メロアのきょうだい
「メロアさんはドラグニティ魔法学園に慣れているんですか?」
「初等部からいるし慣れているわ」
「初等部からってことは、附属の学園から上がってきたわけですか?」
「そうね。まあ、ほとんどが初等部から上がってきた者ばかりだと思うわよ。だから、あなた達は凄いのよ。よく、初等部に行かずに受かったわね」
メロアは私とミーナの姿を横目で見ながら微笑んでいた。普通に生活している時の彼女はとてもお嬢様っぽい。
「私、学園に通った覚えがないから色々教えてね」
ミーナはメロアに軽く声を掛ける。
「ドンッと任せない! 私、こう見えても初等部でずっと上位八番以内に入っていたの!」
メロアは胸に手を当て、堂々としゃべる。意気込みが強い。自信過剰な性格もあるようだ。
まあ、天才児や小さいときから教育にお金をかけている貴族ばかりが通っているドラグニティ魔法学園の附属初等部で上位だったのなら天狗にもなるか。
試験の時に滅茶苦茶強かったから、実力は本物だな。
「すっご~い! メロアって強くてカッコよくて何でも出来ちゃうんだね!」
ミーナは天然なのか、メロアをものすごく褒めていた。裏がない本気の褒め言葉なので、説得力が違う。
「そ、そう? あはは~、照れるなぁ~」
メロアは褒められ慣れていないのか、ミーナに褒められまくって頬を赤らめ、ふにゃふにゃの笑顔になっている。
そんなところを見るとまだまだ子どもだなって思えておばさんは嬉しいよ。
子どもは子どもっぽくないと可愛くない。私やライトみたいな子どもなのに大人っぽすぎると、周りに引かれちゃう。
私達はドラグニティ魔法学園の食堂にやって来た。広い空間にテーブル席が何個も置かれている。巨大ショッピングモールのフードコートを思い出す広さがあった。
メロアに案内された席に昼食の準備が整えられていた。きっと、メロアの発言を聞いた執事が用意したのだろう。どこに執事がいたのかわからないが……。
テーブルに乗っているのは白い布巾と三本のフォークとナイフ。
加えてガラス製のコップ、オリーブオイルっぽい品が入った四角い平皿。三ツ星レストランのような高級感漂う準備の良さに、私とミーナは引いた。
「じゃあ、食事にしましょう」
私達は丸テーブルを囲うように向かい合って着席。
黒い燕尾服を着た男性が水差しを持ってガラス製のグラスに水を注いでいく。
ミーナは緊張からか、ガッチガチに固まっており、食事が楽しめる雰囲気ではない。
「はぁ~。まさか、入学前から友達と食事ができるなんて思わなかったわ」
メロアはグラスに入った水を飲み干し、微笑んでいた。彼女にとってこの食事が普通なのだろうが、私達からしたら別世界の食べ方なので困惑する。
私はルドラさんの家の食事で慣れているが、ミーナは違う。初見で、こんな席に座らされて動揺を隠しきれていない。
「ミーナ、落ちついて。いつもと違う食事の仕方だけど、緊張する必要はないよ。逆に今こういう食事に慣れたら、学園で浮かずにすむ。今、しっかりと覚えよう」
「う、うん。頑張る」
ミーナはコクリと頷き、目の前に出される料理を見て驚愕していた。
「す、すくなぁ……」
ミーナの目の前に出された皿に置かれていたのは干し肉を水で戻し、柔らかくしたハムのような品とメンロと言う果物が角切りされた品が三個ほど置かれた、少量の料理だった。
「これはお腹に今から料理を入れますよっていう合図になる料理だよ」
私は軽く説明し、コース料理っぽい貴族の昼食に付き合う。
生ハムメロンを彷彿とさせる料理。見ただけで味はわからない。とにかく食べなければ。
私はフォークを左手に取り、メンロに突き刺してハムと一緒にパクリと食す。
