フラグを立てる
「二人共、結果だけを見ていたら落ち込んじゃうよ。でも、過程を見れば二人は凄いと思われる。だって、大人の熟練冒険者も一人じゃ絶対に苦戦するブラックベアーを二人組で足止めできたんだよ。凄いことだよ。もっと誇って!」
「は、はは。そうかな。やっぱり、俺ってすごいのかな」
ライアンはにんまり笑顔を浮かた。
「で、でも。僕は自分の力が信じられないよ……」
パーズは冷たい雨が体に当たっているのかと思うほど縮こまる。
「じゃあ、鍛錬するしかないね。沢山鍛錬して自信を付けよう。どこまで行っても不安なら、ずっと鍛錬出来ていいじゃん! 不安を感じなくなったら成長は止まる。だから、パーズは物凄く成長できる段階にいるんだよ! 自信は後からついてくるっていうからね!」
私は相手を元気づけるプロだ。一人の落ち込んでいる少年を元気づけるなどお茶の子さいさい。
「はは……。そうだね。確かにそうかもしれない。僕、もっと鍛錬するよ」
パーズは落ち込んだ状態から復活し、立ち上がった。
「じゃあ、丁度いいし、ライアンとパーズで鍛錬したらいい。私は見ているよ」
「キララは鍛錬しないのかよ」
「鍛錬を見守る係も必要でしょ。部活動する時は指導教員がいないと駄目なんだよ」
「何言っているんだ……」
ライアンは首をかしげていたが、三人が鍛錬していたら危ない行為に目がいかないと伝えると納得してくれた。
「しゃあっ~! パーズ、本気で行くぜっ!」
「よしこいっ!」
ライアンとパーズは剣を抜かず、拳と拳で戦い合っていた。ボクシングに似ており、格闘術も入っている。空手とは違うが、ボクシングと柔道が合わさったような戦いだった。
「国が違うと戦闘術も違うんだな。殴って投げて防いで固めて……」
私はライアンとパーズの戦いを見ていた。ビー達も視界を向けており、スーパーコンピューターで処理するように動きの流れや脚運びなどをしっかりと覚える。
ビーが覚えれば私の思考回路にも勝手に覚えてしまうので、私の記憶力はビーの数が増えるほど上がる。人間の脳はスーパーコンピューターよりも凄いらしいので情報を溜めることは得意だ。
「はぁ、はぁ、はぁ。あちー。もう、上着なんて着てられん」
ライアンは上裸になった。少年とは思えないほど発達した筋肉の持ち主で、筋肉が浮き上がっている。さすが騎士の息子といったところか。体は父親譲りの特別性なのかな。
「ライアン、脱ぐのははしたないからやめた方がいいって何度も言っているでしょ」
「暑いんだから仕方ないだろ。パーズも脱いだらどうだ。森の中で服を脱いだら凄い解放感だぞ」
パーズは両手を広げて、笑っていた。もう、上裸で笑っているなどほぼ変態だが、戦って高揚しているだけだと考えよう。
「はぁ。キララさんがいるのに、よくそんなはしたない真似ができるな」
「別に気にしないで。私、子供に興味ないから」
「……そう?」
パーズは私の発言を聞いて上着を脱いだ。ライアンほど発達した体ではないが、しなやかな筋肉が付いていた。このまま鍛錬を続ければバレルさんのような剣士に成れるのではないだろうか。
ライアンとパーズが上裸の状態で戦い合い、互いに疲労がたまり、地面に背面から倒れ込んだ。息を荒くさせながら、いい顏で笑っている。何だかんだ仲が良い二人なのだ。
「はぁ~。一人で鍛錬するのは嫌いだが、パーズと鍛錬するのは楽しいんだよな」
「そりゃ、一人でやる鍛錬なんかより、知り合いと一緒に鍛錬した方が楽しいに決まっている」
ライアンとパーズが友情を確かめ合ったころ、私もやる気になってきたので立ち上がった。
