幸せな朝食
ウロトさんは昨日から作り続けていたのか鍋からボワの角煮を皿によそう。
「あ、あぁ……。あぁぁぁぁ……」
ミーナはボワの角煮の匂いを嗅いだだけで、尻尾が風車のようにブンブンと振るわれ、涙目になっている。口から溢れ出す涎は止まらず、こぼれ落ちそうだ。
「ボワの角煮です。野菜と果物などと一緒に煮込み、柔らかく仕上げました。味はソウルとミグルムで整えてあります」
ウロトさんはボワの角煮を私達の前に出す。以前はボワの角煮だけだったが、他の野菜の煮物も少し添えられている。
人参のような橙色の根菜とホクホクそうなトゥーベル、サヤエンドウのような細長い緑色の品が黒っぽい印象だった角煮を色鮮やかに彩っている。もう、見た目からして美味しそうだ。
「うオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオんっ!」
ミーナは吠えてしまうくらいボワの角煮を食して感動していた。大粒の涙をボロボロと流し、肉の美味しさを直に味わっている。もう、この味を知ってしまったら他の場所で満足することは難しいかもしれない。
「す、すごい柔らかい。あと、ものすごく美味しい。なにこれ、本当にボワの肉なの? モークルの肉でもここまで柔らかくなることなんて無いんじゃ……」
クレアさんはボワの角煮が美味しすぎて疑っていた。もう、身を料理から引き、恐怖している。
「ボワの肉を使用しております。モークルの肉だと食感が消えてドロドロになってしまうので逆にボワの肉の方が上手くいくんです」
ウロトさんはクレアさんの質問をしっかりと返し、どうして美味しいかを説明していた。
「ではでは、いただきましょうか」
私はナイフとフォークを使ってボワの角煮を一口サイズに切り、口に運ぶ。
もう、言わずもがな、美味すぎて腰が抜けそうだ。私が言ったことをしっかりと行ったのか、ボワの肉がぷるんぷるんで下と上あごを押し当てるだけでほろける。
だが、ボワの筋肉繊維が残っており、食感もしっかりと楽しめる。じゅわぁ~っと溢れ出る肉汁とうま味が舌を躍らせた。
こんなに美味しい料理が作れる旦那さんが欲しい……。って思うくらい美味しい。
ウロトさんとなら結婚してもいいんじゃないかと考え、自分よりも料理が上手そうな夫がいると言うのは女としてどうなのかと一瞬思うところもあったが、多様性の時代を生きていた私にとっては些細なことでしかない。
逆に私の方が強いので、立場が逆転している。まあ……、ウロトさんはイーリスさんのような美人が好きなので、私は眼中にないだろう。とやかく言っている私もウロトさんが好きという訳ではない。ただ、ウロトさんが作る料理は大好きだ。
「はぁ~、口の中が幸せでいっぱいです……。甘味とうま味が良い具合に主張しあって互いの良さを引き出している。雑味が無くて飲み込んだ後味もさっぱりしているのがすごいですね。油が多めの料理なのに、野菜が入っているからか、何個でもいけちゃう軽さ。もう、気づいたら無くなっていました」
私は皿を見た時、いつの間にかボワの肉が消えていた。いつの間にか全て食べてしまったようだ。気づかぬうちに全てを食べているなんてなんて、お菓子のようだ。
「ウロトさん、も、もう一個食べてもいいですか……」
ミーナは泣きそうになりながら、ウロトさんにお願いする。どうやら、文句のつけようがないくらい美味しい角煮のようだ。
「ああ、食べてくれて構わない。なんなら、持っていくか? ソースは明日も使うから渡せないが、品は渡せる。今から王都に行くんだろ、昼食にでも持っていけ」
「う、うぅ……。うわぁああああんっ! ウロトさん、大好きっ!」
