老けたらどうする
「はぁー、お花の匂いが心地いいね。私、こういうの好き……」
ミーナは乙女なので、花が好きなようだ。はにかんだ表情は柴犬のようで、私の顔まで緩んでしまう。
「ほんとだね。私もお花が大好きなんだー。まあ、私よりお花が好きな知り合いがいるけど」
私はベスパが花の上で優雅に寝転がっている姿が妙に羨ましく見えた。お花のベッド、何とも可愛らしいじゃないか。
「ねえ、キララ。明日は何するの?」
「うーん、別にすることは決まっていないよ。まあ、明後日の入学式準備とか、かな。ミーナは貴族に見られても恥ずかしくないくらいの規則をちゃんと学んでもらうことになる」
「えぇー。また、あの堅苦しい恰好しないといけないの? 私、ドレスってあんまり好きじゃない。凄く着にくいし、動きにくいもん。あれなら全裸の方がましだよ」
「そ、それは放送できないから……」
「放送って? どういう意味?」
ミーナは私の失言を聴き、首を傾けた。
「いや、何でもないよ。普通に裸で街を歩いたら捕まっちゃうから、駄目。わかった?」
「はーい」
ミーナは手ではなく足をあげて返事した。何とも行儀が悪いが、私の前なら許そう。今度から貴族塗れの学園で生活するのだ。私の前くらい楽にさせてあげたい。
「はぁー、学園に行ったらずっと窮屈な生活なのかな……」
「いや、そうでもないと思うよ。ドラグニティ学園長の話を聞く限り、強ければ周りは何も言えないみたい。ミーナが自分の実力を回りに知らしめれば、ある程度の粗相は許されると思う」
「なるほど。強さが必要なんだ。じゃあ、沢山鍛錬しないといけないね。朝起きて鍛錬してからの朝食を得て鍛錬。昼まで鍛錬して昼食を得てまた鍛錬」
ミーナは鍛錬と連呼しているが、どれだけ身を鍛えれば気が済むのだろうか。
普通に考えて力だけなら子供の中でミーナが一番強いんじゃないかと思う。まあ、ドラグニティ魔法学園なら、もっと強い能力者たちが一杯いるんだろうな。
――はぁーやだやだ。自己紹介でスキルの話をしてくださいといわれたら私だけ浮く自信がある……。もう、嫌だ。
私は花の上で涎を垂らしながらおっさんのように眠っているベスパを見て嘆く。彼を紹介しないといけない日が来ると思うと気が滅入る。
私はミーナとお風呂で体を温めた後、メイドさんに体を洗ってもらった。ほんと、プロのエステさんみたいだ。
「へへへ、えへへ、キララさんの肌、すべすべです~」
「髪もつやつや。なにこの潤い。どういう仕組みなのかしら」
「あぁー。石鹸を使わなくてもすでにいい香りがする」
「もう、全身手洗してさし上げたいわ」
メイドさん達が少々変態みたいな発言をこぼしているが、特に悪いことをしているわけではないので聞き流そう。そうしないと、いい気分が台無しだ。
「はぅうーっ! く、くすぐったいですー。そ、そこは自分でやりますからぁ~!」
ミーナもメイドさんに洗ってもらっている。どこを洗われているのと訊かれたら、尻尾だが? と答える。どこだと思ったんだこの変態どもめ。
ミーナの尻尾に石鹸を付けるともこもこになり、どこに銀色の毛が生えているかわからなくなった。尻尾だけ膨張した狸みたいな形で、何とも可愛らしい。
メイドさんが私達の体に着いた泡をお湯で洗い流すと、綺麗な状態になっていた。
「ふぅー。さっぱりして体の筋肉もほぐれた気がする。肩は一度も凝った覚えがないけど」
私は肩を回し、身が軽くなった現状をしっかりと理解し、お風呂の方を見た。案の定キラキラと輝いており、私の煮汁が溜まっている。
別に汗が含まれているだけなので銭湯のお湯と大して変わらない。私からするとあまり綺麗に見えないが、多くのメイドさんたちは、獲物を狙う獣のようにお風呂を睨んでいた。
「はぁー。私達が最後に温まったら入って良いですから、飲むのは止めてくださいね」
「はーいっ!」
メイドさん達は大きな声を出して返事した。年齢が八歳若返るお湯が目の前にある状況で、お姉さん方が耐えられるだろうか。まあ、お腹が減った狼の前に肉を置いているような状態なので、私とミーナはさっさとお風呂に入る。
「キララ、今気づいたけど、お湯がキラキラしているよ。凄く綺麗」
「は、ははー。そうだね。綺麗だね。何かの魔法かなー」
私は言葉を濁し、ミーナの興味をすぐに消す。体を温めた後、私とミーナはお風呂から上がった。
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!」
二番風呂争奪戦が始まり、オークかと思うほどの雄叫びをあげてメイドたちはお風呂に向かう。
「皆さん! お風呂に入る時は体をしっかりと綺麗にしてからですよ!」
私は飛び込み防止のために、メイドさんに声を掛けた。
「は、はいっ!」
メイドさん達は桶に向って飛び、初めに桶を取ったメイド長がお湯を掬って身にぶっかけた。そのまま、頭からお風呂に突っ込む。底はまあまあ深い。何かあったら怖いので少し見届けた。
「ぷはっ~!」
メイド長の長い茶髪がキラキラと輝き、鞭のように撓っていた。マーメードか何かかなと思うくらいの水しぶきに驚きつつも、彼女の顔が若返っており、八歳以上若返っている気がする。もう、ピッチピチの一八歳くらいに見えた。
