繁殖の季節
「はぁ、はぁ、はぁ。よし。いい感じだ」
マルティさんはイカロスの首を撫でていた。そのまま、二本目を走る。
「怪我しないといいけど」
マルティさんはどこか目が離せない危なっかしい人だ。なので、母性のような気持ちが沸くのか、走り切るまで見ていた。
「はぁ、はぁ、はぁ。よし。これで、バートン術部の披露が出来る」
マルティさんは新入生に見せる部活動紹介の練習をしていたようだ。あのカッコよく走る姿を見たら、惚れる女子の一人や二人、バートン術に興味を持つ男子くらい集まりそうだけど、実際は上手くいかないのかな。
「あ、キララさん。キララさんもバートンに乗りに来たの?」
庭に作られている小さめのバートン場にいたマルティさんは私に気づき、話し掛けてきた。
「はい。レクーを厩舎から出しに来ました。マルティさん、今の走りはバートン術部の部活動紹介の練習ですか?」
「そうだよ。明後日に新入生の前で活動内容を話さないといけないから練習していたんだ。もうすぐ、リーファちゃんも来る。だから、少しでもうまくなっておかないと」
マルティさんは運動着の服装を正し、イカロスの体をブラッシングする。
「リーファさんがここにわざわざ来るんですか……」
私はSランク冒険者のカイリさんの妹であるリーファさんを思い出していた。
彼女もマルティさんと同じく、ドラグニティ魔法学園に通っている女性。とても綺麗な方だ。加えてマルティさんと一緒にバートン術部に兼部してくれている心優しい方。
でも、私は彼女に会ったことが一度しかない。その時は私の男装した姿だったので、キララとして会うのは初対面になる。男装していたことを打ち明けた方がいいかな。
「おーい、マルティ君。おはよう~」
噂をすれば……、入口の方からレクー同様に真っ白なバートンに乗った金髪美少女がやって来た。右手を高く上げて大きく振っている。
金色の長い髪が風になびき、大変色っぽい。胸はそこはかとなく大きくバートンが歩くたびに弾ませていた。淫らに跳ねているわけではなく、乳が自己主張しない程度に彼女の女性としての魅力をぐっと挽き立てている。
「ぽー」
マルティさんとイカロスは彼女たちの姿をみて完全に見惚れていた。
「え……。誰ですか?」
私の姿を見たリーファさんは首をかしげる。まあ、今の私は見るからに女の子なので、当時の雰囲気はゼロだ。
「スンスン……。この魔力の甘い香り。もしかしてキララさんですか?」
初めに気づいたのはリーファさんではなく、真っ白なバートンのファニーシアことファニーだった。
ファニーは私にバートンの挨拶、首すりすりをしてくる。
「おはよう。ファニー。一年で一段と大きく綺麗になったね」
「えへへ。ありがとうございます。一杯食べてレクー様の赤ちゃんを一杯産めるように体を大きくしてきました~」
ファニーは乙女の発言とは思えないほど過激な思想を持っていた。ものすごく重い女みたいな考えに、私は若干引く。でも、確かに彼女はとても大きくなっており、イカロスと比べても遜色ないくらいのガタイの良さになっている。レクーと比べたらまだ小さい。けど、女の子なのだから、そこまで大きくならなくても……。
「えっと、どこかで会ったことがありましたか? なんで、ファニーの名前を知っているんですか? 私、一度会った相手の顔は忘れないっていう特技があるんですけど……」
リーファさんは私の顔にぐぐぐーと近づいてくる。彼女の長い茶色っぽいまつ毛がもともと大きな目をさらに大きく見せていた。黄色の瞳はイエローダイヤモンドかというくらい輝いており、吸い込まれてしまいそう。
すっと通った鼻筋にぷるるんと潤ったピンク色の唇。小顔でしゅっとしたあごに毛穴が全く見えない卵肌……。もう、カイリさんが溺愛するのもわかるくらい美少女。
「えっと、すみません。こうしたらわかりますかね」
私は長い髪を後頭部で纏め、ポニーテールにする。
「あぁあああああああああああっ!」
リーファさんの大きな声が庭に響いた。そこまで驚かなくても……。
「ら、ラッキーさん……ですか?」
リーファさんは私の姿が頭の中で一致したようだった。
「はい。ラッキーは偽名です。本当の名前はキララといいます。あの時は騙していてすみませんでした。少し、事情があって……。男装していたのは嘘の私で、こっちが本当の私です」
「キララさん。男性じゃなくて女性……。な、なるほど。理解しました。えっと、えぇ」
リーファさんは理解してもなお、不思議なようで、私の顔をじっと見つめてくる。
「か、可愛すぎ……」
リーファさんは私の顔を見てぼそっと呟いた。嫌々、あなたも十分綺麗ですよ。可愛い方に可愛いと言われると照れちゃうなー。
「あはは……。ありがとうございます。リーファさんはとてもお綺麗です。一年前よりもっと大人っぽくなられましたね」
「そ、そんな。でも、ありがとうございます。一年間、淑女として経験を積んできたので、それなりに成長したと自負しています」
リーファさんは庶民の私の前でも毅然とした態度で接していた。相手の身分で態度を変えず、相手をまっすぐに見て話をする姿はやはり知見が広いなと気づかされる。
「り、リーファちゃん、おはよう……。今日はいい天気で本当によかった」
マルティさんはガッチガチになり、顔が引きつっていた。私の前だと普通に話せているので、異性が苦手という訳ではないだろう。