ミーナはウロトさんに胃袋を完全に掴まれ、忠犬かというくらい礼儀正しく愛を叫ぶ。ハンスさんに対する気持ちが愛だとすれば、ウロトさんに抱いた感情は好きで間違いないだろう。
「はは、ありがとう。俺の料理を美味いと言って食ってくれる客は皆大好きだ」
ウロトさんも爽やかな笑顔を浮かべ、ボワの角煮を木製の容器に詰める。まさしく弁当箱だが、普段は別の用途に使う品だろう。
ボワの角煮を皿に盛りつけ、ミーナにお替りを出したあと、大量のボワの角煮を入れた木製の箱を布で包み、私に渡してくる。
「今日中に食べられなかったら、冷凍してくれ。そうしないと腐る」
「ありがとうございます。ほんと、ウロトさんの料理は昔よりもずっと美味しくなっていますね。もちろん、昔の料理も美味しいですけどね」
「キララのおかげだ。これから、学園に通うことになるだろうが、また定期的に来てくれると助かる。キララの助言してくれた料理はどれもこれも人気なんだ。もう、キララの料理から新たな料理を生み出すのが楽しくて仕方がない」
ウロトさんは腰に手を当て、笑っていた。もう、料理に人生を掛けている料理人の顔で、大変カッコいい。何かに人生を掛けている者は良い顏をする。なんせ、自分の信じた道を褒められたのだから、嬉しい以外の言葉がない。
「ウロトさん、王都で料理屋を開くことになったら、私を訪ねてください。貴族の家や良い場所を紹介します!」
クレアさんもウロトさんの料理の腕にほれ込み、頬をぐぐっと上げて喜んでいた。たった一時間の食事の間にこれだけの笑顔を生み出すのだから料理人はやはりすごい。私のアイドル活動も多くの者を笑顔にさせてきたが、別の方向からも皆を笑顔に出来るのだと教えてもらった。
「ウロトさん! 私、また来ます! 多くのお金を稼いで、美味しい料理を一杯食べに来ます!」
ミーナはウロトさんの料理の虜になり、琥珀色の眼をキラキラと輝かせながら、ウロトさんに向って尻尾と愛嬌を振りまくる。
「ああ。ミーナが来ることを楽しみにしている。しっかりと勉強して稼いでまた料理を食べに来い。その時までに、もっと美味い料理を作れるようになっておく」
ウロトさんはミーナの頭に手を置き、笑いかけていた。
「はいっ!」
ミーナは満面の笑みをうかべ、尻尾が引き千切れそうなくらい大きく振るわれる。
「ミーナ、人生は一つの道だけじゃないんだ。沢山の選択肢があって、自分でどこに行きたいか決めることができる。ハンスさんだけが全てじゃない。ウロトさんのお店に来て料理を食べると言うのもまた、一つの人生なんだよ」
「き、キララが何を言っているのかよくわからないけど、何となく理解した……。私、もっと世界を見たい。こんなに美味しい料理がるなんて知らなかったし、もっと美味しい料理があるかもしれない。もう、学園に行くのが楽しみで仕方が無くなった!」
ミーナは両手を振るい、飛び跳ねる。
「はぁ~。私もキララさん達と学園に通いたかったわ~」
クレアさんは頬に手を当て、ため息をつきながら、羨ましがっていた。彼女は友達がいなかったそうなので、つまらない学園生活だったのだろうか。だとしても、今、このようにして食事を一緒にするだけで、十分幸せだと思う。
「クレアさんと私たちは普通に楽しい生活ができるじゃないですか。学園が全てじゃありませんよ。なにが良いか悪いかなんて自分の考え方で変わるんです」
私はクレアさんの手を握り、微笑みかける。三歳年上のお姉さんを笑顔にさせたら、私の仕事は完璧だ。
「じゃあ、ウロトさん、今日はありがとうございました。明日の食事の席、頑張ってくださいね」
私はウロトさんの方に向って頭を深々と下げる。
「ああ、頑張る。完璧な料理を出せるように体調を良くしておかないとな」
――体調をよくしておくか。万が一、相手の調子がよくなかったら料理の味がわからない。
