学生前最後の晩餐
「あ~ん、ルドラ様ぁ~。もっともっと一緒にいたいですぅ~!」
金髪美女のクレアさんはルドラさんに抱き着きながら、牧場に来ていた。
「す、すみません。キララさん。クレアに会ったら、離れなくなっちゃって……」
ルドラさんはまんざらでもなさそうなほど微笑みを浮かべていた。
お似合いの夫婦だなぁ。
「ルドラさん。この板の中に大量の素材が入っています。これを使えば他の盗賊に襲われる心配が少ないです」
「な、なんて画期的な魔法……。凄いですね。それもライトさんが考えたんですか?」
「はい。もう、何年も前から使っている魔法なので、ものすごく便利なんですけど……。生き物をこの中に入れるとばらばらになってしまうので、絶対に人や生き物を運ばないでください。魔法耐性があるブラックベアーやブラットディアなどは運べますけど……」
「そんなものを運ぶ商人はいませんよ……。えっと、どれだけ入っているか確認させてもらってもいいですかね?」
「ああ、そうですね。確かに確認は必要ですよね」
私は準備のし過ぎで、詐欺を疑われた。なので、出口の転移魔法陣に魔力を流し、しまった牛乳パックを大量に出す。
「おぉ……。す、スゴい。これは革命だぁ……」
ルドラさんは目を輝かせ、滝のように流れている牛乳パックを見つめていた。
「一度出すと、戻すのが面倒なので、場所を考えてくださいね。魔力を止めれば、牛乳パックの流れも止まりますから」
「わ、わかりました」
私は牛乳パック八〇〇〇本を用意していた。もう、どこの業者だよと言いたくなるが、私達は牧場を経営しているわけだから、可能なのだ。
ルドラさんは王都で牛乳パックを一本金貨八枚とか言う破格の値段で売ると言うので、その値段の半分くらいが私達の手取りとなる。つまり、金貨四枚が八〇〇〇本あるので、金貨三二〇〇〇枚の売り上げ……。は?
私は自分で言っていて訳がわからない。牛乳パックでなんで、金貨三二〇〇〇枚も売り上げられるのだろうか。ま、まあ、ルドラさんが言うのだから売れる見立てはあるのだろう。
それだけ、牛乳の質の良さを売っているわけだ。すでに八店以上のお店が牛乳を使いたいと強く言ってくれているそうだし、ルークス王国の国王も牛乳が大好きだから月一〇〇〇本納品している。ほんと、牛乳が好きな国民たちでよかった……。でも、金貨三二〇〇〇枚は牛乳だけの値段だと言うことを、忘れてはならない。
まだ、エッグルやバター、生クリームなどと言う強力な主力が残っているのだ。最終的に金貨八〇〇〇〇枚の売り上げが見込められた。えっと……。村にいる子供達を皆、学園に連れて行くことが出来るくらい儲かっているんじゃないでしょうか?
すでに、ぶっ飛んだ値段だが……、子供達の給料や食事代、モークル達の土地代などを考えると……。って、それでも十分すぎる利益が出ていると思われる。
エッグルはブラッディバードが産んでくれるし、ただ同然の籾殻や水を与えているだけだ。生クリームとバターを作ることで低脂肪乳も同時に作ることができ、牛乳よりさらに安く売りだせる品が増える。
私達だけじゃなくて村にも嬉しいし、子供達も給料が上がる、加えてルドラさん達も売り上げをあげれば……。もう、良い効果しかない。
「あとは、ルドラさんの手腕にかかっています。よろしくお願いしますね」
「はい。私も商会の命運を分けるこの商売を必ずや成功させてきます。クレア。私はもう行く。王都の屋敷であった時、頑張った私を精一杯褒めてほしい」
「もちろんです! ルドラ様が成功しようと失敗しようと、私はルドラ様を精一杯褒めます!」
クレアさんはルドラさんに抱き着き、熱い熱い口づけを交わした。
キスで男の人の仕事率、効率、運気は爆上がりする。現在進行形でルドラさんのやる気は八倍以上になっただろう。成功率一〇〇パーセントとは言わないが、九八パーセントくらいはあるかな。
たとえ失敗しても村の者達は困らない。困るのは負債を抱えるマドロフ商会だ。でも、問題ない。なんせ、私達にこんな大金を使う場所はないのだから、最悪、マドロフ商会を生かすための命綱として使える。
「じゃあ、クレア。行ってきます」
「行ってらっしゃい。ルドラ様。頑張ってくださいね」
ルドラさんは村から出て行った。たった半日の滞在だったが、やる気を上げた彼は怖い者無し。成功を収めるために、いざ尋常に王都に向かう。
「ベスパ。ビー達とウォーウルフでルドラさんを陰から守ってあげて」
「了解しました」
ベスパはルドラさんのもとに八匹のビーを付け、ウォーウルフを三頭ほど影に忍ばせる。ほんと、隠密に関してはどちらも優秀だなぁ。
「姉さん、ルドラさんはもう行ったの?」
クマタロウの背中に乗り、私のもとにやって来たライトは訊いてきた。
「うん。もう、行ったよ。凄くやる気に満ちてた。あと、大金を貰っちゃった」
私は虹硬貨が入った木製の箱を貰った。虹硬貨の枚数は八〇枚。もう、内容で言えば宝箱だ……。これを実家の地下八〇〇メートル下にある金庫に入れるわけだから、ダンジョンを本当に作ってしまったことになる。
「ベスパ。金庫にこの宝箱を置いて来て。もう、時価総額金貨八〇〇〇〇枚の価値があるから、気を付けて運んでね」
「了解しました」
