フェニル先生の好み
「お姉ちゃん、仲直りしたから、料理をちょうだい」
メロアはフェニル先生のもとに歩いて来て、手を伸ばす。
「はいはい。園舎にある食堂で料理を食ってこい」
フェニル先生は金貨一枚をメロアに手渡した。お父さんの半月分の給料が一食で消えるのか。ああ、昔のお父さんの月給は金貨二枚だったんだよね。今はさすがに違うけど。
「ありがとう。あんたも一緒に行く?」
メロアはロール嬢に声を掛けた。
「いいえ、わたくしは自前の料理人に食事を作らせているので結構ですわ」
ロール嬢は金髪を靡かせ、メロアのお誘いを断る。さすが同じ位の令嬢。大貴族のメロアからの誘いを断れるとは……。
ロール嬢は、今日はまだ新入生歓迎パーティーじゃないのにすでにドレスを着ていた。
ただのドレスではなく、キンキラ金のドレスだ。宝石が星のようにちりばめられている。その宝石はプラスチックじゃないんですか? と訊きたくなるほどの数。
もう、目を疑ったね。あれだけ趣味が悪い服を着るのはドリミア教会の司教くらいだと思っていたが、そうでもないみたいだ。
「あら、なんて、質素な食事だこと。やはり平民なのね」
ロール嬢は私達の方を見て口もとを手で押さえながらプププっと笑っていた。
あの顔、どっかで見覚えがあると思ったら、フリジア魔術学園の試験を受けた時に一人だけ浮きまくっていた女性だ。まさか、ドラグニティ魔法学園に受かっていたとは……。
ドラグニティ魔法学園で行われた試験の時にいなかったということは、別の試験会場にいたんだな。
「はは……、まあ、質素な昼食もたまにはいいですよ」
「そうね。たまにはいいかもしれないわね」
ロール嬢は開いている空間に立つ。すると黒服の執事たちが椅子や机などを用意し、高級レストランの風景に早変わり。
まあ、椅子とテーブルが現れただけで壁紙や風景は変わっていないが、彼女の令嬢っぷりが恐ろしいくらいにあった。
これが大貴族のあるべき姿なのだろう。きっと、クレアさんやフェニル先生、メロアという大貴族なのに大貴族っぽくない女性ばかり見てきたから、感覚が狂っていた。
ロール嬢は大貴族といって差支えが無い印象だ。
「いやぁ~。ローティア嬢、今日も良い髪艶ですね~」
フェニル先生は椅子から立ち上がり、スタスタと歩いていく。
「あら、フェニル先生。今日もお一人で? もう、二〇代なのに結婚もしていないといううわさは本当ですこと?」
「ぐっ!」
フェニル先生は膝を床に付け、大ダメージを受けた。あの、死ぬこと以外かすり傷を体現しているフェニル先生が苦しんでいる。やはり、ロール嬢はただ者ではなさそうだ。
「は、はは。今は仕事が忙しくてね。ちょっと、結婚はまだ早いかなと思って……」
「昼をこの場でボーっと過ごしているのに仕事が忙しいといい? 二〇代になって結婚が早いだなんて、相当のんびりしている性格ですのね。ほんと、のんきなお方。だから、結婚出来ないのですわよ」
「ぐはあっ!」
ロール嬢はフェニル先生の心臓を言葉で一突き。
フェニル先生は急所を突かれ、倒れ込んだ。
すでにメロアはこの場におらず、フェニル先生の瀕死な姿を私とミーナの冷たい眼差しが捉えていた。
「ぴよ~。心の傷は私でも治せないんですが……」
フェニクスはフェニル先生の頭の上に下りたり、卵を暖めるように脚を動かす。そのまま、お尻を乗っける。
フェニル先生は何とも情けない姿で、本当にこの人がSランク冒険者なのか疑わしい……。
「ローティア様、お食事の準備が整いました」
ロール嬢の執事が彼女の隣で喋る。
「持ってきて頂戴。もう、お腹がペコペコよ」
「かしこまりました」
執事は銀の丸いお盆に銀製のクローシュ(食べ物の温かさや鮮度を保つために皿にかぶせる金属製の覆い)を被せた状態で持って来た。
