会えなくなるかもしれない
私達はバルディアギルドに移動した。すると、そこら中に見覚えのある魔物がいた。
「キララ女王様だっ!」
「キララ女王様だっ!」
「キララ女王様だぁっ!」
一体のウォーウルフが私に気づくと、他の個体が口々に叫び私の方を向く。その姿が恐怖ではなく、愛らしく感じるのは流石に危機感が薄れすぎだろうか。
「ふわぁ~。ん? キララか?」
バルディアギルドから出てきたのはあくびしている、そこはかとなくカッコいいハンスさんだった。去年の九月ごろに村を出てざっと半年が過ぎていた。
髪がしっかりと整えられている姿を見るに、恰好は気を使っていると思われる。
「ハンスさん、お久しぶりです。元気でしたか?」
「ああ、元気だった。というか、丁度、依頼から戻ってきた時に合うなんて奇遇だな」
ハンスさんは私のもとに寄って来て頭を撫でてくる。大変うざいが、彼にとっては私の方が年下なので妹を撫でている感覚に近いだろう。
「クレアも久しぶり。元気そうだな」
「ハンスさんも元気そうね。その調子なら、仕事は順調なのかしら?」
ハンスさんとクレアさんは軽く話していた。仲が良いわけではないが、仲が悪いわけでもない。歳は私よりも近いので同年代同士の話し会いが出来ていた。
私はレクーを駐車場に置き、ミーナを探した。すると……。
「…………」
バルディアギルドの中の隅っこに耳と尻尾をトランクで隠しながら、こそこそしている怪しげなミーナがいた。
「あ、ミーナ。いたいた。おはようー」
私は友達に話しかけるみたく、ミーナに向っていく。
「し、しーっ! は、ハンス様がいる……」
ミーナはなぜかハンスさんに見つからないようにしていた。
彼女はハンスさんが大好きで、会ったら抱きついてチュッチュチュッチュ……としたいと言うくらいの甘々なのだが、なぜ、こんなところで隠れているのだろうか。
「ミーナ、なんで、こんなところにいるの? ハンスさんが近くにいるんだから、会って話をしなよ」
「む、無理。無理。絶対に無理。なんか、前より断然カッコよくなってるし、私の知らないハンス様になっちゃってる。知らない間に私が近寄れないくらいカッコよくなってるなんて、考えても無かったよぉ~っ!」
ミーナはハンスさんの変わりように驚き、近寄れていなかった。犬が主の変わりように驚いて近づきがたい状況に似ている。
「ハンスさんはあまり変わっていないよ。確かに服装とかは違うけど、昔と変わらず、ハンス・バレンシュタインのまま。だから、気にせずに飛びついてあげればいい。もう、いつ会えるか、わからないんだからね」
「う、うぅ……。今、会ったら昔のまま変わっていないって思われちゃう……。もっといい女になってハンス様に会うの……。今は我慢して会わないようにする……」
「なんで、そうなるの。もう、会えなくなっちゃうかもしれないのに。今あっておかないとあとあと後悔するかもしれないよ」
「で、でも……」
ミーナは視線を下に向け、あまり乗り気じゃなかった。彼女はまだ、いつも通り会えるようになると思っているのだろうか。そんな未来は確実にあるかどうかわからないのに。
「ミーナ、会わないで後悔するか、会って後悔するかどっちがいい?」
「……あ、会って後悔する方が言いに決まってるでしょ」
ミーナは狼耳をパタパタと動かし、視線を左右に動かす。
「じゃあ、会いに行こう」
私はミーナの手を取り、バルディアギルドを出る。
「ハンスさん、ハンスさんっ! この子が誰かわかりますか?」
私はミーナの手を握りながら、ハンスさんの前にやってきた。
「ん……。誰って、銀髪の獣族……。加えて狼耳にフサフサの尻尾。だけ見せられても顔が見えないからわからないんだがなぁ~。でも、俺が知っている者の中にどこかそっくりな気がするなぁ~。確か名前が、ミから始まってナで終わる子がいた。今、どうしているんだろうな」
ハンスさんはにやにやとわらいながら、顔を隠しているミーナに話しかける。
「うぅ、は、ハンス様」
ミーナは手を少し下に動かし、琥珀色の瞳をハンスさんに向ける。
「ミーナ……。生きていたんだな」
ハンスさんは腰に手を当て、優しい笑顔を浮かべ、ミーナを見ていた。
「うぅ……。ハンス様っ!」
ミーナはハンスさんに飛びつき、尻尾をブンブンと振りまくっていた。
私はどういう経緯があってそこまで仲が良いのかわからない。周りにいるハンスさんの仲間たちは腕で目元を隠すように泣いていた。辛い別れでもあったのだろうか?
