ギルドマスターの権利
「あの子は私が住んでいる村の牧場で生まれた子です。私が毎日お世話していました」
「ええっ! キララさんが、レクティタを育てたんですか!」
「はい。牧場を経営している知り合いのお爺ちゃんが育てていたバートンが私に育ててほしいとお願してきたんです。その子が、レクティタです」
「す、すごい。あんな素晴らしいバートンにするために、どうやって育てたらいいのか、教えてください!」
リーファさんは私のもとにやって来て、目を輝かせていた。
「そ、そんなこと言われても、普通のことしかしていません。ただただ、レクーのお母さんがすごい強いバートンだったので、あの子も凄く強くたくましく育ったんです。まあ、しいていうなら、沢山食べさせて走らせたからですかね」
「なるほど。沢山食べさせて走らせる。実践してみますね!」
リーファさんは両手を握りしめ、やる気に燃えていた。
「うおお~! 俺も、沢山食べて沢山走ってやる!」
イカロスもファニーから好意を向けてもらうために努力しようとしていた。頑張るのは悪くない。努力している姿を見て、きゅんとくる女子は多いのだ。可能性はゼロじゃない。
私は出かけるために、用意していたバートン具をレクーにつける。
「じゃあ、マルティさん。リーファさん。私はウルフィリアギルドに行ってきます。部活動紹介の練習、頑張ってくださいね」
私は頭を下げてから、レクーをしゃがませ、手綱を握りながら鐙を踏み、背中の鞍に腰掛ける。そのまま、彼の腹を足で軽く叩くと、レクーは前足を浮かせ、歩み始める。バートン場の入口をベスパに空けさせて庭園に出た。
「あぁ~、レクー様の走る姿、素敵過ぎる。もう、目が離せないわ……」
後方から雌バートン達の熱い視線を受けながら、レクーは筋肉の塊を綺麗に動かし、しなやかに走った。
屋敷の入口から通路に出て、大通りに向かう。
「ベスパ、面倒事が起こらないように人気が少ない道を選んでウルフィリアギルドまで連れて行って」
「了解です」
ベスパはビー達の情報を集める。頭の中で処理した後、ビーナビを発動し、完璧な道順を割り出す。もう、交通渋滞まで完璧に網羅されたビーナビはカーナビよりも完成度が高かった。
私とレクーはベスパの先導についていき、人気が無い道を走る。バートン車とすれ違うこともなく、ウルフィリアギルド前の大通りに出て来れた。
「ふぅー。ベスパ、レクー、お疲れ様。じゃあ、レクーは厩舎で休んでて」
私はレクーをウルフィリアギルドに備え付けられている厩舎に入れる。
レクーをいつも厩舎に閉じ込めてしまい、申し訳ないと考えてしまう。どうせなら、待ち時間も広いバートン場で走らせてあげたいが、人口密度が高い王都の中ではむずかしかった。
「仕事をさっさと終わらせて、レクーと一緒に屋敷に帰ろう」
私はウルフィリアギルドの門から建物の入り口まで続く、長い通路を歩く。
冒険者の数は多いように思えるが、ウトサの素材を狩りに行く冒険者が多く他の依頼に回る冒険者が少ない状況に陥っており、経営難の状況は変わっていない。
獣族の冒険者さんを他の仕事に回してあげたいのだが、依頼者が獣族は嫌だというクレームをウルフィリアギルドに入れてくるらしい。
大変困っている状況を打開してあげたいが、今は私の出る幕ではないわけで……。
私はウルフィリアギルドの建物の中に入る。
多くの冒険者が魔物の討伐依頼や護衛の依頼を受けられる受付に並ばす、素材採取を受理する受付に並びまくっていた。まあ、素材採取は魔物を倒したり、人々を護衛するよりも安全性が高い。今は手に入れば億万長者も夢じゃないくらい、ウトサの素材が高騰しているため、依頼を受けない理由が無かった。
誰しも安全に大金を稼げるのなら、そちらがいいに決まっている。冒険者だって命が無ければ稼げない。そのため、素材採取の方になびいてしまうのだ。
