自信作で勝負
「エッグルは焼いたり茹でたりすると液状から白く固まる性質があります。その力を使ってモークルの乳を含ませた液体を固めているんです。エッグルの液体の味は、たんぱくで味付けを行わなければほぼ無味な所も利用しております」
ショウさんはわかりやすく説明して、私達から恐怖心を取り除いてくれた。
「も、モークルの乳が使われているお菓子なんて……。凄いっ!」
ミーナは受験日の昼休憩で飲んで驚いていた牛乳の味を覚えているのか、お菓子と聞いただけでも尻尾の振られ具合が大きかったのに、もっと激しく振られるようになった。
私達はスプーンを手に取り、牛乳プリンを掬う。ぷるんと震える高さ八センチほどの大きな牛乳プリンはおっぱいよりも柔らかそうで、少し叩けばプルルンと揺れる。私もこれくらい柔らかい乳が欲しかったななんて思いながら、スプーンに乗っているプリンの匂いを嗅いだ。
「あぁ……。ハーブの香りがする……」
匂いからしてバニラの香りだ。もう、ウトサが使わているんじゃないかと誤認するくらいの甘い香りがして、頭が騙される。
「はむ……。んんんんっ~!」
ミーナは牛乳プリンを口に入れた。そのまま耳をピンッと立て、口をあわわと動かした。また泣くのかと思うほど目に涙をため、尻尾を振りまくる。わかりやすすぎるだろう……。
「では、ハム……。んんんんっ~!」
クレアさんも牛乳プリンを口の中に入れた。目をガッと開き、喉を大きく鳴らす。もう、どれだけ美味しいんだ。ウトサを使っていないのに、すでに美味しさがひしひしと伝わってくる。
「行きます……」
私は牛乳プリンを口の中に入れた。すると、ふわっと香るバニラの甘い匂いが鼻を突き抜ける。それだけで脳内がこの牛乳プリンは甘い品だと誤認させてきた。
牛乳のほのかな甘い味がより強調され、ウトサを使っているんじゃないですか? と首をかしげるくらい、おかしい。もう、お菓子だけに……。
何も面白くないが、頭がバグっているので許してほしい。
もう一口、もう一口と牛乳プリンを口に入れていく。滑らかな口触り、ゴクリと飲み込むと香りが口の中に残り、甘いと言う誤認が続く。あっという間に牛乳プリンは無くなってしまった。あまりにも美味しすぎてもっともっと、と求めてしまう。
「す、すごいですね、ショウさん。これは確実に売れますよ。保証します」
私は牛乳プリンが美味し過ぎて確定した。いや、これが売れないわけがない。
「はは……。別に売り物ではないので、商品化は考えていません。この品は柔らかすぎて普通に売るのが難しいんですよ」
ショウさんは褒められて嬉しそうだ。でも、売る気が無いなんてもったいなすぎる。
「ショウさん、私、いい考えがあるんですけど、聞きますか?」
「いい考え」
ショウさんは目を輝かせ、私のもとに駆け寄ってくる。犬じゃないんだから。
――ベスパ、牛乳瓶の高さを八センチくらいにして。あと、少し幅を広げた品を持ってきて。
「了解しました」
ベスパは私が要望した容器を持って来た。見た目は背が低くなり、太った牛乳瓶だ。蓋も付いており、私の想像した品と同じ。
「この寸胴型の牛乳瓶にこのお菓子の元を流しこんで同じように作れば日持ちさせることもできるお菓子が出来上がります」
私は容器をショウさんに渡した。
「な、なるほど。牛乳瓶の中身をお菓子にしてしまおうという作戦ですか……。使わせてもらいます!」
ショウさんは私の手を握り、盛大に頭を下げる。
これで、私も牛乳プリンが食べられるようになったわけだ。
「ショウさん、このお菓子の名前は決まっていますか?」
「いえ、まだ決めていません。キララさんに決めてもらおうかと思いまして」
「じゃあ、牛乳プルンで」
私は牛乳プリンをもじって牛乳プルンという名前を付けた。
「なるほど、牛乳プルンですね。わかりました」