まあ、メロンに生ハムを巻いて食べているような感覚に近しい。美味くも不味くもない。美味しいです~というのも難しい味だ。
「モグモグ……」
ミーナはもう、何度咀嚼しているかわからないくらい口をもごもごさせていた。
そこまで噛む必要はない。これだけしか料理が運ばれてこないと思っているのかも。
「ミーナ、まだ料理は来るから安心して食べて」
ミーナはゴクリと嚥下し、ツルツルの白い皿を見る。
フォークを皿の右側に置き、待っていると男性が皿を持って行った。
「はぁー、なんか、みみっちいわね。もっと一気にバーンって持って来てほしいわ」
メロアもコース料理を面倒臭がっており、水をもう一杯飲んでいる。
「メロアさんは毎日こんな豪勢な料理を食べているんですか?」
私は場をなごませようとメロアに話かける。
「そうね……。家にいるときは毎日こんな料理を食べさせられているわ。三年前は良かったけど、最近じゃ、料理を食べるのも億劫よ」
メロアは溜息をつき、目を背けた。
――三年前か。ニクスさんがまだ家にいた頃かな? お兄ちゃんと料理が食べられたときは楽しかったけど、大好きなお兄ちゃんがいなくなって料理が楽しめなくなったのか。まあ、大好きな相手と食べる料理は格別に美味しいから仕方ないか。
「メロアさんって、フレイズ家の方なんですよね。フェニル先生以外に何人のきょうだいがいるんですか?」
「私の兄が八名、姉が七名。私は一六番目の末っ子……。ほんと、両親がラブラブすぎて困っちゃうわ。一六人のきょうだいがいて全員両親が同じなんて珍しすぎるもの」
――メロアの家って大家族なんだな。まあ、大貴族なら一六人の子供を産んでも問題ないのか。そもそも、一六人を産めるお母さん、最強すぎないか? ニクスさんがいうにはお母さんが人と森の民のハーフらしい。じゃあ、メロアもクオーターってことになる。
「凄い。私のところも大家族だけど、メロアの家も大家族なんだね~」
ミーナの家も大家族らしい。まあ、獣族って大家族っぽいから特に驚かないけど。
「ミーナも大家族なの? じゃあ、お姉ちゃんとかお兄ちゃんから無駄に可愛がられたりする?」
「私、長女だからきょうだいを可愛がりたくなっちゃうのはわかるな~。お姉ちゃんの一人か二人くらい欲しかったけど、お父さんとお母さんに頼んでも無理みたい」
ミーナは純粋ちゃんらしく、長女ゆえにお姉ちゃんとお兄ちゃんが現れることは一生ないことをまだちゃんと理解していなかった。今後理解していくのかな。保健体育の授業とかあるのだろうか……。やべぇ、恥ずかしすぎて見てられん。
「えっと、キララの家は大家族?」
メロアは私の方に視線を向け、話を振ってくる。
「い、いえ。五人家族なので、普通ですね。私が長女で弟と妹が一人ずついます。やっぱり、可愛いものですよ。皆さんもメロアさんが可愛くて仕方がないんだと思います」
「はぁ、ほんと、皆可愛い可愛いって。私は妖精じゃないっての。ニクスお兄ちゃんだけメロアは綺麗だよって言ってくれたのに……」
メロアは頬と耳を赤らめていた。どうやら、可愛いと綺麗を別の意味でとらえているようだ。
――ニクスさん、あなたの一言で妹ちゃんがブラコンになっていますよ。ほんと、女たらしですね。まあ、そんな自覚はないと思いますけど。
私は「ニクスさんってどんな方なんですか?」と一応訊いておく。
「私と仲が一番良いお兄ちゃんなの。でも、家を出て行っちゃったから最近、全然会っていないの。ドラグニティ魔法学園に受かったって言いたいのに……」
メロアは水を何杯も飲み、お腹を膨らませている。差し出されたスープもあっという間に飲み干し、真っ赤な瞳を潤していた。
