相手の心を掴む
「ローティア様! 一緒に食事してもよろしいでしょうか!」
「あのっ! 私と一緒に食事しませんか!」
「何いっているの、私が先にお願いしたのよっ!」
二年生の先輩たちはローティア嬢のもとに駆け寄って行った。
もう、一匹の雄を取り囲む雌かというくらいの熱量。やはり、大貴族のローティア嬢と知り合いになりたいと思っている貴族の方達ばかり。
そうなれば、当たり前のようにメロアの元にも多くの上級生が集まった。
私達一年生は二八名。上級生は二年、三年を合わせて二四名。一人一人につくと、一年生が四人余る計算だ。
まあ、そう上手く行かず、現在、二名の一年生のもとに二年生が八名ずつ向かい、三年生は私以外のもとに向かった。
――ははー、村娘は悲しいな。私と話してもうま味ゼロだもんな。
私は村の娘だ。三年生や二年生の貴族から視線も向けられず普通に無視されている。そりゃ、大スターと平民が並んでいたら、皆、大スターと話したくなるだろう。
その状況が今の私なわけで、ポツンと席に座っていた。
ミーナはなぜか、三年生の獣族と仲良くなっていた。一瞬だな。さすが獣族。シンパシーが会うのかもしれない。
「うーん、どうしよう。暇になっちゃった……」
私は一人ポツンと座り、腕を組んで考える。
仕方なくフェニル先生のところに行こうとしたが、すでに数名の生徒がフェニル先生と話していた。
あの中に混ざっても良いが、生徒達はフェニル先生に興味があって聞いているだけだ。
私はすでにフェニル先生と何度も話している、今は遠慮しておこう。
「私の方から挨拶に行かないと失礼だよな」
私は売れていないアイドル時代を思い出し、頬をパンパンと叩いて自分の名前を覚えてもらうために三年生の先輩たちに挨拶に向かう。
挨拶だけしておけば、あいつは挨拶にも来なかったなと嫌味をいわれない。
人間関係で最も大切なのが、挨拶だ。相手から来てもらうなど考えてはならない。自分から挨拶に行き、誠意を見せる。これが大切だ。
上下関係が厳しい世界だと躊躇だよね。学園はまさに上下関係の世界。だからこそ、私は悪目立ちしないように挨拶だけは完璧に行わなければならなかった。
――三年生の顔は全員覚えたから、挨拶すればいい。名前はおいおい覚える。
私はまず、名前を知っているパットさんのもとに向かう。私の精神年齢からしたら、皆年下だ。平民が貴族に話しかけるのもあまり普通ではない。だが、ここは学園。位に関係なく学園の先輩に挨拶をこなすべきだ。
パットさんは周りの様子を見渡し、状況を把握していたので今も一人だった。
「パットさん。こんばんは。えっと、初めまして。キララ・マンダリニアといいます。不束者ですが一年間、よろしくお願いします」
私は頭をペコリと下げて挨拶した。
「キララちゃんね。うん、よろしく。えっと、キララちゃんはどこから来たの?」
「私は王都から南に行ったビースト共和国付近の村から来ました。まあ、田舎者です。貴族社会に疎いので不敬してしまったらすみません」
私は後頭部に手を当てて、嫌味なく笑う。
「ううん。気にしないで。私は小級貴族だし、権力をほとんど持っていないから、平民とほぼ同じだよ。同じ小級貴族の男と結婚して子供を産まされるくらいなら、冒険者になって儲けてやろうって思っているし、貴族とはかけ離れているかな」
パットさんは中々豪快な女性だった。見た目に寄らない。
一五歳で成人なので、彼女は今年に成人になるわけだから、結婚させられるのか。それから逃げるために冒険者になろうとしていると。状況は違えど、メロアみたいな女性は多いのかもな。
「はぁ~。どうせ結婚するなら大貴族とか、中級貴族の男が良かったなぁ。同じくらいの男と結婚してもうま味はないし……」
パットさんは案外、野心家なのかもしれない。まあ、そういう女性もこの世界にいるということか。
結婚出来る相手が見つかるといいね。
「キララちゃんは貴族が沢山いるドラグニティ魔法学園に入れるってすごいよね。平民だけど、地主とか、お金持ちなの?」
「いえいえ、私が生まれた家は全然お金持ちじゃありませんよ。お父さんの月給は金貨二枚でしたから」
「へ……?」
パットさんは目を丸くする。いやー、ごめんなさい、お父さん。月給で笑いを取ろうとおもったけど、本当に引かれた。
「あはは、これくらいが田舎の普通なんですよ。王都とは全く違います。でも、そのお金で生きていました」
「じゃ、じゃあ、なんで、ドラグニティ魔法学園に入れたの? 入学金も払えないじゃん」
パットさんは私のことに興味を持ち始め、グイグイ来る。良いよ良いよ~、私にもっと興味を持って。
私はトーク番組で鍛えたトーク力と、多くの者と交流してきたコミュニケーション能力を最大限発揮し、三年生の中でも一番信頼度が高い女性を私に釘付けにする。
「まあまあ、そんなに焦らないでくださいよ。ささ、一緒に食事しましょうよ」
「そ、そうだね」
パットさんは私と共にカウンターに並び、料理を食堂のおばちゃんから受け取る。
料理は肉、野菜、スープ、パンという、フレンチっぽい品で、どれも美味しそうだ。さすが、ドラグニティ魔法学園。寮の食事にも手を一切抜いていない。
「私、村で牧場を経営しているんですけど、上手く成功してお金を貯めてドラグニティ魔法学園の入学金にしました」