牛乳の宣伝も出来るし、良い名前だ。まあ、あまりにも適当すぎるかもしれないけど。別に、お菓子が美味しければ名前なんて何でもいいのだ。
「あぁ……。ショウさん、このお菓子はいくらで売りますか?」
ミーナはすでに牛乳プルンの虜になっており、口角が上がり、皿に残ったお菓子をぺろぺろと舐めとっている。大変行儀が悪いが、やりたい気持ちはよくわかった。
「そうですね……。銀貨三枚くらいですかね」
「銀、銀貨三枚……。高いような安いような……」
ミーナは指を三本立てながら考えていた。
「いや! どう考えても安いわよっ! 王都なら即日完売するわ! 私なら金貨三枚でも買うもの!」
クレアさんは大声を出し、皿を舐めていた。いや、貴族をも狂わせる牛乳プルン、おそるべし……。
「ウトサを使っていないのでそこまでの値段は行きません。牛乳の値段も下がったことですし、お菓子全体の値段も下げられたんです。ほんと、ありがたいことですよ」
ショウさんは本当にうれしそうに笑っていた。
「は、早く次のお菓子をください! もう、この牛乳プルンは獣族皆が好きな味です! 絶対に喜ばれます!」
ミーナは次のお菓子を頼み、牛乳プルンの評価までこなしていた。
「ありがとうございます。では、次のお菓子を持ってきますね」
ショウさんは頭を下げ、次のお菓子を持って来た。
「では、こちらは果実の牛乳アイスクリームです」
ショウさんは牛乳と他の果実を混ぜ合わせて作ったアイスクリームを出してきた。アイスクリームなんてウトサを使わずに作れるのかと思う。そもそも、アイスクリームなんてほとんど売られていない。売る気ゼロで美味しく食べてもらう気しかないから、日持ちしない品を作ったのかな。
「あ、アイスクリーム……。冷たそう……」
ミーナは白い水蒸気が出ている丸いアイスクリームを見ながら呟いた。周りに氷漬けにされた果実があり、葡萄っぽい品とゴンリ、メンロなどの種類が豊富だった。
「これ、全部味が違うの?」
クレアさんは丸いアイスクリームをスプーンで突きながら呟く。
「はい。グレープとゴンリ、メンロ、シトラスと言った具合に全て違う味です。それぞれの味を楽しみながら食してください」
「ご、ゴクリ……」
クレアさんもアイスクリームと言う商品を食すのは初めてなのか、滅多に食べられないお菓子だからか緊張していた。
「じゃあ、いただきましょうか」
私達はそれぞれ違う味のアイスをスプーンに乗せる。すべて一口ほどの大きさしかないので、食べ飽きると言った現象は起こらないだろう。
「はむ……。ん、んんんっ! んんんんっ~!」
ミーナは尻尾を盛大に振り、口の中で溶けるアイスクリームの美味しさを存分に味わっていた。
「ウトサを使っていない氷菓子……。美味しいのかしら。ハム……。んんっ!」
クレアさんは口の中にアイスクリームを入れ、一瞬涙目になった。冷たすぎて頭がキーンとしたのかな? まあ、飲み込んだ時に起こる現象なので、歯に染みたのかもしれない。どちらにしろ、冷たいお菓子だと言うことがはっきりとわかる。
「はむはむ……。凄い、こんなにクリーミーな氷菓子は初めて食べたわ」
クレアさんは頬に手を置き、うっとりした表情を浮かべていた。
「では、私も」
私は味が一番わかりやすいシトラスのアイスクリームを口に入れた。
ひんやりとした冷たい品が口の中に入ると、口の表面温度を吸い取り、熱を得たアイスクリームがじんわりと溶けだす。
甘味が強いシトラスを使っているのか、果汁が溢れだしてくるような……、本物のシトラスを食しているような、不思議な感覚になる。
甘味はないが、シトラスの果汁たっぷりで味は悪くない。纏めている牛乳や生クリームの滑らかさが良い味を出していた。すべて果実をまるかじりしているかのような新鮮さ。ボワの角煮を食べた後のお口直しに丁度良いかも。それくらいさっぱりとした品だった。
「は~、口の中がひんやりして、さっぱりしたぁ~」
