クレアさんの仕事
街を出発したのは三月三〇日。その後、レクーとビーを使って無理やり時短して五日で王都まで到着した。
五日の間に特に問題なく移動できた。安全を考慮し、最短で移動するとやはり五日くらいなのだろう。まあ、ミーナのお腹が空いた問題は大変深刻だったが、私の魔力を込めたパンを食すと満腹感がとてもいいらしい。やはり空腹の原因は魔力の減少にあると思われる。獣族は魔力が少ないから、スキルに大量の魔力を持っていかれてしまうんだろうな。
「二人共、王都の城壁が見えてきましたよ」
「おぉ~。ほんとだ~!」
「ほぼ一年ぶりね……」
ミーナとクレアさんは荷台から王都の高い城壁を見た。城壁の高さはざっと八〇メートル。あの壁を大昔に作ったと言うのだから驚きだ。当時からルークス王国の王様は賢人だったのかな?
私達はルークス王国の中に入って行く多くのバートン車の列に並び、待つ。
「こんにちは。ルークス王国の王都にようこそ。今日はどういった御用ですか?」
ルークス王国の南門にいたキラキラ輝く騎士の男性が話し掛けて来た。
キラキラ輝いているのは鎧のほうだが、とてもいい笑顔なので白い歯も相まってカッコよく見える。まだ若いので、成人したばかりか。騎士養成学校を卒業した新卒かな?
まだ、社会の闇に触れていない心麗しい青年だった。この綺麗な顔がいずれ苦悩に歪むのかと思うとやるせない。騎士なんてどう考えてもブラック企業なので、私は絶対になりたくないな……。
「こんにちは。私とこの子は学園に通うので来ました。こちらの女性は帰宅ですね」
「わかりました。では、身分証などの提示をお願いします」
私は新卒の騎士に冒険者ギルドで作ったテイマーの銅板を出す。クレアさんは身分証を出し、ミーナは。
「うわぁ~ん、捕まっちゃったぁ~」
ミーナは縄で縛られ、尋問室に連れていかれる。
流石にやりすぎだと思ったが、ドラグニティ魔法学園の合格通知を見て問題ないと理解したようだ。合格通知に名前と種族が書かれていたため、ドラグニティ魔法学園に連絡して確認まで取っていた。魔造ウトサの一軒から、検問を通るのが厳しくなっている。
荷物も隅から隅まで調べられた。私のダサいパンツまで見られ、恥ずかしくて仕方がないが、ここまでしないと国内に危険なウトサが入り込む可能性がある。
魔造ウトサを魔法で探知が出来ないため、仕方が無く目視で確認されていた。長い間検問を受けた後、ようやく王都に入れた。
「はぁー。入るだけで疲れたぁ……」
「うぇ~ん、裸を見られた~。女の人にだけど……」
獣族は検問が一層厳しいのか、別部屋で服をひん剥かれて調べられたようだ。身分証明書が無いと大変面倒なんだな……。まあ、通してくれるだけマシか。早く学生書が欲しい。
「じゃあ、クレアさんをウルフィリアギルドに連れて行きますね」
「わかったわ」
クレアさんは頭を下げ、私の話を聞く。
「え? クレアさんってギルドに住んでいるんですか」
ミーナはクレアさんの反応に驚いていた。
「いいえ、住んでいるわけじゃないわ。キララさんの仕事を手伝ってほしいって言われたから、ギルドに行くの。まだ、内容は深く聴いていないけど、安全なことなんでしょ?」
「はい。ものすごく安全です。クレアさんは椅子に座っているだけでも構いません。だいたい半日くらいで終わりますし、椅子に座って勉強や読書、居眠りなんかをしていただいていれば終わります」
「な、なんかあやしすぎる仕事ね……」
クレアさんは仕事内容に逆に恐怖していた。
「まあ、とりあえず行ってみればわかりますよ。レクー、ウルフィリアギルドに行くよ」
「わかりました」
レクーは王都の広い石畳の道をぱからぱからとリズミカルに走る。やはり王都の道はとても整備されており、振動がとても小さかった。バートン車の移動が快適すぎる。まあ、ビーで移動すれば振動すらないけど。
「うわぁ~っ! す、すごいっ! ウルフィリアギルドの全体が見える!」
クレアさんはウルフィリアギルドの大門が開いた姿を始めてみたのか、ものすごく興奮していた。真正面から見るとほんと真っ白で、とても綺麗な建物だった。そのたたずまいは八〇〇年も経っていると思えない風貌だ。
「グラァアっ~っ!」
前方から白いモフモフが走って来た。見覚えしかない……。
「グラアぁッ~!」
フルーファは前方から迫ってくる強敵に立ち向かった。突進して相撲のように二足歩行で押し合い、ダンスを踊っているようにステップを踏む。
「……移動の邪魔!」
私は一言で二体をすぐ両脇に移動させ、ウルフィリアギルドの駐車場にレクーをとめた。
「キララ、キララ、キララ~!」
白いモフモフの正体は神獣と言われ崇められている狼のような生き物、フェンリルだ。前足を上げ、私の体に当ててくる。尻尾が大きく振れており、つぶらな瞳が輝いていた。
「私は餌じゃないよ。全く」
私はフェンリルの頭を撫で、軽く宥めた。
「ん、んんっ。やっと戻ってきたのか。もう、何年待ったと思っている」
おじさん声のフェンリルはそっぽを向き、今までの自分が恥ずかしくなったのか、急に威厳があるような素振りを見せた。
「ざっと一ヶ月くらいかな。フェンリル、そんなに私に会いたかったの~?」
私はそっぽを向いているフェンリルの頬に指先を当て、突く。
「そ、そんな訳ない。ただの小娘に会いたがるほど、われは生きていない」
