喧嘩を止めさせる
「いつ飲んでもキララの水は美味いなぁ。ごボボボボ……」
フルーファは水を飲みながら眠り、窒息しかけていた。どれだけ眠たがりなんだ。
角を持ち上げ、顔をあげさせる。すると、そのまま舌を動かして水を飲み始めた。このずぼらなペットは私を頭置きにして水を飲んでいる。何という屈辱……。
「フルーファ。行儀よく飲みなさい。じゃないと、角ピンするよ」
「うぅ。さ、さっきまで寝ていたんだから仕方ないだろ……」
フルーファは角を前足で守るように蹲る。
「さっきまでっていつまで?」
「ちょっと前まで……」
どうやら、フルーファは午前一一時まで寝ていたようだ。ほんと、寝坊助だな。いったい誰に似たんだか。
私はフルーファの頭を撫でながら、仕方なく許した。ペットの失態はペットを飼うと決めた以上仕方ないこと。そう思い、許した。
ほんと、いつもフルーファに甘くする。何だかんだいって私はフルーファが好きなのだ。
このダルそうな目が可愛い。別に、駄目な男が好きとか、そういうのじゃない。
私は堅実で男らしくて……って、そんなのどうでもいいか。
私とミーナが昼食をとっていると、顔面がボコボコになっているメロアがフェニル先生に襟首を掴まれた状態で食堂にやって来た。
「ええ……。メロア、大丈夫?」
ミーナはメロアの顔面ボコボコ姿を見て若干引き、心配の声を掛ける。
「だ、大丈夫じゃない。お姉ちゃん、やりすぎ……」
メロアはぼそっと呟き、視線をフェニル先生に向けた。
「これくらいしないと、メロアはわからんだろ。まったく。相手の方もこれぐらいやってメロアに同情したんだ。感謝してほしいね」
フェニル先生はメロアの顔に触れる。そのままオバーヒートした車みたいに手の平から炎を噴射した。
顔まで焼くのか! と一瞬思ったが、火が消えるとミーナの顔は元通りになっていた。
「えぇ……。な、なに今の。魔法?」
ミーナも驚いたらしく、目をかっぴらいている。
「魔法というか、神獣の特性だ。フェニクスの炎は傷を癒す効果がある」
フェニル先生は軽くいうが、普通に回復魔法よりも凄い炎だった気がする。
回復魔法が得意な方を知っているが、あんな一瞬で顔の傷が綺麗さっぱりなくなるなど、おかしい。やはり、神獣はぶっ飛んだ力を持っているんだな。
「はぁ、この力は魔力を使うから結構疲れるんだよね」
フェニル先生はメロアを床に降ろし、椅子に座り込む。貧血気味みたいな状況だった。顔色が芳しくない。
「フェニル先生、大丈夫ですか?」
「いやぁ、昨日、キララちゃんに教えてもらって魔物の討伐に向かった時に何者かにフェニクスの翼をぶった切られてね。あの時、大量の魔力を使って絶賛魔力枯渇症なんだよ……」
フェニル先生は額に手を当て、ため息をついていた。相当疲れている。まあ、魔力を大量にうしなったのだから、疲れるのも無理はないか。
「そのフェニクスは大丈夫でしたか?」
「いやぁー。すねちゃっているよ。私の大切な翼を切るなんてってね」
フェニクスのすねている姿が優に想像できる。だが、翼を切られて再生しているはずだ。まあ、誇り高いから切られるという行為自体が嫌なのかも。
「あの時、誰かが……おっと、これをいうのは駄目だったな」
フェニル先生は何か言いかけたが口を噤む。ドラグニティ学園長に口止めされているのかな。この人ならぽろっと言いそう。ものすごく口が軽そうだもん。
「はぁー。お腹空いた。お姉ちゃん、私の昼食は?」
メロアは視線をフェニル先生に向ける。
「昼食は抜き。喧嘩した相手に謝れば昼食を出してあげる」