まあ、同級生にこんな美少女がいたらどぎまぎしちゃうのもわかる。でも、リーファさん愛好会がありそうなくらい可愛い方なので、マルティさんは凄く良い位置にいる。
同級生、同じ部活動に所属し、休みの日も一緒に会える関係。だが、幼馴染だ。あぁー、幼馴染枠は大変なんだよな。負ける可能性がとても高い。
「今日はいい天気で本当によかった。マルティ君はさっきまで練習していたの?」
「う、うん。でも、ごめんね、わざわざ来てもらって。本当は僕から行きたかったんだけど」
「ううん。私の家、結構遠いし、丁度帰って来たところだから、気にしないで。お父様は騎士養成学校の来賓の仕事があるし、学園に戻っても暇だったから」
リーファさんのお父さんは八大貴族の一角を担う重鎮だ。その愛娘を一人でよこすわけもなく……。後方に数名の騎士らしき人物が張っていた。リーファさんの家の騎士なら正教会の息がかかっていないと思いたいが、どうなるかわからないので、一応警戒しておかなければ。
――ベスパ、リーファさんの騎士にビーを付けておいて。何か不審な動きを取ったら教えて。
「了解です」
ベスパは花の受粉をこなしているビー数匹を騎士のもとに飛ばし、監視させる。ただの羽虫を気にする騎士など存在せず、ビー達は良い位置に身を隠した。
「キララさん、キララさんっ! レクー様は、レクー様はどこにおられますか!」
ファニーは私の体の周りをクルクル回り、レクーの居場所を訊いてきた。
「あぁ、レクーなら、厩舎の中にいるよ。少し待ってて」
私はファニーを宥め、レクーが待っている厩舎の中に向かう。
「あぁ~ん、レクーさん。もう、私を滅茶苦茶にして~っ」
「レクーさん、私にレクーさんの赤ちゃんを産ませてくださ~い!」
「あぁー、レクーさんと一緒の厩舎にいるだけで頭がおかしくなっちゃう~!」
多くの雌バートンが四月ごろ繁殖期に差し掛かっているため、とてもじゃないが、テレビで放送できない状態になっていた。レクーも今年で二歳。まだまだ若いが、一歳で成人となるバートン達にとってはとてつもなく魅力的に見える時期だろう。
大学生か、新入社員くらいの年齢だと思われる。二〇歳の超カッコいい男を想像してもらったらいいか。そいつが、全裸で色気をむんむんに発しながら厩舎の中で静かに食事していたら、他の雌がどうなるかくらい想像がつく。
「レクー、大丈夫?」
私は他の雌から色気を向けられている厩舎の中にいたレクーに話しかけた。
「はい、大丈夫です。モークル達の姿を考えればどうってことありません」
レクーは友達のウシ君のハーレムを知っているので、雌たちに対していい印象を持っていなかった。ウシ君は相手が雌であれば大概落としてしまうくらいイケメンなモークルで、子供が欲しいと言う雌がいれば、構わず孕ませるとんでもない種牡モークルだ。
まあ、私達、牧場経営者からすれば、そこまで発情してくれるモークルがいてくれてとても助かっている。感謝感激なのだが、レクーも例外ではない。
レクーの強い遺伝子を他のバートンに受け継がせれば、大儲けできるわけだ。でも、彼はそれを知っているので、むやみやたらに子供を作ろうとしない。動物にしては大変紳士なバートンといえる。
まあ、彼が本当に愛した一頭を選ぶのかな。私と一緒に生活しすぎて、自分を人間と思い込んでいるのかも。バートンの世界から見れば、レクーの子供がいっぱい増えた方が種族は繁栄しそうだけどな。
私はレクーを厩舎から出し、バートン場にやってくる。
「きゃあああああああ~っ! レクー様っ!」
ファニーは鼻息を荒くし、レクーのもとに突っ込んでくる。とても危険な突進で、普通のバートンなら突き飛ばされていただろう。だが、レクーは違った。体を横にして、ファニーの突進を受け止める。膨張した筋肉が鋼のような硬さをほこり、鎧をまとっているかのようだった。
「あなたは……、ファニーシアさん。一年ぶりですね」
「お、覚えていてくれたんですか! きゃぁあ~っ! 赤ちゃんください!」
ファニーはまたもや早い求婚を決める。だが、レクーは頭を横に振り、断った。
「ファニーシアさん。僕はまだ、親に成れる気がしません。なので、子供は作れません。僕は母さんみたいな立派なバートンにならないといけないんです。キララさんの足として仕事が全うできるその日まで子供は作る気がありません」
レクーは、自分の体が私の足として全うできるまで子供を作らないときっぱりと言った。つまり、競馬で引退するまで走り続ける馬たちのように自分の役割をしっかりと分けたいということか。
「レクー様……。カッコいいぃっ!」
ファニーはレクーのバートン精神に感銘を受け、泣きまくっていた。表現豊かな子で、とても楽しい。少々お堅いレクーと相性が良さそうだ。ただ、その姿を見て、よく思っていない個体が一頭。
「ぐぬぬぬ。レクー、お前、あんなこと言われておきながら手を出さないとか、お前はそれでもバートンの雄かっ」
イカロスは歯を食いしばり、とてもイライラしていた。
「ど、ドウドウ。落ち着いてイカロス。バートンにも好みがあるからさ、ファニーはイカロスをどう思っているか知らないけど、まだ好機はあるよ」
マルティさんはイカロスの体を撫で、宥めていた。
「はぁ~。ほんと、レクティタの姿はいつ見ても素晴らしいですね。あんな凄いバートンが育てられる方法をこの目で見たいです」
リーファさんは目を蕩けさせ、レクーを見ていた。やはり、この方もバートンが大好きな人間だと思われる。