フェンリルはそっぽを向きながらのっそのっそと虎のように辺りを警戒しながら大きなウルフィリアギルドの敷地内に入って行く。
「フェンリルが小さくなってる……」
クレアさんは小さいフェンリルを見るのも初めてなので、目を丸くしていた。
「きゃぁ~っ! フェンリル様が照れてた~!」
ミーナは尻尾と耳を盛大に動かし、フェンリルの一挙手一投足を観察し、叫んでいた。獣族にとってフェンリルは信仰の対象なのだろう。カッコいい神様に見えているのかな。
私はクレアさんとミーナを連れてウルフィリアギルドの中に入る。
広い通路を通り、建物の入口近くに来ると多くの人でにぎわっているマドロフ商会の支店があった。
「え、えぇ~! な、なんか、凄い人気なんだけど……」
クレアさんは夫のお店を見て大変驚いていた。目を何度も擦り、現実が嘘じゃないか確かめている。
「マドロフ商会が人気なのは当然ですよ。だって、安いですし質も良い。他のお店で買うよりビースト語も書かれていてわかりやすい。人気にならない方がおかしいじゃないですか」
ミーナはクレアさんに生き生きと話した。クレアさんがマドロフ商会の次期会長であるルドラさんの妻だと知らないので、恥ずかしげもなくマドロフ商会のいい点を話しまくる。
「そう……。そうなのね……。やっぱり、凄いわ……」
クレアさんは一年前のマドロフ商会低迷期を知っていたので、現在の状況に大変感動し、涙を流していた。
「私も負けていられないわ! しっかりと働かないと!」
クレアさんは夫の仕事が上手く行っているにも拘らず、仕事の意欲を高めた。多くの貴族の女性は仕事しない。家事や育児も他の者に任せるのが普通だそうだ。それなのに、クレアさんのやる気ときたら、働く女性そのもの。この熱量を冷まさないようにさっさと建物内に入る。
私は仕事部屋を開けてもらうために受付に向かった。
「こんにちわ。お久しぶりです」
「あ! キララさん! お帰りになられたのですね!」
受付嬢の女性が私の姿を見て涙を流していた。何となく理由は想像できる。目の下のクマがひどいので寝不足と思われる。きっと仕事が溜まっているのだろう。
雑用係のビー達がいなくなったかから、一気に過去のブラック企業に戻ってしまったのが原因か。私がいなくても、ビーたちに多少は仕事していてもらったはずなんだけど、それ以上に問題が多いってことかな? 現状はわからないが、とにかく、仕事だ。
「仕事部屋を開けてもらえますか」
「は、はい! ただいまっ!」
受付嬢は他の仕事をほったらかして私の仕事部屋を開けるという仕事に向かう。そこまで大変なのか……。
「な、なんか、大変そうだね……」
ミーナは周りのせかせかしている冒険者さんや受付嬢たちを見て社会の厳しさを痛感しているようだった。ビースト共和国はもっとのんびりしているのかな。東京と言う大都会で仕事していた私にとってこれくらいの混雑はどうってことないが、珍しい状況なのはこの世界でも変わらないようだ。せかせかしていても生産性は大して変わらないんだけどな……。
私達は受付嬢の方に扉を開けてもらった。その後、八階に向かい、クレアさんに部屋の中を見せる。
「おぉ~。凄い……。ここがキララさんの仕事部屋?」
クレアさんは部屋の中に入り、辺りを見渡す。
「はい、ここが私の仕事部屋です。まあ、こんどからクレアさんの仕事部屋になるわけですけどね」
私は掃除が行き届いている部屋を見る。ビーやブラットディアがしっかり掃除してくれていたようだ。
「クレアさんの仕事はこの場に座ってビー達が依頼達成書を持ってくるのを待つだけです」
「えぇ……。そ、それだけ?」
クレアさんはあまりに簡単な仕事に耳を疑っていた。
「はい。クレアさんに毎月売り上げの一割を渡します」
「い、一割……。って、どれくらいの金額かわらないわね」
クレアさんは割合を聞かされて首をかしげていた。
「そうですね。まあ、牧場の時よりも高いと思ってくれればいいです。八〇倍以上は確実にあります」
「は、八〇倍……。ちょ、ちょっと想像したくないわね……」
クレアさんは苦笑いを浮かべ、視線を私から外した。
「あら、この絵、いい絵ね」
クレアさんは私が描いた王都の絵を見て微笑んだ。
「ほんとですか? その絵、私が描いたんですよ。ちょっといびつですけど、よく描けた自信作です。まあ、そんな絵が描けちゃうくらい暇な仕事なので自分にとって有意義な勉強とか鍛錬とかに時間を当ててくれても構いません。この部屋にいてくれればそれだけで結構です。仕事が終われば、家に帰っていただいても構いませんよ。お金の管理もビー達が行いますから」
「そんな簡単な仕事を私に……。でも、私、もっとやりがいのある仕事がいいわ」
「別にずっと働いてもらわなくても結構です。勉強の時間が取れると思ってくれれば、割といい仕事だと思うんですけど。午後はお休みですし……」
「そうね。とりあえず、仕事してみるわ。その後、感想とか感情に身をゆだねて考える」
「はい、よろしくお願いします」
私はクレアさんに頭を下げた。クレアさんほど信頼できる女性もなかなかいないので、私の仕事場を手伝ってくれると思うとほんと助かる。
「うぅ~、キララさん、お帰りなさい……」
よれよれの服を着たウルフィリアギルドのギルドマスター、キアズさんが泣きながら私の仕事部屋にやって来た。




