミリメートルほど直した。蝶ネクタイをぎゅっと結び、前髪を両手でふぁっさーっと靡かせたら、中央の上空からバレーダンサーのようにクルクルと回り降りてくる。
「どうも皆さま、こんにちは。私、キララ様の下僕、ベスパです」
ベスパは両手を広げ、三名に頭を下げながら挨拶していく。
「一部始終を見ただけでキララが可哀そうだって思ったわ」
メロアは、私とベスパを交互に見舞わす。
「凄い、スキルってこんなに自分から喋るものなの」
レオン王子もベスパに目が釘付けになっている。
「ベスパ、パン食べる?」
ミーナはベスパにパンの欠片を持って行く。
「食べます」
「あげなーい」
ミーナは自分の口にパンをもっていった。
「なんでやねんっ!」
ベスパは小さな足を机に叩きつけ、関西弁で怒る。この世界で関西弁なんて使ってもわからないでしょ。
「ナンデヤネン? ナンデヤネーンでしょ。ベスパ、発音が間違っているよ」
ミーナはビースト語の話を始めた。いや、ビースト語にはあるんだ。
「もう、ミーナさん。突っ込みにお説教を被せたら面白くありませんよ」
「えー、でもでも、ナンデヤネンじゃ、伝わらないよ。ナンデヤネーンって言わないと」
「な、なんでやねーん」
ベスパはミーナがいう発音通りに喋る。
「ぷっ」
ミーナは、なぜか吹いた。別に面白くもないのに。
「なんでやねーんって、それじゃあ、ルークス語だよ。ナンデヤネーンだってば」
「なんでやねーん」
ベスパは律儀にミーナの発音を繰り返す。
「だから、ナンデヤネーンだって」
「もうええわっ!」
私が見ていられなかったので、ベスパとミーナにつっこんだ。
「ぷっ……。ぷふっ! あはははははははははっ!」