「じゃあ、二人共。格闘術の鍛錬は終了。今から、魔法に対する防御訓練に入ります」
「魔法に対する防御訓練……」
ライアンとパーズは顔を見合わせながら呟いた。
「私が魔法を放つから、一人ずつ魔法を防いで。剣だけしか使ったらだめだよ。スキルや魔法の使用は一切無し!」
「なんか、面白そうじゃないか。やってやるぜ!」
ライアンは立ち上がり、剣を引き抜こうとした。
私はライアンが剣を引き抜く前に魔法杖を手に持ち『ウォーター』を放った。
「どはっ!」
ライアンの体に水の塊が衝突し、彼は吹っ飛ぶ。先ほどの鍛錬を見たところ、受け身は取れるようなので、多少吹っ飛ばされても問題ない。
「いつ始めるかは言っていないからね。どこから飛んでくるかもわからないよ」
私はビー達に八方位に留まってもらい、ランダムで『転移魔法陣』を展開し『ウォーター』を放った。
「くっ!」
パーズも背後からの水の塊をとらえきれず、吹っ飛ばされる。
「真正面から来る騎士の戦いとは違って魔物はどこからでも襲い掛かってくるからね!」
私は一発ずつ魔法を放って行き、感覚を掴ませる。ドラグニティ魔法学園に通っている生徒達は魔法を使える子が多い。騎士道に反した戦いをする者もいるだろう。真正面からの戦いのようなおバカな戦法は魔物に通じない。だから、魔法の理不尽さを理解してもらうために、しっかりと扱く……つもりだったのだが。
「ほっ! おらっ! よっと!」
ライアンの方は八回ほど水の塊を受けたところで、水の塊が飛んでくる感覚を覚えたのか、攻撃を予知してしっかりと対処できるようになっていた。さすが天才肌……。
ただ、パーズの方は水の塊を中々とらえきれず、苦戦していた。見たところ凡人。でも、凡人でも鍛錬の量と試行回数、完全睡眠による記憶の定着によって魔法攻撃を攻略した。
「なるほど。二人共、技量がいいね。ドラグニティ魔法学園に受かるのも納得だ」
「な、なんで、あんなに魔法をポンポン打っているのに、キララは汗一つ掻いていないんだ……」
「わ、わからない。多分、魔力量が多いからなんじゃないかな。あと『ウォーター』は初級魔法だから、魔力の消費量が物凄く少ないのも関係していると思う」
「『ウォーター』の威力じゃねえだろ。ウォーターで人を吹っ飛ばすとか、わけわからねよ」
ライアンとパーズは互いに意見を交換しながら鍛錬の効率を上げていた。
私の暇つぶしに付き合ってくれて本当に助かる。こうでもしないと、私のお節介が出てしまうのだ。まあ、今も出ているのだけど。
「よし。お疲れ様。二人共、ドラグニティ魔法学園でも十分生活して行けそうだね。私は体力がないから不安だけど、頑張って付いていけるように努力するよ」
「…………」
ライアンとパーズは私の方を見ながら、若干引いていた。
☆☆☆☆
ライアンとパーズを鍛錬していたら午後三時になっていた。もう、二時間近く鍛錬していたようだ。
私とライアン、パーズは西の森の中を歩く。ベスパに西の森を調べてもらった結果、以前よりも自然に近い状態に戻ってきているとのことだ。魔造ウトサの影響が抜けているという。やはり、ライトの特効薬様様だな。
「キララ、俺にもそのバートンに乗せてくれないか?」
「ぼ、僕も」
ライアンとパーズはレクーの姿を見て目を輝かせていた。
「別にいいよ。落ちないように気を付けてね」
私はレクーから降り、レクーの背中にライアンとパーズに乗ってもらう。
「おぉお~っ! すっげぇええ~っ!」
ライアンとパーズはレクーの背中の上で満面の笑みを浮かべた。騎士家系の子なのだから、二人共バートンに乗った覚えがあるはずだ。なのに、そんなに感動するものなのかな。