ベスパは質が良い厳重な木製の箱を持ち、家の隣に作った重い石畳を持ち上げ、地下に向って全力で飛ぶ。金庫の中に今まで貯めてきたお金が大量に貯まっており、宝物庫のように金色に輝いていた。
「よし。私達が生涯稼げるお金は最低限稼いだ。あとは自由気ままに暮らしても問題ないけど……」
私の体は家ではなく、牧場の方に流れる。
「姉さんは仕事しちゃうよね~。お金があってもさ」
ライトは牧場のほうに流される私を笑いながら見ていた。
「し、仕方ないでしょ。仕事以外することがほとんどないんだもん……。今のところはだけど。でも、嫌いじゃないから……」
私は何だかんだ言いながら仕事が好きなのだ。だから、出来てしまう。沢山じゃなくても少しでもいい。ちょっとやってお金を稼いで感謝されると言う小さな幸福がたまらなく心地よくて、もう、なんでこんなに楽しいのってなってしまうのがいけない。仕事中毒になってしまっている私がいる。
「まあ、体が壊れない程度に働けばいいよね」
私は牧場でしっかりと働き、残り二日をまったりと過ごす。
今後、どんな辛いことが起こっても牧場のまったりした空気を思い出して頑張ればなんとかなるさ。そう、楽観的に考えれば異世界で生きるのも案外苦しくない。
牧場で仕事を終えた後、春風が心地よい草原に足を運び、寝転がる。
「ふわぁ~。仕事して昼寝するの最高ぅ……」
「キララ様の場合は仕事している途中に昼寝と言ったほうが正しいですけどね」
ベスパは私の上げ足を取り、ひっくり返してくる。ほんと、嫌なやつだ。
「私の昼寝の邪魔をしないで。眠れば眠るだけ成長するんだから」
「横にですけどね~」
「……燃やすぞ」
私はベスパの煽りを食らい、苦笑いを浮かべながらお腹を触る。自分で心配になってしまうあたり、自覚があるようだ。
「だ、大丈夫。ウトサを取っていないから太ってない」
私は太りにくい体質なので、問題なかった。でも、気を抜いたら危険なので、しっかりと眠り、気を落ち着かせないと……。
「しゅぴぃ~」
私は春の暖かい風を全身に受けながら、盛大に昼寝をかます。これだけ眠っているのに、体が大きくならないのはほんと不服だ……。駄女神よ、私の胸とお尻を大きくしてくれたら、それだけ多くの信者を集められるように頑張るからさ、おねがだよぉ……。
☆☆☆☆
私が村に帰って来てから半月が経ち、仲間達と仲を深め合えたし、家族との時間も十分過ごした。
新しい武器や魔法の概念、毒の知識なんかもちょっと増強したし、前の私よりも大分強くなったかな。まあ、考え方は前と変わらず、全力で生きることだけど、もう、あと八日したら、学園の入学式があると思うと胸がドッキドキ……。これが恋? なわけないか。
三月二九日。私は学生前、最後の夕食を得ていた。
「姉さん、明日にもう村を出発するんだよね」
ライトは私の方を向きながら、少し寂しそうに呟いた。
「うん。明日に出発しないとさすがに間に合わないからさ」
私はお母さんが奮発して買った良い肉のサイコロステーキを食しながら、頷く。
「はぁー。お姉ちゃんが学園に行っている間、私、ちゃんと勉強出来るかな……」
シャインは私がいる間は毎日ちゃんと勉強出来ていた。まあ、私の目があったからだと思うけど、それでも勉強嫌いなシャインが、毎日勉強できたのは快挙だ。
「シャイン。あと、二カ月頑張って。そうすれば、シャインは自分から勉強を自ら進んで頑張れるようになる。ライト、その間はシャインをしっかりと見張ってあげてね」
「うん。あの勉強嫌いなシャインが毎日勉強しているなんて奇跡だからね。僕も出来る限り、シャインが勉強を続けられるように援助するよ」
「うぅ……。ライトに支えられるとか、最悪……。私の方がお姉ちゃんなのに……」
「お姉ちゃんって……、産まれてくるのが八分早かっただけでしょうが」
ライトとシャインは双子らしく、同じような顔で不貞腐れ合っていた。まあ、似た者同士だから、気に食わないこともあるだろう。同族嫌悪とかも言うし、似ている人物を見ると毛嫌いしたくなるものだ。
「ライト、シャイン。二人は姉弟なんだから、仲良くしないと損だよ。せっかく仲が良くて頼れる相手がいるなんて幸せなことなんだからね」
私は前世、一人っ子だったので、友達がいなかったらずっと一人ぼっちだった。でも、今は血のつながった姉弟がいる。それだけで、とても心強い。まだ九歳の子供に何を相談するんだと言う話しだが……、誰も話し相手がいないよりはましだ。
「うぅ……。まあ、シャインにはいつもお世話になってるよ。気に食わない所もあるけど」
「それは私も同じ……。まあ、今だけは手を借りるから……」
ライトとシャインはぴたりとくっ付き合い、ハグしていた。めっちゃ可愛い~! 私もギュってして頬にチュチュッてキツツキみたくキスを連打したい! と心の中で叫びながら、二名に微笑みかける。
「キララ、王都での生活が辛かったらいつでも帰ってきていいからな。別に学園を卒業しないといけないわけじゃない。父さんと母さんだって学園を出ているわけじゃないが、生活出来ている。キララの身が一番大切だ。わかったな?」
お父さんは私の頭を撫でながら、しっかりとお父さんしていた。私のことをとても心配してくれてありがたい限りだ。




