王子の朝錬
その日の夜は何事もなく入眠し、深く眠れた気がする。モフモフの効果かな。
「ふわぁ~あ」
私は陽光が増すと同時に目を覚ました。
現在の季節は春。今日は四月九日だ。日の出と共に目が覚めたと考えると、現在の時刻は午前五時頃。懐中時計を見て確認してみるとやはり午前五時。陽光と共に目を覚ますのが一番健康的なので、私の朝は完璧だ。
寝間着から運動着に着替え、水差しに入っている水をコップに移し、グビッと飲む。
「ふわぁ~。キララ様。おはようございます」
ベスパは机の上に置いてある直径一八センチ、高さ一八センチほどの丸太に穴を空けてベッドにしていた。その穴からハムスターのようにむくりと顔を出して飛び立つ。
「ふわぁ~。あぁ、俺はもうちょっと眠っている」
フルーファは一瞬起きたが、すぐに二度寝した。
私はフルーファに四の五の言わせず、首輪を持って散歩に出かける。
部屋から出て鍵で扉を閉め、部屋に誰も入れないようにした後、無駄に歩きにくい廊下を通って寮の広間に出た。入口は閉められている。まあ、女子寮だし、他の生徒が入ってこられないようにするのが普通か。
私は用務員が出入りに使う扉に向かった。もちろん鍵がかかっているわけだが、私に施錠など通用しない。魔力で疑似の鍵が作れる。そう考えると、セキュリティーがばがばだな。
私みたいに魔力で鍵を作り出せる者がいたら普通に開けられそうだけど、難しいのだろうか。
用務員用の出入り口を使って外に出て走る。三〇分ほど走ったら、鎖剣を振る練習。本気で一〇回。すると、完全に目が覚める。
「ふぅ。ふっ! ふぅ。ふっ!」
私が剣を振っている間、フルーファは軽く運動し、ベスパは辺りのビーや生き物たちに魔力を投げる。
「ん? あ、キララさん」
私は冒険者女子寮の周りを走ってから冒険者女子寮の裏にある広い庭で剣を振っていたのだが、庭といっても周りから見られるふきっさらしの状態。そのため、他の人が走っていたら私の姿は丸見えだった。
「あ、レオン王子」
私は朝練しているレオン王子とばったり出会った。
「おはようございます、レオン王子。レオン王子も訓練ですか?」
「あはは……、恥ずかしながら。私は兄さんたちみたいに何でも出来るわけじゃないから、毎日訓練しないと皆に付いていけないんだ」
レオン王子は庶民が着るような練習着に身を包み、首に掛けられた布で額に汗をぬぐう。
「レオン王子は努力出来るだけすごいですよ。凡人でも努力は才能を陵駕します」
「そうだろうか。僕はそう思えないな。才能はやはりすごいからね」
レオン王子は思い当たることでもあるのか、息を整えて腰に手を当てる。
「キララさんは毎日訓練しているの?」
「はい。そこにいる駄犬の散歩のついでに走りと剣の素振り、勉強という具合です。短いですけどね」
「なるほど、散歩と習慣を結び付けているということか。考えられている。私は外に出るという簡単な行為を習慣に結び付けているよ。走って来て朝早くから訓練している者にあったのはキララさんで二人目だ」
「二人目ということはもう一人」
「うん。騎士男子寮にいるパーズ君だよ。彼も朝早くから訓練していた。僕よりも早くから訓練していて、負けたって思ったね」
レオン王子は星空を思わせるキラキラ笑顔を浮かべ、私が精神年齢四〇歳じゃなかったら普通に恋に落ちていただろう。顔が良すぎるのも困るな。
「パーズですか。私も彼と知り合いです。彼は凄いと私も思いますよ。まあ、彼の友達はスキルのおかげだろと言っていましたけどね」
「彼のスキルは凄いよね。私も欲しいくらいだ。でも、スキルだけじゃない。彼の精神力は見習わないといけない。じゃあ私はまた走ってくるよ。えっと、そのメロアによろしく」