「はぁ……。こりゃ痛い打撃だろうな」
私はウルフィリアギルドの受付に歩いていく。どこでもいいが、顔見知りの女性のもとに向っていた。これが人間の普段と変えたくないという心理現象だ。
「おはようございます」
「あぁ、おはようございます、キララさん。昨日はありがとうございました。キララさんのおかげで仕事が物凄く楽になりました」
仕事で楽を知ってしまったブラック企業の社員は、どうやったら楽できるか考える。
気が緩んだブラック企業の社員は風邪をひくか、鬱になるか、そのまま、仕事が出来なくなる場合が多い。
ブラック企業の社長はどれだけ、社員たちの気を引き締めたまま洗脳するか考えているだろう。
ほんと糞みたいな社会だ。
今のウルフィリアギルドはグレー企業なので、まだギリギリ踏み込み調査されないくらいの経営状態だ。でも、働いている人達はとても辛そうなので、給料を上げて休みも増やしてあげないと会社がつぶれる前に社員がつぶれてしまいかねない。
「いえいえ、気にしないでください。昨晩はよく眠れましたか?」
「は、はい。久々にぐっすりと眠れました……。今日も眠れたらうれしいです」
美人な女性の顔に皴が見えた。まだまだ若いのに老けて見えるのは睡眠不足が原因だ。慢性的な睡眠不足は一度しっかり眠っただけで治る症状ではない。いい生活を送れていない者がいい成果をあげられる訳もない。
頭が回らない者が考えた仕事の計画が成功する確率がどれだけ低いか。もっと睡眠の質と量を考えて行動してもらいたいものだ。
「私の仕事部屋を開けてもらえますか?」
「はい、ただいま」
受付の女性は私の仕事部屋を開けに行った。彼女が帰って来たころ、私は部屋に向かおうとする。ただ、
「あの、キララさん。ギルドマスターから伝言が……」
「え? キアズさんから、伝言ですか」
「はい。今日、ギルドマスターは騎士養成学校の入学式に呼ばれています。来賓として出席しなければならずその間、ウルフィリアギルドのギルドマスター代理をキララさんにお願いしたいと」
「…………なんて強引な。そもそも、一二歳のギルドマスターとか、だれが許すんですか?」
「皆、許します」
私が呟いた時、多くの受付の方々が私の方を見てきた。あぁ、やだやだ。上司が認めたら、社畜たちはこんな重大な役職も子供に渡せてしまうようだ。
「まあ、暇なので別に構いませんが、私に権利を一瞬でも与えてしまったことを後悔するといいですよ」
私は自分の仕事部屋ではなく、溜まりに溜まった資料が山積みになっているギルドマスターの部屋にやって来た。
どれだけ仕事を効率よく回せても、仕事が毎日入って来たら仕事に追われるのも仕方がない。
最近は仕事の効率なんて考えられないほど、ウトサの素材採取に人員が割かれている。
それなら他の依頼も報酬を変える手段をとるべきか、と一度考える。
だが、長い目で見たら、諸刃の剣だ。一時的に賃上げを実施しても、下げなければいけない時、確実に同じ状況が起こる。
私が取れる手段は人数制限しかなかった。ウトサの素材を取りに行ける冒険者は抽選で決め、熟練者や新人に限らず、確実にランダムで決める。
そうすれば、多少なりとも冒険者間の軋轢は消えるはずだ。仕事に行けない状況を作れば、仕方なく他の仕事をこなすしかない。それが日雇いバイトのような仕事の冒険者の痛いところだ。
私はウトサの素材採取の依頼ではなく、他の依頼をしっかりとこなせば、その際に得られる冒険者ランクを上げるために必要な点数を八パーセント上げることにした。
賃金は上げられないが、冒険者ランクを上げるために必要な点数は少々上げても問題ないと判断した。そうすれば、他の依頼に行きたがる冒険者が増えるはずだ。
