一緒に出発する人たち
「憧れの人って?」
「私、キララお姉ちゃんみたいになりたいんです! もう、きらっきらで何でも出来る凄いキララお姉ちゃんみたいになるのが私の夢なんです!」
テリアちゃんは周りに光りを振り撒く笑顔を浮かべ、両手を動かす。もう、天使が翼を羽ばたかせている姿そのもので、とても愛くるしい。抱きしめたい気持ちを堪え、私は彼女以上の笑顔を浮かべる。
「ありがとう、テリアちゃん。私も学園生活を頑張るから、テリアちゃんも勉強と鍛錬、仕事、何でも出来る限り頑張って! 私、どこからでも応援しているから!」
「はわわわわわ~っ! はいっ! 頑張ります!」
テリアちゃんは私の笑顔に当てられ、黄色い瞳を輝かせながら、さんさんと笑っていた。私の光量が多すぎるのかな。
「キララちゃん。おはよう」
テリアちゃんの後方から現れたのは、セチアさんだった。クール系イケメンの美少女……。この世界だと珍しい人種だ。私と似ていると言ってもいい。
「セチアさん、おはようございます。セチアさんもお見送りに来てくれたんですか?」
「うん。師匠とレイニーさん、メリーさんも一緒に出発するし、皆でお見送りをしようって話しになって。でも、師匠とメリーさんがいなくなっちゃうのも寂しいなぁ。キララちゃんがいなくても寂しい」
セチアさんは一人で生きていけない女の子なのか、仲間を求めていた。
私は一匹オオカミタイプだが、セチアさんは群れを作るタイプだ。イケメンな顔から想像もできないほどの乙女臭。まあ、ラルフさん一筋の鉄壁乙女なので、ものすごくカッコいい。
「私、師匠とシャインちゃんのおかげで、昔とは比べ物にならないくらい強くなれた。師匠も、筋が良いって褒めてくれているし、今すぐ冒険者になりたいっていう気持ちがわいてきているの。でも、ラルフがいないんじゃ、私は本当に冒険者になりたいのかわからなくて……。最後に、キララちゃんに相談しようと思って来たんだ」
セチアさんは短い髪を耳に掛けながら、訊いてきた。
「セチアさんの気持ちは昔の約束を守っているから発生していると思います。約束と言ったら聞こえはいいですけど、要は自分を締め付けている鎖です。道を間違わないようにするために、違う方向に行こうとするのを止める働きがある。でも、その鎖が強すぎて、セチアさんはがんじがらめになっているんですよ。だから、少し緩めてもいいんじゃないですかね?」
「緩める……。緩めるってどういうこと?」
「セチアさんとラルフさんは一緒に冒険者になってお金持ちになると言うのが約束でしたよね。なら、セチアさんは冒険者にならなくても冒険者の仕事をしたらいいじゃないですか」
「え……。ど、どういうこと……」
「冒険者と言っても色々あります。人を助けることだって立派な冒険者ですよ。だから、森の中を見回ったり、困っている人がいたら助けたり、増えた魔物を討伐して売りに行ったり。冒険者紛いな行動をとってみてもいいじゃないですか? バレルさんが認めてくれているのなら、セチアさんの実力は本物です。ラルフさんが起きた時、一緒に冒険者になってお金持ちを目指す。そんな未来も素敵だと思いますよ」
「……はは、そう言う未来もあるんだ。ありがとう、キララちゃん。相談してよかった」
セチアさんはイケメンスマイルを浮かべた。もう、カッコよすぎて私とテリアちゃんはポッと頬が赤らむ。それくらい嫌味が無いイケメン……。彼女が男だったら、一体何人の女を落とすのだろうかと思ってしまうほど……。セチアさんが女性でよかった。
私は朝からいいものを見れたとウキウキ気分で、厩舎の近くにある倉庫前に向かう。
「キララさん、おはようございますっ!」