レオン王子はぼそっと呟き、走り去った。
「ほんと、メロアが好きなんだなー。変わった王子だ」
私は剣の素振りを続け、午前六時頃、部屋に戻る。沢山汗を掻いたので、体を布で拭き、清潔にした後、勉強を開始した。
新しい勉強の予習を一時間こなす。すると、午前七時。この時間に起き出す者が多いかといわれればそうでもない。ここは冒険者女子寮だ。冒険者はずぼらな者が多いから、きっと八時頃まで寝ている者が大半だろう。
私は余裕をもって、服を着替える。一昨日受け取ったドラグニティ魔法学園の黒と赤が基調となっている制服だ。
「うーん、スカートの下にショートパンツを履くべきか。はたまた履かず、男の夢を守るか。迷うなー」
「何を迷う必要があるのかわからないのですが?」
ベスパは私に話しかけてくる。
「いやー、ちらっと見えるパンツは神秘でしょ。それを奪っていいのかどうか」
「キララ様のパンツを見たいと思う者が一体何人いると思いますか?」
ベスパは私の足下に立ち、上を向きながら喋っている。この虫は私のスカートの中をガン見していた。靴裏で踏みつぶし、即死させる。魔力の光となり、私に吸収された後、八秒も経たず頭上に再生。
「いやぁー。私くらい小さくないと、キララ様のパンツは見えませんよ」
「じゃあ、履かなくてもいいか」
「いや、履いてください」
ベスパは普通に突っ込んできた。
私はベスパにいわれた通り、ショートパンツを履き、男の夢を奪った。
「これでよし。皆が付けていなければ外せばいいか」
私は姿見の前で自分の可愛らしい姿を見る。黒と赤が基調のブレザーが大変似合っており、ほんとうに妖精のような可愛さだ。
長い橙色の髪、小さな顔、大きな目、すっと通った鼻に薄ピンク色の唇。顔だけで可愛いのに、身体つきも少々小さくて、守りたくなってしまう外見。
胸はぺったんこだが、それがまた味になっているような、幼げな姿を助長していた。スカートはひざ下までしっかりと伸ばし、優等生感を出す。膝上にしてもいいが、欲張る必要は無い。私はこれでも十分すぎるくらい可愛い。
「にっこりわらって、挨拶すれば、大概上手くいく。にっこり笑って話せば、何かと上手くいく。にっこり笑って生活すれば、人生何かと上手くいく」
私は自分の顔を見ながら、服装を整え、人生観満載の名言を呟き、くるりと一回転して可愛らしい笑顔を浮かべた。
「よし。問題ない。今日の私も可愛いー」
「はぁ、いつにもまして自我が強いですね……」
「事実を言っているだけだから問題ないでしょ。だって私は誰が何と言おうと可愛いんだから」
私は私が大好きだ。ナルシストという部類に入るほどではないが、自分が好きなのは何も悪いことじゃない。周りに悪影響を及ぼしている者が悪いだけで、自分だけで思っている分には良いことだ。
「ネアちゃん、髪を整えてくれる」
「お任せください」
アラーネアのネアちゃんは私の前髪や生え際の膨らみを整えたり、寝癖を直したり、細い魔力の糸で髪型が崩れないようにふんわりと仕上げてくれた。
ほんと、自分でやるよりもネアちゃんにお願しておいた方が完璧に仕上がるので、毎日重宝している。腕のいいスタイリストさんのようで、髪型は彼女に任せておけば何ら問題ない。
「じゃあ、ディアは私の体に付いている埃や抜毛を軽く食べてくれる」
「了解しました!」
ブラットディアのディアは私の体を這いまわり、目で見えにくい埃や抜毛を食べる。私の髪を食べる変態気質だが、彼らは何でも食べるので問題ない。
「あぁ、私もキララ様の髪の毛、食べたかった……」
