出発の日
「キララ、怖い人に会ったら、すぐに大人の人に助けを求めるのよ。キララは強いかもしれないけど、まだ子供なの。無理して大人の振りする必要ないわ」
お母さんは私の本心を見抜いているのか、はたまた感じているのか、ちょっとかすっていた。私は大人の振りをしているわけじゃなくて、心がすでに大人なのだ。だから、大人っぽく見えるのだろう。
「安心して、お母さん。私、王都で頼もしい大人の人を沢山仲間にしているから。すぐに助けを求められる環境になっているよ。でも、寂しくなったら、お母さんに甘えちゃうかも……」
私は椅子から降りて、お母さんの体にぎゅっと抱き着く。やはり、一番落ち着くのはお母さんの胸の中だ……。ここ以上に安心できる場所を私は知らな……。一瞬、フロックさんの腕の中を思い浮かべたが、あ、あれは多分また違う意味だと思うので、カウントしない。
「もう、甘えん坊なのは昔と変わらないわね」
お母さんは私の頭を優しく撫でてくれた。
私にとって二人目のお母さん……。でも匂いや温もり、優しさは前のお母さんと何ら変わらない。私のことをしっかりと愛してくれている大好きなお母さんだ。
また、悲しませることが無いよう、簡単に死なないようにしないとな。
「キララ、お父さんには抱き着いてくれないのか~?」
お父さんは手を広げながら、広い胸もとを見せてくる。
「お父さんは汗臭いからなぁ~」
「うぐっ……」
「へへ、嘘だよ~。私、お父さんの匂いも大好き~」
私はお父さんにぎゅっと抱き着き、これまた安心感を得る。お父さんの血も体の中に流れているのだと思うと、人間は不思議だ。
私にとって二人目のお父さんだが、一人目のお父さんは私が小さい時にすでに亡くなっていたので、ほぼ覚えていない。もう、今のお父さんの記憶しかないわけだが、きっと前のお父さんも私を可愛がってくれていたに違いない。なんせ、二人目のお父さんがこんなに嬉しそうな顔をしているのだから。
「姉さん、姉さん。僕は~」
「お姉ちゃん、お姉ちゃん。私は~」
ライトとシャインも手を広げ、私の抱き着き攻撃を待っていた。
「もちろん、大好きだよ~っ!」
私はライトとシャインに抱き着き、頬にチュチュッとキスをする。もう、自慢の可愛い弟と妹がいるだけで、私が生きている意味がある。この子達が楽しく生きていける世界を守れるように、少し頑張らないとな。
夕食は長い間続き、楽しい時間はあっという間に過ぎて行った。
私は部屋に戻り、魔法があるのに体を拭くと言う無駄な行為をする。さすがに三月の終わりごろとなると、気温は快適で素っ裸でも何ら問題ない。まあ、ずっとこの状態でいたら風邪をひくのだけど……。
体を清め、眠る準備を整えたら、勉強を開始。たとえ家を出る前日だとしても、私は手を抜かない。染みついた習慣を繰り返し、継続させる。
「よし。勉強は終了。あとは、武器と持ち物を整理整頓しておかないとな」
私の主な武器は魔力伝導率一〇〇パーセントの白い杖と火属性魔法の威力が増すフェニクスの羽根が組み込まれた赤い杖、五〇パーセントの黒い杖。ネアちゃんの糸が仕込まれた黒いグローブ、黒いアルラウネから採取した硬い木製の鎖剣、簡単なつくりの弓、ライトが作って改良を施したマジックバレット、魔力体のビーを発射するビー銃。こうしてみると、色々な武器が増えたな。
「……私、殺意高すぎない?」
「まあ、キララ様は女王様ですし、自分の身を守る武器を大量に持つことは何もおかしくありませんよ」
「私は女王って気がしないけどなぁ……。でも、多くの武器があれば、それだけ相性の有利を取りやすいし、問題ないか。かさばるわけでもない」
私は武器をしっかりと手入れし、いつでも使えるようにしておいた。
もし弓の弦が切れていたら。魔法杖に亀裂が入っていたら。そんな、最悪な状況を事前に防いでおけば、武器が壊れて危機に陥るなんて言う失態は防げる。
私が死んだ原因だって不注意の結果だ。仕事をする前の仕事道具の確認は絶対!