街で孤児だった子供達は大きな声を出し、私の前に現れた。
「おはようございます。皆、今日も元気が良いね」
「キララさんのおかげです! 私達、キララさんや村の皆に助けられて元気いっぱいに生活できていますっ! 本当にありがとうございます!」
少女は私に頭を下げ、感謝の気持ちを伝えてくる。
「キララさんに助けられなかったら、僕たちはきっと死んでいました。ほんと、毎日が苦しかったのに、生きるのが辛かったのに、今は毎日が楽しくて生きるのが嬉しくて。とても充実した毎日を送ることが出来ています。キララさんのおかげです、ありがとうございます!」
少年も私に頭を下げ、感謝してきた。
他の子供達も私に一人一人頭を下げてくる。なんて礼儀正しい子供達なのだろか。私は思わずポロリと涙がこぼれる。女の涙は最強の武器なのだが、こんなところで誤爆してしまった。まあ、子供達に見せるのなら構わないだろう。
「皆、生きることを諦めないでくれてありがとう。毎日を一生懸命に生きていた皆だから、今の幸せがあるんだよ。そのことを忘れずに、今後も生活してね」
「はいっ!」
ついこの間まで、小さかった子供達は二年も経てば、そこはかとなく大きくなり、心も広く、身も強くなっていた。当時の暗い表情を浮かべている子は一人もいない。
子供達からの感謝の言葉を受け取った私は荷台を引っ張る気満々のレクーのもとに移動する。
「キララ、俺達も今日出発する。被せて悪いな」
レイニーは姉さんを引き連れて私のもとに来た。というか、レクーの隣に置かれたバートン車がレイニーたちが乗っていく品だから、来るのも仕方ない。
「ううん。気にしないで。レイニーたちの出発に立ちあえて私も嬉しい。だから、一緒に出発しよう。新たな生活をみんなで祝おう」
「ああ。そのつもりだ。でも、まさか、二年前はこんな風になると、全く思ってなかったなぁ……」
レイニーは時間の経過で日が昇り少しずつ明るくなっていく空を見ていた。
「そりゃあ、誰だって未来は想像できないよ。でも、今があるのはレイニーが生きるのを諦めなかったからだよ。生きていたから、今がある。そんな当たり前のことだけど、死んでいたら今は無い。とてもとてもありがたいことなんだから、神様に感謝しないと」
「はは……、キララは信仰心が無いと思ったが、神様は信じているんだな」
レイニーは苦笑いを浮かべ、腰に手を当てる。
「ま、まあね……」
――実際に会って、話しをしたら、そりゃあ、信じるでしょうよ。
「昔は神様を恨んだ……。なんで、俺がこんな目に合うんだってな。でも、今思えば、過去があったから、今がある。誰が仕組んだか、運命のいたずらか、俺はキララに出会えた。あの時、時計を盗んでいなかったら、キララに合わず、素通りしていたかもしれない。何もできないまま死んでいたかもしれない。そう思うと、人生、なにがあるかわからないな」
「そうだよ。だから、楽しいんだよ。人生を精一杯生きていれば、必ず良いことがある。もちろん悪いこともあるけど、それを乗り越えればいいことが必ずある。そう信じて生きて行けば、私達はずっと幸せでいられる。まあ、持論だけど、将来の不安って案外あてにならないから、怖がるだけ無駄だよ。でも、恐怖から動けると言う利点もあるから、恐怖心は捨てちゃ駄目なんだけどね」
「ほんと、人の心ってのは不思議だよな。当時は何とも思わなかったガキンチョのキララが、二年で驚くほど可愛くなるしさ。メリーなんてもう、目のやり場に困るくらいだろ……」
レイニーは視線を後方を走っている一人の女性に向ける。
「レイニー。おはよう~。キララちゃんもおはよう~」