執事は銀の皿をテーブルに置き、クローシュを持ち上げる。やはりといっても良いが、とてもフレンチっぽい料理が出された。
前菜で緑色や黄色、赤色など、色鮮やかな野菜の料理だ。小皿があり、ロール嬢がフォークで数量盛って……、
「そこにいる白い獣族。食べて」
「いいの? やった~っ!」
ミーナは出された小皿に乗った品を、品性の欠片もなく口の上でひっくり返し、食した。
「ん~、野菜~」
ミーナの感想からすると、きっと普通の野菜なのだろう。味はソウルでつけているのかな。
「そう。じゃあ、問題なく食べられそうね」
ロール嬢は優雅に食事していた。どうやら、ミーナはロール嬢の毒味役をやらされているらしい。
毒味役をお願いすることもせず、勝手にやらせているというだけで腹立たしい。平民をないがしろにしているのだろうか……。
ロール嬢の食事が出されるたび、ミーナに少量食べさせている。毒味させ過ぎでしょ。というか、ロール嬢を狙う者がいるのかどうか……。女性よりも男性の方が狙われやすいんじゃ。
私はいろんな憶測が頭の中で駆けまわるが、疲れたのでいったん休憩。すでにデザートの部類まで入ったので、もう、問題ないはず。
「んんんんっ!」
ミーナは喉に手を伸ばす。もしや、毒か!
「ミーナっ!」
私は立ち上がってミーナのもとに駆け寄った。
「あ、あまぁ~っ!」
ミーナの顔が満面の笑みになり、耳と尻尾がブンブン振られていた。
「ふっ、お菓子に含まれているのがウトサなのだから、甘いのは当たり前でしょ」
ロール嬢はケーキを口にしていた。どうやら、超高級食材となっているウトサが含まれているお菓子らしい。
今の王都にあるウトサは全て質が良い。そのため、このお菓子も安全だ。甘い品をミーナは初めて食べる。だから、毒を食らったような不思議な感覚を得たと考えられた。
「ウトサって、こんなに甘いんだ。凄い」
ミーナはぱーっと顔を明るくさせ、尻尾がはち切れんばかりに振られている。
「私の毒味役でお零れが貰えてよかったわね。感謝してくれてもいいわよ」
ロール嬢はケーキを食べきり、腕を組んで微笑んだ。
「ええっ! 私、毒味役だったの!」
ミーナは今更気づいたらしい。普通はそうでしょ。
「まあ、全部美味しかったからいいか~。ありがとう、凄く楽しかったよ」
ミーナはあまりにも楽観的な考えに落ち着き、ロール嬢に頭を下げる。
「まったく、同級生じゃなかったら速攻で追い出している態度だけれど、初めて会ったのだから、一度は目をつぶるわ。次、同じ口調で喋ったら叩き出すわよ」
ロール嬢はぎろりと強い視線をミーナに向ける。まあー、怖い。これが大貴族の睨みつける攻撃。普通に体力が削られそうだ。
「す、すみません。この子、敬語が苦手で。大目に見てあげてください」
私はロール嬢に頭を下げる。出来るだけ不仲になりたくないので、腰を低く話す。
「あなた、平民でしょ。可愛らしいけど芋臭いもの。ま、この私に可愛らしいと思わせるだけの素材は認めてあげても良いけど、平民となれ合う気はないわ」
ロール嬢は大変気の強いお方だった。いやー、自分でも芋臭いと思っていたが、直接言われると案外傷つく。
だが、アイドル時代、どれだけ不細工、キモイ、アイドルなんてやめろと言われてきたことか。私のスルースキルと鋼の精神力を舐めるなよ。
「そ、そうですね。田舎者が大貴族の令嬢様と関わることなんてありませんから。で、でも一応同じ寮の仲間として名前だけでも。私の名前はキララ・マンダリニアといいます。こっちの白い獣族の子がミーナといいます。これからよろしくお願いします」
私とミーナは頭を深々と下げる。