私は目を擦り、もう一度よく見たが、メイド長の素顔が一八歳くらいになっていると知る。
「こ、これよこれ~っ。これがないと、生きていけないわ~!」
メイド長の若かりし頃を顏に映し出しているわけではない。魔力をふんだんに受け取って一時的に若返っていた。
「私もっ~!」
他のメイドたちもお風呂に入り、全身をお湯につけた後、水面から頭を出すと、皆一八歳くらいの若々しい姿で出てきた。元から若かった者は中学生くらいの肌に見える。
私の魔力量が多すぎたらしい。世に知れ渡ったら多くの貴族の女性達が私のことを求めてくるかもしれない。そんな面倒な事態を避けたいので、皆に口止めしておかなくては。
「皆さん、そのお風呂のお湯は他の人に秘密ですからね。もし話したら皆さんはそのお風呂に一生入れません。わかりましたか?」
「わかりました!」
メイドさん達は、このお湯は自分達だけのものといわんばかりに大きな声を出した。
どんなにお金をつぎ込もうと女性は老ける。
老けてしまったら自分の姿を見て辛くなる。大金持ちでも、老けてしまったら若い者が羨ましくてたまらなくなるだろう。
若さという永遠に手に入らない姿を私の魔力で手に入れられる。何たる禁忌。昔の私だって、若返りの水があるなら欲しいって思う。
「皆、なんで、あんなにキラキラしているお風呂に入って喜んでいるの?」
ミーナは女性達の悩みがわからないのか、首をかしげながら訊いてきた。
「うーん。ミーナは老けたらどう思う」
「老けたら。うーん、お婆ちゃんになった時に孫がいなかったら悲しいかな……」
ミーナは老けたら嫌だという考えは無く、悲しみは周りに依存していた。つまり、自分は老けようとどうでもいいという感覚だ。すごく初心。
大人になった時の感覚がわからないのだろう。まあ、一二歳の少女に老けたらどう思うなんて質問をした方が悪いな。
「確かにね。老けて回りに誰もいなかったら悲しいね。あの人達は周りに誰もいなくなってしまうかもしれなくて怖がっているんだよ。美しくなくなったら男が寄ってこないから、孫が見れなくなっちゃうでしょ。少しでも美しくなれるだけで嬉しいんだよ」
「へぇー。でも、獣族ならお爺ちゃんやお婆ちゃんでも強かったらモテモテだよ。特にお爺ちゃんは滅茶苦茶強かったら若い奥さんが一杯いる方もいるよ」
「そ、そりゃあ、文化が違い過ぎるなぁ……。強い者の子が欲しいっていう獣本来の本能にしたがっている感がすごい」
ビースト共和国の者が強い理由が何となくわかった気がする。強い遺伝子が多く受け継がれる体制なのだ。
ルークス王国は貴族の関係で相手が決められることが多いので、能力にバラツキが出る。
まあ、強い子を産む産まないは関係ないと思うけど、その善し悪しで国が存続できるかの問題なら、手段として使う国があってもおかしくないよな。
「ミーナのお爺ちゃんとか、お父さん、お母さんは強いの?」
「うーん、たぶん強い方だと思うよ。スキルありなら私が一番強いけど」
ミーナは両手を持ち上げて、鼻息をふんッと蒸かす。まあ、身体能力が八倍ならそりゃ一番強いでしょうよ。たとえ少女でも、獣族が八人いると考えたら普通に怖いもんな。
「キララのお父さんとお母さんは強いの?」
「う、うーん。わからない。強かったのかな? でも、お父さんは冒険者の才能がないって自分で言っていた。お母さんもちょっとした魔法が使えるだけ。別に強い訳じゃないと思うよ」
「なのにキララは凄く強いんだね。沢山努力したんでしょ」
「うん、よくわかったね」
「だって、私も沢山努力したもん。毎日鍛錬してた。だから、また鍛錬の日々を続けてドラグニティ魔法学園を卒業するの。それでそれで~。ハンス様と結婚して子供が一〇人くらいいる大家族になるの~」
ミーナは頬に手を当てて、尻尾を振りながらはにかんでいた。もう、未来設計が構築され過ぎている。ハンスさんはミーナを女として見ておらず、妹感覚だった。
女の子は数年で変わるので、ハンスさんが知らぬうちにミーナは女になるだろう。その時のハンスさんの顔が見ものだ。三年ぶりにあったミーナが女になっていたら、ハンスさんはどんな表情になるだろうか。
まあ、ドラグニティ魔法学園でミーナのお気に召す相手が出来る可能性もゼロじゃないし、恋愛面や成長が本当に楽しみな子だ。
私は脱衣所に入り、体を布で拭いた後、胸周りに布を巻き着けて、置かれていた牛乳瓶を二本とる。一本をミーナに渡した。
「はい、ミーナ。お風呂上りの一杯は格別だよ」
「これは?」
「牛乳。モークルの乳だよ」
「モークルの乳……。い、いただきます」
ミーナは牛乳瓶の蓋を取り、飲み口に口を付けた後、牛乳瓶を傾ける。ゴクリと喉が鳴ると、グビッグビッと何度も嚥下していた。
「ぷっはああああ~っ! うっまあああああああああああああああああああああっ!」
ミーナの反応が、お風呂上りにビールを飲んだおっさんのようで、笑いそうになった。お風呂上りの牛乳は格別に美味しい。
私もグビグビと飲み、喉を潤わせた。背丈と胸が成長しろと心の中で念じるも、中々通じないのが辛いところだが、仕方がない。一生に一度でいいからモークルみたいな乳になってみたいと夢見ている。まあ、夢でも見た覚えがないけど。




