良い波が来た
「えっと、キララさん。お腹が空きました……」
レクーは戦いのことよりも食い意地を張る。
「あぁ、ごめん。レクーを厩舎に入れないとね」
私はレクーの手綱を引き、厩舎に入れる。
「きゃぁ~っ! レクー様。お帰りなさいっ!」
ファニーはレクーを見るや否や、飛び跳ねて喜んでいた。
リーファさんは呆れた顔をしており、面食いのファニーの姿を見て少々引いている。いや、面食いという訳ではないか。繁殖力の強い雄に惹かれているだけだ。
レクーは戦場でも生き残れるほど強い精神を持っている。なんせ、超巨大なブラックベアーに襲われていたのに精神を安定させて走れていたのだ。それだけ図太い精神を持ったバートンは珍しい。さすが、姉さん(ビオタイト)の息子だ。
「ちっ、キャーキャーいわれやがって。羨ましい奴め……」
イカロスはレクーが厩舎に入ると、嫌味をブツブツと言い始める。そういうところがモテないんだぞと言ってやりたい。
「別にキャーキャーいわれたいわけじゃないんですけどね。勝手にキャーキャーいってくるんです」
レクーは本当に面倒臭がっているかのような雰囲気を出し、餌箱に入れられた牧草をむしゃむしゃと食す。
「もう、午後五時くらいだし、私、ドラグニティ魔法学園に帰るね。生徒会長挨拶の練習もしなきゃ」
リーファさんはファニーの背中に跨る。
――え? 生徒会長……。リーファさんが?
「あぁ、そうだね。ドラグニティ魔法学園まで送るよ」
マルティさんはイカロスの背中に乗った。
「そんな、大丈夫だよ。気にしないで」
「いやいや、なにが起こるかわからないし、送るよ。もし、リーファちゃんに何かあったらカイリさんにボコボコにされる……」
マルティさんは顔を青ざめさせていた。リーファさんのお兄さんはカイリさんだ。Sランク冒険者の兄がいるというだけで、恐怖心が勝るのだろう。
「もう、お兄様はマルティ君をボコボコにしないよ。まあ、半殺しにするかもしれないけど」
「もっと怖いよ~!」
マルティさんは泣き顔になり、大きく吠えた。
「ふふっ。じゃあ、しっかり守ってよね!」
リーファさんは笑い、ファニーに手早く乗って走らせる。
「ちょ、リーファちゃん。待ってよっ!」
マルティさんはイカロスを走らせ、リーファさんを追った。
「……滅茶苦茶仲良しじゃん」
ミーナは両者の後ろ姿を見ながら呟いた。私もそう思う。
私はレクーの体をブラッシングした後、ミーナと共に屋敷の中に入った。
そのまま、夕食時まで明日の入学式に恥をかかないようにある程度のマナーをしっかりと体に叩き込む。メイド長のレッスンも気合いが入っており、大変参考になった。
「はぁー、こりゃ、疲れるね……」
「でしょでしょー。私は二日間練習を受けただけで貴族にならなくてよかったーって思ったもん。ほんと、冒険者になってハンス様と早く結婚したーい」
ミーナは結婚が全てだとでも思っているんだろうか。でも、ハンスさんって元は盗賊だからね? 悪い行いをしていた人だからね。今は良いことをしているから、マシか。殺人していないから許せるけどさ。
私達は軽いドレスを着て食堂に向かった。
「むぅ。どうするべきか……」
食堂に到着すると、マルティさんのお爺ちゃんことマルチスさんが椅子に座って考え事をしていた。いったい何を唸っているのだろう。
「こんばんは。マルチスさん。どうかしましたか?」
私は食事前なので、軽く挨拶した。
「ああ、キララ。ミーナ。ちょっとな。今日、王都の上を神獣が飛んでいただろ。フェニクスという神獣なのだが、プテダクティルと戦っていたんだ。その話が騎士養成学校の中で大いに話題になっていたんだよ。そのせいで、話を掴むことが難しかったそうだ……」
マルチスさんは軽く呟く。どうも、今回の作戦はあまりうまく行っていないようだ。そりゃ、神獣が空に現れて魔物をボッカンボッカンと爆発させていたら多くの人がその話題を持ち出すだろう。
多くの者が喋るということは本当に知りたいことも埋もれてしまうということ。
たとえ、相手の心が読めるとしても多くの者が喋っていたら聞き取るのは至難の業だ。一〇人が同時に喋っていても皆の話を訊き分けるなど普通出来ない。それが何百人となれば不可能に近い。無駄に目立ったのがあだとなったか。
「んんっ、今、この話は必要ないな。二人共、ドレスが似合っているじゃないか。明日は良い入学式になるだろうな」
マルチスさんは孫を褒めるように私達の姿も褒めてくれた。やはり、服装を褒められるのは嬉しいもので、自然に口角が上がる。
「えっと、ドレスを貸してくれてありがとうございます。必ず、返します」
ミーナはマルチスさんに頭を深々と下げた。
「あー、気にするな。わしの妻が、娘が生まれた時のために買いそろえた品だ。結局使われずに、新品同然で残っているんだ。少々古いがいい品は時間が経ってもやはり良い品だな。よく似合っている」
マルチスさんはミーナの服装を見て奥さんを思い出しているかのような優しい瞳を浮かべていた。でも、昔の良い品が今も良い品というのはわかる。
レトロとでもいうのか、昔の良さは今もしっかりと感じ取れるのだ。だから、マルチスさんも微笑みを浮かべているのだろう。ミーナも孫っぽい雰囲気だし、彼女の笑顔は周りを笑顔にする。