「ハンス様、ハンス様。会いたかったですっ! なんで、どうして、村を出て行っちゃったですかっ! 私、すっごくすっごく寂しかったんですよ!」
ミーナはハンスさんに擦り寄り、尻尾がもげそうになるくらい振りまくっていた。もう、久々に返って来た主に飛びついて行く犬とまるっきり被る。
「ちょっとな……。色々あったんだ。俺だってミーナがいる村から出ていくのは心苦しかったが、そうするしかなかった。ミーナに言ってもわからないかもしれないが、俺達は悪い奴だったんだ……。だから、出ていくしかなかった。でも、助けてもらった恩は必ず返す。村の皆に俺達がどう映っていたかわからないが、今度行くときは恩を返すときだ」
ハンスさんはミーナを抱きしめながら後頭部を摩っていた。ハンスさんとミーナは見るからに仲が良く、本当の兄妹のようで心が温まる。
「わ、私……、ドラグニティ魔法学園に受かったんです……」
「なっ! 本当か! すごいじゃないか!」
ハンスさんはミーナの頬に手を当て、満面の笑みを浮かべながら喜んでいた。本心から喜んでいると私にもわかる。
「ハンス様……。私、ドラグニティ魔法学園を必ず卒業します。そうしたら、ハンス様を手伝えるように強く賢くなっていると思いますから、私も……冒険者パーティーに入れてください!」
ミーナはハンスさんと一緒にいたいからか、すでに就職先を考えていた。
「ミーナ……」
ハンスさんは私の方を一瞬見た。彼は自分達が危険な仕事をしていると誰よりも理解しているため、ミーナの発言を簡単に飲めなかったのだろう。
「ミーナ、ありがとう。気持ちだけで十分だ。ドラグニティ魔法学園に受かったのなら、俺達の冒険者パーティーに入るよりも、自分で稼ぐか、別の優秀な冒険者パーティーに入った方が将来安泰だ」
ハンスさんはミーナのやる気をそがないように、出来る限りやんわりと伝えていた。
「わ、私はハンス様がいる冒険者パーティーに入りたいんです! そのためにドラグニティ魔法学園に通うと言っても過言じゃありません! 絶対絶対、役に立てるように努力しますから、お願いします!」
ミーナは頭を深々と下げ、ハンスさんにお願いする。
「……じゃあ、ドラグニティ魔法学園を卒業するときにまだ俺達と冒険者として働きたいと考えているのなら、その時、また考えよう。それまで、この話は保留だ」
「……わ、わかりました。でも、私の根性を舐めないでくださいよ。絶対いい成績を残してドラグニティ魔法学園を卒業します! ハンス様の足手まといにならない実力をつけて戻ってきます! その時は私と……」
ミーナは尻尾を大きく振り、耳をピンと立てていた。頬が真っ赤に染まり、口から言いたい言葉が出せないのか、尻尾が空を切る音しか聞こえない。
「まあ、その時に成ったらまた話しを聞く。三年間、頑張って勉強して賢くなれよ」
ハンスさんはミーナの頭を撫でて彼女から離れた。
「ハンスさん、もう、仕事に行くんですか?」
「ああ。冒険者は案外多忙なんだ。だから、仕事が山ほどあるんだよ。遠出になる時もあるし、もう、滅多に会えない。村以外の場所で会うなんて今回が最後かもしれない。でも、村に必ず帰る。それだけは守る」
ハンスさんは藍色の髪を靡かせ、威厳たっぷりな良い表情で喋った。その姿を見ただけで、色々経験しているんだなとはっきりとわかる。
「そうですね……。じゃあ、何も言いません。しっかりと仕事をこなしてきてください」
「ああ。任せておけ! 野郎ども! さっさと仕事に行くぞ!」
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!」
キラー団の者とウォーウルフ達が吠え、互いの仲をしっかりと深めているようだった。
「じゃあな。ミーナ。一年前より、確実に可愛くなっている。そのまま成長したら、別嬪になるだろうな。きっとドラグニティ魔法学園でもモテモテだ! 俺みたいにいい男を見つけろよっ!」
ハンスさんはミーナに一言放つとウォーウルフの背中に乗り、仲間たちを連れて颯爽と駆けて行った。
「……うぅ、わ、私……、ハンス様に全く興味を持たれていない」
ミーナは崩れ落ち、尻尾と耳をヘたらせた。
「まあまあ、可愛いって言ってくれていたし、今はまだ子供にしか見られていないだけだよ。だから、大丈夫。女の子はすぐに大人になれちゃうから。まあ、なっちゃうと言った方が正しいかもしれないけど……」
私はミーナの背中を撫で、落ち込んでいるのを慰める。
「キララさん。その子がキララさんの知り合い?」
クレアさんは黄色い髪を靡かせ、私達のもとに駆け寄って来た。髪を耳に掛けた後、ミーナの方を向く。彼女は一年で大分雰囲気が大人になったような気がした。まあ、性格は全く変わっていないが、外の仕事をすると言う大変な経験をしたおかげで、精神や肉体に影響したのだろう。
社会経験を積んだ結果、未熟な大人から立派な大人に進化したのかもしれない。
「初めまして、クレアよ。よろしくね」
クレアさんはミーナに手を差し出す。
「え……」
ミーナはいきなり話しかけられて驚いたのか、口が開かない。
「ミーナ。この方は私達と一緒に王都に行くクレアさん。ちょっと凄い方なんだよ」
「そ、そうなの……。えっと、初めまして、ミーナです……」
ミーナは右手の平を服にこすりつけて綺麗にした後、クレアさんの手を握る。
「うん、よろしく。キララちゃんの友達は私の友達だから、仲良くしましょうっ!」
クレアさんは持ち前の明るさを発揮し、ミーナをグイグイと引き込む。その元気の良さは王都の女性だと結構珍しい。でも、獣族の中だと……。
「は、はい! 仲良くしましょう!」
ミーナはクレアさんの引っ込みにしっかりと対応した。獣族は案外グイグイ来るタイプの種族なので、クレアさんと相性がいいのかもしれない。
「じゃあ、ミーナ。私と一緒に来てほしいところがあるんだけどいいかな?」
「うん。キララが行く所、私ありっ! だからね!」
ミーナは両手を握り合わせ、微笑んだ。尻尾を振り、耳をパタパタと動かす姿は好奇心旺盛なわんこに似ている。
☆☆☆☆
私はクレアさんと、ミーナを荷台に乗せてウロトさんのお店に向かった。
明日、獣族のお偉いさんに料理を出すと言うウロトさんの料理を試食しに来た。丁度、朝食替わりになるし、早く食べたくて仕方がない。
レクーと荷台を駐車場に置き、ウロトさんのお店の前に歩いて到着。扉を叩き、ウロトさんがいるかどうか聞いた。