――実際は払っていないけど。ミーナの分になっているね。
「牧場って、そんなに稼げるの?」
「うーん、品の質によりますね。私の牧場は質を限りなくよくして成功しました。もしかしたら、パットさんが食べた品の中にも牧場で作られた品があるかもしれませんよー」
「えぇ~っ! す、すっごいっ! つまり、王都で品が売られているってこと!」
「さぁ~、どうでしょうね」
私はパットさんの心を掴むように、話を回す。その間に、食事をとる。もう、喋ることに集中しすぎて料理の味がわかりにくい。
ゆっくり食べたいな。でも、喋らないと会話が止まる。
会話を止めるのは二人だけだと危険だ。トーク番組なら、多くの演者がいるので会話が止まっても他の人が援助してくれる。ただ、一対一の対談形式だと、止まった瞬間に空気が重くなる。初対面じゃなければ問題ないが、パットさんは完全に今日会った初対面の女性だ。会話を止めるわけにはいかない。上手く、相手の話を出させなければ……。
「ここ二年間の話なので、パットさんが学園の食事でおっと思う食材があればそうかもしれませんね」
「なるほど。ここ最近、学食で食べて物凄く美味しかった品……。エッグルのオムツレとか、スープが物凄く美味しかった。家で食べる品よりも美味しくてさ、もう、学食だけで生活したいって思うくらい」
「その中に、私の村で取れた食材が入っていたら、嬉しいですね。貴族の女性にも好評だということですし、今後、もっと広がるかもしれません」
私は真実を言わず、パットさんに想像させた。事実を言わなくても勝手に補正してくれるのが女子の良い所。まあ、想像力豊ということかな。
「キララちゃん、勉強とかどうしていたの? お金がなかったら勉強は出来ないでしょ」
「そりゃあもう、一〇歳まで真面な勉強はしていませんでした。していたとしても、ルークス語の読み書きくらい。教会に置かれていた品でちょっとずつ勉強し始めて。学園の見学に来た時にルークス魔法学園の冊子をもらって、過去問を解きまくって勉強しました」
「それで合格しちゃうなんて。キララちゃんは頭が良いんだね。私、頭はあんまりよくないからさ、羨ましい」
パットさんは文武両道に見えるが、どうもそうじゃないらしい。運動系なんだな。まあ、運動ができるだけマシか。
「運動が出来れば、冒険者は問題ありません。でも、お金の勉強だけはしておいた方が良いと思いますよ。騙されたら、お金はすっ飛びますからね」
「う……。な、なんか重い話だね。一年生の生徒からお金の話が飛び出すとは」
「お金は大切ですからね。年齢は関係ありません。まあ、会社を経営するためにお金の勉強は必須です。冒険者は自営業みたいな存在ですし、自分でお金を管理しないといけません。豪遊していたら、老後稼げなくなって来た頃、所持金がゼロ。なんて、ざらですよ」
「ううう……。こ、怖い」
パットさんは身を縮め、未来を想像し、不安がっていた。
話のコツは相手の感情を動かすこと。まあ、怖い話とか、面白い話とかされると楽しいのは感情が動いているからだ。感情が動かない話をつまらない話という。
「お金の話は難しいですけど、老後を考えたら学ばないといけないって思いますよね?」
「そうだね……。私にとって冒険者になることは親と縁を切るも同然。自分一人で生きて行かないといけない。あぁー、ドラグニティ魔法学園に入学しておいてよかった」
パットさんは一つ大きな武器を持っている。学歴だ。ドラグニティ魔法学園という最高峰の学歴を持っていれば、当分くいっぱくれることはない。稼げるか稼げないか、適正の仕事かそうじゃないかは置いておいて、仕事は舞い込んでくるはずだ。
「そうですね。この学園卒業というだけで、多くの者が信頼してくれます。でも、その信頼は過度な信頼かもしれません」
「どういうこと?」
「君、ドラグニティ魔法学園出身なんだって? じゃあ、これくらいの仕事、簡単にできるよね? くらい言われる可能性があります」
高学歴の者はそれだけで周りからの信頼を得られる手前、指導で手を抜かれる可能性が高い。
「学歴を持つということは、それ相当の責任を負うことになりますから、楽観視しているだけじゃ、無能扱いされて心を壊しますよ」
「ううぅ。き、キララちゃんは怖い話が上手だね……。もう、私、寒気が止まらないよ」
パットさんは腕の側面を擦り、表面温度を上げていた。
「でも、パットさんは怖がれるだけマシです。バカは怖がれませんからね。少しでも努力を怠れば、落ちるのはあっという間ですよ」
学歴を手に入れたから大丈夫なんて思っていられるのは、学生のうちまでだ。社会で生きていくのは、学歴だけじゃどうしようもない部分が多々ある。
「学園を卒業したら終わりじゃなくてそこからまた、始まりですからね。そう考えると、小級貴族の男と結婚して子供を産んだほうが楽な人生なんですよ。ご両親はパットさんに辛い思いをさせたくないから、そう言っているんです。まあ、政略の可能性もありますけどね」
「確かに、将来のことを考えたら、結婚した方がはるかに楽だね。うわぁ、どうしよう。なんか一気に惑わされちゃった。私もフェニル先生みたいにカッコいい冒険者になってお金を稼ぎまくって良い男と付き合う予定だったのに」
――なんて、楽観的。このまま、パットさんが社会に解き放たれたら、社会の厳しさに押しつぶされそうだ。