「家のバートンと全然違う……」
「ほんとほんと。なんで、こんなに安心する乗り心地なんだろう。負ける気がしないよ!」
ライアンとパーズはレクーの背中に乗り、大きな安心感を得ていた。まあ、レクーの足腰がしっかりしているおかげもあるだろう。
騎士が沢山いるプルウィウス連邦出身のライアンとパーズもレクーがすごいと言うのだから、きっとすごいのだろう。ほんと自慢の相棒だ。
「キララ様、以前訪れた村に行きますか?」
「うーん、別にいいかな。柵が壊れているとか、そういうのなら話は別だけど」
「特に破壊された様子はありませんでした。村人も普通に生活していますから、気にする必要はありませんね」
「うん。あまり干渉しすぎるのも悪いよ。村の問題は本来村の者が解決するのが普通だから、私達はちょっと手助けしただけに過ぎない。まあ、助け助けられの関係にならないと社会は回らないよ」
私はライアンとパーズと入れ替わり、レクーの背中に乗り直した。そのまま村によることなく西の森を出た。
「ふぐぅ~っ、やっと森から出られた。魔物が出なくて張り合いがなかったけどー」
「またそんなこと言って……。物騒なこといわないでよ。本当に出てきたらどうするの」
「大丈夫大丈夫。言っているだけだってー」
ライアンは笑いながら、目尻を穏やかにする。
「キララ様、東方向にある山脈から巨大な翼竜が八頭飛んできています」
ベスパは私の脳内に王都に向って大型の魔物が迫ってきていると報告してきた。
「え、プテダクティル……?」
「プテダクティルか~! いいな~。そんな魔物と戦ってみたいな~。飛んでいる分、ブラックベアーより勝ちにくいけど」
ライアンは後頭部に手を当て、胸を張って意気揚々と歩いていた。
「プテダクティルって……。村を襲ったら普通に何人もの死傷者が出る魔物だよ。そんな物騒なこと言わないでよ」
パーズは溜息をつきながらライアンの発言を返す。
「二人共、今、連絡が入ったんだけど、東の山脈からプテダクティルが八頭、王都に飛んできているんだって。ライアンが変なフラグ立てるからだよ」
「ふ、フラグ? なんだそりゃ。俺は別に何もしてねえよ。普通にそんなことがあったら俺が、がつっとカッコいい所を見せられるのになーって思っただけだ」
「はぁ。そう言うのがフラグって言うんだよ……」
何か喋っていたらその通りになる。犬の糞を踏みたくないなー。と思っていたらいつの間にか踏んでいたとか。今日は授業で当てられたくないなー。と思っていたら一発目に当てられるとか。そんなフラグを当たり前のように回収した。
「プテダクティルが東の方角から来ているのなら、俺達がどれだけ頑張っても王都に着く頃に間に合わないだろ。あぁ~、王都の騎士達の仕事になっちまうな。せっかく小遣い稼ぎになると思ったのに~」
ライアンは自分が戦わなくて済むと思っており、大変のんきな発言だ。
プテダクティルは空を飛ぶプテラノドンのような魔物だ。鋭い嘴に長い翼。端から始まで八メートルはある。そんな体を持った魔物が矢のように真上から急降下して魔物を刺し殺して捕食するエグイ魔物だ。人を見つけたら鷲のように狙いを定め、音速を越えてくる。早く対処しないと死人が出かねない。
――まず、強い人に連絡しないと。ベスパ、フェニル先生にプテダクティルの進行を伝えて。
「了解しました」
ベスパはロケットのように飛び、ドラグニティ魔法学園の闘技場で受付しているフェニル先生の元に向かう。ベスパは速度だけはとにかく早い。力は無いが、飛ぶだけならあっという間に連絡できる。