「いやー、魔物のせいで物流が少し滞っているようです。まいりましたね……」
食堂に入ってきたのはルドラさんだった。
「そうか。そっちも滞りが出ているか。こうなると、色々な物価が上がってくるな……」
マルチスさんはさらに考え込んでいた。
「冒険者達が魔物の駆除を少しためらっていた期間が長かった影響も考えられます。ただ、今日で改善されたそうなので、また、元に戻るかと」
「魔物は放っておけば無限に近く増殖する。ゴブリンなんか、一ヶ月放っておいただけで蟻のように湧いてくるぞ。ウルフィリアギルドの冒険者達に頑張ってもらわないと、国の物流が滞る。そうなったら、ただでさえ物価が高騰しているのにさらに上がるぞ」
「そうなったら、安い品で売っているマドロフ商会の品が売れますね」
「うむ……、ここでどれだけ多くの客を手に入れられるか勝負だ。流れがきている。在庫の商品を増やせ。品がゼロになることだけは何としても避けろ」
「わかっています。今後、商品が売れると予想し、在庫の数を増やしているところです」
「ふっ、早いな。なら、物流の滞りをできる限りなくせ。金を稼げるいい波が来た!」
「了解しました」
ルドラさんは頷き、マルチスさんの話をメモしておく。
――物価が高騰しているのに、マドロフ商会のお店の品は物価が上がらないの? なぜ。
「えっと、なんで、マドロフ商会の商品は高くならないんですか?」
「そりゃ、王都の商人たちが普段仕入れない場所から仕入れているからな。多少の値段の上昇を考えなくていい。多くの物流の道を作って来たマドロフ商会だからこそ、出来ることだ。周りは近場ばかりを選んで通路を簡単に作ろうとしない。面倒だからな。だが、こういう時、役に立つ」
マルチスさんは先見の明でもあるのか、用意周到なのか、やることなすこと良い悪いはあれど、結果、マドロフ商会の成長に繋がっている。さすが、凄腕経営者。この血を引き継いでいるルドラさんがすごいのも頷ける。
その後、ルドラさんのお父さんとお母さんである、ケイオスさんとテーゼルさんがやって来て席に着いた。クレアさんも、すすすっと走って来て、席に座る。
私達は皆で食事をとり、仲を深め合った。こういう繋がりは大切にしたい。繋がりを多く持っている者と繋がっておけば、何かあった時、道を作ってくれる。そういう人と仲良くしておくのが人生を楽に生きるコツだ。
だから、多くのアイドルは社長と仲良くなりたがるわけで……。って、私は社長とかどうでもよかったな。
夕食を終え、私達はお風呂に入る。今日はクレアさんも一緒に三人で入った。人が増えるたび、お風呂というのは狭く感じるが、マドロフ家のお風呂が大きすぎてそんな考えは全く浮かばなかった。
「はぁー、明日は入学式。緊張する……」
「そうだね。久しぶりにこんな緊張を味わうよ。知らない人と一杯会うのは怖いもんね」
ミーナと私はブツブツと呟き合った。
「いいなー、いいなー。私ももう一度学生生活に戻りたいわ」
クレアさんも私たちの会話に混ざる。
「クレアさん。安心してください。戻ってきた時に沢山、思い出話しますから」
「くうぅう~っ! はぁ、羨ましがっても仕方ないわね。わかった。楽しい思い出話を沢山聞かせてね。楽しみにしているわ!」
クレアさんは大人の対応を見せ、私達に微笑む。
お風呂を出た後、冷えた美味しい牛乳を飲み、ぷはーっとおっさんのような声を出して気分を解した。やはり、この牛乳は心の栄養剤だ。
「さて、寝ますか……」
私とミーナが寝室に向っていると、部屋の前にルドラさんが立っていた。どうも、私に話があるそうだ。ミーナに先に寝ていてもらい、私はルドラさんと応接室に移動する。
「キララさん、今日、何かしましたか?」
ルドラさんは鑑定のスキルでも持っているのかと思うほど鋭い瞳で私を睨んでくる。
「な、なにかってそんなたいそれたことした覚えはありませんけどね……」
「じゃあ、順を追って話してください」
「えっと朝食前に鍛錬して朝食を得てウルフィリアギルドに仕事に行ってウルフィリアギルドでギルドマスターの仕事をして……」
「ちょっと待ってください。ギルドマスターの仕事?」
ルドラさんは私の頭に手を置いて停止ボタンを押すように力を入れる。
「は、はい。ウルフィリアギルドのギルドマスターであるキアズさんが騎士養成学校の入学式の来賓に出席すると聞いたので、半日だけ私がギルドマスターを務めました。その際、ウトサの素材に冒険者が集中してしまう問題を解決するために、対策案を考えて実行に移しました」
「その対策案が冒険者ランクを上げる得点の上昇」
「知っていたんですか?」
「いや、あまりに完璧な対応だったので、誰がしたのかと思えばキララさんでしたか」
「いやぁ。完璧な対策は存在しませんよ。きっと穴はあります。でも、魔物の被害を減らすことはできるかと」
「ええ。今まで、ウトサの素材を手に入れれば高額な収入が手に入りました。でも、冒険者ばかりがいい思いをして多くの者が困る結果になっていたので、魔物の被害を減らせる対策をとってくれてありがとうございます」
ルドラさんは私に頭を下げてきた。