「ウロトさん、今から渡す小瓶の薬を料理を出す前に水やお酒に含ませて飲ませてください。体調がよくなる飲み物だと言って出していただければいいです」
「あやしい薬を飲ませたら相手の機嫌が悪くなるぞ……」
「料理をおいしくいただくために必要なことだと言えば、理解してもらえると思います。体調がすぐれていない時だと味覚がしっかりと作用しません。最悪、ウロトさんも飲んで、完璧な状態で料理に臨んでください」
私はライトが作った特効薬を小瓶に移し、ウロトさんに渡す。
「わかった。完璧な品を作るため、飲ませてもらう」
ウロトさんは頷き、小瓶を受け取った。
「では、改めて、ありがとうございました」
私はウロトさんに深々と頭を下げた。
「ありがとうございました!」
ミーナとクレアさんも頭を下げ、ウロトさんに感謝を伝えた。
ウロトさんのお店から出て、皆、満面の笑みを浮かべながら歩く。美味しい料理を得られただけで本当に幸せな気持ちになれる。これだから、料理の道は奥が深い。
「あぁ~。こんな幸せな朝食があって良いんだろうか……」
ミーナは尻尾を振って空を見上げながら笑っていた。笑顔が眩しいくらい可愛いので獣族に偏見を持っている多くの者が心を許してしまうのではないか。
「ほんと、良い朝食だったわ……」
クレアさんはおっとりした声で呟き、口角を上げていた。大人らしい雰囲気になった彼女はとても綺麗で、多くの者を魅了する。
「じゃあ、食後のデザートと行きましょうっ!」
私は満足しきっている二名に不意を突いた。
「え……。デザート?」
ミーナとクレアさんは耳を疑ったのか、私の方に視線を向ける。
「はい、デザートです。実はもう一店、試食をお願いされているお店があるので、一緒に行きましょう!」
私はミーナとクレアさんの手を引き、レクーが引く荷台に向かう。
荷台の前座席に飛び乗って、手綱を握った後、レクーに走ってもらう。
そのまま、ショウさんのお店に向かった。ショウベリーズは朝から大変賑わっており、正面から入るのは無理だった。レクーを駐車場に止めた後、お店の裏側に移動した。
「おはようございます! キララです!」
私の大きな声が建物の裏側から発せられる。
「はーい。今開けます」
ショウさんの声が聞こえ、扉が開かれた。いつも通り、真っ白な料理服を着ており、帽子をかぶっている男性が現れた。
「ショウさん、おはようございます。試食しに来ました。よろしいですか?」
「はい。準備は出来ています。えっと……後方にいるのは?」
私はショウさんにミーナとクレアさんを紹介した。獣族の者と貴族の者の舌を使ってしっかりと評価していけば、間違いない。
「では、中に入ってください。作ったお菓子を三品試食してもらいます」
「お菓子!」
ミーナとクレアさんは目をかっぴらき、盛大に喜んだ。お菓子が嫌いな女子は珍しいからね。私もお菓子が大好きなので、喜びたいが子供っぽいので少々我慢した。
私達はショウベリーズのお店の中に入り、応接室に通された。テーブル席に座り、しっかりと待つ。
「今日は来てくださり、誠にありがとうございます。最近はウトサの値段が高騰しており、お菓子に使うのが難しくなっているため、ウトサをなるべく使用せずに作った品を出させていただきます」
ショウさんは頭を下げ、私達の前に一皿目を置いた。
私の目の前に現れたのは杏仁豆腐のような、牛乳プリンのような……。滑らかな物体だった。
「新鮮なモークルの乳をエッグルの凝固する力で固めた一品となっております」
ショウさんの説明からするに、目の前の品はプリンのようだ。まさか、この世界で牛乳プリンが食べられる時が来るとは。
「エッグルを使ってモークルの乳が固まるの?」
クレアさんはプルンプルンの物体を見て理解に苦しんでいた。