ミーナは香りと味をしっかりと楽しんでいた。獣族の彼女が悪くないと思えば、大抵の品は同じ獣族にとって悪くないだろう。ただ、いつもお腹が空いている彼女が食べてまずいと思った品は本当にまずい品だと思われる。
「この品を売るのは難しいですね。お店で買ってもらう分にはいいかもしれませんけど、別の場所で食べようとした時に溶けていたら意味がないです」
「そうですね……」
「でも、売ろうと思えば売れますよ」
「本当ですか!」
ショウさんは私に売り方を聞いているのかと思うほどあからさまに喜ぶ。自分でも自信作なのだろう。その品が売れると言われたら嬉しいのも仕方ないか。
――ベスパ、高さ、四センチくらいの紙箱に八個の部屋の敷居を立てた品を持ってきて。
「了解です!」
ベスパは私が注文した紙箱を持って来た。とても軽く、持ち運びやすい。蓋を開けると八部屋があり、八種類のアイスクリームを入れられる。箱の裏に魔法陣でも描けば簡単に持ち運びができるが……、正教会に気づかれると厄介なので、クーラーボックスを利用してもらうことにした。
「この箱にアイスを詰めてクーラーボックスで保存してください。定期的に魔法で凍らせてもらえば、売れるんじゃないですかね?」
「なるほど、試してみます!」
ショウさんは私の意見を聞き、そのまま取り入れる。自分で考えた方がいいと思うのだが……、まあ、お金が沢山あるから色々挑戦したいんだろうな。
「では、最後の一品を持ってきますね」
ショウさんは最後の品を持ってくる。最後に持ってきたのは……ショウのケーキだった。
「これ、ショウのケーキですね?」
「はい。最後は一番の自信作を食べてもらおうと思いまして」
「なるほど……。ショウさんの腕を試しているわけですか。いいですね」
ショウのケーキに使われている品はベリーと小麦以外、私が住んでいる村で取れた品だ。もちろん生クリームも使われている。ただ、ウトサを使っていないのにショウのケーキで勝負するのか。さすがに味に自信がありすぎなんじゃ……。
「こ、これがケーキ……。初めて見た……」
ミーナは目を輝かせ、ショウのケーキを見つめている。
てっぺんのベリーが宝石のように輝いて見える。きっと白い生クリームが照明の光を反射させ、ベリーを下からも照らしているのだ。
形はよく知る一人用のケーキ。さすがにホールケーキではなく、八分の一か六分の一くらいの大きさに切られている。
「では、いただきましょうか」
私達はフォークを手に取る。そのまま、ショウのケーキに刺し込んだ。今まで、数回食べてきたがいつもはウトサが使われていた品だった。
ウトサが使われていないショウのケーキを食べるのは今回が初めて。どれだけウトサを使わずにお菓子の美味しさを引き出せるのか。
「はむ……。ふわぁ~」
ミーナはショウのケーキを口にした瞬間、昇天したかのような声を出した。魂が口から逃げ出すくらい美味しいケーキなのか。
「はむ……。あぁ~」
クレアさんも肩から脱力し、椅子の背もたれにぐたりと倒れ込む。体の緊張がほどけてしまうほどのケーキなのか。
「い、いただきます」
私はショウのケーキを口にした。体温で溶ける生クリーム、舌の上で転がすだけでほぐれるスポンジ生地、酸味と甘みが丁度良い具合に完熟したベリーが口の中で調和し合い、噛む前にふわりと消えた。
「はわぁぁ……」
両者のリアクションがなぜ起こったのか理解した。私も口の中で魔法のように消えてしまったケーキがその真実を物語っている。
美味すぎる……。これが、究極の食材を求めた結果。最終地点はウトサが要らなくなる。いや、これはまだ通過点に過ぎないのか。
これ以上美味しいケーキなんて。あぁ、ウトサがあったらこれのさらに上を行く美味い菓子が出来るんだろうな。もう、それこそ至高。美味いのは間違いないが、死人が出ないか心配だ。美味すぎて心臓発作でも起こしたら大変だ。