信用商売といってもいいくらい冒険者は信用が大切だ。その中で冒険者ランクは、ぱっと見ただけでわかる信用に値する位なので、皆上げたいと思っているはず。
だから、その冒険者ランクを上げるための点数の上昇率をあげれば、皆が飛びつくと考えた。
私はウトサの素材採取の人数制限と冒険者ランク上昇得点セールをすぐに実施する。すると……。
「魔物の討伐依頼に行かせてくれ!」
「こっちは護衛の依頼を受けるぞっ!」
「俺達は魔物の討伐と護衛の依頼を両方受けてやるっ!」
多くの冒険者さん達は自分達の冒険者ランクを上げたいがために、ウトサの素材以外の仕事を請け負ってくれた。やはり、自分の冒険者ランクを上げたい気持ちを持った者は多かったようだ。冒険者ランクが上がれば必然的にお金は増える、自分の信用も上げられる。
ウトサの依頼に行けなかった気持ちより、依頼を受けて冒険者ランクを上げてやると奮起する気持ちの方が上回っているようだった。
「す、すごい……。あんなに他の仕事に行きたがらなかった冒険者達が、こんなにあっさりと」
受付にいる女性達は冒険者達の気の変わりように驚きを隠せていなかった。
冒険者は頑固な者が多い。加えて面倒臭がりで、仕事のやる気が無ければずっと女や酒で遊んでいる集団だ。言わば、社会不適合者。
でも、やる気を焚きつけてやれば物凄い爆発的な熱意で仕事をこなす。
扱いが難しいが、扱えたらとても効率がいい戦闘機みたいな人達だ。相手を扱うことが得意な私だから、多くの冒険者達を上手く燃え上がらせられた。きっと保守的なキアズさんだったら難しかったんじゃないかな。
「ふぅー。とりあえず、ウトサの素材採取だけに冒険者さんが向かってしまう問題は解決しました。今は冒険者ランクを上げる点数の配分を上昇させることで対処していますけど、何か問題が起こったら随時対策を考えてください。まあ、ウトサの高騰が続いている間はこのような体制になると思いますね」
「ありがとうございます、キララさん。ほんと、キララさんは子供だと思えないくらい頼りになりますっ!」
受付の可愛らしい女性達は私に沢山感謝してくれた。半日の間は私がギルドマスターなので彼女たちは私の部下なわけだ。とりあえず、ねぎらいの言葉を吐いて言葉を受け取りつつ、ビーの巣会社の社長としての仕事をこなすために仕事部屋に向かう。
「はぁー。疲れた疲れた。ほんと、人を使うのは疲れるね」
私は八階にあるビーの巣会社の部屋に入り、革製の質が良い椅子に座って心を休める。
「ですが、さすがキララ様。相手を使うのがとても上手ですね。日頃、私達を手足のように使っているだけはあります」
ベスパは机の上で浮かびながら、両手両足を振っていた。
「まあね。じゃあ、今からはビーの巣としての仕事を始めるよ」
「了解です!」
ベスパはEランク、Dランクの依頼を整理し、私の机の上に置く。今日も大量だ。ただの買い物や子供の面倒、掃除、雑草抜き、店番、その程度の雑用が毎日のようにウルフィリアギルドに届けられる。
金貨一枚という王都の日給で考えたら大変少ない金額なので、誰もやりたがらない。
でも、ビー達ならなんの文句も言わず、ぱっぱと終わらせてしまうので、数をこなせてしまう。
人件費はゼロ。ほとんど私の取り分だ。儲かって仕方がない。私は楽ができて儲かり、ビー達は仕事が貰えて悦び、依頼主は仕事してもらえる。何と完璧な循環だろうか。
私は依頼の束を持ち、東側の窓からぶん投げる。すると、餌に飛びつく鯉のようにビー達が現れた。すぐに距離を取る。
ビー達は依頼書を受け取って場所と仕事内容を理解したのち、ぶーっと飛んで行く。
私の仕事は、待つだけ。だいたい八〇分もすればほぼ帰ってくる。時間が掛かる依頼もあるが、簡単な仕事なので問題ない。