私は暗殺者張りに自分が持って行く品の手入れを完璧に行う。最後はベスパの眼を通し、ダブルチェックだ。
ローブの中に魔法杖を差し込み、鞘の中に鎖剣を収める。グローブは服のポケットに入れ、弓やマジックバレットとビー銃はホルスターに差し込みトランクの中。魔法陣が書かれた木製の板はお母さんに作ってもらった革製のケースに入れる。これで、いつでも取り外して魔法を入れ替えられる。
「よし……。武器の準備は完了。あとは、服と下着、ドレス……っと」
私は私服を五着、下着を八枚、寝間着を五着。
カイリさんから誕生日に貰ったドレスを一着。フロックさんから貰った冒険者御用達の軍隊ブーツに、ドレスを着る時ように作った私の脚に合うヒールを綺麗に拭いていく。
ブーツは玄関に、私服、下着は毎日使うので、毎日使う品を入れるトランクに詰めた。勉強道具や冊子、お金が入った袋などを同じく収納する。
ドレスやヒールは質が良いトランクに収納し、明日に備える。
「よし、これで準備完了! あとは眠って朝早くにバルディアギルドに行くだけだ」
私は全ての準備を終えた後、フルーファに抱き着いてストレスを発散。
「フルーファ。王都に行くけど、今の気持ちは?」
「キララが重い……」
フルーファは私に潰されて、舌を出して呟いた。
「私は重くない」
私はフルーファの角をデコピンして、彼を悶絶させる。
「まったく。ご主人様に重いなんて言うとは。しつけがなってないな。もう一度聞くけど、今の気持ちは?」
「た、楽しみだなぁ。待ち遠しすぎて、夜しか眠れない」
フルーファは苦笑いを浮かべながら、お腹を見せ、屈服の体勢を取る。
私は彼のお腹を撫でまくり、尻尾を盛大に振らせたら、ベッドに飛び乗って毛布をかぶる。もう、羽毛布団は流石に暑いかな。
「ふわぁ~。眠たくなって来たぁ……。明日は早めに起きて、街に出発しないとなぁ……」
私はすやーっと眠り、三月三〇日の朝を迎える。
☆☆☆☆
「う、うぅん……。外はまだ少し暗い……。ま、これくらいがちょうどいいか」
私は準備していた私服を着て、居間に向かう。
「姉さん、おはよう」
ライトは私が起きてくる前よりも早く居間にいた。
「おはよう。ライト。今日も早いね」
「まあね。えっと、姉さんの懐中時計の点検が終わったから、返すよ」
ライトは私の懐中時計を手渡してきた。久々に手になじむこの感覚。現代人で言うならば、修理されていた携帯電話が手元に戻ってきた時の安心感に近しいか。
私にとって時間というのは人生そのもので、時間を見ていたら、安心すると言うか……。まあ、日本人の特徴と言ってもいいかな。
「うん、前と同じく狂っていないね」
蓋を開くと、午前四時だった。丁度良い時間に起きられる体内時計も素晴らしいが、時計をしっかりと見て時間がわかるありがたさときたら……。
ライトから懐中時計を受け取った後、シャインとお母さん、お父さんも起きてきた。
皆、寝起きが良いので、朝からしゃきっとした顔を浮かべている。
「お父さん、お母さん。じゃあ、行ってくるね」
「ああ。行ってらっしゃい。キララにとっていいことが起こるよう、毎日祈っている」
「行ってらっしゃい。キララに不幸が降り注がないように私も毎日祈るわ」
お父さんとお母さんは微笑みながら、私を見送ってくれた。
私とライト、シャインは一緒に家を出た。
「ライトとシャイン、こんな朝早くからどうしたの?」
「レイニーさん達も今日の朝に出発するんだってさ。だから、その見送り」
「私も師匠の見送りに行くの。メリーさんもいなくなっちゃうのは寂しいけど、メリーさんが決めたことだから、私は皆の意見を尊重するよ」
「あぁ。あの三人も今日、出発するんだ。被っちゃったな……」
「多分、被せたんだと思うよ。丁度姉さんと一緒に出れば、皆で行ってらっしゃいって言えるし」
ライトは何かを持って歩いていた。目を擦り、じっと見ると懐中時計が三個……。
「ま、まさか……」
「三人分作ったんだ。ものすごく大変だったんだから」
ライトは笑いながら精密機械を持っている。ほんと、そんなポンポン他人に渡していいような品じゃないんだよ……。ハイブランドの高級腕時計を渡しているようなものだからね。
私は溜息をつきながら、皆に説明するのが面倒な気持ちを起こす。
牧場に向かい、レクーを厩舎から出す。荷台につなぎ、ベスパにトランクを荷台に運ばせる。
フルーファはあくびしながら、フラフラとついて来ているので放っておいても問題ないだろう。
出発の準備を終えた後、檻に向かった。クロクマさんを檻から出し『転移魔法陣』が書かれているサモンズボードに入れた。出口の『転移魔方陣』から出し、小さくなっている彼女にライトお手製の首輪をつけて大きくなるのを防ぐ。
「クロクマさん。出発しますけど、心の準備は良いですか?」
「はい。もう、何日も前から出来ています。クマタロウも独り立ちできそうですし、夫だけ残っちゃうのが心苦しいですけど……」
「コクヨはシャインがいるから大丈夫です。きっと毎日相手をしてどちらもどんどん強くなっていきますから、簡単に死にません。クロクマさんが安心して帰って来られる場所でいてくれますよ」
「そうですね。夫がこの村を守ってくれるはずです。それなら、安心して帰ってこれますね」
「ほんと、ブラックベアーが守っている村を攻めようとする盗賊なんていませんよ」
私はクロクマさんを両手で抱き上げ、厩舎がある方向に歩いて行った。
「キララさん! おはようございます!」
私の前に現れたのはまだ周りは暗いのに彼女の周りだけ、白いキラキラとした光が舞っている天使のように可愛いテリアちゃんだった。
「テリアちゃん、おはよう。今日は早いね」
「だって、だって。キララさんと、バレルさん、レイニーさん、メリーさんが村から出て行っちゃうんですよ。行ってらっしゃいを言いに来たに決まっているじゃないですか!」
七歳になっているテリアちゃんはとってもハキハキ喋り、身振り手振りが大きくておまけに可愛すぎる。前世の私を容易く超える可愛さをほこり、神に愛されている美少女と言っても過言じゃない。こんな妹を持っているガンマ君がシスコンになるのもわかる。
「ありがとう、テリアちゃん。テリアちゃんに行ってらっしゃいを言ってもらえるなんて、私は幸せだなぁ~」
「だ、だって……、キララさんは私のお姉ちゃんだし……。私の憧れの人なので!」
テリアちゃんは私をお姉ちゃんと言った。昔、ガンマ君とテリアちゃんを私の弟と妹にすると話したことをしっかりと覚えていた。はっきり言われるとむず痒い気持ちになる。ただ、もう一つの憧れの人と言うのがわからなかった。




