来賓入場
「ふんふんふんふん、はぁーっ! 悔し! 悔し!」
私の隣にドスンと座ったのは赤髪の少女、メロアだった。私と同じくらい胸がぺったんこで、背丈も似た感じ。長い髪をツインテールにして子供感が強いが、雰囲気はまるっきり大相撲の貫禄。その場にいるだけで、威圧感が半端ではない。怒らせたら噴火しそうだ。
「お、おはよう、メロアさん」
「おはよう、キララ。はぁーっ、なんで、私が特待生じゃないの! 私だって特待生に成れたのに! ニクスお兄ちゃんに自慢できないじゃん! 今になって腹立たしくなってきた!」
メロアは自分が特待生じゃないから怒っているようだ。別に腹を立てる必要もないと思うんだけど。お金持ちだし、どうせ卒業したら皆一緒だ。
「メロア、女性なんだからもっとお淑やかにしないと。キララさんを見習ったら?」
レオン王子はメロアと面識があるようなので、普通にため口で喋っていた。
「私に女性らしさとか求めないでくれる。私の許嫁だからって、上から目線なのうざい」
「王家に入るからには女性としての常識をしっかりと守ってもらわないと」
「あー、うるさいうるさい。私、王家になんか入る気ないし。冒険者になるつもりだから」
「はぁ。そんなわがまま言っても仕方ないだろ……」
レオン王子は額に手を当て、ため息をついていた。どうやら、この二名はすでに婚約者同士らしい。
――あぁー、そういう関係ですか。私はお邪魔ですね。
「えっと、すみません。私、どきましょうか?」
「いやいや、そのおてんば娘を見るのは辛いので、そのままで。もう、視界に入れると頭が彼女でいっぱいになってしまうからどかないでください」
「私も、そんな超超真面目な王子なんてうざいからそのままでいて。ほんと、硬い話ばかりするんだから。つまらないったらありゃしない」
「あ、あはは……」
――私、すっごく邪魔だよ。
「はぁ。レオン王子とメロアさんはとてもお似合いですよ。もう、美男美女でこれからの生活も楽しくやっていけそうですね」
レオン王子とメロアは視線を少し合わせ、プイっと顔を背け合う。
――まあ、一二歳で許嫁と一緒に学園生活するのも面倒かな。互いの性格をわかり合うためにはちょうどいいのかも。メロアのニクスさん愛が強いのは知っている。そもそも二人は絶対に結婚できない。
というか、大貴族の女性だと王族に嫁げるんだ。元から、凄くいい身分だけど最上位に入っちゃうのか。それはそれで大変か。
「はぁー。お父様、ほんと嫌い。勝手に許嫁なんか決めちゃって……」
「そんなに私のことが嫌いか」
「別に嫌いとはいっていない。好きでもない。私は年上の優しいお兄ちゃんみたいな人が好みなの。レオンはどう考えても弟みたいじゃん」
「な……。た、確かに弟だが、メロアとは同級生だ。同い年なんだから、いいだろ」
「はぁー。もう、レオンの精神自体が弟だから、ちょっと無理。頼りがいがなさすぎるもん」
ほんとメロアはレオン王子に言葉をズケズケと差し込むな。
――この感じだと多分、レオン王子からメロアに許嫁になってほしいってお願いしたんだろうな。でも、メロアは普通に嫌がっている。王家からのお願いを断るのも大貴族からしてみたら無理だろうし。
私はにやにやしながら、レオン王子とメロアの顔を横目で見る。まだ、中学生程度なのにどちらも大人っぽい雰囲気があり、成人まであと三年。卒業して結婚という流れになるのだろう。上手く行けばだけどね。
「もうすぐ、九時ですね。いやぁー、緊張するなぁー」
私は魔法堂の中に置かれた大きな振り子時計を見る。昔からある品なのか、凄く年季が入っていた。昔はああいう機械も沢山あったのかな。
「うぅ。お腹痛い。あぁ、なんで、僕なんかが入れてしまったんだろうか……」
後方から聞き覚えのある声が聞こえた。紫色っぽい髪の少年で、大きめの魔導書を抱きかかえている。もう、その印象だけで、思い出した。スージアという少年だ。彼も受かっていたんだな。
「大丈夫ですか。ウトサでも舐めます?」
その隣に黒色の長髪で超美人がいた。彼女にも見覚えがある。サキア嬢だ。確か、シーミウ国の女性で超金持ちの国のお嬢さん。金平糖のようなお菓子を易々と手渡し、スージアの背中をさすっていた。あんなことされたら、普通の男なら簡単に落っこちちゃうよ。
「す、すみません。これは僕のお腹が弱いせいなので、気にしないでください……」
「まっ、大変。ウトサでも食べます?」
サキア嬢は天然なのか、ウトサでお腹の痛みが解消できるとでも思っているのだろうか。いや、普通にあげたいだけか。
「……いただきます」
スージアもウトサの塊を受け取り、パクリと口にした。
「美味しい……」
「でしょ。ウトサはお腹が痛い時にも食べたら美味しいんですよ」
サキア嬢は色気のある微笑みを浮かべ、スージアを労わっていた。
「……」
スージアはそんなサキア嬢を見て、完全に引いていた。ああいうタイプの女性が苦手なのかな。
「凄い、ドラグニティ魔法学園の実技試験を受けた八人全員受かってた」
「当然よ。あれで受からない方がおかしいわ」
メロアは腕を組み、堂々といい切る。
「まあー、あの試験を突破しちゃう生徒を学園側が欲しがらないわけがない。特にキララさんとか」
「私は、ただの村娘ですよ。ほんと、こんなところに座らされると困ります」
私は両手を重ね、またの上に手を置く。少々お嬢様っぽく見えるだろうか。だが、どうしても田舎の芋娘感が抜けなていないような気がする……。まあ、別にいいか。