「えっと、ニクスさんの居場所はわからないんですか?」
「教えてくれなかった。もう、家から逃げるみたいに出て行ったから。ほんと、メイドと叔母さんだけニクスお兄ちゃんについて行ってズルい。あの泥棒犬……」
メロアは青髪の獣族、ミリアさんのことをいっていると思われる。確かにあの人たちは関係が完全に出来上がっていた。だが、ニクスさんとミリアさんは付き合っても何ら問題ない。逆にニクスさんとメロアがくっ付くことは不可能だ。
「メロアさん。ニクスさんが大好きなんですね」
「べ、別に大好きとかそういうのじゃない……。そ、そんなんじゃないんだから!」
メロアは水を飲み干し、酒に酔っているのかと思うほど大きな声を出していた。
――に、ニクスさん。妹ちゃんが結構拗らせちゃっていますよぉ。帰って来てあげてください。
心の中で呟くも、この気持ちがニクスさんに届くことはないだろう。まあ、手紙を出せば帰ってくる可能性はあるか。
でも、今度からメロアは寮生活になるわけだし、家で会えなくなるのは確実。また三年間は会えなくなるんだろうな。
私達は多くも少なくもない料理を七回ほど食した。私としては丁度良い量だったが、ミーナにとっては物足りない様子だ。
「うぅ……。私、早く冒険者になってニクスお兄ちゃんを探しに行く。そのために強くならなきゃいけないの。泥棒犬と叔母さんからニクスお兄ちゃんを取り戻すの」
メロアはお腹を水と料理で膨らまし、目を燃やしていた。本気なようだ。
「メロア、なんでそんなにニクスお兄ちゃんって人にこだわるの。きょうだいなんだから心はいつでも繋がっているでしょ」
ミーナは胸に手を当てて獣族っぽい家族愛の話をしていた。
神父から聞いた話だが、獣族はお金が無くとも子供を見捨てたりしないそうだ。子供は宝という風習があり、それを捨てるというのは神にたいする冒涜らしい。
なにがなんでも子供を守るというのが獣族の特徴なので、人族よりも愛情深い者達が多い。
「こ、心だけで繋がるだけじゃ足りないの……」
――体でも繋がりたいってこと? それは駄目だよ。禁断の恋だよ~。
「キララ様、勝手に盛り上がらないでくださいよ……」
ベスパは私の頭上から脳内の気持ちを読み取って突っ込んできた。
私はさすがに駄目だと理解してから頭を振り、変な妄想は消す。
「心だけで繋がっているなんて嫌。お手紙書きたいし、沢山遊びたいし、一緒にお風呂も入りたい。添い寝してほしいし、お休みなさいのチュウも……」
メロアはしたいことを沢山いっているうちにどんどん赤くなり、頭から水蒸気が噴き出していた。本当に水蒸気かと思うくらい白い湯気が出ている。
「メロアさん、フェニル先生ならニクスさんについて知っていると思います。なので、フェニル先生にお願してニクスさんにお手紙を書いてください」
「なんで、キララはそう思うの……」
「なんでと言われても……」
――試験の時、フェニル先生のところにニクスさんからの手紙が届いていたからだよっていったら、私とニクスさんが知り合いだと気づかれる。そうなったらメロアに何をいわれるか。どういう関係だとか、一緒に遊んだのとか、いらぬ妄想を掻き立ててしまうかもしれない。そうなったら面倒臭すぎる。
「とりあえず、恥を忍んでフェニル先生にお願いしたらいいと思います。メロアさんが本当にニクスさんに会いたいのならお願いすることくらいできますよね?」
「うぅ……。わ、わかった。お願してみる」
メロアは頭をコクリと動かし、水を飲んだ。
私達は席を立ち、共にドラグニティ魔法学園の園舎の入口近くまで歩く。