「えぇえっ! ひ、酷いっ!」
メロアは両目をかっぴらき、昼食を抜きにされて表情が青くなる。
「メロア。相手がどんなにうざくてもすぐに怒ったら駄目だ。心を落ち着かせて相手の気持ちになれるように……」
「無理無理。あんな金髪たてがみロール野郎にイラつかない方が無理!」
メロアは頭を横に振り、盛大に声をあげる。
「二人の相性はいいはずだ。さっきだって仲が良くなれる相手と同じ部屋になるように決めたんだ」
フェニル先生は適当にしているように見せて本当は相性を見て決めていたらしい。案外マメな人だな。
一目見て相性がわかるんだろうか。ただの直感な気もする。
「私があの子と仲良くなれる気がしない。だって苦手な人種なんだもん!」
「そういう者と会うのが学園の面白い所だろ。メロアは良くも悪くも大貴族フレイズ家の令嬢なんだ。明日、そんな激怒するような姿を見せたら、私達家族の印象まで悪くなるぞ」
「うぅ。ニクスお兄ちゃん以外はどうでもいいけど、ニクスお兄ちゃんに悪い印象が付くのは嫌だな……」
メロアは今日も今日とてブラコンを盛大に発揮し、ぐっと堪えて立ち上がる。
そのまま、自分の部屋に向かった。どうやら、ニクスさんに悪い印象を付けたくなくて謝りに行くようだ。
そう考えるとニクスさんの存在はとても大きい。逆に、愛が重すぎるのか。でも、メロアをあんなに怒らせる金髪ロールは凄いな。
「このままうまくいってくれればいいんだが……」
フェニル先生は溜息をつき、私達のバスケットに手を伸ばす。魔力が込められた干し肉を齧り、赤色の髪が強風に吹かれたのかと思うほど靡く。どうやら、私の魔力を大量に受け取ったようだ。
「うわっ、な、なにこれ。ものすごく魔力が体に流れ込んでくるんだけど」
フェニル先生は干し肉をむさぼり食うと、髪の艶や肌の張りが明らかに変わる。大量の魔力を受け取って体が活性化しているようだ。
「フェニル先生の体の中に私の魔力が流れ込んでいるんです。魔力が枯渇しているということはそれだけ体の体調を維持できていないということです。私の魔力は体に入ると取り込んだ者の魔力となる自然の魔力と同等らしくて」
「なるほど。キララちゃんの魔力が自然に近しいからここまで体に沁み込んでくるのか。なんなら、この場所がとても心地よく感じるのも、キララちゃんの魔力のせいってことかな?」
フェニル先生は息を吸い、大きく吐く。森の中にいるような爽やかな雰囲気が漂っているのも私が原因かもしれない。
「まあ、私の魔力が多いのでこの場に魔力が溢れているんですよ」
私は苦笑いを浮かべ、フェニル先生に現状を話す。
「キララちゃんの魔力量が多いのは知っていたけど、ここまで多いとは……」
フェニル先生は目を丸くし、干し肉を未だに齧っていた。
「ぴよーっ!」
食堂の窓から真っ赤な文鳥程度の鳥が飛び込んでくる。私の体に体当たりしてしくしく泣いていた。
「ぴよ~、翼を切られました。私の大切な翼が~」
真っ赤な鳥はもちろん燃えており、大変熱い。今が春でよかった。夏なら、大量の汗を掻いていた。
「フェニクス。翼は生えているでしょ。まだ泣いているの?」
私はフェニクスの背中を優しく撫でる。
「私の魔力が散り散りにされて、若い剣聖程度に切られたんですよ。ほんと屈辱ですよ~っ!」
フェニクスは自分の翼を切られ、大変落ち込んでいた。確かに神のペットなのに人間の幼い剣聖に切られたらイライラするのもわかる。まあ、情けないといったら情けないけど。
「もう、泣かないの。私の魔力入りビーの子をあげるから」