ベスパは悔しそうにディアを見つめていた。その瞳は本気の本気で、床に落ちている髪の毛をパクリと咥えて嬉しそうにする変態のそれだった。燃やしておこうかと思ったが、部屋の中で火の扱いは厳禁。危険は出来るだけ犯さないに限る。
トランクに筆記用具だけを入れて出発の準備を整えておく。時間が余ったので、勉強の続きをした。すると、午前八時になり、ミーナがむくりと起きる。目の下を擦り、大きくあくび。両手を持ち上げながら伸びる。
「はぁ~。キララ、おはよう……、今何時?」
「午前八時」
「ん~、まぁ、いいかぁ~」
ミーナはもう一度大きく伸びた後、ベッドから出て寝間着を脱ぎ捨てると衣装棚に入っている制服を取り出し、おもむろに着始めた。
もちろんぐっちゃぐちゃ。着方など形が良ければいいだろうみたいな。適当すぎて真面な部分が一個もない。来る途中にトラックにでもはねられたんじゃないかと思うくらいだ。
「一緒に着方を覚えようね」
私はミーナの服装を整えた。尻尾の下にスカートを回し、スカートがめくれあがらないように配慮する。
「うぅ、やっぱり、スカートって苦手だ」
ミーナはいつも縦横無尽に動き回るので、スカートだけだったら確実にぼろっちいパンツが見えてしまう。体操着の短パンを履いてもらい、しっかりと男の夢を奪う。
「これなら、スカートを履く必要ないじゃん」
「仕方ないよ。男女を分けるための服装だもん。スカートを履いていた方が可愛いから」
私はスカートのすそを持って妖精のように一回転。髪がふわりと靡き、体からキラキラとした光が舞ったかのような優雅な印象をミーナに与える。
「お、おぉ。さすが、キララ。可愛い」
ミーナは両手を叩き、褒めてくれた。
ミーナも私と同じように可愛いので、何もしなければいいのだけれど。
「あははー。スカートめくっても短パン履いてまーす!」
ミーナは笑いながらスカートめくり、短パンを鏡に見せびらかした。あまりにも恥ずかしい行為。女子の精神の欠片もない。
「ミーナ、そんなことをハンスさんの前で出来る?」
「ぜぇえ~ったいにしない。恥ずかしすぎて倒れちゃう」
「じゃあ、他の人の前でもしないで」
「はい……」
ミーナは耳をヘたらせ、自分の行動を恥じていた。
私とミーナは食堂に移動した。すると、多くの生徒たちが私達と同じ制服を着ている。加えて少々緊張しながら食堂のおばさんから料理を受け取っている。
いつもは執事やメイドに持って来てもらっている者達だが、こういう場面では食堂のおばちゃんに受け取りに行かないともらえないらしい。一人の令嬢を除いて……。
「はむ、はむ、はむ……。ローティア、あんたも食堂の料理を食べなさいよ」
メロアは大盛りの野菜炒めと肉を口に含みながら呟いた。
「いやですわ。私は私なりに食事を楽しんでいるの。せっかく一人なのですから、好きな料理しか食べたくありませんわ」
ローティア嬢は朝っぱらからケーキと紅茶を嗜み、周りと雰囲気が一段階、いや、二段階違った。服装が同じなのに同じ服を着ていると思えない高貴さ。あの雰囲気を出すまでどれだけ血のにじむような努力して来たのだろうか。私の想像も絶する日々だっただろう。
なんせ、子供から大人の雰囲気がぷんぷんするのだ。子役でもあそこまで大人っぽい印象を醸し出す者はいない。熟練の女優という雰囲気が一番似合う。私でも到達していない域にいるため、孤高の存在として普通にカッコよく見えた。
「ちっ、協調性のない奴……」
メロアはローティア嬢の自分勝手な行動を見て、大貴族の令嬢ながら大きく舌打ち。忘れようといわんばかりに肉をガツガツと食す。もう、冒険者の朝食風景そのものだ。