「そうね。一応、同じ寮の者だものね。大貴族の令嬢としての務めは果たさなければなりませんわ」
ロール嬢は椅子からふわりと立ち上がり、宝石塗れのドレスを摘まんで、流れるように完璧なカーテシーをこなす。
「初めまして。ローティア・ジュナリスと申します。以後お見知りおきを」
ロール嬢はローティア嬢というらしい。彼女は顔をあげ、同い年とは思えないほど大人っぽい顔つきをしていた。
もう、いくつもの修羅場をくぐって来たような歴戦の猛者。
どうやら、ローティア嬢はのほほんと生きてきた人種ではないっぽい。私と同じように辛い経験をしながらも乗り越えてこの場にいる強い女性だ。
シンパシーとでもいうのか、彼女から感じる強い気迫と高貴なたたずまい、眼力が普通の一二歳と全く違う。黄色の瞳に映るのは私達のはずだが、常にさらに奥を見据えているような深い瞳だった。
「同じ屋根の下で暮らすもの同士、よろしくお願いいたしますわ。でも、平民なら出来るだけ早く学園をやめることをお勧めするわ。心と体がボロボロになって、身が持たなくなってからじゃ遅いもの」
ローティア嬢は一言呟くと、つやつやな金色のロール髪を靡かせて食堂をあとにした。
「あれが、貴族なんだね」
「うん、なんか、カッコいいねっ!」
ミーナは何にカッコよさを覚えたかわからないが、私も彼女の立ち振る舞いに嫌味がないなと思った。
まあ、ミーナに毒味役をやらせたのは少々強引な所もあるが、全体を通してスマートな女性だ。
彼女の過去に何があったか知らないが、ただ大貴族に生まれたからといってこの場にいるわけではないだろう。何かしら理由があってこの場にいるのだ。
ちょっと興味がわいてきた。彼女に学園を辞めたらと勧められたが、残念ながらその気は一切ない。今後、関わってくると思うと面倒だが、楽しさの方が勝つ。
「うぅ、そろそろ私を助けてはくれないだろうか」
フェニル先生は未だに倒れており、フェニクスに踏み続けられていた。
私達はフェニル先生を立ち上がらせる。
「はぁ……。ほんと、ローティア嬢は鋭い言葉遣いが上手だな。心がズタボロだよ」
フェニル先生は体に火をつけ、服を燃やした。すると埃や塵、髪の毛が灰になり、綺麗な衣服に戻る。何その能力。滅茶苦茶羨ましい。洗濯する必要がないじゃん。
「フェニル先生は綺麗なのに、男が寄ってこないんですか?」
「うーん、寄ってこないね。ほんと、なんで私の周りに男は寄ってこないんだろう。自分でもわからない……」
フェニル先生は腕を組み、デカい乳を強調させる。なぜデカい乳の下に腕をわざわざ入れるのか。私に見せつけるためか? なら爆発させるぞ~。
フェニル先生の見かけはお世辞じゃなくて本当に綺麗だ。地球なら超美人なアスリートみたいな見た目なので、好みな人は多いはずだ。
この世界でもそういうもんなんじゃ……。いや、こっちの世界の女性はお淑やかな女性がモテるんだっけ。まあ、冒険者みたいな野蛮な仕事をしている人がモテるかどうかといわれたら……モテないかも。
「フェニル先生。お見合いの話は結構来ているんじゃありませんか? それを自分から断っているとか」
「うっ。ど、どうしてそれを……」
フェニル先生は私の予想通り、お見合いの話はきているようだ。なんせ、彼女は大貴族のご令嬢。そんな優良物件が未だに残っているなど普通はあり得ない。だから、フェニル先生が断っているとしか考えられなかった。
「い、いやぁ。皆素敵な男性だと思うんだけど、どうしても私の好みに合わなくて」
「好み? フェニル先生の好みって」
「うーん。とにかく、ガタイが良くて筋肉質な男がいいな。身長がデカくて私よりも強そうな男がいい」
フェニル先生はふふんと笑いながら、私に好みを話てくる。