私は懐から乾燥したビーの子が入った小袋を出した。ビーの子を摘まみ取り、フェニクスの嘴に持って行く。
「ぴよ~っ、ありがとうございますっ! これが欲しくてほしくてっ!」
フェニクスはビーの子を摘まみ、美味しそうに食べた。すると、春風のような温風がぶわっと広げるように翼を羽ばたかせ、飛び上がる。食堂の天井ギリギリまで飛び、高速で円運動している。どれだけ元気になっているんだ。
「ぴよーーーーーーっ!」
フェニクスは完全に力を取り戻したのか、周りの黒土に大量の若草を生やすほどの温風をふかし、停止。
「え、えっと。なんか、元気になってよかったね」
私は苦笑いを浮かべ、サンドイッチを食べる。皆、フェニクスの訳がわからない行動に混乱しながら、それぞれが手に持っている品を咥えた。
「はぁ~。元気が戻ってきました。ほんと、キララさんの魔力は気持ちが良いです~」
フェニクスは天井を飛び回っている。どうも、魔力は上に浮かぶのか、私の魔力を全身で受け取り、体内に取り込んでいるらしい。
「フェニクス、あまり、暴れるな。建物が燃えるだろ」
フェニル先生はフェニクスに声を掛ける。フェニクスはすーっと斜めに下りてきてフェニル先生の肩に脚を付けた。
「ぴよ~ぴよ~。気分が良いので、フェニルにも魔力をあげます」
フェニクスはフェニル先生に頬擦りした。すると、フェニル先生の髪が燃えている炭のように真っ赤になる。元から赤いのに、光って見えた。
「はは、珍しい。いつもは私から奪うばかりなのに」
フェニル先生は自分の食べている干し肉をフェニクスに食わせる。
「魔力がお腹いっぱいになると、気分が上がるんですよ。だから、ちょっといいことをしたくなるんです」
フェニクスはお腹がいっぱいになると、いいことをしたくなるそうだ。なんだろう、そのお菓子をあげたら手伝ってあげるよ、なたいな感じは。
「じゃあ、私のお願いでも聞いてくれる?」
私はフェニクスに話しかけた。
「私にできることなら」
フェニクスはコクリと頷いた。
「じゃあ、喧嘩している者達のところに行って魔力の風を吹かせてきて。きっと驚いて何を怒っていたのか忘れちゃうから」
私はフェニクスの神々しい姿を見れば、人間の思考が停止するという変わった利点を利用し、新入生のストレスを緩和しようと思った。春風に吹かれたら気持ちが良いし、爽やかな気分になる。イライラの原因は湿気の可能性だってある。
そんな時にフェニクスが現れて声をあげれば、頭がぼーっとしてイライラも消えるだろう。
「おやすい御用ですっ!」
フェニクスは窓から飛び出し、各部屋の窓から侵入。多くの驚きの声が聞こえた。その後、ミーナの耳で建物内の喧嘩を調べてもらうと、思った通り、フェニクスの奇妙な行動を考え込み、部屋で行われていた喧嘩がいったん止まった。
「ふぅー、人間の驚く顏はいつ見ても面白いですね~」
フェニクスは戻ってくる。どうも、人間を驚かせることが好きみたいだ。ほんと、カラスみたいに頭がいい鳥だな。
「まったく、なんですの、さっきのぴよーって。メロアさんならわかるんじゃなくて?」
「私だって知らないよ。でも、なんか、神々しすぎて他のことがどうでもよくなっちゃった。さっきは怒ってごめん」
「気にしなくても結構ですわ。なんたって、メロアさんはわたくしと同じく大貴族のご令嬢ですもの。わたくしと対等に喋られる女性は滅多におりませんのよ」
メロアさんと金髪たてがみロールお嬢様……。いや、あだ名が長いな。ロール嬢でいいか。
その二名が仲良さげに食堂に向って歩いてきた。