「ただいまより、第八八八期成の入学式を始めたいと思います。一同、起立」
前から左端に立っていたローブ姿の女性が通る声で話す。皆が立ち上がったので、私も立った。
「一同、礼」
女性の声に合わせて頭を下げる。
「一同、着席」
私達は拍子よく椅子に座った。なかなか入学式っぽくなってきた……。
「では、ご来賓の方々が通りますので、拍手でお出迎えください」
女性が拍手すると、後方の扉から超高そうなローブを羽織った者達が歩いてくる。いや、もう、重鎮たちだとわかってしまう顔立ちだ。隣にいるレオン王子が薄れてしまうほどに……。
前方から歩いてきた男性はレオン王子とどことなく雰囲気が似ていた。金髪で顔に皴が多いが、大変高貴な印象がある。悪い印象は一切無く、賢者という言葉が一番似合うような男性だった。
「はは……、ありがとう」
男性は高台に上がるための階段を上り、上座に座る。やはり、一番偉い方のようだ。そう考えると……ルークス王。
国の一番偉い方が入学式に参列するとは。さすがドラグニティ魔法学園。
フリジア魔術学園やエルツ工魔学園でも同じ日に入学式が行われているので、一番位が高い学園だということが、ルークス王が来たことによって証明されてしまった。
逆に、第一王子のアレス王子はおらず、別の学園にいっていると思われる。
アレス王子の方が顔見知りだったので、そちらの方が来てほしかったな。
でも、ルークス王本人を見たら、ああ、かなわないなって思わされてしまう。ルドラさん、あんな人と話し合いをしているのか。そりゃ、肝っ玉が違うわ。
その次にやってきた者はルークス王と正反対。ものすごく若くて黒髪の白ローブ姿だった。もう、白いローブというだけで、少々恐怖が増すのだがどう考えても教会の関係者だ。どの教会かわからないが、アイクを連れて行った教会の者とはまた違った雰囲気がある。格が上の存在なのかもしれない。
「いやはや、今年の生徒も粒ぞろいですね。特に……」
とても穏やかな笑顔を私の方に向けてきた。嫌、怖いって! なんで、私の方を見るの。え、え、一瞬で田舎者って気づかれた。
白ローブの男性はルークス王の隣に座り、その後にものすごく老けた男性が続く。きっと五大老とかいう大変高位の方々だろう。まあ、政治関係者ってところだ。
「おおー! メロア! おやおや! レオン王子も! 入学おめでとう!」
赤髪のおっさんが、メロアとアレス王子に話しかけてきた。面影がメロアそっくり……。
「かぁ……」
メロアは顔を真っ赤にして、わなわなと震えていた。あぁ、きっと父親だ。
「メロアさんのお父さん、凄い元気ですね」
「元気過ぎて恥ずかしすぎる。なんで、ここに来るの。ほんと、最悪……」
メロアはお父さんを睨みつけるがお父さんの精神は強いのか、はははっと笑って手を振った。ニクスさんやフェニル先生の面影は全くない。二名はお母さん似なんだろうな。
「フレイズ殿、今日も元気で暑苦しいですな」
メロアさんのお父さんの隣に座っていた五大老と思われる者は軽く話しかけていた。
「いやー、可愛い可愛い愛娘の入学式をここで見られるとは、願ったりかなったりですよ! ははははっ!」
ほんと、豪快な笑いで、元気が爆発している。どうも、フレイズ家はルークス王国で一番強い貴族らしいので、その一族を纏める彼も相当な実力を持っていると思われる。
「はぁー、暑苦しい……」
五大老と思われる老人は胸もとのローブをパタパタと動かし、汗をぬぐう。隣にいる男性の熱気が強すぎるのだろう。
「どうも、レオン王子。お久しぶりでございます」
そのまま、多くのご来賓が歩いて行き、全員がレオン王子に挨拶して行ったあと、見覚えのあるような顔が現れた。いや、実際に見覚えがあるわけじゃないが、雰囲気がとても似ている者を知っている。
「どうも、クウォータ殿。今日は来てくださり、誠にありがとうございます」
レオン王子は金ロン毛の男性に頭を下げた。
――クウォータ。なるほど、カイリさんとリーファさんのお父さんね。いやー、やっぱり苦手だ。ほんと、クウォータ家の男性達の雰囲気が鼻に突くなぁ。
クウォータ家の当主も上段に乗り、椅子に座る。
威圧感がある者がやってきた。黒いローブを羽織り、すーすーすーっと歩いてくる男性。その顔に見覚えがあるどころか、何度も助けてもらったドラグニティ学園長その人だった。
ドラグニティ学園長は上段に乗ると、教卓の前で一礼し、左奥の席に座る。
皆、右側に置かれた席に座っていたので役割が違うのだろう。ドラグニティ学園長の後から制服姿のリーファさんも歩いてきた。生徒会長だからかな。リーファさんは左側の席に座る。
「学園長式辞」
女性が喋ると、ドラグニティ学園長が立ち上がり、教卓のもとに移動した。
長い長いローブをひるがえし、服装を正す。
「あー、あー、あー。いやー、凄い人数じゃのー。もう、こんなに多くの者の前で話すなんて、わし、恥ずかしい~」
ドラグニティ学園長は両手で顔を隠し、縮こまった。教卓の陰に隠れ、何も見えなくなる。
「ふうー。この方が話しやすくていい」
ドラグニティ学園長が姿をあらわすと、正装ではなく、冒険者用のローブ姿になっていた。かがんでから出てくるまでの時間は一秒足らず。あんな複雑な服装を一瞬で着替えたのだろう。『換装』という魔法かな。いや、練度が高すぎる。