メリーさんは冒険者服を着ていた。普段は作業着のつなぎしか着ないメリーさんの冒険者服はとても新鮮で、可愛すぎる冒険者だ。殺伐とした冒険者の中では珍しい可愛い系……。きっと冒険者の姫に成れるだろう。
毒虫や他の危険な生物から肌を守るために、長袖長ズボンを着ており、大きな胸を守るために作られた特注の革製の胸当てと、腕を守る腕当て、肘や膝のプロテクターなんかも着けており、戦う専門じゃないが防護服はしっかりと作り込まれている。羽織っている深緑のローブが良いアクセントになり、冒険者感が増していた。
長い髪はしっかりと結んで、短くしており、小顔が際立っていつも以上に美人に見える。
「どーんっ!」
メリーさんはレイニーにぶつかり、抱き着く。
「お、おい。出発初日から張りきりすぎだろ……」
「えへへー。ちょっと楽しみすぎて心が落ち着かないんだよ~。レイニー、落ちつかせて~」
「た、たく……。子供だな……」
レイニーは身長が高いのでメリーさんの頭を胸に当て、後頭部を優しく撫でていた。
「あぁ……。落ち着くぅ……。しゅぴぃ……」
メリーさんはレイニーに抱かれ、簡単に寝落ちする。まあ、朝早いし、朝が弱いメリーさんにとっては安眠地帯なのかな。
「おい、眠るな。皆からのお別れをちゃんと聞いていけ」
「はっ! そ、そうだね。皆と合える最後かもしれないし、ちゃんと起きてないと」
メリーさんは大きな目をぱちくりと開き、小さな手で柔らかそうなほっぺをパシパシと叩く。白い頬がほんのり赤くなり、瞳に涙がジワリと浮かぶと、頬を摩る。強く叩きすぎていたかったようだ。ドジすぎるな……。
「レイニー、メリー。準備は良いか?」
強者感が溢れるバレルさんがスタスタと歩いていた。もう、歩いているだけで隙が無い。剣を握れば、戦闘狂に早変わりできると言わんばかりの集中力。すでに、冒険者の血がたぎっているようだ。
服装は最近の冒険者風に変わっており、服の外に防具を身に着けていた。着脱がすぐに可能なつくりを欲していたので、ベスパに作らせた特注品だ。
背筋がピンと伸びており、老人という風格ではなく。まだ、四〇代……。いや、なんなら三〇代くらいに見える。白色の髪はオールバックのようにしっかりと整えられており、清潔感が半端ではなかった。
髭はうすく、全く生えておらず、健康的な生活と豊富な魔力を吸っていたおかげで肌の皴が減り、若返って見える。もう、イケオジではなくイケメンお兄さん……、いや、さすがに言い過ぎか。でも、おばさんキラーであることは間違いない。
「はい。準備万端です。いつでも行けます!」
レイニーは朝から野球少年のように大きな声を出していた。
「は、はいっ! いつでも大丈夫です!」
メリーさんも両手を握り合わせて元気よく眠気を吹き飛ばす返事をしていた。
「うん、良い返事だ。冒険者は出発が肝心だ。初っ端でこけると後も転ぶことが多い。荷台の点検も自分の目で行うように」
「はいっ!」
レイニーとメリーさんは大きな声で返事をした後、荷台の周りを回って自分達の眼と手で確認していた。
「母さん、レイニーとメリーさん、バレルさんをよろしくね」
レクーはレイニーが連れてきた姉さんに話しかける。
「ふっ、わかってるよ。私だって初めての旅じゃない。経験はお前以上に豊富にある。不測の地帯に陥っても切り抜けられる自信はあるさ。だが、必ず帰ってこられると言う保証はどこにもない。レク、お前もキララの足なら、死ぬなよ。お前が死んだらキララも死ぬ。それくらいの覚悟で走れ」
「うん。わかってるよ」
レクーは姉さんの首に擦り寄る。
「まったく……。甘えん坊な所は昔と変わらないな」
姉さんもレクーに擦り寄り、仲を深めていた。バートンの親子関係も、人間の親子と変わらない。




